雑感 > 『漢末水滸伝』あらすじ4 袁術・曹操・董卓、官軍戦

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『水滸伝』第58~67回、袁術・曹操・董卓

三国志と『水滸伝』が融合した話をつくる計画
という遊びをしています。『水滸伝』の駒田信二訳を見ながら、漢末・三国に比定していく作業をします。『漢末水滸伝』というタイトルを考えています。

時代背景の確認

180年、霊帝が庭を造園して、司徒の楊賜に諌められる。

北宋の徽宗に似ており、『水滸伝』らしい世界が、漢末にも展開されている。時期的には、霊帝のほうが先だけど。

181年、朱儁が交趾刺史になって、平定戦をやる。ネタにできるならば使う。同年、鮮卑が幽州・并州に入り、檀石槐が死ぬ(呼延灼に準えて使う)。
この歳、曹節が死んで、趙忠が大長秋になる。主人公たちの狙っているラスボスは、趙忠・張譲であるから、いよいよ物語の骨格が鮮明になる。

趙忠・張譲の書き分けが難しければ、趙忠は名だけの登場でもいい。歴史的には重要人物だが、『水滸伝』では空気のような存在の楊セン=趙忠でいい。

182年、霊帝は公卿に、万人に害をなす地方官をあげさせた。太尉の許彧、司空の張濟は、宦官からワイロを受けた。許彧と張済は、宦官の貪汚な子弟や賓客を、害ある地方官のリストから除いた。遠くて小さい郡で、清く治める地方官が、26人リストにあがった。

こういう時代の雰囲気が『水滸伝』的です。
劉陶伝はいう。光和5年(182年)ウソの二千石リストがあがる。陳耽と、議郎の曹操は、上言して得失を陳べたと。『考異』は、曹操が名を連ねないとする。ともあれ、曹操がこの時期に発言したなら面白いから、採用すればいい。

そういう時代背景のもと、物語はすすむ。

第58~60回、公孫瓚の危機・活躍

58回、既出のキャラが勢揃いする。70回も近いし。

『水滸伝』で、それぞれの山に割拠した勢力が合流する。そのきっかけは、梁山泊に敗れた呼延灼の馬を、李忠・周通が盗むから。呼延灼は、青州の慕容氏を頼って、梁山泊+李忠・周通に、ケンカを売ってくる。
ぼくは、慕容氏を、頴川太守の何進にした。『水滸伝』の呼延灼との戦い → 馬を盗む → 青州の外戚たる慕容氏との戦い、という流れを作りにくい。
それよりも、180年に何「皇后」が誕生する事件を、どこからか切り貼りしてドラマチックに脚色しないと。『水滸伝』の後半に、元ネタになりそうな話があるだろう。王慶とかから拾えないか。


同じ58回、劉虞が戦勝に胸をなで下ろしていると、公孫瓚 or 趙雲が賊(邪悪な高官?)に捕らえられてしまう。

『水滸伝』58回で、史進が少華山を引き払うためのイベントが始まる。いちどは梁山泊には入った武松・魯智深が、史進に会いにいくと、案の定、史進はドジを踏んでいると。
時系列は問わないので、史進=公孫瓚の粗忽さを表すエピソードが必要。鮮卑との戦いの前に置いた方が自然だろう。『水滸伝』では、少華山を引き払うというオチがあるため、この話を後ろに移動させただけだから。
袁紹の人脈(もしくは盧俊義=袁術の人脈)が、公孫瓚の救出を手伝っておくと、ネットワークが充実する。公孫瓚は、袁術の同盟勢力になるから、盧俊義=袁術に救わせたい。

