表紙 > 漢文和訳 > 『晋書』桓温伝の翻訳と小考

1)孫権や司馬懿のルックス

習鑿歯が『漢晋春秋』を書いて、禅譲を食い止めようとした権力者が桓温です。どんなに強かったのか、見てみたいと思います。
ちなみに王敦と同じ巻に収められている時点で、かなりキナ臭いです。

天子の誕生神話?

桓温,字元子,宣城太守彝之子也。生未期而太原温嶠見之,曰:「此兒有奇骨,可試使啼。」及聞其聲,曰:「真英物也!」以嶠所賞,故遂名之曰温。嶠笑曰:「果爾,後將易吾姓也。」彝為韓晃所害,涇令江播豫焉。温時年十五,枕戈泣血,志在復仇。至年十八,會播已終,子彪兄弟三人居喪,置刃杖中,以為温備。温詭稱吊賓,得進,刃彪於廬中,並追二弟殺之,時人稱焉。

桓温は、あざなを元子という。宣城太守の桓彝の子である。
生まれて間もないころ、太原郡の温嶠に言われた。
「この赤ちゃんは、骨相が奇特である。試しに泣かせてみよ」
桓温の声を聴くと、温嶠は言った。
「真の英物である!」
温嶠に賞賛された赤ちゃんなので、姓の文字をもらって「温」と名づけた。
温嶠は笑って言った。
「こりゃ参ったよ。やがて私は、姓を変えねばならんかもな」

桓温がもし皇帝になれば、「温」の字は皇帝の諱となり、遠慮して忌まねばならない。温嶠は「この子が皇帝になったら」なんて、下品に直接言っていないが、暗示していると思います。

父の桓彝は、韓晃に殺害された。下手人の韓晃は、涇県令の江播が匿った。
桓温は15歳となった。戈を枕にし、血の涙を流して、父の仇討ちを諦めなかった。

臥薪嘗胆の故事では、マキの上に寝ていた。桓温は、ホコに頭を乗せて寝た。復讐心を忘れないという比喩でしょうか。

桓温が18歳のとき、下手人を匿っている江播が死んだ。江播の子の江彪ら兄弟3人は、父の喪に服した。杖の中に刃をスタンバイして、桓温の襲撃に備えた。

「親の死が悲しくて、食欲がない。杖がないと立ち上がれない」という定型句を、よく見ます。杖は、孝行を示す小道具か。

桓温は弔問客に混ざって、兄弟3人に接近した。桓温は建屋の中で、江彪に斬りつけた。弟の2人を追って殺した。
ときの人は、桓温の仇討ちを称えた。

温豪爽有風概,姿貌甚偉,面有七星。少與沛國劉惔善,惔嘗稱之曰:「温眼如紫石棱,須作猥毛磔,孫仲謀、晉宣王之流亞也。」選尚南康長公主,拜駙馬都尉,襲爵萬寧男,除琅邪太守,累遷徐州刺史。

桓温は豪爽な人柄で、風概があった。姿貌は、はなはだ魁偉だった。顔面に7つのホクロがあった。
若いとき、沛國の劉惔と仲が良かった。劉惔はかつて桓温を称えて言った。
「桓温の眼は、紫色の石棱に似ている。 ヒゲは猥毛が磔に作す。桓温は、孫権や司馬懿の風貌を引き継いでいるぞ」

「棱」は、かどの目立つ木、角材、角張って勢いが強いさま。眼が、紫に光る石とか、カチカチの木片みたい・・・とは、眼光がよほど鋭かった?
「磔」は、はりつけ、からだを裂くこと。ヒゲの毛質がナイフみたいに硬いのか?分かりません。
ここまでは、帝王の誕生神話のような列伝です。

人脈に恵まれた出世

選尚南康長公主,拜駙馬都尉,襲爵萬寧男,除琅邪太守,累遷徐州刺史。

南康長公主に抜擢され、駙馬都尉となった。萬寧男爵の位を嗣いだ。琅邪太守に叙任し、かさねて徐州刺史に昇進した。

温與庾翼友善,恆相期以寧濟之事。翼嘗薦温於明帝曰;「桓温少有雄略,願陛下勿以常人遇之,常婿畜之,宜委以方召之任,托其弘濟艱難之勳。」翼卒,以温為都督荊梁四州諸軍事、安西將軍、荊州刺史、領護南蠻校尉、假節。

桓温と庾翼は、よき友情を育んだ。いつもお互いに、世を治める理想を語り合った。庾翼はかつて、東晋の明帝に桓温を推薦して、こう言った。
「桓温は、若くして雄略があります。どうか常人なみの待遇をせず、桓温に特別な仕事を与えて下さい。桓温はヴィジョンを持っていますから、国の難題を解決してくれるでしょう」
庾翼が死ぬと、桓温は都督荊梁四州諸軍事、安西將軍、荊州刺史となり、護南蠻校尉を領ね、假節をたまわった。

荊州と梁州だけじゃ「二州」なんだが、東晋は国土が縮小しているから、名実が合わない。突っ込んではいけないか。。


次回、成蜀を滅ぼします。東晋の悲願を達成するに違いありませんが、周瑜の悲願を達成するに等しかったりもする。

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