読書 > 『西漢通俗演義』を抄訳(第21-25回)

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第21回 范增 象を觀て興衰を識る

項羽が秦の降卒20万を穴埋めにする

是日晚,項羽大軍來至新城,屯住人馬。羽私出軍中巡聽,行到秦降卒營寨,只聽得眾軍卒自相謂曰:「我等被章邯逆賊哄誘錯降項羽,此人專為暴虐,賞罰不明。今聞沛公寬仁大量,不喜殺伐,又先入關,定為天下之主,恨我等不能見也!」言罷各自定鋪歇息,魯公聽罷,即回中軍,召英布等謂曰:「今秦降卒二十萬,皆欲謀反,我才自出軍中巡哨,聽得正在那裡私相謀議,不如先除,以免後患。你可引三十萬眾楚軍,盡將秦卒誅之。止可留章邯、司馬欣、董翳三人。」范增諫勸不聽。

この日の晩、項羽の大軍は新城に至る。項羽はひそかに軍を出して巡り、秦の降卒の営寨にくる。降卒が話すのを聞いた。「章邯のせいで逆賊の項羽に誤って降った。項羽は暴虐で、賞罰は不明。沛公は寛仁で、先に関中に入った。沛公に仕えたかったなあ」と嘆息する。
項羽は中軍に戻り、英布に、「秦の降卒20万が謀反をたくらむ。30万の楚軍で誅せ。章邯・司馬欣・董翳の3人だけ残して」と。范増が諌めた。

項羽が秦兵を穴埋めにするのは史実どおりだが、秦兵が「項羽より沛公に仕えたっかった」といったのを謀反と見なした。ここが本作のアレンジ。


於是英布引兵三十萬,就夜至城南秦降卒營中,將二十萬人不留一個,盡皆殺之,所存者章邯、司馬欣、董翳三將而已。可憐二十萬生命,盡被羽坑之!是時章邯等三人大驚來見項羽求免。羽曰:「非為將軍也。昨私行,偶聞汝帳下眾軍卒欲謀反,吾故坑之,以除後患:」三將始安。次日,引兵又行。

英布は30万で、秦兵20万を穴埋めして全殺した。章邯ら3人(秦の降将)は、驚いて項羽にゆるしを求めた。項羽「将軍のせいじゃない。私が偶然、謀反の相談を聞いたから穴埋めにして、後患を除いたのだ」。章邯ら3将は初めて安心した。

章邯は、これで安心するのかよ。元部下の兵たちが殺されたのに。もう、暴君の項羽の虫の居所を心配するだけに見える。項羽の暴虐(あたかも秦の再来)を描くことができるが、章邯の心の動きは、描写が放棄されている。
史実の政策を見ると、沛公は秦制・秦地をつぎ、項羽は楚地・楚制をつぐ。たとえば沛公は郡県制を原則するが、項羽は封建制を基礎とする。しかし本作では、秦の暴虐を項羽がつぎ、劉邦は秦のアンチテーゼである。民に歓迎されるような寛治をする。

つぎの日、また兵を進めた。

沛公が閉じた函谷関を、項羽がノックする

卻說樊啥聞項羽兵來,乃人軍中說沛公曰:「秦富十倍天下,地勢強勝。今聞項羽號秦降將章邯為雍王,今在關外,其意必欲違約而圖關中,若不早為定計,兵不日至矣!」沛公曰:「他若兵來。吾必不得此地矣,奈何?」噲曰:」可急使兵守函谷關,無納諸侯軍,復證關中兵自益以拒之,可也。」公曰:「善。」於是使薛歐、陳沛,領兵守關拒羽。

さて樊噲は項羽が来たときき、軍中で沛公にいう。「秦の富みは天下に10倍し、地勢は強く勝る。聞けば項羽は、章邯を雍王にして、函谷関の外にいる。早く計を定めないと、項羽が来ちゃう」。沛公「項羽がきたら、私はもう秦地をたもてない。どうしよ」。樊噲「いそぎ函谷関を守り、諸侯の軍を入れなくせよ」。沛公「よし」

鴻門の会で劉邦を守る樊噲。彼は、函谷関を閉じよという、軽率な発言の責任を取るため、鴻門の会で立ち振る舞いをするという意味づけになるのか。佐竹靖彦氏によれば、曹無傷あたりが余計なことを言ったとか。司馬遼太郎は、取るに足らない「小魚」みたいな名の人物が、函谷関を閉じろという。
函谷関を閉じることは、史実では重要な(短慮の)判断であるが、本作ではすんなりと、樊噲が勧めた。

薛欧・陳沛に函谷関を守らせる。

是時羽兵至關下,使人探聽,回報沛公令人把住關口,前哨不得進,范增曰:「劉邦先令距關,定欲王關中,如懷王約也。公三年苦戰,百計勞心,一旦為他人所得,豈能忽然不動於中乎?」羽曰:「料劉邦兵不滿十萬,強不如章邯,豈敢距關以敵我耶?」增曰:「亦當急令人攻耳!仍遣人致書與彼達知,庶遵懷王之約,不失前日已弟之好,免諸侯議論。」
羽即令英布須十萬人馬,鼓噪攻打,薛歐、陳沛只是緊守,不敢出戰,羽又遣人寫書與沛公,用箭射上關來。薛歐等得書,就差人報知沛公,說羽攻打甚急,沛公召張良、蕭何等眾將,拆書觀看,書曰:

項羽が函谷関にくると、「沛公が関を閉じて、進めない」という。范増「劉邦は関中の王になりたい。これは楚懐王の約のとおり。項羽は3年も苦戦し、百計に心労したが、劉邦に得をさせただけだった。函谷関のなかには入れないよ」。項羽「沛公の兵は10万に満たず。章邯よりも弱い。函谷関で、われらを防ぎきれるかな」。范増「(沛公を攻撃するな)いそぎ沛公に連絡して、到着したことを伝えろ。懐王の約を守り、兄弟の盟約も守るといい(敵対の意志がないことを伝え)、諸侯の議論を免れよ(沛公を攻めれば、その行為の是非をめぐって諸侯から支持されない可能性がある)」
項羽は英布に10万の人馬で待たせ、鼓噪して函谷関を攻めた。薛欧・陳沛は堅く守るだけで、出て戦わない。項羽は、沛公への手紙を矢にしばって飛ばす。薛欧は手紙を得て、「項羽の攻撃は厳しく、手紙も来た」と沛公に連絡した。沛公は、張良・蕭何ら衆将に見せた。手紙には、

魯公項籍致書於劉沛公帳下:前日與公共受懷王之約,結為兄弟,興兵破秦,誅此無道。今公得先入關,雖謀獻方略之速,然非吾之立懷王以服天下,降章邯以制諸侯,公何能以至此耶?乘人之功,而奪為己有,大丈夫所不為也。乃今拒關不欲我入,然此關豈能久拒而不破乎?見今兵雄將勇,破關如拉朽耳。關破之後,公何面目以相見乎?幸早開關,仍存大義,不失兄弟之情,然破秦之功,先入之約,諒自有處也,公無惑焉!籍再拜。

魯公の項籍 書を劉沛公の帳下に致す。懐王の約を受け、兄弟となり、無道の秦を破る約束をした。沛公は先に関中に入っただろうが、もしも私が懐王を立てず、私が章邯を降さねば、あなたは関中に入れたか。他人の功績に乗じて、成果だけ奪うのは、大丈夫のすることか。

史実で項羽が懐王の約を破るのは、沛公を「漢王」にしたとき。この時点では、劉邦が同盟軍の項羽を閉め出したという点で、劉邦の失敗と見なすのが正当。
本作では、劉邦が失敗したという描き方をせず、項羽が競争に負けたから、いちゃもんをつけているように見える。そして、文書の後半は、単なる脅迫である。

函谷関を閉じて私を拒んでも、どれだけ持ち堪えられるか。こちらの兵は雄、將は勇である。函谷関を破られた後、どんな顔して私に会うのかな。早く函谷関を開きなさい。

沛公看罷書,問曰:「此事如何?」良曰:「項羽兵勢強大,此關豈能久距?倘攻破之後,波眾我寡,彼強我弱,終為所虜也。不若做個情分,去開關著他進來,臣等自有善解之術。」公即差人執符節吩咐薛、陳二將開關,著楚兵進關,二將上城大呼曰:「著楚軍答話。」只見前面一馬到關下,二將曰:「沛公命某守關者,非距楚也,距他盜也,適見魯公書,即令某等開關,請魯公人馬進關。」英布聽說,即差人報入中軍,催趲前後大隊人馬,陸續進關,至鴻雁川下寨。

沛公は手紙を読み終わり、「どないしょ」。張良「項羽の兵勢は強大なので、防ぎ切れない。もし関を破られたら、我らは捕虜です。関を開くのが、生き残りの術です」と。沛公は、薛欧・陳沛の2将に人をやり、「楚兵を通せ」と命じた。2将は城に登り(櫓に登り)おおいに叫ぶ。「楚軍に回答する」と。
楚軍から1馬(季布)が進んだ。2将「沛公は私に関を守れと命じたが、楚を拒むためじゃない。他の盗賊を防ぐためだ。(その証拠に、項羽の)手紙を見て、すぐに開門を命じた。項羽は門を進まれよ」と。
英布は、中軍に連絡した。陸続と楚軍が関に入り、鴻雁川に寨をつくる。

范増・項伯が、星空に天命の所在を占う

魯公安定大營,先差細作十數起,各處打聽,沛公到關如何行事,好作預備。細作去半日,至晚歸寨,將沛公行事,從頭細說一遍。魯公暗思:「劉季到關中,觀其所為,決然是要遵懷王之約,我卻著他空指望一場,關中還是我得。」

項羽は軍営をつくると、諜報を10数やって、沛公が関中で何をしたか探った。半日後、諜報が報告した。項羽はひそかに思った。「劉季は関中に至り、彼のやったことを見れば、懐王の約に従う(関中の王として振る舞う。しかし項羽軍は強い)ので、劉季に別の封地を指定すれば、関中を得ることができる」と。

不題魯公私自忖度。且說范增也差人打聽沛公行事,心中甚是不樂。
到晚,人靜時候,邀項伯徐行緩步,來到鴻雁川迤西高阜處所,只見萬籟無聲,一天星斗。范增與伯低言曰:「賢公亦知天文否?」伯曰:「某自幼有一友人,乃韓國人,他嘗說為將之道,須知天文,察地理,辨風雲,觀氣色,方可行兵,以此某常習讀此書,頗知大略,願先生指教。」增遂與伯定睛觀看,先定璿璣,次按經緯,有五星躔度,有十二週天,有二十八宿之方向,有九州分野,有三百六十五度,分至啟閉,晦朔互望,何為北辰,何為南極,何為左輔,何為右弼,何為魯公之景運,何為劉邦之瑞證,周環看了一遍。

項羽の心のなかの葛藤はさておき、范増は沛公の行動を聞いて(沛公が財宝を封印し、徳望を集めそうなので)ひどく楽しまない。
晩となり、人が(眠って)静まると、項伯はゆっくりと、鴻雁川に出て、高い丘に登って、だまって星空を見る。范増は項伯にささやく。「賢公は天文を知るのか」。項伯「幼いとき、韓国の友人がいて(張良)、