第59回、朝廷から高官がくる。それをラチして、趙雲の救出に利用する。

『水滸伝』宿元景である。呉用が計略を立てて、宋江が宿元景をラチする。宋江たちが、宿元景の一行に化けて、史進を監禁した華州を乗っ取る。この「化ける」という話は、おもしろいので、うまく当てはめたい。
宿元景の登場は、宋江が天女から「宿に遇ふは重々の喜び」と告げられたのに対応する。それならば、史進=公孫瓚ではなく、史進=趙雲として、「劉備が(公孫瓚に見捨てられた)趙雲を救うことで、後年の運が開けた」としたほうがよいか。
史進=公孫瓚を、袁術が救う話。史進=趙雲を、劉備が救う話。どちらも作りたい。そして、宿元景にあたる高官に協力をあおぐのは、趙雲・劉備にゆずろう。
劉備が中央の高官とのコネを手に入れて、後に生かすとすれば……、宿元景は、だれにすべきだろうか。劉備が、彼に会うことで運が開けるような人物……。

劉備らは、高官に扮したが、口上がまったく分からないので、病気のふりをして黙っていた。

いや、二転三転するけど、劉備が公孫瓚を救えばいいのか。史進・朱武・陳達・楊春に、ぼくは公孫瓚の義兄弟をわりあてた。彼らを救うことで、劉備が名をあげる。袁紹との地下の付き合いをやめて、晴れて故郷の幽州に留まれるようになる。


59回、魔術をつかう新しい敵が現れる。天子の張純である。

樊瑞・項充・李袞である。
185年、張純・張挙・丘力居が反乱を起こす。これを『水滸伝』の3人に充てたい。『水滸伝』では、史進とその仲間たちが梁山泊に入った後、初めて存在感を示す戦い。公孫瓚とその仲間たちが活躍してほし。
184年の張角の起兵(『水滸伝』方臘の乱)よりも後になるので、混世魔王の樊瑞が名乗りをあげるのは、もうちょい先である。『水滸伝』では、公孫勝が樊瑞を破る。しかし『漢末水滸伝』では、劉虞の徳の力で、雨を降らして勝ってもらおうw

『水滸伝』60回(史実では189年)張純は、敗北した。

『漢末水滸伝』は、霊帝が崩じる189年までを扱う。それ以降は、『三国演義』の世界になるので。
張純ではなく、混世魔王の樊瑞を、仏教の笮融にしてもいい。笮融に2人も仲間がいないけれど。闕宣と……、徐州で人材を募集しなければ。


第60回 晁蓋の死=袁紹の挫折

馬泥棒が、袁紹に助けを求める。

段景住は、金国王子の名馬を盗み、それを手土産に梁山泊に参加しようとしたが、曾家の兄弟に強奪される。これをきっかけにして梁山泊と曾頭市の戦いが起こり晁蓋が戦死する結果となった。
李傕によると、郭汜が馬泥棒らしい(要出典w)

鮮卑から馬を盗んだところ、その馬をさらに黒山?の盗賊に盗まれたから、助けてくれという。

黒山には呂布がいる。もしくは、張純に盗まれてもいい。
段景住は、『水滸伝』では晁蓋を死に導く。『漢末水滸伝』で袁紹が死んでもらっては困る。袁紹が天子になりたいという意志を挫かれる戦いであってほしい。自称天子の張純と戦って、何かが心のなかでポキリと折れるとかかな。
もしくは、袁紹を挫折させるためだけに造型したキャラ(これから考える)として、曽家荘・史文恭にあてはまるものを登場させる。
『北方水滸伝』では、史文恭は、曽家荘の教師はなく、もと青蓮寺の変幻自在のじいさんだった。晁蓋の手下として入りこんだ。これが、北方氏なりの「晁蓋を殺すためだけのキャラ」であった。

袁紹は「死」を経験した。

「地下活動を通じて、革命をやっても、ラチがあかん」という思い切りによって、生き方を変えるのかも知れない。もしくは、これまでは血筋を隠して地下活動をしていたが、その仮面をかなぐり捨てて、名族であることを存分に生かして活動していくとか。
対比者・対立者としての袁術との関係がカギだろうな。
188年、西園八校尉がつくられて、袁紹は着任する。宦官である蹇碩の指揮下に入る。これは、一種の「死」である(ともいえる)。

