三国志は、1800年に渡って語り尽くされてきた叙事詩。
しかし、とある映像作品のキャッチコピーみたく「死ぬまで飽きない」もの。
まだまだ枯れる気配すら見せない、三国志の魅力について語ります。
『易経』64卦を勝手にダイジェスト(1)
64卦を『易経』の順番に沿って、勝手に要約していきます。
卦の名前が漢字1文字のときは、理解しやすいように2文字目を色を変えて補っています。『易経』内の熟語や岩波の解説から取ってきます。

天天 乾(けんげん)
純陽の卦。天は健やかで休まない。万物の始め、天道の始終。聖人が抜きん出た地位を得て、万国を安寧にする。


地地 坤(こんげん)
純陰の卦。地の徳は広大で、従順で貞正。包容する。頼るべき主人を失わない。天道に従って、働きを受け継ぎ、万物の元となる。マイナスの意味ではない。


水雷 屯(とんなん)
困難で多く悩む。草の芽が地上に出ようとし(雷)、まだ土が覆いかぶさっている(水)。雷は、地に天が始めて下から交わり始めた形で、それが困難(坎=水)の下にあるから、創業の苦労となる。また、雲(水)の下で、雷が鳴って天気は荒れそうだ。


山水 (どうもう)
山の下に険阻(水)があり、踏みとどまっている。まだ行くべき方向が決まっていない。幼い者は、自発的に学べ。山の下に湧き出る水があるのだから、静止して動揺しない山と、困難を突き破って流れる水の強さを教師とせよ。


水天 需(じゅたい)
待つこと。険阻(水)が上にあるが、天は水に陥るようなことはないから、困窮はしない。果敢に挑めば、前進して成功できる。また、雲(水)が天の上にあるので、雨の振り始めを待つ形。ゆったり構えて、時節の到来を待て。


天水 争(そうしょう)
上の天が強剛で、下の水が陰険であれば、訴訟は避けられない。誠意あることでも、上に妨げられてしまう。また、訴訟はとことんまで突き詰めては、水に溺れることとなる。天は上を指向し、水は下を指向するから、ばらばらに食い違ってしまう。


地水 兵(へいし)
軍隊のこと。兵戦という禍い(水)を行っても、従順(地)に注意に耳を傾ければ、戦乱で苦めても、民や兵はついてくる。地の下に水が蓄えられているため、君子は人民を包容し、国力を高めることができる。


水地 (しんひ)
たった1つの陽爻が、よい位置を占めており、力を持つ。他の全てを従える。人々は親しく助け合う。上下の気持ちが通じ合う。地の上に水があると、水は密着して地から離れないから、君主と諸侯の親密を表す。


風天 小蓄(しょうちく)
1つの陰が、他の陽を、小さい拘束力で押し蓄(とど)める。君子は、小人に足を引っ張られても、やがては志を遂げる。天の上に風があるので、風の恩沢はまだ人々には届いていない。雨が今にも降りそうだが、陰が止まっていて、まだ降らない。君子は涵養して時を待て。


天沢 履(りどう)
人のつねに履(ふ)むべき道、礼。柔(沢)が、剛(天)のレールを外れず、喜んで(沢)規制下に入っている。だから、虎(天)の尾を踏んでも、従順ゆえに(沢)許してもらえる。天の下に沢があり、上下の秩序がはっきりしているため、安定する。


地天 (あんたい)
天は登り、地は下る。陰陽が混合して分かり合えるので、よい卦。君臣は通じあうため、安定する。内に陽・健・君子を秘めているから、いま外に表れているマイナスのものは、やがて消滅する。万物の生命が発生してゆく。


天地 否(ひそく)
陰と陽が混ざり合わず、塞がってしまう。天は上に、地は下に向かい、混ざり合って和解する機会がない。内から突き上げる、陰・柔・小人が、せっかくいま外に表れているプラスのものを駆逐してしまう。


火天 大有(たいゆう)
大いに所有する。火が天の上にあり、四方を明るく照らす。1つの陰が万民を、所有して率いる。火も天も、おおいに陽で応じあっているので、アクティブに善をすすめて、天命を実現することができる。


地山 謙(けんそん)
高い山が、低い地の下にへりくだって入っている。地は、天の足りないものを補って万物を救済する。その下に潜り込んで、地を侮ることなく態度を低くしているのだから、何事も成し遂げられるだろう。優れた人は、たとえ地の下でも成功する。


雷地 豫(よらく)
雷が地の上に出て、あたりを震い動かす。古代はこの雷を真似て音楽を作り、道徳を広めたり祖先を祭ったりした。1つの陽に他の陰が和順し、政治も戦争もうまくいく。日月も四季も、喜び調和する。


