雑感 > 『漢末水滸伝』あらすじ1 公孫瓚・韓当・程普

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『水滸伝』第1~5回より、幽州の出来事

三国志と『水滸伝』が融合した話をつくる計画
という遊びをしています。『水滸伝』の駒田信二訳を見ながら、漢末・三国に比定していく作業をします。『漢末水滸伝』というタイトルを考えています。
話の大筋としては、『水滸伝』晁蓋にあたる袁紹が、『水滸伝』の悪役の筆頭である高俅を斬っておしまいとなります。史料に本格的に登場する前の、後漢末の群雄たちの前史(青年時代)を描くことにします。

こういう背骨だけでも、きっちり作っておかないと、あとで収集がつかなくなる。

『水滸伝』では、悪役の高俅が最後まで生き残ってしまい、主役の宋江を毒殺するという、後味のわるい結末です。しかし、ぼくの『漢末水滸伝』は、袁紹が張譲をぶったぎるという、史実に沿いながら、スカッとする結末にしたいと思います。
『水滸伝』方臘の乱は、張角の黄巾の乱に置き換えます。『水滸伝』で方臘は、梁山泊を壊滅させるような強敵です。しかし『漢末水滸伝』で、主要な登場人物を殺してしまったら、三国時代に支障がでるので、黄巾の影響は調節するつもりです。

全体像を描けたところで、『水滸伝』120回本に拠りながら、三国志ものへの置き換えを計画してきます。思いつきで書いているので、設定は、コロコロ変わります。というか、この過程で設定をつくっていくので、コロコロ変わらなければ、これをやる意味がありません。

第1回 梁冀が封印を解く

後漢の順帝期から、話を始める。

建康元年正月辛丑,詔曰:「隴西、漢陽、張掖、北地、武威、武都,自去年九月已來,地百八十震,山谷坼裂,壞敗城寺,殺害民庶。夷狄叛逆,賦役重數,內外怨曠,惟咎嘆息。其遣光祿大夫案行,宣暢恩澤,惠此下民,勿為煩擾。」(『後漢書』順帝紀)

西暦にして144年、順帝の末年、涼州で地震があって、光禄大夫を派遣して、救済にいかせる。

144年というのは、後漢末の群雄たちが、そろそろ生まれるべき時期にあたる。もしも袁紹を「曹操よりも10歳上」として設定するなら、袁紹の生年は145年になるから、ちょうどいい。
なぜ順帝期から語り起こすかといえば、『水滸伝』が、本編がはじまる約40年前、北宋の仁宗の時代から語り起こされるからだ。それを踏まえています。

天災を心配した順帝は、大将軍の梁冀を使者に立てて、「南華老仙を訪ねて、祈祷をしてもらえ」という。

『水滸伝』では、仁宗が洪太尉に、「張真人を訪ねて、祈祷してもらえ」という。
梁冀は、3年前の141年に、父の死を受けて大将軍になっている。天子が、信頼すべき最高位のひとに祈祷を依頼する。というかたちで、原典を踏まえている。
南華老仙とは、張角に薬草をさずけるひと。荘子の生まれ変わりらしい。ともあれ、『水滸伝』の仙人である張真人は、漢末の張魯さんの末裔なので、ここで出すことができない。かわりに南華老仙に出てもらった。あとで話にからませよう。

梁冀は、いやいやながら、道教の聖なる山にいく。
伏魔之殿には、「遇梁而開」という予言が書かれている。梁冀は、権力や武力を背景にして、むりに封印を解かせてしまう。その結果、108の魔星が飛び散ってしまう。漢が滅びる遠因をつくったのは、梁冀さんですよ、あーあ。。ということで、梁冀は、自分のやったことの重大さに気づかずに洛陽に帰る。

史実においても、漢が滅びる遠因をつくったのは、梁冀だといっても、まあ問題ではないはず。「封印を解くな」と止める道人たちを、むりに振り切ってしまう傲慢さを描くには、梁冀というキャラが必要だと判断しました。


第2回 盧植が、趙雲・公孫瓚を教育

ときは流れて、霊帝の時代。張譲という、蹴鞠だけがうまい、しょーもない宦官がいました。それが霊帝の目にとまって、出世しました。

『水滸伝』高俅を、張譲とする。張譲を、ねっとりとした悪役にすることで、この物語は背骨が強くなる。『蒼天航路』で、霊帝が蹴鞠に興味を示していた。霊帝が、蹴鞠をおもしろがっても、イメージが狂うことはないはず。
史実から、張譲のエピソードを持ってきて、悪役ぶりを強化してもいい。『三国志平話』や『三国演義』から、張譲の悪さを補強してもいい。とにかく、王朝が腐敗している、ということを表現するための装置なのだから。
孟達の父親の孟他が、張譲にワイロを送り、、というのも、使いたい。


