三国志は、1800年に渡って語り尽くされてきた叙事詩。
しかし、とある映像作品のキャッチコピーみたく「死ぬまで飽きない」もの。
まだまだ枯れる気配すら見せない、三国志の魅力について語ります。
香港・韓国の映画、『三国志/龍の復活』感想(1)
まだ公開前だそうですが、3ヶ月前倒しで見ることが出来ました。趙雲が主人公の映画です。感想というか、ツッコミを書き留めておきます。思いついたままに書きますが。
■地理が崩れている
まず、地理が死んでいます。冒頭で、無知な若者の趙雲に対し、狂言回しで架空の人物である「羅平安」という人が、地図を渡します。設定は、趙雲と同じ常山郡出身の年長者です。
羅平安は、「お前は故郷の位置も知らないのか」と言って、趙雲に道を示し、「大哥(兄貴)」と趙雲に仰がれるわけですが。
どうやら映画制作者は、常山郡の位置をかなり南にズラしたっぽい。青州あたりを映像では指差していたが、下手したら荊州にしたのかも知れない。
長阪の戦いで手柄を建てた趙雲が、故郷に錦を飾って、オマケに恋に落ちるというシーンがあります。常山郡は本当は冀州で、曹操の根拠地になっている場所です。冀州の中でも、常山郡は北側で、より遠い。劉備が荊州南部4郡を手にしたところで、里帰りができるわけない笑

■主題が死んでいる
映画で一番のキーになっている「人生は周りまわって一周するもの。天下を一周するころには、国は治まっているだろう」というテーマが、死んでます。「一周したのに、蜀は天下を取れなかった。安らかな家庭を作れなかった」という、趙雲の人生の総決算のセリフに直結しているのに。これも地理殺しの副作用です。
「鳳鳴山」という、荊州北部か中部にありそうな、架空の拠点が登場します。劉備が荊州を南下して逃げるときに、いちど門を閉じて守っています。ここに、第一次北伐をモデルにしたであろう戦いで追い詰められて「西」へ逃れ、たどり着きます。これが、一周ということらしい。お茶を吹くしかない笑
もともと趙雲の陽動部隊は、雍州の西方に遠回りしていたのです。それをさらに西に行ってしまっては、中国の領域を出てしまう。仮に東に逃れたとしても、雍州の西方から荊州の中部に行くには、かなりの遠回りです。おまけに、このとき宛城は、怖い司馬懿が守ってる。敗残の軍が、荊州に入れるわけがない。一周には程遠い。

『三国演義』でも、関羽の千里行とかで、わけの分からん遠回りをしたりする。地理をそれほど気にせずに楽しむ作品にするなら、それはそれで良し。
でも、地図が趙雲と兄貴をつなぐ重要なアイテムです。数十年を経て、趙雲が兄貴に地図を返そうとしても、「それはお前が持っていなさい」と諭したりする映画です。これはダメだろう。

■曹嬰まつり
架空の登場人物、曹操の孫娘の「曹嬰」が登場します。おそらく、大売出し中の女優さんがやっているんだろうね。後半は、趙雲よりも、この人が主人公です。一騎打ちを見せてくれたり、ザコ武将に憐憫をかけたりします。見所がいっぱいです。

長阪の戦いで、趙雲は崖を駆け上り、なぜか曹操に直接挑みます。まあ、演出としてはありかな。そのとき「孟徳」と名前を彫った剣を、宙に掬い上げて奪います。
『演義』では趙雲が、架空の夏侯氏と戦って、曹操から下賜された剣を奪うというエピソードがありますが、それの焼き直しでしょう。

この画面で、曹操のそばにいた孫が、彼女です。次の天下を担う存在として、曹操から直接、帝王学を教授されています。
趙雲が後年、成長した彼女に、曹操の剣を返還する。脚本としては、よく出来ている因縁話だと思います。
だが文句をつけるなら、荊州攻めのときに曹操は、まだ後継者を決めていなかった。次男と四男の曹丕or曹植で、迷っていた。それなのに、孫を登場させてしまうとは、勇み足です。どっちの息子の子なのか、と問いたくなりました笑

曹操の孫として真っ先に思い浮かぶのは、曹叡でしょう。日本語だとどちらも「ソウエイ」になるので、そのパロディーかと思いましたが、違います。なぜなら、中国語では「嬰」と「叡」の発音は似ても似つかないから。性別も違うし。
「嬰子」という言葉が日本語にもなっている。「小さな子」という意味の一般名詞からつけられた、幼名みたいな感じかな。妙齢のいい女になっても「嬰」と呼ばれているのは、違和感ですが。皇帝じゃなくて、一方面の司令官に成長したという設定らしい。彼女を登場させるために割を食ったのは、夏侯楙とか曹真とかかな。