袁紹が「死」んだあと、何顒・荀彧らが頼りに思うのは、もうひとりの頭領たるべき人物である。盧俊義=袁術である。

第61~63回 盧俊義・燕青の登場

洛陽(『水滸伝』では北京大名府)には、盧俊義=袁術がいる。順調に官歴を歩むいっぽうで、大商人としての顔をもち、路ゆく人に恐れられている。いっしょに路ゆくのは、従者のように従っている燕青=曹操である。

『北方水滸伝』で盧俊義は、背後で兵站線(闇塩の利潤を供給)する。袁術は黄巾の乱のとき、何をしてたか記述がない。本作では、後漢の高官に「黄巾の乱は、緊急に平定すべき。軍費を惜しむべきでない」と説得して、宦官たちに眉をひそめられる立場。
『三国演義』でも袁術は、兵糧を担当する(そして孫堅に送らずに妨害する)
袁術の助手みたいな曹操は、劉陶とともに黄巾の脅威を、説いて回っている。史実の劉陶の手柄を、曹操に寄せてゆく。
袁紹らが、朝廷の外部で後漢の転覆を考えているとき、なかから改革を考えていた。


袁紹が(なんらかの経緯で)革命運動に消極的になったので、荀彧・張飛(呉用・李逵)は、袁術との面会にゆく。荀彧は、占い師になって、袁術に不吉な運命を教える。袁術は、公務を抜けて、彼らのあじとにゆく。

盧俊義は、留守番をまかせた李固に、妻と家を取られるというドジをやる。『漢末水滸伝』で袁術が奪われるのは、妻(楊彪の妹)ではなく、官職だろう。袁術が現職に復帰できないように妨害する敵対者が必要。

袁術は、かつての袁紹の仲間たちの説得・脅迫を受け、いやな気持ちになる。ここまで61回。
62回、袁術は洛陽に帰ったところが、(袁術の仲間と交際したことを告発され)反逆の罪で捕らえられる。首切りの役人2人(蔡慶・蔡福)が、荀彧の説得に応じて、袁術の死罪を免除してくれた。

このとき洛陽で、判決に影響を与えそうな2人の人物を、蔡慶・蔡福に見立てる必要がある。しかし蔡慶・蔡福は、『水滸伝』で何も役割がないので、だれでもいい。兄弟ではないが、董承・董昭はどうか。紛らわしさが、蔡慶・蔡福のセット感に通ずる。
『水滸伝』で、柴進が蔡福を説得する。董昭は、のちに袁紹に属する。袁紹と気脈を通じつつ、劉虞にも繋がっておく、というのは、董昭のための伏線として悪くない。
董承は、素性に諸説あるけれども、「霊帝の母の一族」という肩書きならば、サラッと登場することができる。董卓との繋がりでも、話に使える。本作は189年までを対象にするから、董卓が洛陽の外で駐屯するところまで描く。

徙刑にあった袁術を、曹操が担いでにげる。それを、張邈・何顒(楊雄・石秀)が救い出す。何顒は、二階から飛び降りる。

『水滸伝』63回で、北京大名府の梁中書・索超と戦う。ぼくは梁中書を、涼州刺史の孟他にしてしまった。「袁術を涼州に流す」というのは不自然なので、戦地は涼州にならない。梁中書・索超(孟他・孟達)との戦いは、涼州のひとびとに委ねる。
すなわち、黄巾の乱に便乗して、韓遂らが涼州を攻めるだろうから、その目線に譲る。


