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1)司馬仲相の夢

『三国演義』の元になった本として、『三国志平話』があります。
これは講談師のタネ本だそうです。いま日本では、KOEIが出版したものを読めます。二階堂善弘氏と中川諭氏が訳注をなさっています。
大阪梅田の紀伊国屋で取り寄せて、買ってみたのが1年半前。09年の夏季連休の1つめの企画は、これに決めた。『三国志平話』をネタ元にして、ここで講談をやってみようと思います。では・・・

講談のはじまり

本日はお集まり頂き、ありがとうございます。今から『三国志平話』のお話をさせて頂きます。お付き合い下さい。
「三国志」と付くくらいだから、魏呉蜀の三国の戦いがメインテーマかと思いきや、今日は違います。中原の曹操、西川の劉備、江東の孫権は、主人公ではありません。
タイトルと違う、詐欺じゃねえか、と思われるでしょう。詐欺ですね。というかぼく自身、この台本には戸惑っております。

三国通の方は、とっくにご存知かも知れません。
『三国志平話』は、劉邦に殺された、有力な武将たちの復讐劇です。劉邦とは、400年の漢帝国を創った人で、項羽と争った英雄です。司馬遼太郎さんの小説『項羽と劉邦』に出てきます。
さて、これから物語りに入りますが、『三国志平話』というとクドいので、以後は『平話』とだけ言います。ヘイワを連呼しますが、血生臭い乱世の話なので、皮肉なものです。このギャップを嘆くことを「髀肉の嘆」といいます。

ときは1世紀。
劉邦が漢を建ててから200年経ち、この国は滅びてしまいました。ところが、劉邦の子孫の1人・劉秀が、漢を復興しました。実際には別の王朝ですが、
「漢を復興する」
というスローガンで劉秀が天下を取ったものですから、いちおう「同じ国」という触れ込みです。便宜的に、劉邦が建てたのを前漢、劉秀が建てたのを後漢と呼びます。
皇帝に即位して5年たった劉秀は、お花見を主催しました。
花見の場に、1人の書生が遅れてきました。司馬仲相という名前です。司馬仲相は、どこかのレジャーシートの輪に合流するではない。一緒に酒を飲む友達がいないので、1人で歴史の本を読み始めました。
・・・いつの世もいるんですね。
せっかく広場のあちこちで宴会があるのに、隅っこで読書する奴は。ぼくもそういう人種なので、気持ちが分かります。
「本を読むだけなら、家にいればいいじゃん」
という反論はごもっともなんだけど、賑やかな空気や花は好きなのです。酔っては本の内容が頭に入らないのだが、それもご愛嬌です。理性のリミッターが外れているので、読書を通じて、シラフでは経験できないほどの感動ができます。

――司馬仲相はいきなり罵った。
「始皇帝のドアホウめ。土木工事で民衆を苦しめやがって。もしオレが皇帝だったら、もっとうまくやれるのに。始皇帝の政治がひどいから、項羽と劉邦の戦いが始まり、さらに民衆がバカを見た。許せん。つくづく、オレが皇帝であるべきだな」
これだから、酔っ払いの読書家は手が付けられない。
せっかくの花見に、本を持ってるような司馬仲相は、歴史初心者であるはずがない。それなのに、始皇帝のやり方に、今さら憤るなんてねえ。何周遅れの怒りだか・・・
ぼくが酔っ払ったときは、何回も読み返したカンタンなストーリの漫画を再び読み、笑ったり泣いたりする。酔った頭には、それくらいの刺激が適度です。司馬仲相がやっているのも、同じレベルの楽しみ方です。