原典では、ここで張良と言わないが、『通俗漢楚軍談』では張良の名を言ってしまう。ここでは、張良の名を出さない方が、文学的には優れている。項伯と張良のつながりは、地下のものであり、項羽・劉邦といった国家のこととは関係がない。范増に対して、軽々しく種明かしすべきでない。

彼は天文・地理・風雲・気色を読んで、兵を動かした。彼に習って本を読んだから、大略くらいなら分かる。范増さんの見立てを聞きたい」と。范増は、項伯とともに星空を読み解いた。

只見鴻雁川寨中殺氣彌空,將星甚壯,但隱伏之間,運氣不遠;及觀灞上,帝星明朗,五彩龍成,如水之始達,如日之初升,綿綿迭現,耿耿悠長,東井聚金壁之光,灞陵顯真命之象,雲籠旺氣,星照木宮,增看罷,與伯曰:「公以為劉項如何?」伯曰:「帝星結彩,以應灞陵,旺氣朦朧,擬在劉季;如我楚營,不過成武玄鎮,殺氣剛風,主能制伏群雄耳。」

鴻雁川の寨中で(項羽の)殺気が天をおおい、将星はさかんであるが、運気は長続きしない。覇上を見るに(沛公の)帝星は明るく、五彩が龍となり、運気が長続きしそう。范増は見終わって、項伯にいう。「劉邦と項羽について、どのように見えたか」。項伯「覇上の帝星は劉季で、彼に天命が帰するように思える。わが楚営(項羽)のごときものは、殺気が群雄を制圧するだけ(天命がない)」

增歎曰:「昔者徐州天子氣,今朝灞上帝星明。公之所見,亦得其彷彿矣!」伯曰:「公以為何如?」增曰:「徵祥雖寓於天象,盛衰實決於人事。申包胥曰:『天定固能勝人,人定亦能勝天,』吾今委身事楚,竭盡忠謀,死而後己,豈有二心?縱使天機有在,安肯少變其心哉?」伯曰:「先生可謂忠矣。」增曰:「今日之事,惟公與我知耳,不可使播於外也。」

范増は嘆じた。「むかし徐州に天子の気があったが(始皇が目撃)、いま覇上に帝星があって明るい。あなたの見立ても、それを彷彿とさせる」。項伯「あなたの見立ては?」。范増「星空は天命のことを表象するが、盛衰を決めるのは人間である。私は楚に忠を尽くす。天文が項羽に不利でも、心変わりしない」。項伯「范増さんのことを『忠』というべきだな」。范増「本日の会話は2人の間だけのこと。他言しないでね」

曹無傷が、項羽に内通する

次日魯公升帳,聚集大小將官,正議事間,轅門外小校報說:「有沛公左司馬曹無傷,差人持書報機密事。」羽曰:「召進來!」其人持書上見,羽拆書觀看,書曰:
臣左司馬曹無傷頓首百拜,上啟魯公麾下:竊謂天下苦秦殘暴,百姓不能安於一日,幸賴明公神武,干戈西指,嬴氏束手,制伏諸侯,四海仰德,明公之功,金石不磨也,若如沛公碌碌,不過因人成事耳!假借威力,僥倖入關,正當掃廬候令,仰聽指揮,庶不沒人之善,而佐成王業可也。今乃遣兵據守,恐難支持,姑從眸命,智賺入關,意要整甲揮戈,與公為敵,佈告中外,必欲如約以王關中。臣雖沛公部下,而實楚臣也,於心不甘,特書上啟,非有素恨,實為天下之公論也。仰惟明公察焉!

翌日、項羽が軍議をひらくと、轅門の外の小校が、「沛公の左司馬の曹無傷が、機密の文書を持ってきた」という。項羽「入れなさい」。項羽が曹無傷の文書を読めば、
「沛公が関中を奪えたのは、項羽のおかげ。項羽に関中を譲るべきなのに、懐王の約にもとづいて関中王となるため、項羽を攻撃する準備をしてる。私は沛公の部下ですが、その実は楚臣です。沛公を裏切って、項羽に味方したい」

懐王の約は(言葉の綾に過ぎないから)無効であり、関中に入った順番よりも、功績の大小にもとづいて、関中王を決めるべきだといってる。このロジックも、充分に成り立つ。曹無傷はおkれを「天下の公論」といってる。


魯公看罷書,大怒,召范增等計議。增曰:「沛公居山東時,貪財好色。鄉人最賤惡之。今入關中,財物無所取,婦女無所幸,與民約法三章,安撫百姓,要買人心,其志不在小也,吾夜觀天象,見雲成五彩,天子氣也。明公急早差人攻擊,不可待養成根本,恐難動也。」魯公即點兵攻打。未知如何,且看下回分解。

項羽は、文書を見て(沛公が攻撃の準備をしていることに)怒り、范増に相談した。范増「沛公は山東にいるとき、財色をむさぼり、郷人に卑しまれたのに、関中ではガマンして、民に法三章を約した。彼の志は小さくない。天文は、沛公に天子の気がある。いそぎ沛公を攻撃しなさい」と。
項羽はすぐに沛公に攻めかかる。どうなるか。150817

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第22回 項伯 夜に走りて張良を救ふ

項伯が、張良のところに駆ける

卻說魯公正欲點兵,范增止之曰:「此時且未可就行。兵法十則圍之,五則攻之,沛公兵有十餘萬,將有樊噲等五十餘員,況先到關中,深得民心,手下謀士甚多,俱有準備,我兵初到,未可遽動,某有一計,今晚三更時候,整率人馬,分兵兩路,殺奔灞上,擒劉季殺了,以絕後患。」羽曰:「善。」隨即吩咐諸將,照各營點紮兵馬伺候不題。

項羽が兵を動かそうとすると、范増がとめた。「すぐ行くな。兵法は10倍いれば囲い、5倍いれば攻めるという。沛公は兵が10余万おり、将は樊噲ら50余人がいる。

『通俗漢楚軍談』は、樊噲・周勃と2人の名をあげる。これまで、周勃の活躍の場面がないから、周勃は不要である。蛇足だな。

まして関中に先着して民心を得ている。私に一計がある。今晚の三更の時候、人馬を整率し、兵を両路に分け、灞上に殺奔すれば、劉季を擒にして殺せる」と。項羽「善し」。

卻說項伯知道這個消息,暗思:「友人張良,見在灞上,若今晚倘打破營寨,玉石俱焚,張良性命難保。若欲差人密報,恐兩家俱有伏路軍校,又恐去人不得,反惹起事來,等待近晚,我親走一遭,方得停當。」

項伯は、范増の計略を聞いて、ひそかに「友人の張良が覇上にいる。今晩、もし沛公の軍営が破られたら、(人材としての)玉石の区別なく焼かれ、張良の命があぶない。もし人をつかわして密かに報せるにも、路に軍校が伏せており(捕まって)連絡に失敗するかも知れない。私がいこう」

『通俗漢楚軍談』は、項伯に「幼いときから兄弟の交わりを結び、親しきこと骨肉に過ぎたり」という。これも勇み足である。たしかに原典に「幼きときより」とあったが、彼らの関係は、いはゆる竹馬の友ではない。殺人をして匿い匿われ……、という大人になってからの共闘関係である。


不說項伯在此思想,張良同沛公議事畢,回到帳後,偶看天上氣色,雖將近晚,忽見東南隅上生起一縷殺氣,十分利害,中間卻有一段慶雲藏在內;
復又到中軍來。沛公曰:「先生如何尚未歇息?」良曰:「方才見天上氣色甚不好,今晚必有楚兵來劫寨,其勢不小,須急作準備。」沛公曰:「劉邦兵微將寡,楚兵勢重,如何敵得過?願先生妙策解救。」良曰:「雖殺氣太重,而內有慶雲守宮保護,似有救處,明公放心,自有方略。」

項伯がこんな心配をするころ、張良は沛公との議事をおえて、帳後に帰る。ふと天に気色があり、日暮れに近いのに、東南に殺気が見える。殺気のなかに慶雲があった。
張良は、中軍にもどる。沛公「先生は、まだ休まないんですか」。張良「天上の気色がよくない。今晩、楚の大軍が攻めてくる。急ぎ準備をなさい」。沛公「うちは将兵が少なく、項羽は兵勢が強くて敵わない。妙策をください」。張良「殺気(項羽)はひどく重いが、内に慶雲(項伯)がある。ご安心なさい。方略がある」

再說項伯等到黃昏時分,牽一匹能行快馬,出到轅門外,方才要行,只見丁公攔住便問:「老大王要往那裡去?」伯曰:「急欲打聽軍情事去。」丁公見是自家人,又是魯公至親,更不細問,項伯離營,加上兩鞭,急走如飛。將近灞上,有二十里遠,隨有巡哨副將夏侯嬰攔住去路,就問:「汝匹馬夜行,又無從人,急往灞上來有何事幹?」伯曰:「我要見張子房,有急事相告。」

項伯は黄昏どきを待ち、1馬をひいて(鴻門の陣の)轅門を出る。丁公が項伯をとどめ、「老大王はどこにいく」。項伯「急ぎ軍のことで打ち合わせがある」と。丁公は、項伯が項羽の叔父なので、細かく問わずに項伯を通過させた。項伯は覇上にゆく。あと20里のところで、副将の夏侯嬰に呼び止められた。「夜に急ぎ、従者もつれず、覇上に何しにいく」と。項伯「(わが友の)張子房にあい、急事を告げるためだ」

夏侯嬰就同項伯到子房營寨,先差把守門旗寨校傳報與守門官,守門官傳報與中軍左哨,然後夜巡官擊拆三聲,中軍左哨小角門開半扇,有一健將出來,高聲問道:「氣有甚軍情?」只見周圍排列旗幟,各營嚴整,隊伍十分齊備。項伯看罷,尋思道:「沛公不同小可,前范增看他後日必大貴,今觀營寨,便見虛實。」當時夏侯嬰近前傳說:「某巡視左哨二十里遠,遇一男子不識姓名,自稱是子房故友,匹馬隻身,亦無軍器,未敢擅進,專候台旨。」那健將復又進內傳報。

夏侯嬰は、項伯とともに張良の営寨にゆく。項伯は、沛公がつくった覇上の陣の厳粛さを見て、感心した。「范増が、後日に沛公がおおいに貴くなると言ったが、なるほど当たるかも」と。夏侯嬰は、「巡察していると、20里のところで、張良の友人という男が、単騎で現れた。武器を持たない。かってに進ませるわけにはいかないから、私が連れてきた」と軍中に連絡した。

張良が項伯に、取りなしを求める

張良正與沛公議事,來人忽報有子房故友在外,急欲求見,良大喜:「此必慶雲之兆也!」張良急出,與其人相見,乃項伯也。良遂邀於帳後。項伯將魯公劫寨之事,告知子房,就要起身。良曰:「沛公借我隨軍,今聞急而不顧,不義也,不可不告知。請公少坐。」良轉入中軍,見沛公具說前事,公曰:「此事如何?」良向公耳邊低說如此如此,良出見伯曰:「請兄見沛公一面,以訴衷曲。」伯曰:「我之來此,專為子房也,何必復見沛公?」良曰:「沛公長者,不可不一見也。」再三固請,項伯遂同子房入見,沛公整衣出迎,延之上坐,備說魯公嗔怪之意。