張譲との関係が悪化して、朝廷にいたくないのが、盧植さん。

熹平四年,九江蠻反,四府選植才兼文武,拜九江太守,蠻寇賓服。以疾去官。作《尚書章句》、《三禮解詁》。(盧植伝)

175年、九江を平定すると、盧植は病気になったといって、官職を去る。このように去った理由を、張譲とのトラブルにしよう。

175年は、劉備(161年生まれ)が15歳になって学問を志し(←定型文)、盧植に学問を習うとき。つまり盧植は、このタイミングで帰郷するのが、史実に沿った展開となる。
『水滸伝』王進が、盧植の役割を果たす。王進は延安府に向かうが、方角としては北に逃れている。盧植が幽州に帰るというイメージに合う。
『水滸伝』の王進は、行方不明になる。『北方水滸伝』では、子午山に籠もって、不良少年の教育をやる。『漢末水滸伝』では、盧植は史実どおりに学問に打ちこみ、黄巾の乱では将軍として活躍してもらう。細部までは一致しないけれど、史実を優先する。というのが基本スタンスです。

盧植は、洛陽の政変を嫌った。官邸で養っていた母を連れ出し、帰郷する。その途中で、母が体調を崩して、常山郡の真定県で泊めてもらう。槍の稽古をしていた少年に、「下手だな」という。これがのちの趙雲。

『水滸伝』史進は、趙雲とする。
趙雲は、きっとまだ、10歳に満たない子供だ。だから、武術に秀でた盧植でも、教育できる。盧植は、文武両道の「儒将」といわれるから、槍の手ほどきぐらいできるだろう。さっき九江で平定戦をやったばかりだから、気持ちが戦闘モードであり、口走ったのだ。

盧植は、少年の趙雲に、18般の武芸(の基礎)を教えた。

盧植は、故郷の幽州に辿りつく。すると、公孫瓚が入門してくる。公孫瓚は、太守の娘婿になっており、その援助をもらって、盧植に学問を習いにきた。

公孫瓚字伯珪,遼西令支人也。為郡門下書佐。有姿儀,大音聲,侯太守器之,以女妻焉,遣詣涿郡盧植讀經。後複為郡吏。(公孫瓚伝)

公孫瓚が、盧植から学問と、武芸(の心得)をならう。

劉備をここで登場させなければならん。しかし、吉川英治『宮本武蔵』方式で、接近するけれども、深く関与しない、という扱いがいい。劉備の容貌について描写すれば、読者は絶対にきづく。公孫瓚が、武術を学ぶときの練習台とかw

そのころ公孫瓚は、在地の盗賊たちのウワサをきく。

『水滸伝』史進は、王進から武芸を習う、王進と別れる(王進は物語から消滅)、父を亡くす、少華山の盗賊のウワサを李立から聞く、というエピソードを踏む。少華山の盗賊のウワサを聞くところから、史進を公孫瓚に比定する。
もともと史進の話だって、バラバラの講談を、『水滸伝』編者がつなぎあわせたものであって、同じキャラが経験する必然性がない。だから、ぼくの都合で、解体・再統合をする。こうしたムリをしてまで、「史進=趙雲」にしたかった。「竜」のイメージが重なるし、長いものが武器だし、北方謙三も「史進=趙雲」と言ってたしw

少華山に拠っているのは、3人の首領。

英雄記曰:瓚統內外,衣冠子弟有材秀者,必抑使困在窮苦之地。或問其故,答曰:「今取衣冠家子弟及善士富貴之,皆自以為職當得之,不謝人善也。」所寵遇驕恣者,類多庸兒,若故卜數師劉緯台、販繒李移子、賈人樂何當等三人,與之定兄弟之誓,自號為伯,謂三人者為仲叔季,富皆巨億,或取其女以配己子,常稱古者曲周、灌嬰之屬以譬也。(公孫瓚伝注引)

公孫瓚が義兄弟となったのは、もと占い師の劉緯台、絹売りの李移子、商人の楽何當です(史実)。というわけで、公孫瓚には、この3人に、このタイミングで出会ってもらう。

『水滸伝』で、史進は少華山の3盗賊と出会う。彼ら3盗賊は、義兄弟の盟約を結んでいる。朱武・陳達・楊春である。神機軍師の朱武は、頭脳派なので、もと占い師に当てる。白花蛇の楊春は「白面の妖蛇のような容姿」が呼称の由来らしいので、絹商人に当てる。跳澗虎の陳達は武闘派だが、消去法で商人ということになる。
できれば、後漢末の史料にある人物のすべてに、108人を割り振りたい。ただし、『水滸伝』でキャラ立ちしていない人物を、むりにキャラ立ちさせることはしない。「きちんと割り振りましたよ、義理は果たしましたよ」という、作者(ぼく)と読者との契約のようなものをイメージしてます。