第63~67回 董卓軍の成り立ち

63回、董卓に(185年とする)涼州の討伐の詔が下る。

関勝・郝思文・宣賛が、関勝=董卓軍のメンバー。
『水滸伝』宣賛は、郡王のむこで、顔がみにくい。『北方水滸伝』宣賛は、現場の軍師となって、呉用の代わりを務める。宣賛=李儒にしたい。李儒は『三国演義』で董卓の娘婿という設定。少帝を殺すなど、知恵袋のような役割を果たして、軍師めいたイメージもあり。
郝思文は、董卓の配下としてもっとも(政治的にではなく、物語的に)花のある、華雄をあてよう。『漢末水滸伝』は、董卓政権論をやりたいのではないから。

董卓を抜擢したのは、袁隗である。

『水滸伝』蔡京は、原則として袁隗にしよう。節操がない高官であり、みなから怨まれているのが蔡京なので、だいたい一致する。権謀家として、なんでもやりそうなイメージ。
高官を整理すると、蔡京は袁隗、高俅は張譲、楊戩は趙忠(王甫・曹節も、彼らの先輩として同じ機能を果たす)、童貫は蹇碩(宦官で霊帝の禁軍のトップ)。楊賜・楊彪の親子は、良識派の高官として、適当に配置する。


董卓は張温に従軍し、孫堅とともに、辺章・韓遂と戦う(『水滸伝』64回)

『水滸伝』64回は、梁山泊が、関勝・宣賛・郝思文を降伏させる話。梁中書が「関勝め、負けやがった。索超、行きなさい」というが、索超も捕らわれる。索超は、楊志の腕試しをして以来の登場。
『漢末水滸伝』では勝敗を逆転させて、董卓軍が辺章・韓遂をやぶる。この戦いに、孫堅軍も従っている(史実なみ)。


これより先、184年、涼州刺史の 耿鄙 孟他は、あまりに民から搾取するから、民や部下に叛かれて殺される。

かんたんのために、孟他がまだ留任していることにしてもいい。『水滸伝』梁中書の役割を果たすので。耿鄙は民に殺されるが、孟他に代わりに死んでもらおう。
馬騰は、耿鄙の命令を受けて討伐にゆく。『漢末水滸伝』では、孟他から「生辰綱を失敗した分を取り返せ」と、理不尽で高圧的な命令を受ける。結果、『水滸伝』で関勝らが降伏するのと同型で、楊志=馬騰は、関勝=董卓に降伏する。楊志=馬騰は、梁中書=孟他を殺す。これが『水滸伝』の北京大名府の戦い。

涼州の部将の馬騰は、韓遂に捕らえられると、涼州刺史の耿鄙を殺す。涼州の州治を攻め落として、韓遂と結んだ。
第65回を飛ばして(宋江=劉備と、安道全の話なので)、『水滸伝』第66回、韓遂・馬騰が、涼州の州治を攻め落とした。

66回、賈詡の手引きにより、韓遂・馬騰は、孟他のいる涼州府を陥落させ、孟他を斬って、涼州で起兵をした。

祝家荘で盗みをやった時遷が活躍する。ぼくは、伍徳瑜とか、経歴がまるで不明の人物をわりあてたが、しっくり来ていなかった。涼州で反乱に加わる人物で、どろぼう臭い人物がいい。時遷=賈詡さんが大活躍!とか。何顒に接近したかと思えば、そのあと流れて、楊志=馬騰のもとにおり、のちに董卓軍に合流すると。賈詡ならば、なんでもやりそう。
のちに賈詡は、韓遂・馬超の連合を崩す。涼州のことに通じていた、という伏線になれば。ムリになり過ぎない範囲で。
時遷は「機密伝令担当の歩兵頭領」で、やがて信仰の対象になったという。賈詡にピッタリか。本作で、ともすると袁紹と無関係になりがちな馬騰を、結びつけるためには、賈詡のような接着剤がいるのかも。