張良は沛公と話をしていた。張良の旧友という人物が外にきたので、急ぎ会った。張良「慶雲の兆しである」といって顔を見れば、項伯である。項伯は、項羽による攻撃プランを教えた。張良「沛公は私を(韓王から)借りて、従軍させている。いま沛公のピンチを聞いて知らせないのは、不義である。沛公に告知しないわけにいかない。ちょっと座って待ってろ」
張良は中軍にゆき、沛公に教えた。沛公「どうしよ」。張良は沛公にコレコレと耳打ちした。張良は中軍を出て項伯に会い、「項伯の兄貴には、沛公に会って、事情を話してもらいたい」。項伯「私がここに来たのは、専ら張良のため。なぜ沛公に会わねばならん」。張良「沛公は長者だ。会わなくちゃね」。項伯は、再三にわたり固辞したが、むりに会わされた。沛公は項伯を上座におく。項伯は、項羽が怒った理由を説明した。

沛公隨置酒管待,告訴衷情,彼此各無嫌疑。沛公曰:「聞公有賢嗣未婚配,如不棄,願將吾女與公子結為婚姻,以報今日之德,仍望回營,將劉邦所告真情,乞賜轉達,決無抗拒之意;倘魯公回心,某得再造,皆公之賜也。」伯謝曰:「兩家據敵,智勇相角,與公結好,恐人疑議,某不敢奉命也。」良曰:「不然。劉項曾拜兄弟,受約同為伐秦,今得入咸陽,大事已定矣,結為婚姻,正是相當,又何辭焉?」張良遂將項伯衣襟與沛公衣襟結在一處,用劍各分一半,與二家收執,項伯只得依允,與沛公行禮。又飲酒數杯,伯辭謝曰:「明日不可不早來鴻門見魯公,以解此怒。所告之事,某與公轉達,料魯公必不見罪也。」張良遣夏侯嬰領二十騎軍卒送伯回營。

沛公は置酒・歓待し、「項羽の怒りは、誤解に基づく」と訴えた。沛公「きけば項伯の子は、結婚がまだ。わが娘と婚姻してくれないか。また項羽軍にもどって、私には抵抗の意志がないと、真情を伝えてもらえないか」。項伯は謝して、「劉氏と項氏は敵同士だから、お受けできない」という。張良「ちがう。劉氏と項氏はかつて兄弟となり、ともに伐秦すると盟約した。婚姻を拒むなよ」。張良は、項伯と劉邦の衣襟をひとつに結び、剣でその半ばを切り分け、2家を結びつける(象徴的な動作をした)。項伯はなされるがままで、沛公と礼を行った。数杯の酒を飲み、項伯は辞した。「明日、早朝に鴻門にきて項羽に会って、怒りを解け。項羽には私から話しておく」と。張良は夏侯嬰をつかわし、20騎で項伯を送った。

項伯が、項羽に夜襲を思い止まらせる

卻說二更時分,范增請魯公:「此時好動人馬。」魯公即升帳查點諸將佐,內中少項伯。增曰:「項將軍如何不見?」丁公曰:「項老大王黃昏時候一騎馬出營向東走,被我攔住,問大王何往,大王說打探軍情事,走得甚緊。」增曰:「明公不必動兵,項將軍定是走漏消息,他那裡決有準備,若去反中其計矣。」羽曰:「我叔父為人忠誠,又是至親,豈有向外之理?先生不必多疑。」增曰:「項老將軍雖不向外,但機事須要嚴密,若稍有漏泄,便難舉動。古人云:『機不密,則害成。』今晚不必動兵,再作區處。」言未畢,人報項老大王到來,項伯入營來,羽問曰:「叔父何往?」

さて二更のころ、范増は魯公に「人馬を動かせ(劉邦を襲撃せよ)」と請う。項羽は将佐を点検すると、項伯がいない。范増「項伯将軍がなぜ居らぬ?」。丁公「項老大王(項伯さま)は、黄昏どきに一騎で東に向かった。私が止めたが、軍の様子を確かめるといって出て行った」。項羽「わが叔父のひととなりは忠誠で、叔父でもある。どうして外に行く理由がある。范増は彼を疑うな」。范増「項羽は外にいくが、機事(今夜、劉邦を攻めるという作戦)は厳密であるべき。もし少しでもモレたら、成功は難しい。古人は『機が密でなければ、害が成る』という。今晩は兵を動かさず、別の機会に」と。言い終わる前に、「項伯が東莱した」と連絡が入る。項羽「叔父はどこに行ってた?」

伯曰:「吾有一故友,韓國人,姓張名良,與我極厚,恐今晚動兵,此人難保,我密與他一言,著他迴避。因問劉季入關事體,他說劉季並無毫釐別意,遣將拒關,不過防秦盜耳,非敢拒楚也,寶物子女,俱封鎖不敢動,子嬰亦不敢發落,專候魯公。某想來若不是劉季先入關,我等如何兵不血刃,容易便得入關,此亦他有功處。人有大功,而聽小人之言,反要加害,若今動兵,似於理不可。他明日要來謝罪,公可從容相待,庶不夫大義。」羽曰:「就叔父所言,劉季似無大罪,若今動兵,反使諸侯恥笑。」

項伯「ひとりの旧友がいる。韓国の張良である。今晩、兵を動かすと張良が死ぬと思い、逃げろと伝えにいった。張良に劉邦が関中に入った状況を聞けば、彼にはすこしも項羽に逆らう意志はなく、盗賊から秦地を守るために、函谷関を閉じただけ。宝物・子女は封印してある。(三世)子嬰の措置も、項羽に任せると。劉邦には大功があるのに、小人(曹無傷)の言を聞き、劉邦を撃つのは道理がない。明日、彼は謝罪にくるから聞いてやれ」

項羽の攻撃は、この夜だったところ、項伯がいなくて延期になったというのは、史書にはないけれど、「いかにもありそう」で史書とも矛盾しない話。

項羽「叔父の言によれば、劉邦に罪はないようだ。いま兵を動かせば、諸侯に恥じ笑われる」

增曰:「某之勸公殺劉季者,以劉季自入關來,約法三章,要買人心,其志實要謀取天下;若今不早除之,恐生後患。老將軍被張良說詞瞞過,未可准信。幸明公思之!」伯曰:「先生殺劉季自有妙策,又何必夜半劫寨,為此襲取之道哉?」羽曰:「叔父之言是也,先生當再定計。」增曰:「某有三計,可殺沛公,請明公決之。」不知此計如何,且看下回分解。

范増「私が項羽に劉邦を殺せと勧めたのは、劉邦が関中に入ってから、法三章を約して人心を買い、彼の志は天下を謀もて取ろうとするからだ。もし早く除かねば、後患となる。項伯は張良に騙されたのだ」と。項伯「范増が劉邦を殺すために妙策があるなら(まだしも)なぜ夜襲などをするか(大丈夫の採用する方法ではない)」。范増「私に3計がある。沛公を殺せる。項羽は決断して採用してほしい」と。范増の計略とは何か。150818

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第23回 秦を亡すを賀して鴻門に宴を設く

范増が劉邦を殺す計を授ける

卻說范增進言於魯公曰:「劉邦乃心腹之患,今日乘此機會,不即誅滅,他日養成胚胎,明公悔之晚矣。某有三計:第一,請劉邦赴鴻門會,未入席時,明公即責入關三罪,如彼不能答,拔劍斬之,此為上計;如公不欲自行,可令帳下埋伏百餘人,沛公入席後,某舉所佩玉玦以為號,即喚出伏兵殺之,此為中計;如二計不成,著一人斟酒,勸沛公大醉,酒後必失禮,因而殺之,此為下計。若依此三計,殺沛公必矣!」羽曰:「三計皆可。」於是羽傳令各大小眾將,俱要準備,著一伶俐小校,下書請沛公赴會。

范増は項羽に進言する。「劉邦は心服の患なので、今日の機に乗じて殺そう。殺さずに放置して育てれば、後悔しても遅い。3計がある。1つ、劉邦を鴻門の会によび、着席する前に、項羽が入関の3罪を責めよ。もし彼が弁明できねば斬れ。これが上計。2つ、もし項羽が自ら劉邦を斬りたくなければ、帳下に100余人を埋伏して、彼の着席後に、佩玉の玦を挙げるのを合図にして、伏兵に殺させろ。これが中計。もしどちらもダメなら、沛公を泥酔させて、酔って失礼があれば、殺せ。これが下計。もしこれら3計に依れば、必ずや沛公を殺せる」と。

史書の鴻門の会にもとづき、史実を「范増の計がすべて失敗した」という展開に見せるために、遡って3計をつくった(3計があったことにした)。おもしろい。

項羽「3計ともいい」。項羽は大小の衆将に、酒宴の準備をさせた。怜悧な小校が、沛公に文書をとどける。

小校持書來灞上見沛公,其書曰:
魯公項籍書奉沛公麾下:初與公受懷王約,共伐暴秦,以安黎庶;幸今天兵西下,子嬰授首,關中收附,贏氏族滅,神人咸悅,凱歌允奏。百工之績,三軍之勞,宜陳宴樂以慶亡秦。公為元勳,禮請端席,惟乞早臨,以倡群僚。不宣。

小校は文書をもち、覇上の劉邦に届ける。文書には、
「魯公の項籍(項羽)が書を沛公・麾下に奉る。はじめ懐王の約により、ともに暴秦を伐つことにした。いま幸いに子嬰は降伏して、関中は収付した。贏氏(秦の皇族)を族滅すれば、神人はみな悦び、凱歌を奏でる。宴を設けて祝うので、群僚とともにお越し下さい

張良が、鴻門ゆきを勧める

沛公看罷書,與張良、酈生、蕭何等計議:「此會非嘉會,乃范增畫策,生死所繫,不可輕往,恐人陷阱,性命決難保也,諸君以為何如?」蕭何曰:「魯公兵馬勢重,難以抗衡,不若修一封回書,差一能言之士,將關中所有,納歸項氏,別求一郡,修整兵戎再作區處。」酈生曰:「某願下書,就往說之。」良曰:「二公言非長策。昔伍子胥保平王赴臨潼會十八國諸侯,莫不景仰,藺相如使秦完壁歸趙,天下賢之。良雖不才,願保明公赴會,使范增無以用其智,魯公無以用其勇,管教無事而回,他日仍為天下之主。料魯公不敢加害也。」沛公曰:「全仗先生妙策。」隨打發小校回復魯公,明日早赴會。

沛公は文書を読み終わり、張良・酈生・蕭何らに相談した。「この酒宴は、秦を亡ぼした祝賀ではなく、范増の策である。軽々しく行けば、生命があやうい。どうしよ」。蕭何「項羽は強くて防げない。返書をつくり、能言の士に持たせ、関中を項氏に譲って、劉邦は別の1郡を領地としてもらい、軍隊を整えよ」

まるで劉邦が漢中の王となり、蕭何が軍隊を整えて、項羽に対抗してゆく……、という史実の展開を先取りしたような発言。歴史小説は、こうやって作り、読者をニンマリさせるのだ、というお手本のような台詞。惜しむらくは、なぜこの時点で、劉邦が懐王の約をあきらめ、関中を手放す必要があるのか、説明が足りないこと。まあ「項羽が強すぎる」という説明があるわけですが、それって「正しい」のか?

