■三国志雑感>諸葛亮を論破して、孫権を降伏させる方法
はじめに宣言します。この考察はジョークです。   ■フィクションの楽しみ 坂口和澄氏は言っている。『演義』の記述をもとにして孔明の南征の戦術を云々する文章を読んだことがあるが、これは講談の速記本を種に尤もらしく論評するのと同じで、全く無意味なことである。だってさ。 出典:坂口和澄『真説三国志』小学館1997年 そうそう、無意味かも知れない。でも面白いからいいじゃん笑   映画やアニメなどの作品の、中身を真剣に検討する。これってファンは大好きなこと。抑えきれない衝動だよね。サザエさんの家の間取り図を知りたい。磯野家はフィクションには違いない。でも、その世界について大人が寄ってたかって、頭をひねる。いいじゃないか。 今回は『三国演義』に描かれた、柴桑で弁舌を揮う諸葛亮を論破する方法を考えます。孫呉の会堂に集まった文官たち。彼らは曹操に降伏したい。そこへ諸葛亮が乗り込み、劉備のために舌戦を挑んだ。彼ら全員を言い負かせば、赤壁の戦いが始まる。劉備の天下が描ける。 『演義』では天才軍師・孔明が勝ちます。でも、あそこで諸葛亮が言ってることは、根拠も妥当性も完璧なものばかりだったのだろうか。何だか雰囲気で押し切ってる気配があるぞ。詳細に検討してみます。   テキストとしては、吉川英治氏の『三国志』を使います。 『三国演義』の翻訳はいろいろ出てるけど、文意の正確さをメインテーマに書かれている。ゆえに、文学的な面白みで行くとイマイチ。誰もが親しんだバージョンの翻訳というのも、ない気がする。 日本人にとっての三国志と言えば、吉川英治でしょ。比較的『演義』とストーリ運びも近い。だからこれを元に考察します。雰囲気を出すために積極的に引用してます。ちょっと長くなったかな。
  ■御大将・張昭の登場 いきなりアンタからかよ!という気もするが。 張昭「劉豫州が(中略)荊州も奪らず、新野も終われ、惨めな敗亡をとげられたのは一体どういうわけですか。われわれの期待は破られ、人みな不審がっておりますが」 孔明はにこやかに、 「もしわが君劉豫州が荊州を奪ろうとなされば、それは掌を反すよりたやすいことであったでしょう。けれど君と故劉表とは同宗の親、この国の不幸に乗って、領地を横奪するがごとき不信は、余人は知らず、わが仁君玄徳にはよくなさりません」 張昭「これは異なことを承る。それでは先生の言行に相違があるというものだ」※先生=諸葛亮 孔明「なぜですか」 張昭「(前略)古の英雄が志は、天下万民の害を除くにあり、そのためには、小義を捨てて大義公徳により、良く覇業統一を成し遂げたものと存ずるが―いま劉豫州をたすけて、今日の管仲たり楽毅たらんと任ずるあなたが、出盧たちまち前後の事情や私心にとらわれ、曹操の軍に遭うては、甲を投げ矛をすてて、僻地へ敗走してしまうなど、どう贔屓目に見てもあまり立派な図とは思われぬが」 孔明「はははは(以下長いから要約)重病人を治すには、まず粥を与える。いきなり肉を与えたら死んでしまう(手順が大切だ)。いま天下は混乱して瀕死だ。天下の医たる劉豫州は、とても弱い。手順を踏んで天下を治療するためには(時間が必要だから)今死ぬわけにいかない。だから曹操から逃げたのだ。当陽で惨めに離散したが、これは民が着いてきたからだ。これは劉豫州の仁愛を示すもので、恥なき敗戦ではない。高祖のように、百敗しても逆転する可能性はある。これが大計だ。局部的な勝敗しか見られる軽輩な人には解るまい」 張昭「    」※クリックしても文字は出ません笑 沈黙です。   