→ 上述『水滸伝』64回の関勝=董卓の出陣は、この直後のイベント

第67回、董卓が、韓遂・馬騰軍の、聖水将・神火将をくだす。

このペアは、李傕・郭汜でどうかな。史実では元から董卓軍の将校だけど、この戦い(『水滸伝』67回に該当)で、董卓軍に合流したという。
いま思いついたけど、程普・韓当が南下してくるときの仲間に、徐栄を加えたい。空席がなかったかな。幽州の玄菟郡のひと。のちに董卓軍に加わる。

第67回は、董卓軍は道すがら、喪門神(殺人狂)と没面目(もと力士)と出会わなければならない。

喪門神の鮑旭は、胡軫か。胡軫は武勇には秀でていたが、傲慢なうえ短気であったため、部下からの信頼も薄く、また呂布との仲も悪かった。仲が悪かった馮翊郡の功曹の游殷を、無実の罪で処刑したと。『北方水滸伝』で鮑旭は、不良少年だったところを、王進先生にたたき直されて、主要人物になった。大物を割り振るのがよい。胡軫は、董卓軍のしたでも地位が高い。
没面目の焦挺は、梁山泊にあこがれて、加入のタイミングを探っている。ランダムに牛輔とか。いや、ランダムすぎる。


65回、安道全・王定六

劉備が悪い夢をみて、気に病むので、むりやり医者を連れてきて、カウンセリングをする。医者の故郷で殺人をやり、「医者が殺した」と壁面に書いて、故郷にいられなくなるという強引な手法。

『水滸伝』65回では、宋江の夢に晁蓋が出てくる。劉備というキャラが、いかに生きていくか悩む、という場面でいいと思う。後漢に対してどういう態度を取るのかと。
医者といえば、華佗・張仲景・董奉である。馬の医者も割り当てなければならない。
壁に書くといえば、武松が殺人者と書いたり、宋江が反逆の詩を書いたり。宋江の悪夢の話なので、宋江の話をリピートするように、精神分析の要素を入れた話にしたい。

情報を集める係のものも加わる。

『水滸伝』65回で張順が医者を探しにいくが、張順である必然性にとぼしい。情報を集められる王定六は、戴宗の劣化コピーのような感じがする。さらっと流したい。王定六の話は、黄巾に関するリークに使うか。

劉備の病気がいえた。

『水滸伝』65回末で宋江の病気が治ったら、66回から北京大名府を攻める。しかし『漢末水滸伝』では、北京大名府の攻撃を、韓遂・馬騰が、孟他の涼州府を攻めると変えてしまったので、袁紹・劉備のあたりで、この戦いは起こらない。

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『水滸伝』第68~81回、梁山泊の完成、官軍戦

第68~71回 袁術が代行し、集団が完成

第68回、袁紹の「死」に報復しなければならない。

袁紹・袁術とは独立した、後漢を改革しようとする勢力との対決をさせたい。袁紹の価値観を揺さぶり、袁術を逃げ腰にするような。
もともと『水滸戯』では、晁蓋は祝家荘に殺された。しかし『水滸伝』では、祝家荘には勝ってしまったため、晁蓋が死に場を失った。晁蓋を殺すため、曽頭市をひねりだして、史文恭をひねりだした。つまり、曽頭市を敢えて別に設定しなくてもよい。
袁紹の価値観をぶっ壊すのは、董卓さんにやってもらうか!
袁紹さんは、地下集団のなかで「死」を迎えて、188年に設置の西園八校尉に行ってしまいました。

まず董卓に突っかかるのは、史実では孫堅。185年、張温に従ってともに出陣して、董卓の態度をみて、危惧を懐く。
時遷=賈詡が、史文恭(董卓)が、「袁紹・袁術なんて、口ほどにもない」と豪語していたのを聞いてくる(駒田訳383ページ)。

『水滸伝』時遷は、単純に諜報をやっているだけだが、本作の賈詡さんは、絶対に煽って楽しんでいるなあw

袁紹は傷心のため、董卓と張りあうのを辞めている。しかし、何顒・荀彧を中心にして、つくってきた人的なネットワーク(=梁山泊)のことを貶されて、黙っているわけにはいかない。