酈生「返書をくれ。私が行って説いてくる」

蕭何のいう「能言の士」とは、酈生のことだった。間接的に、他人に役割を振るというのが、あざとい感じがします。

張良「蕭何・酈生の策はよくない。伍子胥・藺相如のように立ち回り、天下から尊敬されよう。私は不才だが、鴻門に赴き、范増の智・項羽の勇を無効にして、劉邦を天下の主にして見せる。きっと項羽は、劉邦に危害を加えられない」と。沛公「張良先生のいうとおりに」

蕭何・酈生よりも、張良のほうが圧倒的に賢い。酈生が詭弁を吐いて、項羽に煮殺される……、というのも見てみたかったけれど。そしてその張良が、韓国からの借り物という心細さが、話をおもしろくしている。

小校に返答をして、項羽に「明日、ゆきます」と伝えた。

劉邦・張良が鴻門に訪れる

卻說范增告魯公曰:「劉季明日赴宴,明公當記前日所云三計,不可失也!」魯公又吩咐將校,排列齊備,命丁公、雍齒守把寨門,不許人擅入。
次日,沛公領輕騎百人,心腹將佐五人,子房、樊噲、靳歙、紀信、滕公,徑赴鴻門會來,一路心懷恐懼,不時便叫張良近前曰:「劉邦此行十分憂疑,恐有不虞,先生何以處之?」良曰:「明公放心,我自有方略,但昨所云應答之言,須照此回復,自然無事矣。」

范増は項羽に告げた。「明日、劉邦が宴にくる。3計をきっと成功させて」。項羽は将校に命じて、伏兵をととのえた。丁公・雍歯が寨門を守り、許可なきひとの進入を防ぐ。
翌日、沛公は100人の軽騎を領し、心服の将佐5人、張良・樊噲・靳歙・紀信・滕公をつれて鴻門にくる。道中、劉邦は「やっぱり恐い」というが、張良は「安心しなさい。私に方略がある。昨日、私が教えたとおりに受け答えせよ」という。

正後間,忽有一技軍馬到來,干戈燦燦,甲士雄壯,為首一將,乃英布也,大呼曰:「奉魯公命來接沛公。」下馬行禮畢,先行,沛公隨後。到轅門,有陳平出迎,立於道側。沛公方欲進,只見營中威武森嚴,金鼓大作,沛公遂立住不敢行,叫張良曰:「魯公營內,恰如戰場一般,全無些宴會和樂之意,似不可入。」良曰:「公既到此,進則有理,退則甚屈;如一回步,必中其計矣!公可少立,待良入見魯公,然後進營不遲。」

ちょうど、軍馬が到来した。干戈は燦燦、甲士は雄壯(劉邦を脅す装備)なのは、英布である。「項羽の命により、沛公を応接する」と。英布の先導で、劉邦が後ろに従う。轅門に到り、陳平が出迎え、路の側に立つ。劉邦が進もうとしたが、項羽の営中は、威武は森嚴、金鼓が大作、劉邦はびびって進めない。張良に「項羽の営内は、まるで戦場である。宴会の和楽(の雰囲気)が全くない。行ってはならないような……」。張良「もう来てしまった。進めば理あり、退けば屈したことになる。もし引き返そうとすれば、項羽の計略にヒットする。

范増が、「劉邦は、同胞である項羽軍を、函谷関から閉め出した。同胞の軍を見て逃げ出すのは、彼にその意図があった証拠である」とか、いちゃもんを付けるのだろう。

しばらく立って待っていろ。私が項羽と会ってくる。その後で、劉邦が軍営に進んでも遅くない」

良徐徐綏步入營,有丁公等把住轅門不放,良曰:「稟復魯公,有沛公借士張良來見,」丁公人營見魯公曰:「轅門外有沛公借士張良來見。」公曰:「如何為借士?」范增曰:「此韓國人,五世相韓,為人極有見識。今隨沛公為謀士,此來心下說詞。公當先殺此人,去沛公一肩臂矣。」項伯聞此言,急止之曰:「不可,魯公今始入關,正要收天下之心,使多士如雲,方成王業,如何無故殺此賢士?況張良與伯厚甚,如公愛之,某當薦舉麾下,此人足有稗益也。」公吩咐丁公,召張良進見。

張良は(劉邦を外に待たせて)ゆっくりと軍営に入る。丁公らが轅門を守って離れない。張良「項羽に伝えてくれ。劉邦の借士である張良がきた」と。

韓国からの借り物というのが、張良の立場。正式な会見のときに、こう名乗るのだから、作中ではこの立場なのだろう。わざわざ韓王から借りるシーンがあったし。存外、史料をつきやぶって、事実を示しているのかも。
いや、劉邦の臣ではなくて、第三者・中立な立場であることを強調したのか。

丁公は項羽に「劉邦の借士である張良が来ましたが」という。項羽「いかにして彼は、借士となった」。范増「彼は韓国のひとで、きわめて見識をもつ。沛公に随って謀士となっている。(劉邦を助けるという魂胆があって)説明にきたのだ。先に張良を殺せば、劉邦は片腕を失う」と。

范増はつねに(項羽のために)正しい。これがこの作品の特徴。

項伯は急いで止めた。「だめだ。いま初めて項羽が関中に入り、天下の心を得るべき。賢士を雲のごとく集めねば王業が成らないのに、どうして(逆に)理由なく賢士を殺すのか。まして張良は、私の旧友です。彼が項羽の麾下になれば、とても役に立つ」と。

王業が……、とか、項羽のためを装って、項羽の不利益なことを勧める項伯。こういう、立場のおかしな人間が、物語をおもしろくする。まあ、項羽の叔父という立場があるから、范増から「謀反じゃ」とか言われないのだろう。すでに范増は、項伯と「項羽よりも劉邦に天命がある」という会話を終えているから、いまさら騒ぐべき材料はないか。

項羽は丁公に「張良と会うから召せ」と伝えた。

張良が先に項羽と会う

良入營,見魯公全裝甲胄,仗劍而坐,良曰:「某嘗聞明王之治天下也,耀德不揚兵,善御世者,在德不在險,故大賈深藏而不露,巨富蓄財而下侈,勢強示弱而不暴,兵多逆駐而下見,此老成長慮,識見高卓者之所為也。適見明公宴設鴻門,約會諸侯,亦一時之美舉也。某意到此,必笙歌節奏,賓主交歡,喜百姓之莫安,慶暴秦之珍滅,宴榮竟日,盡醉而散,不意甲士環列,戈劍森嚴,金鼓大作,一團殺氣,致令人心不安,各思迴避。況明公九戰章邯,制伏天下,誰人不知?何人不懼,不待恃強而自強,不待言勇而自勇,又何必大張聲勢而後見其威武哉?見今諸侯在外,見明公全無賓主之禮,所以懼而不敢進也,某不避斧鉞入營進見,幸明公察焉。」

張良が軍営に入ると、項羽が全身に甲冑をきて、剣に杖って座るのを見た。張良「せっかく諸侯が会盟するという素晴らしい企画なのに、なぜ臨戦態勢で客を脅すような無礼なことをするの。台なしじゃん。強さを自慢して、ダサいですよ」

魯公聞張良所言有理,遂令用士退後,離營一里遠,金鼓少息,去甲胃並寶劍,更換官服,請眾諸侯進營。丁公等人吩咐各小校,傳令不許多帶從人,止許帶文臣或武將,止一名伺候,答應沛公帶張良進見。

項羽は張良の言うとおりと思い、兵士を下がらせて軍営から1里に遠ざけ、金鼓をやめさせ、甲冑・宝剣をはずし、官服に改め、諸侯に軍営にくるように請うた。丁公らは小校らに「あまりおおくの兵を伴うな」と命じて、文臣あるいは武将を1人だけ帯同を許した。劉邦は張良だけを連れて進見する。

計略1:項羽が沛公に3罪を問う

沛公不敢行往日兄弟之禮,卻趨立陛下鞠躬再拜,稱名上見,曰:「劉邦謹候明公麾下。」魯公正色而言曰:「足下有三罪,可知之乎?」沛公曰:「邦乃沛縣亭長,偶為眾人所惑,舉兵伐秦,得投麾下,凡有進止,惟公指揮,豈敢肆行無忌,干冒威嚴耶?」魯公曰:「足下招納降王子嬰,遂爾釋放,惟知獨擅,而不知王命,罪之一也;要買人心,改秦法律,罪之二也;拒關遣將,阻諸侯之兵,罪之三也。有此三罪,伺為不知?」

沛公は敢えて項羽に、過日のような兄弟の礼を行わず、陛下(階下)で鞠躬・再拜し、稱名・上見した。「劉邦 謹みて明公麾下に候す」という。項羽は色を正した。「あなたに3罪がある。分かってるか」。劉邦「沛県の亭長だったころ、衆人に惑わされて起兵し、項氏軍に投じた。それ以後、すべて項氏の命令どおりに動いた。勝手な行動はしてないつもりですが」。

罪が食い違ったら、それを口実にして、劉邦は責められる。項羽に、何を罪とカウントするか喋らせるのがうまい。というか、何を罪にカウントするか、喋ってしまう項羽が軽率であるw

項羽「かってに(三世)子嬰を釈放した。これが罪その1。人心を買うため、秦の法律を改めた。罪その2。函谷関を閉じ、諸侯の兵を拒んだ。罪その3。分かったか」

沛公答曰:「容劉邦一言,申明心曲。夫降王子嬰,傾心投首,若遽爾殺之,是獨擅也;暫令屬吏以候明公發落,非敢釋放也。秦之法暴酷,百姓如在鑊中,懸望垂救,不速為更改,則法存一日,民受一日之害也,邦急為更改,正欲揚公之德,使百姓莫不曰:『前驅開到者,尚能撫愛百姓,而為王師者,又不知如何撫愛百姓也』。又遣兵拒關者,非阻將軍也,恐秦餘黨復作,不可不防也,今日不意復見明公於此,邦之幸也,明公如念素好,俯賜憐憫,乃人君之度也,豈敢佯為不知耶?」

劉邦「子嬰が降伏したので、子嬰を殺すのは項羽に任せようと思った。釈放したのではない。弁明その1。秦の法は百姓を苦しめたので、すぐに救おうと思った。弁明その2。函谷関を閉じたのは、秦の余党を防ぐため。弁明その3」

魯公是個性剛的人,喜人奉承,聽了沛公這話,全無一毫殺他的心,遂以手扶起沛公,便道:「非籍責怪足下,只因爾帳下司馬曹無傷之言,故加足下有三罪,不然,籍何以至此?」沛公又再拜稱謝,遂相讓入座。魯公坐了主席,眾諸侯以次皆列坐,范增、張良、項伯亦得與坐,大吹大打,作起軍中樂來勸酒。

項羽は、劉邦を殺す心が萎えて、劉邦を扶け起こし、「曹無傷にだまされ、罪3つを着せてしまった。(だまされたので)なければ、どうして私はここに来るか(わざわざ劉邦に会うものか)」と。劉邦を着席させた。
項羽は主人の席。范増・張良・項伯が席を与えられた。宴会が始まる。

計略2・計略3とも失敗する

范增見第一計不成,又見魯公無殺沛公之意,那埋伏的人亦不敢動,遂以所佩玉玦,連舉三次。魯公衛沛公謙遜柔和,因思劉季為人,如何便能成得大事,范增只勸我殺他,今日請來赴會,無故便行殺他,反使諸侯笑我無能,以此不從范增之計。增見魯公不看玉玦,心內急躁,便使陳平斟酒,以目達意,陳平即舉酒向沛公前勸酒,那陳平細看沛公,隆準龍顏,有天日之表,因尋思:「沛公非常人也,他日定有大貴,若順增意,是逆天矣。」於是斟酒向魯公處多,向沛公處少。沛公已會其意,遂不致於失禮,此是陳平識沛公為真命,所以有意救援。

范増は、第1の計(3罪を問う)が失敗し、項羽に殺意がなくなり、埋伏した兵も動こうとしないので、玉玦で3たび促した。しかし項羽は、劉邦が謙遜・柔和であるので、大事を成すために理由なく彼を殺すべきでないと考え、范増の計に随わない。范増は、項羽が玉玦を見ないから、陳平から劉邦に、どんどん酒を勧めさせた。

鴻門の会に、陳平が出てくるのはおもしろい。

しかし陳平は劉邦の竜顔を見て、「彼は非常のひと。後日、きっと大貴になる」と思い、項羽のほうにたくさん酒を飲ませた。沛公は酔って礼を失うこともない。陳平が劉邦を救ったのである。

項荘が剣舞をする

范增見三計不成,自歎曰:「若今日不殺沛公,他日必成大患!」困避席急出,要尋個殺沛公的人。正無措划,卻見一壯士在帳後彈劍歌曰:
我有一寶劍,出自崑崙西。照人如照面,切鐵如切泥。
兩邊霜凜凜,匣內風淒淒。寄與諸公子,何日得見兮?