公孫瓚は、3人のアウトローな盗賊と、はじめは対立するけれども、互いに認め合って仲間になる。

第3回 韓当が肉屋を殴り殺す

公孫瓚は、盗賊と一緒にいるところを見られて、盧植のところに居られなくなる。仕方がないから、故郷(遼西の令支)に帰ることにする。

『水滸伝』史進は、少華山の3盗賊を取り残して、「まだ旅がしたいから」といって、流れていく。合致している。『水滸伝』で史進が旅立つ理由は、「王進を探しに」だけれど、ここまでは踏襲できず。

ふと公孫瓚は、豪傑に遭遇する。韓当である。

突然ですが、『水滸伝』魯智深を、呉の韓当とする。 思い出すのが、坂口和澄 『正史三国志群雄銘銘伝』の韓当の記事。 「北辺の生まれであり、江東出身の将軍がおおい孫氏集団のなかでは、程普と同様に異彩をはなつ。程普が生まれた地から40キロを隔てるだけである。『三国志』を主題に小説を書くならば、韓当と程普が、若いころ、一旗あげようとして南をめざし、孫堅とめぐり会ったとすれば、おもしろいかも知れない」と。 韓当は、遼西の令支のひと。なんと、公孫瓚と同郷。こんなにも、うまくパズルのピースが填まるなんてなー。公孫瓚が帰郷して、韓当に「たまたま」遭遇しても、おかしくない。『水滸伝』の史進と魯智深よりも、ずっと必然性があります。
宋江とあんまりカラミがないが、幽州・冀州にいそうな人物。これが、韓当と程普なのです。『蒼天航路』のイメージで、韓当は、顔が横にひろがって丸くて豪快そうなので、魯智深の役をやってもらう。『無双』でも、怪しげなオヤジだった。程普は、きびしい軍官という印象があり、また周瑜を芳醇な酒に例えることから、アル中の武松の役になる予定。

公孫瓚と韓当が、意気投合して酒を飲んでいると、女の泣き声がする。韓当が事情を聞けば、わるい肉屋に騙されて、ただ働きをさせられている。韓当は怒って、肉屋を殺す。

『水滸伝』は肉屋の呼称を鎮関西として、『北方水滸伝』は地理的な都合から、鎮関東とした。ぼくの『漢末水滸伝』の場合は、「鎮朔北」かなー。
一緒に酒を飲むひととして、『水滸伝』では打虎将の李忠がいる。史進のかつての師匠であり、武芸を見せて薬を売り、周通とともに山に籠もり、しょぼい盗賊をやって、呼延灼の馬を盗むという役所。幽州あたりのB級の人物を宛てねばならん。
公孫瓚が刺史に任じる、青州刺史の田楷、兗州刺史の単経、冀州刺史の厳綱あたりが、これに該当するだろう。108人に含まれるのだから、重要人物であるべき。公孫瓚の持ち駒が3つある。しかしこの3人は性格の記述がない。
もしくは、長史の関靖。これで持ち駒が4つ。
英雄記曰:關靖字士起,太原人。本酷吏也,諂而無大謀,特為瓚所信幸。救至,欲內外擊紹。(公孫瓚伝注引)
酷吏だが大謀がない、というコモノぶりから、『水滸伝』李忠を、関靖とするという結論でよいかも。公孫瓚の格上として、軍師めいた発言をする。


第4回 韓当が逃げるだけ

韓当は、故郷にいられなくなり、逃げ出す。

原典『水滸伝』がこのパターンなので、仕方ないw

助けた女の(新しい夫を介した)斡旋で、出家する?