沢雷 随(ずいじゅう)
沢の中に雷がひそみ、タイミングに従う。昼は働き夜は休むものだ。沢(少女)が、雷(長男)に服従するのは適っている。動いて(雷)喜ぶ(沢)というのは、天下の人がよく従ってくれているときである。


山風 蠱(こかい)
皿の上に虫が湧くのは、壊乱腐敗。風(長女)が山(少男)の下に入り込んで、情を惑わす。剛(山)が昇ってしまい、柔(風)が下ってしまったので、陰陽が交わらない。風は盲目的に従い、為政者の山は無反省に止まるので、丁寧に振る舞わないと壊乱する。風のように民を振作し、山のように自己修養に努めよ。


地沢 臨(りんせつ)
地が沢の上にあり、河岸が水沢と接している(臨む)さま。下からやっと陽が回復してきたので、(春直前の)12月を指す。せっかくの春の兆しに、喜んで(沢)従う(地)のが自然だ。民と接するときは、包容して保護するように。


風地 (ぎょうかん)
上から2つめの陽が、陰4つを率いている。2つ目の陽には、仰ぎ見られるもの(いちばん上の陽)がいるため、神を祭ることを表す。風が地の上を行くように、四方を巡行して、民の様子を観察して政教をおこなう。陽が昇りつめたので、8月である。


火雷 噬嗑(ぜんこう)
ものを噬(か)み嗑(あ)わせ、口の中にものが砕かれている。悪人を裁くかたち。陰陽が3つずつあり、動いて(雷)明らか(火)であり、あたりを明るくする。法を明らかにして、雷鳴の威に則って、刑罰を明らかにした。


山火 賁(ひしょく)
火が山の下にあり、草木を明るく照らし、飾るようす。いちばん上の陽は、これ以上昇れず、陰に隔てられているため、飾るのもほどほどに。火のように照らして教育しつつ、山のように静止して冷静な判断を下すのがよい。


山地 剥(はくらく)
5つの陰が成長して、陽を剥ぎ取った。下らない人物が、立派な人物を駆逐するようす。高い山が崩れて、地の上に附着したようす。地が固ければ、崩れた山も安泰であることから、下民に施し、自分の地位の安泰を心がけよ。


地雷 復(ふくれい)
陽が、また戻ってきたようす。11月の冬至で、今後は陽が成長していく。動いて(雷)道理に従順(地)なので、新しいことを始めるには良い。しかしまだ陽は微弱なので、関所を閉ざして、巡察も控えるのがよい。


天雷 无妄(むぼう)
虚妄がないこと、自然のままで誠実なこと。いちばん下の陽がやって来て、下半分の主になった。動いて(雷)健やか(天)である。天の下で雷が動けば、万物は生育し、自然のままに命を与えられる。天の時に対応して、育てよ。


山天 大畜(たいちく)
陽が大いに畜(とど)める。山が天の上にあって、拘束している。上から2つめの陰は君主で、それを諌めているのだから、賢者が養われている。君主は、過去の聖賢を見習って、自分の徳を高めるように。


山雷 (こうい)
口を開けたかたち。上はとどまり(山)下は動く(雷)ので、物を食うときのあごの動きに似ている。栄養を取ることは、養うことに通じ、聖人が賢者を招いて良い政治を行うことに通じる。雷が山の下で突き上げると、草木を発生させる。


沢風 大過(たいか)
陽(大)が中央にあって、勢いが盛ん過ぎるようす。上下の陰は、重さに耐えかねるので、家が倒れそうなさま。沢が木(風)を埋没させているのは、草木の生育にとっては、水のやり過ぎである。俗世にまみれず、自主独立せよ。


水水 習坎(しゅうかん)
険や陥の意味。2つの陽は、陰に沈められており、険難は重なり合う。水は常に流れる性質なので、このスランプを乗り越えることは出来るだろう。君子は、水のように休まずに修養に努め、成功を目指すべきである。


火火 離(りふ)
離れるとは、麗(つ)くこと。はさまれた陰が、陽をくっつけている。人が人に付き従い、日月は天に付き、植物は地に付く、これらは道理だ。明(火)がふたたび起こるかたちであるから、明徳を継承して、国に君臨するべきである。


沢山 (そうかん)
少男(山)が、少女(沢)と相ひ感じているようす。柔(山)が昇り、剛(沢)が下って、交わる。止まって(山)喜ぶ(沢)。高い山が、沢の下にへりくだっている、