范増は、「いま沛公を殺さねば、大患になるのに」と嘆じて、席を立って、沛公を殺せるひとを探した。そのとき、ひとりの壮士が帳後で、剣を弾いて歌う。

范增聽罷大喜,這個人便可殺劉邦:此人姓項名莊,乃魯公族人。范增使附耳與莊言曰:「君王為人呈性剛,中無決斷,今日鴻門會,專為殺劉邦而設,卻再三舉玉玦,全不理論,若今日放了劉邦,後日再無此機會矣!汝可入筵前,以舞劍為樂,因而殺劉邦,汝之功不小也。」莊遂撩衣大步到筵前,曰:「軍中之樂不足觀,某願舞劍,與諸公侑酒。」遂拔劍起舞,其意常在沛公,張良見莊舞劍,有殺沛公之意,急以目視項伯,項伯會張良之意,亦出席拔劍曰:「舞劍須對舞,電鋒交措,可以奪目,庶足娛諸公之樂。」羽曰:「諾。」項伯仗劍,與莊對舞,常以身羽翼沛公。

殺意たっぷりに歌うのは、項荘である。項荘は、項羽の許可を得て、剣舞をした。

增深悵之,張良見事急,且項伯雖身翼沛公,而力尚未加,遂出席到軍門外。丁公、雍齒攔住:「子房先生何往?」良曰:「欲出取玉璽。」陳平在後已解其意,便高叫道:「魯公性急,快放子房出去!」丁公等只得放出。子房到外,見樊噲曰:「今項莊舞劍,意常在沛公,事甚急矣!將軍當如申噲救莊公,奮不顧私,勇不惜命。今日鴻門困主,將軍若不捨命救援,倘主公被害,千載之下,有愧申噲矣!」噲曰:「先生放心,願學申噲救主,如有退避,非丈夫也。」哈大步便行,良曰:「你且後來,待我先入營。」丁公等復攔住問曰:「取的玉璽安在?」子房用手回指,撐著衣袖,遂瞞過二人,來到筵上,見項莊項伯,猶自舞劍。

項伯が身をもって劉邦を助けようとするが、力が足りない。張良は軍門から出た。丁公・雍歯が、「張良はどこにゆく」と問う。張良「玉璽を取りにいく」と。陳平も出てきて、「項羽が急いでる(早く玉璽を持ってこないと怒る)。さっさと張良を行かせろ」と。

陳平は、張良・劉邦を利する行動を取り始めた。

丁公は、張良をゆかせた。外に出た張良は、樊噲を連れてきた。

樊噲至寨門外,大呼曰:「鴻門設宴,隨從人均無毫釐酒飯,我見魯公討些酒飯吃。」遂帶劍擁盾徑入。丁公等意欲攔擋,怎當樊噲力大,將把門軍士都撞倒,直進到中軍,披帷而入,用劍將帳帷挑起,直到魯公面前,仗劍而立,頭髮上指,目眥盡裂。魯公便問:「壯士何人?」子房起身曰:「此沛公驂乘樊噲也。」又問:「來此何干?」噲曰:「聞大王作亡秦慶賀之宴,無分大小,皆賜酒食;惟噲從早至午,尚未得餐,肚中饑渴,實是難忍,告求大王一餐。」羽命左右賜酒一卮,噲一飲而盡;又賜生彘一肩,噲以所仗劍切而啖之。羽曰:「壯哉!汝復能飲乎?」噲曰:「臣死且不避,卮酒安足辭?」

樊噲が侵入しようとすると、丁公らが止めたが、樊噲の力が強くて止まらない。樊噲は怒った顔で、項羽に「腹が減ったので、来ちゃった」と告げた。項羽は、酒肉をたくさん食わせた。「死すら避けないのに、この程度の酒肉を辞するものか」

魯公曰:「汝欲為誰死耶?」噲曰:「秦有虎狼之心,殺人如不能舉,刑人如恐不勝,天下皆叛之。今懷王與諸侯約曰:『先破秦入咸陽者,王之。』今沛公先破秦入咸陽,秋毫無所取,婦女無所幸,還軍灞上,以待將軍;勞苦而功高如此,未有封爵之賞,乃聽細人之言,欲誅有功之人,此又亡秦之續耳,竊為將軍不取也。見今二士舞劍,意在沛公,臣不避誅戮,干冒盛筵,一則為饑渴而來,二則為沛公申此屈抑,臣所以死且不避也。」

項羽「死とは、誰のために?」。樊噲「入関の功績がある劉邦を、剣舞で殺そうとしてるじゃん」

羽轉嗔作喜曰:「沛公有如此驂乘,真是壯士!」遂令項莊不必舞劍,須臾,沛公見羽大醉,只說入廁,即出轅門,丁公:雍齒攔注,張良急出曰:「傳魯公令:分諸侯不勝酒力,著放出。」隨後陳平亦出,急呼:「著放出沛公。」丁公只得放出,樊噲保定出營,有靳歙、紀信、夏侯嬰同從人接著沛公,急趨灞上。范增因計不成,又見魯公大醉,甚惱恨,退去後帳納悶。以此沛公得脫此難。

項羽は怒りを転じて喜び、「劉邦の驂乘(樊噲)は、まことの壮士だ」といい、項荘に剣舞をやめさせた。沛公は「酔ったから厠所にいく」といい、轅門を出た。丁公・雍歯が止めると、張良が「項羽の許しがある。行かせろ」と。陳平も出てきて「沛公を行かせろ」と急かした。

丁公・雍歯の見張りは、まったく機能していない。そして、コントのように、張良の後押しをする陳平。ここは笑うところなのだろう。

樊噲・靳歙・紀信・夏侯嬰は、劉邦とともに覇上に急いだ。范増は計が成らず、項羽は泥酔して、あとから後悔した。こうして劉邦は困難を脱した。

不說沛公脫離,卻有一人在帳後彈鼓作歌曰:「饑熊下山,揭石見蟻,吞之入喉,不妨咳嗽而出。危乎哉!危乎哉!」
子房聽之,看其人黃白面皮,神清氣爽,執戟而立,只是冷笑,良問曰:「壯士如何冷笑?」其人曰:」范老枉費心,張良能識主;今日脫鴻門,他年鎮寰宇。」遂不再言而去。良歎曰:「真賢士也!」不知是誰?且看下回分解。

沛公が離脱したあと、まだ帳後で鼓を弾いて歌うひとがいる。「飢えた熊が山をおり、石をあげてアリを見る。アリを呑んで咽喉に入れ、咳嗽を妨げず。危うきかな!危うきかな!」
張良がこれを聞き、歌い手を見れば、黄白の面皮、神は清く氣は爽く、戟を執って立ち、只だ冷笑する。張良「壮士はなぜ冷笑するの?」。歌い手「范増は空しく心を費やし、張良はよく主を識り、後年きっと天下を鎮める」と。これ以上は言わずに去った。張良は嘆じた。「まことの賢士だ」と。歌い手は誰だったか。150818

鴻門の会は、ひとつの演目として完成された印象がある。『西漢演義』は、すでに完成した演目を、取り入れてこれを作ったのだろう。

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第24回 項羽 嬰を殺し咸陽を屠る

張良が覇上に、伝国璽を取りに帰る

卻說張良見作歌之人,語言出眾,堪薦舉歸附沛公,正欲請問姓名,
只見人報魯公酒醒,要尋沛公,張良急急轉到帳前曰:「沛公力不勝酒,已告過大王,蒙吩咐著回灞上去,留張良在此謝酒,」羽大怒曰:「劉邦不辭而去,汝尚巧說!」范增聽得羽發怒,急來見魯公曰:「劉邦言雖柔和,實含奸詐,前獻三計,明公統不見信,今觀不辭而去,實是欺侮!放沛公回灞上,皆是張良之計,公不可聽遮飾之詞。」

張良は歌い手の姓名を聞いたが……

『西漢演義』では書かれていないが、『通俗漢楚軍談』は種明かしをしており、これは韓信です。張良よりも、蕭何との縁を結んで欲しかったが……。韓信は、鴻門の会を、兵卒として?見ており、項羽と劉邦のどちらが天下を取りそうか、見きわめていたという設定。

項羽は酔いが覚めると、劉邦を探した。張良はあわてて帳前にゆき、「酒に酔ったので、項羽に別れを告げて覇上に帰りました。私を残し、本日の酒席のお礼を伝えようと」。項羽「劉邦は挨拶せずに去った。そのくせ、張良は言いくるめるのか」。范増は項羽の怒りを知り、「劉邦は言が柔和ですが、実は奸詐をふくむ。項羽はわが3計をしくじり、劉邦を逃がしたが、これは張良の計だ。もう張良の詭弁を聞くな」

羽聞增言,愈加暴怒,吩咐左右將張良斬訖報來,只見張良大叫曰:「冤哉冤哉!大王勿怒,臣乃沛公帳下一借士,臣本韓國人,沛公原非主也,臣何故與他遮飾?大王威鎮天下,誰人不懼?若殺沛公,反掌之易耳,何必以設筵為由?筵前殺人,甚非長策,使天下諸侯聞之,皆以大王不敢與沛公為敵,卻賺來鴻門殺之,縱得天下,不能名正言順,百世恥笑也。願大王赦臣回灞上,將傳國玉璽,並各樣珍寶,取來獻與大王,那時即位天下之主,名分自正,天下歸服;若今日殺臣,使沛公聞之,決逃走他國,將王璽或獻與他人,或棄毀不存,大王失此重寶,豈不所見之誤耶?」

項羽はさらに怒り、左右に「張良を斬れ」という。張良は叫び、「冤罪だ。怒るな。私は劉邦の帳下の借士にすぎず、もとは韓国人だ。沛公は私の主君ではない。なぜ彼のために、詭弁をつかう必要がある。大王が劉邦を殺すのは、手を返すより易しい。そのくせ酒席で劉邦を殺せば、天下の諸侯から笑われるぞ。私は覇上に帰って(秦が献上した)伝国御璽・珍宝を持ってきて、大王に献上しよう。もし私を殺せば、劉邦は他国ににげて、玉璽を他人にあげるか、壊すかしてしまうぞ。大王は重宝を失ってもいいのかな」