董卓は、関勝であると同時に、史文恭でもある。

新たに迎えられた袁術は、政治力をつかって、董卓の力を削ぐ。すなわち、涼州軍を剥がして、并州刺史とする。

『水滸伝』68回では、盧俊義が史文恭を捕らえる。これを本作では、盧俊義=袁術が、董卓=史文恭から、兵権を奪うものと読み換える。188年、董卓は前将軍になって、中央に帰ってこいと命じられる。


第69回、袁紹集団は、優れた官歴をもつ袁術をトップに頂くのか、ながく袁紹とともに戦ってきた無名の劉備をトップに頂くのか、モメることになる。
袁術は、初めは「官僚として出世したいから、地下集団になんて行かない」と抵抗したくせに、野心を持ってトップになりたがる。何顒・荀彧は、そんな袁術を疎ましく思うから、無害・無能・無力の劉備をトップにおいて、好きなようにやりたいと考えている。劉氏なんて飾りです。

『水滸伝』でも空気みたいなので忘れていますが、阮氏の三兄弟(本作では、劉焉と子供たち)も、この争いの渦中にいます。この阮氏こと劉焉は、州牧の設置を作中で主張して、公孫勝こと張魯と、仲よく益州に割拠し、こっそり涼州の情勢にも手を突っこみます。ぼくは忘れてないです。

袁術・劉備は、ふたりの賢人を説得して、さきに味方にできたほうをトップにすることにする。劉備は、三顧の礼をあみだす。

『水滸伝』69回では、東平府・董昌府を陥落させる競争をする。それぞれ、天才肌の董平・つぶての張清がいる。このふたりとは、三国志においては、誰だろう。書きながら考えている。まじ、ノーアイディア。うーん。。

袁術は、鄭玄のところに行って失敗しろ。

袁隗・董卓・袁紹が招いて失敗する。董平=鄭玄。董平が立てている旗の「風流双槍将」とは、武芸だけではなく、礼教・学問・管弦にも通じていたことに由来するらしいので。

劉備は、……

鄭玄に匹敵する、やっかいな口説き相手が思いつかなかったので、仕切り直して、ふたりには戦さを競ってもらうことにします。馬融の門下としては、盧植がいるが、すでに人脈のなかに含まれており、フェアではない。
劉備には、揚州まで出かけて、蔡邕さんを口説いてもらおう。そして、どちらも失敗するという。ちなみに蔡邕は、董卓には招かれる。董卓のほうが、賢者を招く力量において勝っていたということで。

劉備は、蔡邕をくどきにいくが、やはり失敗する。

第69回で双槍将(董平にあたる)、第70回で没羽箭(張清にあたる)を味方にしなければならない。彼らの加入をもって、袁紹集団(梁山泊)が完成する。

董平と張清は宿題とする。
劉表・陶謙のように、主要な群雄で、董卓と戦う人々を懐きこむための話にしてもいい。袁術は劉表のところに行き、ギクシャクする。劉備は陶謙のもとに行き、シックリくる。これがのちの世の伏線だと。風流を解する董平は劉表、どこから攻撃してくるか分からない怪しげな張清は陶謙。
ただし、張清と瓊英のラブロマンスは、陶謙では務められない。キャラとエピソードの組み替えが必要かも。

第71回、神秘的な演出をもって、袁紹集団の序列が確定する。

108人が揃うことはない。どういう形か分からないけど、今後、三国鼎立の時代になるよ、という予感を伴いつつ、ミラクルな感じにしたい。考え中。

ただし、宋江=劉備をトップに立てたものの、実体は骨ヌキであり、こんな集団では何も実現できないなーという倦怠感がある。招安を受けちゃおうかなーという、座りの悪さ。『水滸伝』でも、招安か独立か、と揺れ始めるところ。