おええ。諸葛亮、文庫本で1ページずっと喋っていた。 孔明は長々と喋りながら、論点を1回すり替えた。どこでしょう笑 そうです、正解。話題にしている時間軸をズラしてます。張昭が聞きたいのは「現在の劉備と同盟するメリット」だ。しかし孔明が答えたのは「未来に期待しうる劉備の強さ」だ。 張昭は「荊州で失敗して逃げちゃったから、現在の兵力が低いんでしょ?」と訊いている。だから、荊州のことを詳しく突っ込んでいる。諸葛亮は、それに答えていない。だって正面から答えたら、救いがない。 孔明は最後に「未来の話をできない張昭さんは小物だね」と罵倒して、黙らせた。張昭はそもそも未来の話などするつもりもない。でも予想外に個人攻撃されて黙ってしまった。確かに一般論として、百年の大計を語れない人物の評価は低いから。こうやってすり替えを隠匿した。   張昭が孔明にやり返すなら、こんな感じかな。 「曹操は、眼前に迫っております。時は一刻を争うのです。現在と将来の話を混同してしまうような人と話しても仕方ありません。他の誰でもない先生が、現在の劉豫州が弱いことはお認めになった。同盟はお断りします」 こうやってもいい。 「劉豫州が天下の医として腕を揮うには、まずは曹操の侵攻を食い止めねばならぬでしょう。どうやって生きながらえるつもりですか。我らを曹操と戦わせるしか、方法はありませんね。先生は命を奪われる危険を冒して、単身乗り込んで来られた。このことが、我らとの同盟に賭ける先生の真意を暴露しています。我らとの同盟を前提にした戦略の素晴らしさを、まだ同盟していない我らに偉そうに説く。順序がおかしくありませんか。我らが同盟する利点を、まだ先生は何一つ語ることが出来ていません」
  ■虞翻、孔明が惑わすから気をつけて! 虞翻「(前略)いま曹操の軍勢百万雄将千員、天下を一呑みにせんが如き猛威をふるっておるが、先生には何の対策か有る。乞う、吾々のために聴かせ給え」 孔明「百万とは号すが、実数は七、八十万という所でしょう。それも袁紹を攻めては、その北兵を編入し、荊州をあわせては、劉表の旧臣を寄せたもの、いわゆる烏合の勢です。何怖れるほどなものがありましょう」 虞翻「あははは。云われたりな孔明先生。あなたは新野を自儘し、当陽に惨敗し、危うく虎口をのがれたばかりではないか。その口で、曹操如きは怖るるに足らんというのは、ちとおかしい。耳をおおうて鈴を盗むの類だ」 孔明「いや、わが劉豫州の君に従う者は、少数ながら、ことごとく仁義の兵です。何ぞ、曹操が残暴きわまる大敵に当って、自ら珠を砕くの愚をしましょう。―これを呉に較べてみれば(以下要約)呉は天険に恵まれて、兵も強い。しかし君たちが主君を曹賊に屈服させようとしている。劉豫州の配下に較べたら同日の談ではない」 虞翻「」※口を閉じた。   諸葛亮はまたすり替えました。話のテーマが「兵の強弱」から「臣下のあるべき姿勢」に変わっている。 虞翻は、兵力の多寡を論じた。諸葛亮は曹操軍の内訳を分析した。ここまでは話がズレてない。しかし劉備軍の話になると、兵士が主君に仕える動機を持ち出した。劉備軍は主君思いだから、曹操という強敵と戦ったりしない。ちゃんと逃がしますよ、と。それとの比較で、孫権の文官が非戦を考えていることを「国恥」と決め付けて批判した。 諸葛亮は、孫権と劉備を同じ立場だと捉えている。それは誤りだ。もしくは意図的な曲解だ。 劉備と孫権は違う。劉備が曹操に降伏したら、間違いなく殺されるだろう。劉備は曹操を長年手こずらせている。