なんだか、この張良はセコいな。伝国璽が出てくるのは、さすが後世の創作物という感じがする。この伝説ができたのは、きっと漢代だろう。


魯公聞張良之言,急著放了,便曰:「子房之言是也!不然,使天下之人笑我之怯,況我干戈已定,四海歸心,量劉邦草芥耳,豈足與我為敵?若聽范老之言,幾壞我事!」遂令張良回灞上:「快將玉璽珍寶獻來,若復抗違,決統百萬雄兵,將灞上踏碎,汝難以保命矣!」張良曰:「謹遵大王之命。」便拜辭回灞上,來見沛公。沛公再三稱謝:「若非先生,劉邦之命休矣!」即將曹無傷拿出,斬首示眾。

項羽「張良の言うとおりだ。さもなくば、天下の人から、私は(劉邦を恐れるものとして)怯懦を笑われるところだった。劉邦なんて敵じゃないぞ」。張良を覇上に帰した。「すぐに玉璽・珍宝をもってこい。もし約束を破ったら、百万の雄兵で覇上を踏みつぶす。お前も死ぬぞ」と。張良「はい」。
張良が帰ると、劉邦は「先生がおらねば、私の命はなかった」と感謝した。すぐに曹無傷を斬って、首を衆に示した。

沛公因問張良:「魯公有何話說?」良曰:「彼因明公回灞上,竟欲殺我,被我一篇言語說過,要我明日獻玉璽珍寶,不可失信,須當與他。」沛公曰:「玉璽乃傳國之主,恐不可與人。」良曰:「不然,得天下者在德不在寶:若明公吝而不與,必惹刀兵,終為他所得矣。不若做個人情,明早我持去獻與他,他見了決喜,凡事皆不計較,我卻得以從容圖大事,此所謂舍小以取大也。」沛公曰:「善。」

劉邦「項羽は何て言ってた?」。張良「劉邦を覇上に逃がしたから、私を殺す気でした。玉璽・珍宝を取りに帰るといい、逃げてきました」。劉邦「玉璽は伝国の主である。他人に渡すのはちょっと……」。張良「ちがう。天下は徳によって得るのであり、宝によって得るのではない。もし玉璽をおしめば、滅びますよ」。劉邦「わかった」

鴻門の会のあとの、伝国璽のくだりも、民間で成立したものだろう。鴻門の会とセットで、ここまで楽しんで、ひとまとめなのだ。史書でも張良は、項羽・范増にものを贈るが、わざわざ取りに帰るような描写はない。おもしろおかしく膨らませているのだ。


張良が項羽に伝国璽をわたす

次日,張良持玉璽並珍寶赴鴻門來見,魯公令人傳入,遂拜見,將玉璽並珍寶獻上曰:「沛公昨日蒙賜酒,今日尚病未起,恐失信,使小臣獻上,乞賜收錄。」魯公見王璽並各樣珍寶,陳列幾上,光潤無暇,真天下之奇寶也,心中甚喜。內有一寶,乃照星玉鬥,遂命范增曰:「此寶甚佳,與先生珍玩。」增接玉鬥在手,擲於地上,以劍擊碎,曰:「天下事去矣!我輩皆為沛公虜也,此物奚用焉?」魯公怒曰:「為臣之道,不敢齒君之輅焉,古人云:『君賜食,必先嘗;君賜生,必畜之。』況玉寶乎?我方賜爾,爾即擊碎,是何道理?」

翌日、張良は伝国璽・珍宝をもって鴻門にゆく。伝国璽・珍宝を並べて、項羽は満足した。范増に「先生もあげましょう」というと、范増は珍宝を地になげて、「天下は去った。われらは沛公の捕虜となる」という。項羽「臣は君から食物をもらえば、まず嘗めるという。ましてや宝物をあげたのに、どうして壊すの?」

贈与を拒否るとは、関係を解消することに等しい。そりゃ、項羽は動揺するだろう。


增曰:「齊威王恥魏惠王寶照車之珠,言:『不過照百乘;我有四賢臣,可以照千里。』是古人重賢不重寶也。臣今所重者,沛公之首,乃天下之寶,奈明公不聽老臣之言,遂失此機會,今卻受此無用之物。此有激於中,所以擊碎,非虛君之賜也。」魯公曰:「沛公怯弱,終不能成大事。」增曰;「昔者鄧侯不殺楚文王,而楚卒滅鄧;楚子不殺晉文公,而晉卒滅楚子。今明公不殺劉邦,此人必與公爭天下矣!今若放之生,如放龍歸海,縱虎入山,欲再拘攣,不亦難乎?」

范増「斉威王は、『魏恵王のように珍宝を持たないが、私には4賢臣がいて、千里を照らす』といった。賢臣ほどの宝はないのだ。私は沛公の首こそ、天下の宝だと思う。項羽は私(賢臣)の言うことを聞かず、機会を逸した。珍宝を壊したのは(機会を失って感情が高ぶったからで)項羽の賜物を軽んじたからではない」。

苦しい言い訳をする范増。笑うところ?……ではないか。

項羽「沛公はたいしたことないぞ」。范増「むかし鄧侯は楚文王を殺さずに、楚兵に滅ぼされた。楚子は晋文公を殺さずに、晋兵に滅ぼされた。あなたは劉邦を殺さず、劉邦軍に滅ぼされるぞ」

良曰:「不然!大王威武,天下莫敵,力能扛鼎,勢能拔山,九戰章邯,力降子弟,各國諸侯,肘膝而見,較之鄧侯楚子,天壤懸絕。況沛公入關,凡事不敢自專,等候大王,可見無遠大之志。今君比文公晉侯。抑又過矣!」魯公曰:「料沛公無能為也!張良,爾且隨我議事,沛公處用你不著。」增曰:「大王前日要殺張良,被他掩飭過;今又留在左右,恐非心腹。明公察之。」羽笑曰:「先生過慮!張良不過一儒士耳,在我側有何欺誑?」 增曰:「明害者可防,暗損者難測,明公更思之。」羽曰:「匣有寶劍,誰當我哉?」遂不聽范增之諫。張良只是冷笑。

張良「ちがいます。項羽は最強です。劉邦は、関中で項羽がくるのを待ってました。遠大の志がない証拠です」。項羽は納得してしまった。范増「項羽は張良を殺そうとして、言いくるめられた。これ以上、張良の話を聞いたら害になる。お察し下さい」。項羽は笑った。「張良なんて1人の儒士に過ぎない。そばにいても、私をたぶらかすことができるか」。范増「わかりやすい害悪なら防げるが、わかりにくい害悪は測りがたい。よく考えて(劉邦の怖さは分かりにくいよ)」。項羽「ハコに宝剣がある。だれが私に敵うものか」。ついに項羽は范増の諌言を聞かず、ただ張良は冷笑した。

項羽が三世の子嬰を殺すこと

卻說魯公召眾將計議曰:「關內已破,玉璽已得,但降王子嬰尚未來見,諸侯如何賓服,可差人寫書與劉邦,討子嬰來誅之,則大事定矣。」遂修書一封,差人赴灞上討子嬰。沛公見書曰:
我與爾共伐暴秦,掃黔黎,拯民塗炭。吾今入關已十餘日矣,三世子嬰,久不來見,此必爾占晞不發,意或他圖。我統大兵,與爾比武,以為何如?

項羽は衆将を召した。「すでに関中は破れ、すでに玉璽を得た。ただし子嬰と会っていない。劉邦に手紙を書き、劉邦に子嬰を殺させれば、大事は定まる」。手紙を書いて、覇上に送る。項羽の手紙には、
「私はすでに函谷関を入って10余日たつのに、子嬰は会いにこない。劉邦が子嬰を匿って、私に会わせないつもりか。なんなら、武力を比べて見ようか?オラア」と。

沛公觀罷書,召諸將議曰:「項羽今已違約,竟王關中,書取子嬰,詐為降楚,塞諸侯之口,復懷王之命。意欲不與,又恐動兵;意欲與之,甚失初意。」諸將曰:「羽勢不可敵,當以子嬰與之。倘其誅戮,愈見明公寬德,天下自有公論。」沛公召子嬰出,諭之曰:「爾前日歸降,念一國王爵,順天投首,不忍加誅,即時釋放。不意魯公違約,欲王關中,今日持書來取。爾當備寶貨婦女投獻,彼貪而好殺。若得金寶,彼必喜悅而全汝之命。爾宜一往,不可自誤!」

沛公は諸将にいう。「項羽は懐王の約をたがえ、関中の王となった。文書で子嬰を呼び、偽って楚(項羽)に降ったことに(事実を歪曲)して(懐王の約を果たして、先に関中を得たのは項羽だったことにして)諸侯の口を塞ごうとしている。子嬰を引き渡したくないが、項羽と戦うのは恐いなあ」。諸将「項羽の兵勢には勝てないから、子嬰を引き渡せ。もし項羽が子嬰を殺せば、劉邦の寛徳が明らかになる」と。
劉邦は子嬰を召して諭した。「子嬰は先日、私に帰降した。一国の王爵でも斡旋できればと思ったが、項羽が楚懐王の約をたがえ、子嬰を呼ぶ文書をよこした。子嬰は、宝貨・婦女を項羽に渡せ。彼は貪欲で殺すのが好きだから、喜んで命を助けてくれるかも」

子嬰大哭曰:「既降沛公,已得生矣,今復投見魯公,性命決然難保。」諸耆老公子曰:「沛公長者,寬仁容眾,決不可失也!」俯伏在地,沛公曰:「魯公威武甲天下,不可抗違,若或遲延,定遭毒手。」眾公子耆老曰:「不可降!不可降!不如棄咸陽而走,尚可以延殘命耳!」子嬰曰:「我若逃去,百姓決遭殘虐。我為君不過數日,又無恩澤及民,使民被害,吾不忍也!」眾人聞子嬰之言,莫不下泣。

子嬰はおおいに哭し「すでに沛公に降って、生き残れたのに、こんどは項羽に投ずれば、生命があやうい」と。秦の耆老・公子は、「劉邦は長者だ。劉邦から離れるな」といい、地に伏せた。沛公「項羽の威武は天下のトップ。逆らえない。遅れたら殺される」と。公子・耆老「(項羽に)降るな!降るな!咸陽を棄てて逃げ、生き残るほうがいい」。子嬰「もし私が逃げたら、百姓が残虐にあう。私は皇帝となって数日に過ぎず、民に恩沢を及ぼさなかった。百姓を残虐にあわせるのは忍びず」と。みなは子嬰の言を聞いて泣いた。

子嬰仍來軹道傍請見。只見層層甲士,燦燦於戈,萬縷征塵,一天殺氣。魯公一馬當先,看那子嬰時,素練係頸,縞衣拖身,二繩係背,口銜款表,魯公接過表來觀看,表曰:
始皇之孫扶蘇之子三世子嬰上言:伏以秦祚中絕,贏圖失所,七廟亡祀享之禮,四海蹈塗炭之災,大喪人心,遂至瓦解。玉符西指,六國從風,黃鉞下臨,群兒束手。威令行不速之命,神武昭不殺之恩。臣嬰等非敢望宗廟以承宗,惟求守墳墓而延日,百日荷再生之福,一門沾重見之光,早賜生全,願投肝膽,周封不斷,姬錫有根。湯王存夏後之宗,遂成六百之統;武王樹殷胄之後,乃開八百之基。大王繼殷周而王關中,存贏氏而宏楚胤,臣嬰等下情,無任戰慄恐迫之至。