後漢との付き合い方について、さっそく見解が分かれる。第71回、駒田訳424ページ。

『水滸伝』では、武松・李逵・魯智深が、「招安なんて、くそつまらん」といって、宋江に叛こうとする。そういう分裂が、きちんと起こればいいと思うのです。


第72~74回、官軍戦の前の休憩

第72回、戦いも束の間、劉虞(柴進)・曹操(燕青)は、洛陽にきた。劉備(宋江)・張飛(李逵)も同行したが、お上りさんである。
劉虞は、宮殿に入りこみ、地図に落書きをした。

駒田訳430ページ。何をどう落書きするのか、象徴的な場面だけに、きちんと考えたい。

霊帝(徽宗)のお気に入りの卞氏(李師師)と、燕青は出会った。卞氏を仲介にして、霊帝に接近しようとしたが(宦官の誅殺を具申しようとした?)、張飛が暴れてしまって失敗する。
卞氏を仲介した、霊帝との面会の場は、第81回・82回と重ねられて、ついに成功する。

『水滸伝』では、宋江を招安することを、おもな交渉の材料とする。しかし本作では、わざわざ霊帝に近づいて、何をしようというのか。考えないと。曹操は、すでに上言できる立場にあるのだ。「宦官がいない場所で、密奏する」を欲しているとしても、何を密奏したいのか。
劉焉による州牧の設置も、アイディアとしては、あり。王芬・許攸による廃立が、このとき行われる。これに絡めるとかもあり。


第73回、張飛と曹操の珍道中。マオトコを「鬼」といって殺す。にせ宋江を懲らしめる。
第74回、曹操が相撲をやって、連年のチャンピオン(許褚にしよう)を破る。曹操と許褚は、顔見知りになる。もしくは、許褚の防塁のそばを通り、張飛が調発したので、許褚が出てくる。曹操が張飛を押し退け、無敗の許褚を破る。
張飛が、裁判ごっこをやる。

『水滸伝』の原典が、息抜きである。べつに、188年や189年の緊迫した時期にやる必要がない。むしろ、184年に黄巾が起こるより前に、このエピソードを消化すべきだ。


第75~81回 官軍との戦い

第75回、官軍の使者がきたので、船を沈めて、酒を盗み飲み、辱める。

痛快な場面ではあるが、袁術・劉備がやるとおかしくなる。涼州の割拠勢力に、これをやらせよう。

韓遂・馬騰は、後漢の使者をあざけって返す。詔の文言が不遜だったから。

宦官の童貫の軍と、正面から衝突する。
これは189年、霊帝の死後、洛陽で浮いてしまった西園八校尉の兵権をめぐる、宦官の蹇碩と、袁紹との戦い。この市街戦から、宦官の皆殺し(ハッピーエンド)に向かってゆく。
その一方で、第76回、十路の節度が、ふたたび涼州を攻める?

