■三国志雑感>袁術が事件解決!怪奇190年代の謎(6)
■転職の機会は死守すべし!
呂布が袁術に味方をした。袁術が滅びてしまえば、チーム袁紹の一人勝ち、功労者の曹操が舞台で表彰、という結末になってしまう。呂布の構想は、袁術か袁紹に力を認めてもらって、活躍の場を与えてもらうこと。
陳珪の進言を採用して袁術を攻めてみたものの、ちょっとやり過ぎた。しかも曹操が袁術に、追い討ちをかけるなんて。追い討ちをかけるにしても、それは呂布自身の役割であってほしいのに。
 
198年、呂布は部将の高順に、小沛の劉備を攻めさせた。思い出すと、劉備を生かしておいたのは呂布の匙加減。袁術に徐州を回収されないよう、首だけは繋いでおいてやったのだ。しかし情勢は変わった。今の袁術を助けても、徐州を巻き上げられる可能性は低い。劉備配下のバカなヒゲが、呂布の馬を盗んだ。口実も万全。
曹操は、劉備を救う。夏侯惇を救援に出した。呂布がチーム袁術色を強く出してきた。その呂布が攻めた劉備は、チーム袁紹の一員と同じ扱い。そういう理屈だ。しかし夏侯惇が目を食べただけで、この戦は劉備の負け。
劉備は曹操の都に居候することになった。
 
曹操は下邳に呂布を囲んだ。曹操は、自分に味方する利害を手紙にしたためた。推測ですが、こんな感じ。「袁術は落ち目。どんな優秀な人材が入っても、潰れます。しかし現在のあなたのキャリアでは、チーム袁紹には入れないでしょう。書類選考も通らない。でもキャリアアップと称して、無謀な戦いをしないことです。ここでオレを相手に奮戦しても、そんなのはキャリアとして価値はない。袁紹お気に入りの人事部長が言ってたから、間違いありません。それよりもどうですか。新生チーム曹操で実力を発揮しませんか」なんて言ったんだろう笑。呂布は降伏を考えたと「呂布伝」にある。
 
しかし陳宮がストップをかけた。曹操との徹底抗戦を主張。
陳宮は曹操に謀反して、チーム袁術に賭けた男。曹操のところには戻れない。呂布は強い。ここで曹操を返り討ちにし、チーム袁術再建に多大な貢献をすれば、当初の計画以上に厚遇される。ピンチこそチャンスなんだ。呂布は強いから。なぜなら呂布は強いから。
『献帝春秋』にある。呂布は包囲されると白門楼の上に立った。曹操の兵士に言った。「オレを苦しめないでくれ。オレは殿様のところへ出頭するつもりなんだ」と。陳宮はびっくりして諌めた。「逆賊曹操が、なんで殿様なんですか。降伏しても殺されますよ」と。
陳宮は陳宮のために呂布を操ろうと躍起だ。
 
呂布は(というか陳宮は)袁術に救援を依頼した。
『英雄記』に言う。袁術はゴネた。「呂布ちゃんは、娘を送ってこなかったじゃん。救援する理由はないわ」と。しかし呂布の使者が「呂布将軍が倒れたら、陛下も共倒れですよ?」と交渉。事実には違いないけど、脅しでもある。袁術は「だから、呂布ちゃんの娘が届いて結婚成立したら、味方するんだよ。誰も救援しないなんて言ってないじゃん」と逆ギレ。
これを聞いた呂布は、娘を綿にくるんで背中に結び、騎馬で曹操の包囲を突破!
できるわけもなく笑 城内に引き返した。しかし娘を背中に結んでたら、射かけられた矢は娘に当たるんじゃないか。むしろ盾だったりして。
娘が届かないのだから、袁術の援軍は来ない。呂布が曹操に抗戦するモチベーションは、チーム袁術への取締役としての就職。しかし袁術との外交がうまく行かぬなら、もう曹操に降伏しちゃった方が良いよね笑
 
呂布が娘を連れ出すとき、呂布の妻が泣きついた。「高順と陳宮は不仲です。彼らが対立して城を守りきれなかったら、どうするのよ。あなたは城外に出てはダメだわ」と。
吉川英治では、重要な局面でいつも女性の意見に惑わされる、愚かな呂布として描かれている。ちなみ一度目は貂蝉ね。
しかしこの妻の指摘は正しい。高順は呂布に忠実な将軍だ。前に書いた陳宮謀反のとき、妻と一緒に裸でウロウロしていた呂布を救ったのは、高順だった。しかし陳宮は呂布のために動いてない。呂布のいない下邳城をどうするか、分かったものじゃない。
『魏氏春秋』にも似た記述がある。「曹操は陳宮を、我が子のように可愛がりました。でも謀反した奴です。もしあなたの出張中に何かあれば、私はあなたの妻でいられましょうか」ああ切ない。そして正しい。
 