子嬰は軹道から、項羽に会いに行く。項羽の陣は殺気がみなぎる。子嬰は白衣を着て、手を背にしばり、項羽に表した。
始皇の孫・扶蘇の子の三世子嬰が上言します。

子嬰が扶蘇の子というのは、史料的な根拠がないらしい。

秦の祚は中絶し(呂不韋の血筋に乗っ取られ、始皇帝の代に)七国の祭祀を滅ぼして、四海を苦しめて、秦は人心を失った。項羽は戦国六国に支持されて、関中を占領した。私は宗廟を継承する(王侯となる)ことまでは求めないが、祖先の墳墓を守るために、生き延びたい。殷湯王は、夏王朝の子孫を残したし、周武王は殷王朝の子孫を残した。項羽は、殷周をついで関中で王となり、私の家系を残してほしい」

  魯公看罷表文曰:「爾祖虜六國之子孫,害天下之百姓,遺患於汝,汝有何說?」於嬰曰:「廢關東六國者,乃先祖始皇之所為,非臣之罪也。玉必欲殺臣,臣亦不敢怨。但咸陽遭二世殘暴,百姓未得安生一日,今日大王入關,百姓已再見天日矣,願殺臣以雪天下之恨,惟望存百姓以服天下之心。臣雖死猶生,大王德威兼虛矣。」嬰言未盡,魯公急喝英布下手,只見英布一劍,數敗楚兵。

項羽は上表を見て、「テメエの祖先は、戦国六国の子孫を捕虜にして、天下の百姓を殺害した。お前に恨みが残ってるんだけど、どないや」。子嬰「関東の戦国六国を滅ぼしたのは、始皇のやったこと。私のせいじゃない。項羽が私を殺したいなら、敢えて怨まない。ただし咸陽は、二世(胡亥)の残暴にあい、百姓は安心できた日がない。項羽は、私を殺してもいいが、百姓は大切にしてやって」
子嬰が言い終わる前に、項羽が喝して英布に(子嬰の殺害を)命じ、英布は子嬰を斬った。

原文は、英布の一剣が「數々楚兵を敗る」となっていて、よく分からないので、『通俗漢楚軍談』に従った。


   將子嬰殺了,霎時間愁雲生大,黑霧漫漫,四下悲哀不絕。
卻說秦民見殺了子嬰,又見天日昏暗,一齊吶喊,振動天地,盡道沛公有德,萬代至君;魯君不仁,滅門絕戶。那魯公聽得這話,大怒,便傳令著大小將校,盡將咸陽百姓殺死,范增急下馬來諫,未知如何?且看下回分解。

子嬰を殺すと、わずかな間に愁雲が発生し、黒霧がただよい、四方は悲哀して絶えず。
さて秦民は子嬰が殺されると、天が暗くなり、みなで「沛公は有徳で、万代の至君だ。項羽は不仁で、門戸は断絶する」といった。項羽はこれを聞いて怒り、咸陽の百姓を殺せといった。范増は諌めたが、どうなるか。150818

子嬰は「私を殺していいから、民だけは」と懇願した。どこまで本心なのかで、子嬰の器量が分かるが、作中では明示されない。しゃべりがけに斬られたから。しかし、項羽は、子嬰の最期の思いやりすら、無にするという残暴ぶり。

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第25回 項羽 約を違へ王號を僭す

項羽が咸陽のひとを殺しまくる

魯公見秦父老宗室,齊聲發怨,欲盡殺之,只見范增急下馬至魯公前大呼曰:「不可!不可!昔劉邦入關,秋毫無犯,約法三章,深得民心。今大王恩信未施,先殺子嬰,卻又殺咸陽百姓,恐人心一失,天下不可圖也!」魯公曰:「我今率天下諸侯,共伐暴秦,子嬰乃秦王也,如何不殺?只百姓齊聲毀辱我,即是叛逆,若少存留,定為後患。」增曰:「昔魯公殺一無罪宮女,遂致九年旱澇;景公怒殺宮妃,台傾三里。只因無罪殺人,化為飛蝗,殘食五穀。故古人云,『一夫銜慨,六月飛霜;匹婦含冤,三年不雨。』今愁雲黑霧,因是無罪殺了子嬰,以致上天垂象。可憐百姓無辜,若行屠戮,有傷和氣。」

項羽は、秦の父老・宗室にあい、彼らが声をそろえて怨みを発するから、すべて殺した。范増が下馬して、項羽の前でさけぶ。「だめだめ。劉邦とは真逆に、秦地を荒らしたら、天下を得られないよ」。項羽「天下の諸侯をひきい、暴秦を伐った。子嬰は秦王だから、殺さないでどうする? 秦の百姓がオレをけなすから、反逆を防ぐために殺さないと」。范増「むかし魯公は無罪の宮女を殺して、9年もつらい生活をした。無罪の子嬰・百姓を殺せば、天地のバランスが狂う」

范增正苦諫之間,只聞咸陽百姓喊聲不止,魯公愈加忿怒!不聽增諫,隨令英布催趲人馬,大肆屠戮。一時殺秦公子宗族八百餘人,文武百姓四千六百餘人,積屍滿市,流血滿渠。咸陽百姓,閉門關戶,路上通無人行。魯公尚怒氣不息,又要將咸陽一城百姓,盡數殺滅。范增見了,放聲大哭,復又向前攔住,以頭抵馬首而諫曰:「昔湯王時,天下大旱,湯以己為犧牲,禱於桑林之野,以六事自責,三日,遂大雨。湯捨身尚為百姓,況秦民無罪,今日屠戮,上干天和,大王獨不懼之乎?」魯公見增苦諫,然後傳下將令,著三軍收兵,遂徑入秦宮,周迴看了一遍,只見樓台掩映,殿宇巍峨,乃歎曰:「秦有如此富貴,不能守,可惜可惜!」增曰:「只因殘虐百姓,不聽苦諫,乃至此耳!」羽默然不答,遂出宮至本營。

范増が苦諌するうち、咸陽の百姓は声をあげて叫ぶから、項羽はさらに怒って、英布に殺戮させた。秦の公子・宗族800余人、文武百姓4600余人は、死体がつまれた。路上に人なし。項羽は怒りがやまず、咸陽じゅうの百姓を全殺しようとする。范増は大泣きして項羽を止めた。頭を馬首にあてて諌めた。「殷湯王は日照のとき、わが身を犠牲にして祈ると、3日で大雨がふった。古代の君主は、民のためにわが身を捧げたのだ。まして秦民は無罪なのに、どうして怒るのか(民をわが怒りの犠牲のするのか)」
項羽は3軍をおさめ、ついに秦宮に入った。ぐるっと見てから、高層の楼台の輝きをみて、「秦はこれほど富貴なのに、国を守れなかった。楊彪惜しむべし惜しむべし」という。范増「(秦が守れなかったのは)百姓に残虐をくわえ、苦諌を聞かなかったから。理由はこれだけ!」。

項羽=暴秦の二の舞、というのがこの作品における構図。

項羽は黙然として答えず、秦宮を出て本営にかえる。

項羽が関中王になるべく、楚懐王に尋ねる

天色已晚,羽命掌燈,請范增議事,增至帳下,羽曰:「今既入關,已得玉璽,又殺了子嬰,秦已滅矣。天下不可一日無主,吾欲繼此而王於關中,先生之意,以為何如?」增曰:「諸將佐從明公游者,不過望封侯蔭子,攀龍附鳳,以享富貴耳,今聽公此舉,正合眾人之意。但須請命懷王,討一道詔旨,然後即王位,方名正言順,免天下議論。」羽曰:「善。」遂令項伯赴懷王處請命。

空が暗くなり、項羽は灯りをつけ、范増と議す。范増が帳下にくると、項羽は「関に入り、玉璽を得て、子嬰を殺し、秦を亡ぼした。天下は1日も主なくんば可ならず。ひきつづき関中で王をやりたい。范増はどう考える?」。范増「項羽に従った将佐は、封侯・蔭子(爵位の確実な子孫への継承)を望むに過ぎず、富貴になりたいだけ。みな項羽が関中王になることを、歓迎するでしょう。楚懐王にお伺いを立ててから、王位について、批判をかわせ」。ついに項伯を楚懐王のところに行かす。

史実では、項羽は関中を出る。しかし范増までもが、関中にいろといった。「おや?史実と違うぞ。どうやって史実に回帰するのだろう?」という楽しみ方をすればいい。いかにも、項羽にとって不利益なことをしそうな、項伯が使者になったのだからw


一日,伯到彭城,致命懷王,懷王曰:「吾前已有命,但先入咸陽者為王,又何必請命?」伯又再拜致命曰:「魯公功高望重,沛公力弱勢孤,不若大王命魯公為王,足以鎮撫百姓。」懷王曰:「不然。信者,人君大寶也,前約已定,若復更張,是失信於天下。爾速回,但如約耳!」伯辭懷王,回見項羽,項羽曰:「懷王詔命如何?」伯曰:「懷王惟以先約為王,不肯發詔。我又再三懇告,但曰如約耳。」

項伯は彭城につき、懐王に(項羽を関中王にするという)『命』を求める。楚懐王「前に私は『命』を出し、先に咸陽に入ったひとを王にするといった。なぜ(新たに)『命』が必要なのか」。項伯は再拝して、「項羽は強くて劉邦は弱い。項羽を関中王にしたほうがいい。百姓を鎮撫できる」。懐王「ちゃう。『信』は、人君(ぼく)にとって大いなる宝である。前に『約』を定めたのに、守らなければ、天下から『信』を失う」と。項伯は、項羽に「ダメでした。再三、頼んだんですけど」と報告した。

楚懐王が自己主張することで、項羽が楚懐王を殺す理由ができる。史料では、ここまで楚懐王の意志が前面に出てこなかった。小説にして、おもしろくなったパターン。


羽大怒曰:「懷王用乃吾家所立,又無徵討之功,何以得專主約也?況平定天下之績,皆諸將為我用力耳。今乃仰求於人,非大丈夫之所為也!」遂令擇日上號。范增曰:「尊號須要合古,又要稱上意,若要停當,必問張良。他多讀書,最知歷代尊號,如若合上意,便是忠於大王,若是欠當,就是欺昧不肯實說,大王當殺之,以正國法。」魯公隨即召張良。

項羽は大怒した。「楚懐王は、わが項氏が立ててやった。なんの武功もないくせに、君主きどりか。まして天下を平定できたのは、諸将がオレのために力を用いてくれたから。関中王になるために、他人の許可を求めるなんて、大丈夫のやることじゃない」。項羽は日を選び、号を上する。范増「尊号は古典をふまえるべき。項羽が尊号をしたいなら、張良に問え。張良は物知りで、歴代の尊号に詳しい。もし張良が、項羽の考えに賛成すれば、項羽に忠となる(尊号について的確な助言をする)。もし賛成せねば、欺いて本当のことを言わない(的確な助言をしない)。それなら張良を殺して、国法を正せばよい」