雷風 恒(こうきゅう)
長男(かみなり)が長女(風)の上にいて、男が外で働き、女が家を守るという安定した状態。剛(雷)が昇って、柔(風)は下る。爻が和合して混ざり合うのは真理だ。雷と風でつねに移り変わるということ自体は、変わることはない。
『易経』64卦を勝手にダイジェスト(2)

天山 遯(とんひ)
下から2陰が競りあがってきたので、君子は小人を用心して、時にはバカの振りをし、世を逃げなければならない。天の下に山がある。山はどれだ高く上ろうとしても、天には届かない。山のことを憎悪しないが、天は自省すべきだ。


雷天 大壮(たいそう)
大いなるものが、長じてピークを過ぎ、壮(さか)んである。天の上で雷が鳴るのは、陽が全盛期だ。剛(天)で動く(雷)であるから、激しくて仕方ないが、行いを外さないように警戒しなければならない。


火地 (じょうしん)
火が地の上で晋(すす)む。太陽が地上に出れば、あたりをくまなく照らす。功績を立てて褒賞をもらったり、人々に仰ぎ見られたりするかたち。


地火 明夷(めいい)
明るいものが夷(やぶ)れ傷つく。火が地の中に入ってしまい、地上は暗黒になり、知恵も働かなくなる。暗君に人民は苦しめられるため、耐え忍べ。


風火 家人(かじん)
一家の構成員。下から2つめの陰(女)、下から5つめの陽が(男)、あるべき場所に収まり、理想的な家庭環境。父母兄弟は役割どおりに振る舞う。火が燃えて、上に風が起こるように、全ての物事が法則どおりに起こる。


火沢 睽(けいい)
火が炎上して昇り、下では沢が潤して降る。バラバラの方向を目指すため、睽(そむ)き違(たが)う。中女(火)と少女(沢)が同居しており、中女は可愛がられずに外(上)に放り出されていて、仲が悪い。


水山 蹇(けんし)
悩んで進めない。高い山は険しく、深い水は渡りにくいので、立ち止まってしまう。水は困難を示す。有徳の人の助けを得よ。下から5つめの陰が、水の中に飛び込んで中位を得ているので、絶望するほどではない。


雷水 解(かいしょう)
困難が解決する。雷と雨(水)がおこり、天地の気が解散してリセットされる。水の中で動いて(雷)突き抜けたようす。春になり、冬の閉塞が解除されれば、雷雨で種の殻を打ち破り、芽吹きを促す。


山沢 (げんそん)
下から3つめの陰を損じて、下から4つめの陰の益とする。臣下が犠牲になり、君子にメリットをもたらす。下から上に貢献が昇るので、よいかたち。山の下に沢があるかたちに則り、憤怒と情欲をおさえることを心がけよ。


風雷 (ぞうえき)
雷と風が助け合うので、よいかたち。下から4つめを陰にし、その代償に下から1つめを陽にした。すなわち、上を損じて下にメリットを益(ま)す。下から2つめの陰、下から5つ目の陽はあるべき地位にあるので、吉である。


沢天 夬(かいだん)
陰が飛び出し、5陽を率いている。もう上り詰めた小人を、君子(天)は排除せよ。沢の水流が盛んで、天の上にまで出た。だが必ず飛沫は下に落ちる。悪い人物を一掃するときである。


天風 姤(こうぐう)
陰(女)が出てきて、5人の陽(男)を相手にしているので、増長して不貞である。長く一緒にいることは出来ない。天の下に風が吹き込み、威令が行き渡るかたちでもある。


沢地 萃(すいしゅう)
沢水が地上に集って、ものを潤す。民(陰)が集ってきて、下から5つめの陽(君主)に従う。人が集って、宗廟を祭るのが良い。しかし、突発的な争いごとが起きないように注意せよ。


地風 (しんしょう)
木(風)が地中に芽吹いて成長し、昇っていく。君子は道徳に従い、小さな善行を積み重ねて、高大を目指す。慎み深く(地)、よいタイミングで昇っていける。


沢水 困(こんきゅう)
困難(水)が、柔(沢)に覆われる。下から2つめの陽が、陰に挟まれる。下から4つ・5つめの陽も、陰に挟まれる。おおいに苦しめられる。沢の下に水が入ってしまっているから、沢が枯れた状態である。


水風 井(せいと)
木(風)の上に、水があるため、木桶で水をくみ上げる井戸だ。井戸は邑の中心にあり変わらず、溢れも枯れもせず、誰もが使える。利用する側の力量が足りないと、せっかくの井戸の効用を台無しにする。