 
■呂布、最期の面接試験
「呂布伝」にある。呂布は配下の将軍達だけを信頼した。将軍たちはそれぞれ気持ちが違っていて疑心暗鬼で、戦うたびに敗北した、と。呂布の将軍たちの話はまた後日します。
ついにクライマックス。198年12月、呂布の将軍、侯成・宋憲・魏続たちは陳宮を縛り上げ、軍勢を率いて曹操に降伏した。下邳城をチーム袁術に売ろうとしていた陳宮を、みんなで追放したという形です。彼らはチーム曹操に編入されて活躍する。将来のレギュラー張遼も、このあと曹操に降伏。
呂布も降伏した。生け捕りにされた。呂布は言った。「陳宮がスーツを隠すから会場に遅刻してしまったが、これから大切な面接なんだ。縄目がきつ過ぎる。少し緩めてくれ」かな。いよいよ呂布の最期です。
  
控え室を覗き見して「縄目を緩めてくれ」を聞いた曹操は言った。「虎を縛るのだから、きつくしないワケにはいくまい」と。
虎の比喩は、呂布にとって初耳ではない。陳登の口伝で聞いてきてたね。ここで「いえ私は虎ではありません。鷹です。そう曹操さんが例えて下さったではないですか」と言ったら、面接の雰囲気は一気に和んだかも知れない。陳珪を活用してきた意味もあるというもの。
ダメ押しに「虎は充分な年収を与えないと、上司に不満を持ちます。しかし鷹は、給与が少なめの方が、そこに留まって尽力するものです。給与が少ないのは自分の働きが足りないからだと考え、組織のために奮起するからです。ご存知だと思いますが、私の武は天下無双。しかし初めから高い給与は要りません。私がもたらした利益は、むしろ投資に回して下さい」とでも言ってれば、即採用だったかも知れない笑
しかし、こんな多弁な呂布は、ウザいよなあ。今回の募集職種は、軍師じゃないんだから。
 
呂布は昨夜覚えてきた、渾身の自己PRをする。
「曹操さんにとっての心配ごとはオレだけでしょう。オレが降伏したのだから、もう心配の種は消えました。オレが騎兵を率いて、あなたが歩兵を率いる。そしたら天下統一ですね」
これを聞いた曹操は、それも一理あるなあ、と悩む。相手を持ち上げて、同時に自分の能力も認めさせる。ビジョンを共有していることも確認させる。
呂布はうまい。
 
『献帝春秋』にある場面。これも転職のプロ・呂布の面目躍如。
呂布は曹操に聞いた。「殿はなぜお痩せになったのか」
曹操曰く「どうして君はオレを知っているのだ」
呂布曰く「昔、洛陽にいた頃、温氏に庭園でお目にかかったことがある」
曹操曰く「そうだった。オレは忘れていた」
ここで呂布が言っている対面のタイミングは、10年くらい前。あれからたくさんの命が失われた。たくさんの修羅場を潜った。同じ時代を生き抜いた。そんな激動の時代を経ても、呂布は曹操を覚えている。これは、心証がめっちゃいいでしょ!
洛陽時代の曹操なんて、吹けば飛ぶような小役人。それは曹操自身が一番よく分かっていること。当時の呂布は、超☆時めく董卓の護衛。身分は雲泥の差。それなのに、呂布は一瞬の対面を覚えていた。
 
体調を気遣っているという、会話テーマもいい。「曹操さん、新チーム立ち上げで、帰る時間も遅いのでしょう。休日出勤もなさってるんですね。私には分かるんです」という感じ。
曹操の目の下のクマの理由が下邳城包囲(自分との戦い)であるなら、遠回しに「身に染みておられる通り、オレは強いでしょ」というアピールになる。「そんな私が、これからはあなたを助けます」と。
 
曹操曰く「痩せたのは、もっと早く呂布さんを捕まえられなかったのが残念だからだ」
呂布曰く「斉の桓公は、敵対して弓を当てた管仲を許して、用いました。私を曹操さんのチームの先駆けとして使って頂けませんか」
呂布は曹操の心をつかんでる。曹操は「痩せたのは、あなたを早く捕まえられなかったからだ」とは言ってない。それが残念だからだ、と言ってる。すなわち、呂布を用いたいと言ってる。呂布は古の理想的な君臣の成功例を引いてきて、仕える意思を伝えてた。
よかった、呂布。時代は動いている。中原は「袁術vs袁紹」という対立構図から「袁紹vs曹操」に移行しようとしている。袁術にも袁紹にも用いられなかったが、勢力図そのものが変化して呂布に微笑んだ。 次回最終回です。

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