■三国志雑感>袁術が事件解決!怪奇190年代の謎(3)
張邈=ちょうばく、と読む
ちょっとマイナーで、漢字が難しいこの人物。考察に苦戦したので、このページは読みにくいかもです。次のページではあの呂布の話をしてるので、そちらに飛んでいただいても構いません笑
曹操の留守を襲った張邈は、もともと袁紹とも曹操とも知人。当然のこと、チーム袁紹に所属。自前の兵力を持たなかった時期の曹操を助けている。
 
彼は、反董卓連合の提唱者の一人。盟主として驕慢になった袁紹を、正論を吐いて諌めるほどのキーマン。諌められた袁紹は怒ったが、曹操が張邈を支持して関係を取り持った。
徐州出兵の際に、曹操は家族に言った。「私が帰ってこなければ、張邈のところに身を寄せろ」と。すごい信頼です。あの曹操が人を頼るのか~という新鮮な驚きを提供してくれる。
チーム袁紹で「曹操:張邈=飛車:角行」みたいな関係だったのでしょう。※将棋に例えてます。※賈詡じゃない笑
 
結末から書いておきます。呂布・陳宮と結んで曹操を攻めた張邈は、曹操の逆転を食らって一族を皆殺しにされた。
張邈自身は、呂布のもとから袁術への救援依頼に向かう最中に自軍の兵に殺されてしまった。
小説ならば、こんな感じ。親友に裏切られ人間不信の曹操→根拠地を失いそうな心細さ→それを跳ね返さんばかりの激しい報復攻撃。北方氏も印象的に描いていた。後年の覇王・曹操の孤独が浮き彫りになる。いい。
だが、本稿では友情描写なんてしない笑
 
以下考察。張邈の死を2通りに読み解いてみます。
 
 
■その1:チーム袁紹内での主導権争いに敗北
なぜ張邈は、親友の曹操の本拠地を攻めたか。
「張邈伝」には挙兵の動機がこう書かれている。
 
呂布は袁紹に見切りをつけた。呂布は、袁紹のもとを去る際に張邈のもとへ立ち寄り、手を取り合って誓いを交わした。袁紹はこのことを聞いて、たいそう悔しがった。張邈は、曹操が袁紹のためを図って、自分を攻撃して来るのではないかと恐怖を抱き、内心不安でたまらなかった。
194年に陳宮が曹操に謀反した。陳宮は張邈を説得した。「あなたは四方どこからでも攻め込まれる平坦な土地を領土とされています。周囲と比較しても、あなたは英雄として通用する資質が充分にあるのに、他に圧倒されています。見下げたことではありませんか。曹操が空けている兗州を攻めれば、英雄として天下で有利になれますよ」と。張邈はこれに同調した。
 
前半は、張邈と曹操の競争を描いている。いかに自前の勢力を拡大し、チーム内での影響力を手に入れるか。それを競っている。
張邈も曹操も志のある人物なので、「袁氏相克」という時代の下で、機会があれば自立も考えているのかも知れない。ただし現状、袁紹は強いので、傘下にいるメリットも捨てきらない。袁紹と良好な関係を保つことが、自立に向けた準備をする助けにもなるしね。
 
袁紹は呂布を危険視して、チームから追放した。でも張邈は、呂布と親しくした。張邈は袁紹に直言するほどの力がある人物である。その張邈が、呂布を味方につけた。今はまだ一介のメンバー構成員とはいえ、袁紹にとって脅威にもなりうる。だから袁紹は悔しがった。
こんな張邈を、曹操が攻撃する動機はいくらでもある。
袁紹への覚えをメデタくするチャンスだ。「リーダー袁紹のメリットになる動きをしてます、チーム秩序を守るための粛清なんです」とアピりながら、ライバルを除ける。さらに自前の勢力も拡大できる。これは、袁紹からの独立を視野に見据えても有利だ。
※分かり切ってるから書きますが、曹操は後年、袁紹に「謀反」します。
 
張邈は曹操と似た立場で、親交も深かった。曹操が考えそうなことは分かる。だから、曹操が家族を託すような信頼を自分に見せても、裏ではいつ攻められるかビクビクしていたんじゃないか。
もしくは、張邈自身が曹操を攻める機会を狙っていた。それを自分で強く意識していた。そんなだから、「きっと曹操も同じことを考えているに違いない」と、不安を勝手に膨らませただけかも知れない。疑心暗鬼です。
もし曹操が張邈に恩を感じて、攻撃の対象と見てなかったのだとしたら、切ない行き違いです。
 
曹操を強くライバル視する張邈に、陳宮の説得が舞い込んだ。二つ返事だったんだろうなあ。結果は失敗して、一族を殺されちゃったけど。
攻められた曹操は、いやがおうにも張邈を政敵と見るしかないから、そりゃ張邈の一族を殺すよね。政敵を片付けるときって、禍根が残らないように容赦なくやるのがセオリー。
 
   
■その2:チーム内で曹操を諌めそこねた悲劇 
なぜ張邈は、親友の曹操の本拠地を攻めたのか。曹操が張邈に見せた信頼ぶりから、もうちょこっとメンタルな面を重視した推測を立ててみる。
 
張邈は曹操の虐殺行為を苦々しく思った。あるべき袁紹メンバーの姿じゃないと憤った。よりによって自分が援護して親しんだ曹操が人道を外れたので、余計に腹が立った。
だから曹操の根拠地を脅かし、曹操を徐州から撤退させようとした。本気で攻めないものの、ちょっと懲らしめる、というニュアンスかも。ぼくの勝手な推測ですが、こうやって解釈すると、曹操やチーム袁紹への愛着が感じられる気がしませんか。 
折りしも、陳宮と呂布が合流した。陳宮は彼自身の戦略で動き、呂布は呂布にしか分からない理屈で動いている。目的は違うものの、兗州攻めを考えているという点で三者は一致。軍事行動スタート。
 
しかし戦闘は、曹操旗下の程昱や荀彧の粘りで、泥沼化。
張邈の当初の狙いは外れた。おしおきの匙加減に失敗して、にっちもさっちも行かぬ。世の中は、結果を分かりやすくするのが大好きです。ただチーム袁紹のMVP曹操に歯向かったという構図だけ残ってしまった。生きるためには、大変に不本意なことながら、チーム移籍を決意するしかなかった。
そして袁術へと駆け込む最中、殺された。この最期だけに注目すると、袁氏の代理戦争の犠牲者だね。
 
張邈が失敗した理由は陳宮と組んだからだろう。張邈と陳宮は、実は狙いが決定的に食い違った。張邈はそれに気づかずに、行動を一にしてしまった。陳宮は呂布を動かして、兗州を本気で陥落させるつもりだった。だから張邈の意に反して、マジな戦闘をやった。三郡を残して、ことごとく屠った。兗州の死力を引き出してしまった。

こんな陳宮と一緒に行動すれば、張邈の意に沿わぬ戦闘が続く。ズルズルとチーム袁紹に居場所がなくなる。曹操や袁紹との交流が過去のものになる。何だか、こっちも切なくなってきた。。
 
張邈の誤算に、曹操は気づいてくれたかな。
ここまでが195年の出来事でした。次回は袁術が大発進!つづく。

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