この孫娘が祖父の曹操から言われたのが「お前が天下を見捨てても、天下はお前を見捨てない」という言葉。これも物語のキーです。
素人?が訳した日本語訳でしか分からなかったので定かではないが。これは、曹操が呂伯奢の一家を勘違いで殺したときに言ったとされる、「オレが天下をだますのはOKだが、天下がオレをだますのは許さん」という、悪名高いセリフが元ネタなのでしょう。
おそらく構文はそのままに、内容をそっくり入れ替えてしまった。
香港・韓国の映画、『三国志/龍の復活』感想(2)
■韓徳まつり
『演義』にも登場する、この武将。趙雲に4人の息子を殺される、可哀想な人です。陳寿を読み込んで確認していないが、いわゆる噛ませ犬です。老将だと言われた趙雲が、まだまだ健在だとアピールするために、斬られ役として創作されたキャラ。
しかしこの映画では、後半にやたら活躍している。
前述の曹嬰に「子を4人も死なせてしまって、すみません。私を代わりに子にして下さい」と、ひざまずかれた。この抜擢のされ方は、意外というか、ポカンとせざるを得ない。

ぼくの勝手な推測ですが、「大韓民国」が制作しているので、韓姓のこの武将が、大切にされたのかも知れません。
強ければ強いほど、派手なら派手なほど、それを倒した主人公が引き立つというもの。それだけの役回りで、名前なんて何でも良くて、ランダムにネーミングされた雑魚だろうに、後半はずっと出ずっぱりでした。
■関羽の任務放棄
出番がないと焦ったのでしょう。関羽が、いてはいけない場所に、やたら登場します。
まず長阪の戦い。このとき関羽は、劉琦とともに水軍を率いて別行動をして、江陵を伺っているはずです。それなのに、劉備と一緒にいる。ヒゲのおっさんは、張飛とともに、まだ無名という設定の趙雲と武芸を競うため、任務を捨ててきたようです。
それから、劉備が即位したときに、成都まで爵位を受けに来ます。荊州の守りはどうしたのか!呆れるしかありません。関羽は10年弱も1人で荊州に取り残され、悲運の最期を遂げるから、いいのです。重要な領地を任せられるほどの信頼感が、人々の目頭を熱くするのです。ホイホイ劉備に会いに来ていては、重みがない。

■納期前の連弩
諸葛亮の死後にはじめて実戦で使うはずの、連弩。これを、韓徳に追い詰められた趙雲が、使ってしまいます。雑魚敵に、そんなとっておきを繰り出してしまうなんて、諸葛亮が悲しむよ。

■馬謖のリストラ
第一次北伐は、諸葛亮の愛弟子の馬謖が、山上に陣取って負けます。「泣いて馬謖を斬る」という、数少ないポピュラーな故事が生まれる名場面なのです。それが、カットされていた。馬謖の代わりに、関興と張苞のいがみ合いが、敗戦を招いたことになってる。馬謖のファンとしては、とても残念です。

■鄧芝の抜擢
けっこう正史『三国志』も、『演義』も、楽しく無視してくれている映画なのに、妙なところは抑えてる。趙雲とともに北伐した副官に、鄧芝が登場する。けっこう存在感がある描かれ方だったので、いい俳優さんなのでしょう。
この人は、孫権への使者に立って気に入られ、国交を回復したという功労者。趙雲に従って北伐し、馬謖のバカとは対照的に、きっちり撤退を完了させた名将です。(この作品内では重要度が大幅にアップした)韓徳と斬りあって死ぬので、良い役でした。

■『趙雲別伝』カット
裴松之の注にある『趙雲別伝』で描かれる、輝かしい逸話は、カットされてました。夷陵の出兵に反対したシーンがない。というか、夷陵のシーンがない。北伐からの撤退で、空城の計を食らわしたシーンがない。というか、北伐から生還してない。
どちらも趙雲を英雄たらしめている「作り話」なのだが、作り話と作り話は両立しないらしい。仕方ないね。

■はじめから死んでる麋夫人
『演義』では、趙雲が助けに行ったとき、劉備の妻・麋夫人は負傷していて、古井戸に身を投げる。趙雲は、死体を曹操軍に引き渡さないように、枯れ草で井戸を隠す。こういうシーンがあるのだが、この映画では、趙雲が駆けつけたときにすでに死んでいた。
主題以外はカットする。物語を作るときの常道だ。「一緒に逃げましょう」「いえ、足手まといなので死にます」「ああ、なんということだ」という掛け合いはいりません。どうやらこのときの趙雲は、まだ将ではなくて、ただの一兵卒という設定のようだし。でも、せめて死体を隠すだけでもやってほしかった。おもむきが。。
■いきなり老化
いきなりジジイキャラになるのは、『演義』でも吉川英治でもこの映画でも同じで。おそらく、活躍の逸話が全年齢で満遍なくないから、こんなことになる。『演義』準拠でも、阿斗を孫夫人から奪還、漢中で曹操を急襲、夷陵を諫止、などの場面があったはずだが、カット。長阪の次はいきなり北伐だから、仕方ないのかあ。
文句ばかり言っていますが、三国志ものというだけで、楽しめました。同時に、大衆用に制作されるものの限界を見たような気がします。あえて繰り返すと、地理だけは心得ていてほしかった笑  080810
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