曹操に庇護してもらっても、劉備は恩をアダで返した前科がある。劉備を生かすには、徹底抗戦か逃亡しか残されていない。和睦も臣従もあり得ない。 しかし孫権は、そう安直に殺されない。同じ立場で降伏した劉表の遺子・劉琮は、殺されなかった。魯粛が孫権に降伏しないよう説得するとき「高い身分を失いますよ」とは脅しているものの、「殺されますよ」なんて言ってない。孫権は劉備と違い、曹操と対立したことがない。この赤壁での外交が、初めての本格的な接点なのだ。   虞翻が言い返すなら、こうだ。 「先生にお答え頂けなかったので、再度同じ質問を繰り返します。曹操を怖れないに充分な兵力を、劉豫州はお持ちですか」だけで勝てる。もしくは「劉豫州と我らの君を同列に論じるのは誤りです。なぜならば…」以降は、上にまとめた孫権と劉備の違いを述べる。劉備が孫権よりも数百倍ピンチであることを指摘して、やり込めてもいい。 これで諸葛亮は、すごすごと羽扇を畳んで帰るしかない。もしくは劉備の命を助けるために、保護を願い出るかも知れない。
  ■歩騭の単純ミスと、地雷を踏んだ薛綜 歩騭「孔明―敢て訊くが、其許は蘇秦、張儀の詭弁を学んで、三寸不爛の舌をふるい、この国へ遊説しにやってきたのか。それが目的であるか」 孔明は、にことかえりみて、 「ご辺は蘇秦、張儀を、ただ弁舌の人とのみ心得ておられるか。(以下、蘇秦・張儀が天下の経営に当った優れた人物だと説く。歩騭が二人を軽々しく例えに持ち出したことを詰る)」 歩騭「#」※顔を赤らめてしまった。   呉の重要人物が、たったこれだけで退場かよ! 諸葛亮は話題を同盟の妥当性から、例え話の妥当性にすり替えた。これにより、自分が詭弁を操っていることを誤魔化した。 この同盟が成立すれば、劉備は嬉しいことばかり。でも孫権にはメリットがない。それを捻じ曲げて同盟させようというのだから、詭弁を駆使してる。白を黒と言いくるめてる。 歩騭が切り返すなら、こうだ。 「無学の私を、お許し願いたい。改めて問う。この呉が、劉豫州と盟を結ぶ利点を、万人に分かるようにお話頂きたい」ですね。例えが不適切だったんだから、それを謝って仕切り直すしかない。蘇秦・張儀の歴史的評価に話を持っていくと、孔明の思うツボだ。   薛綜「曹操とは、何者か?」 孔明「漢室の賊臣」 薛綜「古人の言にも―天下は一人の天下に非ず、すなわち天下の天下である―といっておる。ゆえに、尭も天下を舜に譲り、舜は天下を禹に譲っている。いま漢室の政命尽き、曹操の実力は天下の三分の二を占むるにいたり、民心も彼に帰せんとしておる。賊といわば、舜も賊、禹も賊、武王、秦王、高祖ことごとく賊ではないか」 孔明「お黙りなさい!」※ついに恫喝してる。 孔明「ご辺の言は、父母もなく君もない人間でなければいえないことだ。人として生まれながら、忠孝の本をわきまえぬはずはあるまい。漢の功臣の子孫のくせに簒虐を企んでいる曹操の野望を、易姓革命として認めるのはおかしい(この文要約)。借問す、貴下は、貴下の主家が衰えたら、曹操のように、たちまち主君の孫権をないがしろになされるか薛綜※描写すらない   薛綜の質問は、きわめて抽象的だ。これを正統論に持ち込んだ孔明の勝ちだ。正統論は、国家の存在意義を賭けて、長年争われる。1800年経っても決着が出ない。どれだけ話しても平行線だろう。 易姓革命だって地雷だ。地雷を踏んだ薛綜を、確実に刈り取った孔明の勝ち。薛綜が抵抗するなら「あなたのご意見は伺いました」と、なるべくクールに流して、さも小さなことを確認しただけだ、という雰囲気を作る笑