張良に、項羽が尊号のことを相談するなんて。しかもその舞台を整えるのが范増だなんて。『西漢演義』は、ファンが何を喜ぶのかを心得ている。というか、『西漢演義』を楽しむことができるように、この時代の史実に興味を持つのが、正しい楽しみ方。

項羽は、張良を召した。

項羽が張良にそそのかされ『覇王』を自称

張良從灞上來,方欲見魯公,聞召即至。魯公曰:「我欲王關中,但未有尊號,聞汝多讀書,五世相韓,必知帝號,務要斟酌停當,要服天下諸侯。」良自思:「此必是范增見識,將這個擔子放著在我身上,若我正名上尊號,定致魯公猜疑,卻用讒言害我,我只從頭說起,隨他自揀。」張良便曰:「尊號各有不同,容臣細說,在大王揀用。自古聖帝明王,有天下必有國號,如三皇之後有五帝,是那五帝?少吳、顓頊、帝嚳、帝堯、帝舜也。少昊名摯,字青陽,姬姓也,以金德王天下,建都於曲阜,鳳凰來儀,遂以鳥名官,在位百年而後崩。顓頊,黃帝之孫,昌惠之子,亦姬姓也,以水承金,在北方,主冬。顓頊治天下,十二歲而冠,二十登帝位,以水紀官,在位七十八年,年九十八歲。帝嚳,亦姬姓也,其母不覺生而神異,以木承水,建都於毫州,在位七十八年,一百五歲而崩,帝堯姓伊祁氏,其母慶都,懷孕十四月而生堯於丹陵,命名曰放勛,眉有八彩,豐下銳上,十五歲佑帝摯,受封於唐,年二十登帝位,以火承木,建都於平陽,景星耀天,甘露下降,鳳凰止於庭,芝草生於郊,廚中有生肉脯,其薄如翣,鼓動則風生,使食物寒而不臭,在位五十年,舜攝位二十八年,壽一百一十八歲而崩,帝舜姓姚氏,其先出自顓頊,母見長虹,意感而生舜於姚墟,因姓姚氏,字都君,家於翼州,以土承火,年六十一歲即帝位,九十五歲使大禹攝政,壽一百歲而崩。此五帝也,蓋帝者,天號也,德配天地,不事幹戈,不行殺伐,揖遜有天下,大王可稱之乎?」

張良は覇上から、項羽に会いにくる。項羽「関中の王となりたいが、尊号がない。天下の諸侯を服せしむるようなヤツ考えて」。張良は考えた。「これは范増の計略である。私が尊号をいえば、イチャモンをつけて殺害するつもりだ。ただ尊号の歴史を初めから述べて、あとは彼らに判断させよう」と。
張良は「……(帝号の概説をして)五帝をまねて『帝』は?」

羽尋思:「我殺了子嬰,以征誅天下,有愧五帝,似此不可以稱號。」乃曰:「帝號恐未穩,汝可說王號如何?」良曰:「五帝之後,有三王,夏、商、周是也。夏禹王姓姒,名文命,字高密,長於西羌,堯命為司空,繼父鯀治水,以金承土,都安邑,壽百歲;相繼十九王,共四百三十二年。殷乃帝嚳之後,姓姬,名履,字天乙,是謂成湯,身長九尺,肩四肘,有聖德,放桀於南巢,即天子之位,以水承金,年百歲而崩;相繼三十一王,享國六百二十九年。文王因商紂無道,修德政,三分天下有其二;武王繼立,觀兵於孟津之上,四年始伐紂,為天子,以木承水,年九十二歲而崩;相繼三十六王,享國八百六十六年。此三王也,克勤克儉,敦仁尚義,厚德好生,不私一身,而專為百姓,如治水之勞,禱雨之勤,諫紂致囚,皆是三王盛德,大王可稱之乎?」

項羽は、「私は子嬰を殺して、天下を征伐した。五『帝』とおなじ称号は、おこがましいな」と考え、「『王』はどうだろう」と聞いた。張良「……(王号の概説をして)三王の盛徳にならって、『王』はいんじゃないすか?」

羽曰:「王號可稱,但不知王之下,又是何號?汝可再與我一說。」良曰:「王之下有五霸,齊桓公,宋襄公,秦穆公,晉文公,楚莊公,此五霸為天下除殘去暴,各霸一國,假仁尚義,威武強大,人皆恐懼,大王可稱之乎?」羽曰:「王號雖宜於古而下合於今,霸業雖合於今而未盡乎古。若合古今而兼有之,不若稱楚霸王。我生於楚,自淮以北為西夢,爾群臣草詔,當以我西楚霸王,頒行天下。」

項羽「『王』はいいけど、『王』の下を知らない(オレが諸王のなかに埋没してしまう)。別案をちょうだい」。張良「春秋の五覇ならって『覇』は?」項羽「あわせて、西楚の『覇王』になるわ」

佐竹靖彦氏は、「覇王」というのは、漢代につくられた蔑称ではないかと。ともあれ、史料にある「覇王」を導くために、張良と項羽が相談するというフィクションをつくって、もっともらしい理由をつけた。


范增急出止之曰:「王號可稱,霸號不可稱。古人云:『大霸不過五,小霸不過三。』大王不可聽張良之言,誤稱霸王。」羽曰:「五霸享年最久,我之所行,正合五霸。今稱霸王,乃吾自立,張良不過分列三等,豈敢誤我?先生不可見錯!」范增低首不語,遂退帳後。羽重賞張良,擇日拜郊,佈告中外,遂稱為西楚霸王,王楚地九郡,以彭城為都,陽尊懷王為義帝,遷於江南彬州,實不用其命。

范増は急ぎ出てきて止めた。「『王』号はいいけど、『覇』号はよくない。古人は『大覇は五に過ぎず、小覇は三に過ぎず」という。張良にミスリードされるな」。項羽「春秋五覇の寿命はながく、私の行動は彼らの事績にあう。『覇王』というのは、オレが考えたのであって、張良は3つの候補(帝・王・覇)を並べたに過ぎない。どうしてミスリードなものか。范増こそ誤解してるぞ」
范増は頭を低くして語らず、帳後に退いた。項羽は張良を賞して、中外に『西楚覇王』を布告した。楚地9郡の王となり、彭城を都にした。いつわって楚懐王を尊び「義帝」として、江南の彬州にうつし、命令を無視した。

項羽が張良にそそのかされ、始皇の墳墓を掘る

又說秦府庫被沛公兵初入,各爭取財貨,已空虛矣,至是霸王費用不敷,欲要賞勞功臣將士,無處支給,因問范增曰:「眾將士隨我徵進,一向勞苦,今欲發府庫錢糧,以酬其功,但庫藏空虛,何以支給?」增曰:「此最容易:沛公先入咸陽,財貨所在,他盡知其詳,召沛公、張良來問他,必知下落。」霸王差人灞上,召沛公。只見張良聞知,急使人說與沛公可早來,如霸王問錢糧事,但云張良盡知。沛公依言遂來,見霸王畢,霸王曰:「爾先到咸陽,秦府庫錢糧,如何不見下落?」

はじめ秦の府庫に沛公が入ったとき、財貨を争奪したから、すでにカラである。項羽は資材が足りず、功臣・将士に恩賞を支給できない。范増に問う。「将士が働いてくれたから、府庫の銭糧をつかって、功績に報いようと思ったが、カラである。どうしよ」。范増「かんたんです。劉邦・張良を召して聞けばよいのです。財貨のありかを場所を吐かせましょう」と。
項羽は劉邦を召した。これを聞いた張良は、急ぎ劉邦に連絡して「なにを聞かれても、『張良が知ってます』とだけ答えなさい」と教えた。劉邦は項羽に会って、「咸陽の財貨、どこやった」と聞く。

沛公曰:「秦府庫糧,臣初到未得細查,聞張良曾說他知下落。」霸王即召問張良:「爾知其詳,如何不說?」良曰:「大王不問及,臣不敢說,秦之寶貨錢糧,自孝昭累積到始皇,他家財富,天下無有其比,今日如何空虛,只因修驪山時將寶物財貨,費了一半,其餘蓋收入始皇墓中,後來胡亥又將府庫錢糧浪費,以此空虛。」霸王沉思一會,便問范增曰:「既寶貨在始皇墓中,何不差人掘開取出,以勞軍士?」增曰:「始皇墓中,不過陳設平日玩好之物,如何有財物?」

劉邦「私は知らん。張良が知ってる」と。項羽は張良を召す。「どこやった」。張良「項羽が問うに及ばず、私が敢えて説くこともない。秦の財貨は、孝昭王から始皇まで累積したが、今日なぜ空虚になったか。驪山の始皇の陵墓をつくるとき半分を費やし、(その半分のうちの)残りは始皇の墓中にあった。のちに二世の胡亥が労費して、もう半分を使い尽くした」と。項羽は考えこみ、范増に「始皇の墓中から掘り出して、軍士をねぎらおうか」。范増「始皇の墓中にあるのは、玩好の物ばかり。財物なんかない」

良笑曰:「軍師不知也!聞始皇墓方圓八九里,高五十尺,以珠玉為星斗,以水銀作江何,以金銀圍繞其槨,以百寶設於柩前為珍玩,以宮女數百人為殉葬,六國奇寶,如珊瑚瑪瑙,翡翠琉璃,盡在始皇墳墓中,每夜半,常有光彩發現,如何無財物?」霸王聽說歆動,便要差人掘墓,增曰:「始皇雖無道,乃帝王墳墓,無故不可輕動,若掘開取物,其跡似劫墓矣!大王初即位,決不可為也。」
霸王曰:「始皇無道,併吞六國,費天下之財,竭天下之力,殘虐百姓,甚於桀紂,焚書坑儒,惡貫天地。我今既殺子嬰,誅滅其族,此恨未解,正欲掘墓鞭屍,然後快於心也,豈獨愛秦之寶貨哉?」次日,遂領人馬十萬,來掘始皇墳墓。未知如何?且看下回分解。

張良は笑った。「軍師(范増)は知らないのか。始皇は……を副葬させた。どうして財物がないものか」。項羽は始皇の墓を掘った。范増「始皇は無道だったが、帝王の墳墓を、わけなく軽々しく開くな。墓泥棒じゃん。大王は即位したばかり。墓泥棒するな」
項羽「始皇は無道であり、六国を併呑し、天下の財を費やした。怨みは解けない。墓をほって彼の死体にムチうつのだ。副葬の財貨がほしいだけじゃないぞ」。翌日、人馬10万で始皇の墳墓を掘り起こす。どうなるのか。150818

美化された漢王朝の神話とは、いくつかスジが違う。
まず劉邦らが、咸陽の財貨をマジで奪いとって、カラにしたことになってる。このあたりは、史書で、財貨に手を付けたけれど、封印して覇上に戻って……、と要領を得ない。本作の張良は、詭弁を弄してないと「見せ場」にならない。つまり、ほんとうは劉邦の一味が奪取して、項羽に咎められて当然のピンチなのだが、張良が言いくるめたのだと。こう「面白がる」ように仕向けられる。
つぎに項羽は、やたら張良を信頼してしまう。范増の話を聞かず、張良のほうに智恵を欲する。張良は、第三国(漢でも楚でもなく韓)の出身という立場をつかって、自由に弁舌をふるう。このように張良に対して、自由な活躍の背景を与えたのも本作の特徴。史実でも、こんなことがあったのかも、と思わされる。

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