梁山泊と官軍の戦いを、涼州の平定戦(韓遂・馬騰と、皇甫嵩らが戦う)と、洛陽の市街戦(袁紹・袁術と、蹇碩らが戦う)に割り振って、適宜、描いていく。


駒田訳の中巻が終わり、下巻になるので、ここで中断します。2015年のゴールデンウィークは、ここで中断します。また続きをやります。

高俅との3回にわたる直接対決は、『北方水滸伝』のクライマックス。
水滸百八 http://denki.art.coocan.jp/suiko/ から、このあたりのあらすじを、コピーしておきます。
76回:朝廷は童貫を総大将に10万の大軍を送り込むが、梁山泊軍も総力を挙げて迎撃、九宮八卦の陣で童貫軍を圧倒する。
77回:大打撃を受けた童貫軍は、長蛇の陣で梁山泊を攻める。これに対して梁山泊は十面埋伏の計で当たり、多くの将を失った童貫は東京に敗走する。
78回:大敗した童貫は蔡京の取りなしで許され、高俅が梁山泊討伐の総大将となる。十節度使と水軍を率いて十三万の大軍で梁山泊を攻める高俅だが十節度使は苦戦、水軍も敗れ去る。
79回:十節度使を打ち破り、高俅が徴発してきた船団もことごとく焼き払った梁山泊軍。そこに再度の招安の勅使が到着するが、高俅は勅書の文書を読み替えて罠を仕掛けようとする。
80回:罠を見抜かれた高俅の次の策は、海鰍船団の建造だった。潜入していた好漢たちに船団は撃破され、張順に捕らえられる高俅。しかし招安を望む宋江は、高俅を解放するのだった。
81回:燕青は招安工作のために東京に向かい、李師師の元で徽宗と対面、梁山泊の真意と、官軍との戦いの模様を語る。
というわけで、
76回・77回の童貫との戦いは、上に書いたように、西園八校尉をめぐった189年の蹇碩と袁紹の戦いでよい。
高俅との戦いの見所は、水軍。『漢末水滸伝』では、水塞がないので、とても困る。適当に短く省略しつつ……

   ・ 後漢が、涼州の軍閥を招安する振りをする
     董卓が188年に王国(人名)を討伐する
   ・ 後漢が、黒山の張燕を招安する(史実)
     本作ではこれに伴って、招安に反対する呂布が下山する
   ・ 孫堅が荊州の水辺で、水軍を使って区星を討伐する

などのネタにバラして、消化したいと思う。とくに官軍の聞煥章とか、『北方水滸伝』では重要な役割だったので、活躍の場所を与えてあげたい。


今後の見通し

『漢末水滸伝』、だいぶ目処が立ちました。あとの四方の反乱の平定について、目安を書いておきます。
ラストを飾る方臘の乱は、張角のネットワーク(袁紹集団の最大のライバル)

北方『楊令伝』でも、大きく扱われていた。百回本のときからあるから、大きな意義を与える。おそらく黄巾の布教・組織化は、袁紹・劉備と平行して行われている。だから、章をはさんで、交互に経過を描く必要がある。

皇甫嵩・朱儁は、108人の員外のまま放置していたが、史実に準拠するので、本作にきちんと登場させて、黄巾を討伐させる。

百回本にもとからある、荒唐無稽な遼の討伐は、烏桓・鮮卑との戦い(公孫瓚と劉虞の紛争のタネとなる)。遼と和睦するか、徹底的に潰すか、など『水滸伝』でもモメる。同じように、劉虞と公孫瓚がモメる。ただし『水滸伝』までは、全勝しない。史実に逆らうことになるから。
趙雲が劉備のところに転がる伏線をはる。

百二十回本で挿入された、王慶の前半生は、洛陽にいてトラブルに巻きこまれたこともある士燮になぞらえる。『水滸伝』で語られる王慶の乱の結末は、『漢末水滸伝』がカバーする189年までには含まれない。士燮が孫呉に降伏するのは、もっとあと。最後までは描かない。

いちど、混成魔王の樊瑞を、張純と書いた。それはボツで、樊瑞は笮融にやらせる。田虎は張純である。189年までに片づくから、ちょうどいい。

百二十回本で挿入された、田虎は、張純にする。

田虎その人は、わりとザコですが。幻魔君の喬道清とか、鄔梨とその娘であるヒロイン瓊英とか、周辺の人物は大切である。
張純が暴れた地域は、幽州・并州の方面だし、、瓊英=貂蝉が、この戦いから、こぼれて出てくるという話にするかも知れない。王允は、黄巾の関係者として張譲を名指しで批判するひと。『水滸伝』で、宋江に同情的な高官(宿氏とか陳氏とか)に近づけて、絡ませてもいいかも。


整理すると、遼国・田虎・王慶・方臘は、烏桓・張純・士燮・張角となる。彼らが、袁紹集団のまるっきり外部にある人々。150506

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