  ■ミカンの陸績、余計な質問 陸績「(前略)劉豫州は如何に。これは自称して、中山靖王の末裔とはいい給えど、聞説、その生い立ちは、蓆を織り履を商うていた賤夫という。―これを(曹操と)較ぶるに、いずれを珠とし、いずれを瓦とするや。おのずから明白ではあるまいか」 孔明は、呵呵大笑して、 「オオ君は(以下略、劉備の崇高さと曹操の邪悪さを説いた)」 陸績※胸がふさがって、二の句もつげなかった。   陸績はもう、孔明の罠に落ちている。孔明に劉備の話をさせてはいけない。孔明の劉備信仰は簡単には揺らがない。 曹操は献帝を擁して実力を持っている。劉備は(この時点では孔明の脳内でのみ)漢王朝を継承する根拠を持っている。一方の孫権は、まだ地方政権として確立している最中で、漢王朝との関係性を明確に出来ていない。国家がそういう段階なのだ。それなのに、正統論をやるには極めて不利だ。 そりゃ継ぐ句なんてないよ。国家規模でないよ。張昭でもきっと黙っちゃうよ。   呉が曹操と開戦しようが和睦(ないしは降伏)しようが、劉備なんて関係ない。兵数を見れば、吹けば飛ぶような塵なのだ。孔明の話を聞いてあげる義理はない。劉備と結ぶメリットがないことは、皮肉にも孔明がうるさいくらいに宣伝し終わっている。 陸績がやるなら、孔明が文庫本の3分の2ページも喋るのを阻止すること。1行くらい喋ったら「もう結構。よく分かりました。ありがとう」と言って帰らせる。
  ■本題を逸れちゃった、厳畯と程秉 厳畯「さすが孔明、よく論破された。わが国の英雄、みな君の弁舌におおわれて顔色もない。そも、君はいかなる経典に依ってそんな博識になったか。ひとつその薀蓄ある学問を聴こうではないか」※揶揄的に言った。 孔明※気を揮って、一喝した。 「抹消を論じ、枝葉をあげつらい、章句に拘泥して日を暮すは、世の腐れ儒者の所為(中略)不肖孔明もまた、区々たる筆硯のあいだに、白を論じ黒を評し、無用の翰墨と貴重の日を費やすようなことは、その任ではない。」 程秉「こは、聞き捨てにならぬことだ。では、文は天下を治むるに、無用のものといわれるか」 孔明「(国政と学問について半ページのお説教)」 すでに満座声もなく、鳴りをひそめてしまった。   馬鹿だよ、厳畯。個人攻撃しても、仕方ないじゃん。 阿呆だよ、程秉。揚げ足取りをしても、楊州は救われないよ。 改善策はなし。むしろ二人には黙ってもらおう。
  ■おわりに   孔明の独壇場だったが、忘れてはいけない。議論のテーマは、呉が劉備と同盟をするメリットはあるのか。もし劉備と同盟していまったら、あらゆる交渉余地を捨てて、曹操と戦うことになる。その無用なリスクをわざわざ抱え込むことは、是か非か。 その議論は充分に尽くされたのか? 孔明のスゴさに圧倒されただけで、ろくに話してないよな笑? ここに黄蓋が乱入して、トントン拍子に開戦へと突っ走るのでした。   最後に確認しておきます。 孔明は詭弁を使っていた。なぜなら呉には、劉備と同盟するメリットがなかったから。ゆえに、落ち着いて突っ込めば、いくらでも孔明を論破することが出来た。余計なことを聞かなければ、孔明は喋りまくって場を圧倒することもなかった。まあ『演義』では、東南風を吹いて責任を取ってくれるから、それでいいんだけどね。 もう一つ。 吉川英治は、やはり名文だね。彼の本を「筆写」しただけでも、このコラムに挑戦した価値があったと思う。いい。すごくいい。
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