沢火 革(かくめい)
沢の中に火があり、相克して変革が行われる。沢水と火は争って、つぶし合いをする。少女(沢)が、中女(火)と喧嘩して、家の中も収集がつかない。


火風 鼎(ていき)
煮炊きをする道具に、卦の形が似ている。下の陰は分かれた脚、2・3・4ばんめの陽は、食べ物を入れるところ。次の陰は取っ手で、上の陽はひっかけるところ。2木(風)の上に火があり、祭祀の道具にも通じる。


雷雷 震(しんどう)
しきりに雷が鳴る。大きな音に驚かされて縮こまり、規範に従え。そうすれば、雷雲が去った後に、安心して笑うことが出来る。やがて祭主になることがふさわしい皇太子が、身を修めているようす。


山山 艮(ごんし)
背中のように止まって、安定した人体の部位。止まるべきところは止まり、心を落ち着けて、欲を発揮しすぎないようにせよ。動き出すきっかけを見逃さないようにせねばならない。


風山 漸(ぜんしん)
徐々に進む。山の上に木(風)があるため、樹木が徐々に生長していくようす。風も山も、陽がブレーキの役目を果たしている。正しい順序を踏んで、ゆっくり執り行うので、女子が嫁ぐのに縁起がいい。


雷沢 帰妹(きまい)
年少の娘を帰(とつ)がせる意味。沢の上に雷がある。嫁ぐにあたって、下にある沢(女)のほうが先に行動を起こすのは、宜しくない。遠い未来を見通さないと、はじめから失敗を招く。


雷火 豊(ほうだい)
雷と火がともにやってくる。君子は、電光の明るさで訴訟を裁き、刑罰を断行する。明るくて(火)動く(雷)と、王者のパワーは豊かで大きくなる。


火山 旅(りょこう)
山の上の火が、次々に燃え移って広がって行くようす。一ヶ所には留まらない。ただし、旅先では協力者を得にくいことから、罰すべき罪を保留させ、禍いの種を残さないようにせよ。


風風 巽(そんじゅん)
上下ともに、陰が陽に従う。2つ重なっているのは、命令がくり返し出される意味。立派な人物に仕えて、丁寧に反覆された命令に従っておれば良い。


沢沢 兌(だえつ)
沢が重なっているので、相互に潤しあう。学習しあって高めあう。上下ともに、陰が陽の上に飛び乗って、喜びが表れている。人の上に立つものが民を喜ばせば、死力を尽すだろう。


風水 渙(かんさん)
風が水上にあって、飛沫を散らすようす。散らばってもまた集るのは、条理である。木(風)の舟で水の上を渡ることが出来るように、成し遂げられる。散らばった祖先の魂を集めて祀り、人心が離反しないように願ったものだ。


水沢 節(せっせい)
沢の上に水がある。節度を守って、沢の容量によく収まっている。節度を保てば、険難(水)であっても、行き詰ることはないだろう。度を越してはいけない。


風沢 中孚(ちゅうふ)
心の中にまことがある。沢の上を風が吹けば、風に従って波が立つ。君子は謙遜(風)し、下のものは喜ぶ(沢)ならば、人々の心は感応する。木(風)の舟が沢に浮くのは、舟腹が空洞(下から4番目が陰)だからである。


雷山 小過(しょうか)
小なる人が、大いなる人に過ぎているようす。翼を広げた鳥を、タテしたかたち。鳥は高く上れば、行き場を失うが、低く降りれば止まり木がある。謙虚になることが良い。高い山の上に雷が鳴るのは、雷が漬け上がっていることになる。


水火 既済(きせい)
ことが完成している。火は下より炎上し、水は上から潤下する。水と火が混ざり合っている。下から奇数番目に陽があり、下から偶数番目に陰があり、これ以上にないくらい調和の取れた、パーフェクトな卦である。だが、絶頂期が続くとは限らない。


火水 未済(びせい)
既決をひっくり返し、全ての陰陽があるべき場所を失ったかたち。火はますます上へ、水はますます下へ向かい、混合の余地がない。何事も不足である。しかし、上下が好対照なので、絶望だけを表すわけではない。

64卦の意味づけが、どういう発想で行われているかは、このページを作りながら概観できました。もともと、三国志のキャラを卦で表すことが目的だったので、これは準備です。
検索性のため、あえて1ページに入れました。『易経』って書物は、中だるみしてるんですね。途中でネタが切れたんだろう。記述が短くて投げやりだった笑
「既決」「未済」には、意図して最後を飾らせたようですが。080726
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