冥界の裁判

ぐいぐい酒を増やす司馬仲相の前に、派手な50人ほどの行列が現れました。彼らは、皇帝の衣装を司馬仲相に差し出した。
「司馬仲相どの・・・いや皇帝陛下さま。ここは陛下のいる場所ではありません。さあ、こちらへ」
行列の人は、叮嚀に頭を下げて、司馬仲相を車に招き、諭した。
「さっきあなたは、自分が皇帝になると仰った。ですが、天下に2人の皇帝は居られません。いま、せっかく劉秀が後漢を建国したところです。あなたが皇帝を名乗っても、ろくな人脈がないあなたは、劉秀に攻め滅ぼされて終わりですよ
余計なことを言う。痛いところを突く。酔っ払いの戯言は、無視してほしい。
「じゃあ、どうしろと言うのか」
「床を見て下さい。3つ数えたら、顔を上げて下さい」
司馬仲相は、言われたとおりにした。
「もういいですよ」
「ここはどこだ」
「冥界の裁判所です。あなたは始皇帝の悪口を言いましたが、人の善悪なんて、そんな簡単に割り切れるものではありません。今から、歴史上の人物を連れてきます。あなたが裁いて下さい。もしちゃんと裁けなければ、あなたは元の世界に帰れません。でももし上手に裁けたら、地上で本当の皇帝にしてあげます」
荒唐無稽なトリップ譚だが、歴史観に関して、『平話』のひとつの主張を感じないではない。後世人は昔の人をつかまえて、あいつは英雄だ、こいつは匪賊だ、と無責任なコメントを付けがちである。ぼくも心当たりがある。そんな態度への戒めかな。

金の鎧を着け、首から血を流した人が、司馬仲相の前に現れた。
「私は無罪でございます」
彼は韓信と名乗った。調書によると、韓信が訴えているのは250年前の無罪。韓信は、劉邦のために戦ったのに、劉邦に殺された。
「どうしょう・・・」
司馬仲相が迷っていると、
「私も無罪です」
と、ざんばら髪の老人と、獅子の帽子の男が現れた。彭城と英布だ。2人とも、やはり劉邦に貢献したのに、殺された。
「ああ、埒が明かない。劉邦に話を聞こう」
証人を呼び出す手続きだけで、歴史上の人物に会えるんだから、司馬仲相は最高に贅沢な夢を見ている。劉邦が来たが、
「3人の功臣を殺したのは、ワシじゃない。ワシの留守に、皇后がやった」
と他人のせいにする。仕方ないから皇后を呼び出したが、夫婦ゲンカを始めてしまった。
「うわ、どうしよう。元の世界に帰れないよ!」
司馬仲相がパニックになると、皇后がもう1人の証人を紹介した。軍師の蒯通だ。蒯通は気取り屋のようで、
「私が作った、この詩が参考になるでしょう」
と言って、読み始めた。手短に結論だけ言ってほしいものである。
「あー、韓信は悲しいなあー。関中を平定したのもー、燕趙を鎮めたのもー、背水の陣まで布いて頑張った韓信の手柄なのにー、韓信を殺すなんて、劉邦は判断をミスったよなあー」
皇后が招いた証人のくせに、皇后に不利な証言をした。蒯通は天才的な頭脳を持っているのに、空気を読まなかったらしい。

さんざ揉めたのもバカらしく、司馬仲相は常識的な判決を書いた。
「劉邦と皇后は有罪だ。韓信、彭越、英布は無罪だ」
天帝は、司馬仲相の判決を読んだ。
「まあ、そんなところだろう。司馬仲相は合格」
これにて一件落着。
・・・だが、 韓信に首からの血を拭わせず、250年も不幸な目に合わせた天帝が、じつは一番極悪である。妥当な判決の目星が付いていながら、なぜ再審してやらなかったか。
天帝は言う。
「 冤罪が証明された韓信、彭越、英布は、地上に転生させてやる。韓信は曹操、彭越は劉備、英布は孫権に生まれ変われ。漢の天下を三国で分け合い、気分を晴らせ」
さらに言うには、
劉邦は罰として、劉協に生まれ変われ。献帝として曹操(韓信の生まれ変わり)の下で苦労せよ。皇后は、伏氏に生まれ変わり、曹操に殺されてしまえ。これで韓信が、復讐をできるだろう」
冥界は、法治国家ではないらしい(笑)
法治国家では、法が刑罰を与える。もし当事者に報復を許せば、仇討ちが横行して、収拾が付かなくなるから。だが天帝の気まぐれで、劉邦や韓信たちは、再び殺しあう運命になった。

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