『水滸伝』で魯智深は、仏教教団の秩序になじめず、こっけいな笑いを買う。しかし後漢末に、仏教教団が一般的に展開しているとは思えない。西域との接点ならば、まだ寺院がありそうだが、ここは幽州だし。
「既成秩序のなかに溶け込めず、失笑を買う」という役割は、宿題として別のキャラに割り振ろう。韓当は、鎮関西のようなやつを殴り殺しそうだが、五台山を騒がしそうではない。イメージに合わない。原典『水滸伝』でも、はやく生辰綱を読みたくなって、間延びするのが、このあたりなのだ。
『水滸伝』第4回は、五台山を追い出された魯智深が、大相国寺に移動することになって、終わる。『漢末水滸伝』において韓当は、故郷から逃げ出したところで、つぎの第5回のエピソードにいってもいい。
それから魯智深には、『北方水滸伝』でオーガナイザーをやった実績がある。孫堅集団の立ち上げにあたって、韓当がせっせと人材の説得に回った。というほうが、いい感じだ。


第5回 韓当が一目惚れを阻止する

韓当が流浪していると、

『水滸伝』では桃花山にくると、

娘を盗賊に奪われそうだ、、と在地領主が泣いている。どうやら盗賊が、娘にひとめぼれして、今夜、ひきとりにくるらしい。韓当は、「私が、かわりに娘に化けて待機し、その盗賊がきたら退治してやりましょう」と請け負う。

この嫁取りの盗賊とは、小覇王の周通。あだな繋がりで、孫策のことを思い出すが、まだ『漢末水滸伝』の作中で、孫策は1歳である。しかもここは幽州。ダメ。
また周通をWikipediaで調べると、「桃花山を根城にした山賊で槍の使い手だが、梁山泊でもさほど強い方でもない李忠に一騎討ちで敗れるほど格別腕が立つわけではなく、梁山泊の騎兵将校では最低の席次であり、魯智深には小物呼ばわりされている」とある。小人物がよい。

韓当は、盗賊の王門をとっちめた。

『水滸伝』周通を、王門としてみた。『水滸伝』のなかで、周通と李忠が組んで、独立した山賊になる。『漢末水滸伝』のなかで、関靖と王門が組んで、公孫瓚の部将になる、という設定にしよう。
瓚將王門叛瓚爲袁紹、將萬餘人來攻。衆懼欲降。豫登城、謂門曰「卿、爲公孫所厚而去、意有所不得已也。今還作賊乃知卿亂人耳。夫挈瓶之智、守不假器。吾既受之矣。何不急攻乎?」門慚而退。(田豫伝)
公孫瓚の部将に、王門というひとがいる。公孫瓚に叛いて袁紹に味方するものの、田豫に言動を批判されて恥じて撤退する、という情けないひと。


韓当に敗れた王門は、韓当を本拠地に招き入れる。すると、王門の兄貴分におさまっているのは、あの関靖である。

『水滸伝』では、魯智深に敗れた周通が、魯智深を本拠地に招き入れると、そこで李忠に再会する。

関靖は、韓当にこれまでの経緯を説明する。
「公孫瓚と別れたあと、韓当が肉屋を殺したと聞いた。心配してウロウロしてたら、王門と遭遇した。王門に襲われたが、ぎゃくに王門に勝ったから、山賊の首領に収まっていたのだ」と。

韓当は王門を説得して、嫁取りのことを諦めさせる。いっぽうで、関靖・王門が盗んだ財産を持ち逃げする。

『水滸伝』に忠実に書くと、打ち消し線の下のようになるのだが。もともと李忠(ここでは関靖)が再び出てくることが不自然。はぶいてもいいかも。ただ、魯智深(韓当)が、周通(王門)をやっつける話でも、充分に読めるのだから。
韓当の動きを整理すると、公孫瓚と意気投合→ 肉屋を殴り殺す→ 王門の一目惚れを諦めさせる、となる。結婚がらみで対句になっているし、作者も読者も付いてこれるはず。あんまり複雑にしても、おもしろさが比例するわけではない。

韓当の旅はつづく。150501

韓当がフラフラするのが、坂口和澄氏の本を読んだときから、やりたかったことだから、これでいいのです。
なお、『水滸伝』に回数の表示に会わせて区切ってますが、『漢末水滸伝』の回数をどうするかは未定です。

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魯智深=韓当、武松=程普が、南下する

第6回 韓当が公孫瓚と再会する

韓当が立ち寄った家では、痩せた人々に、「あなたに食べさせる飯はない」と断られる。現地の豪傑が、食糧を独占しているから。かまわず、韓当は、別室で炊けている飯を食ってしまう。
現地の豪傑が、「オレの飯を食いやがったな」と、韓当に襲いかかる。しかし韓当は、返り討ちにする。

漢末の荒廃、とくに北方の異民族との戦いにより、幽州で食糧難が起きている、、という文脈にすれば、『水滸伝』のエピソードよりも、納得感が増すだろう。あとで登場する、劉虞の善政を強調することができる。

さらに韓当が旅をしていると、林の上から、「荷物を置いていけ」という声がする。応戦すると、これは公孫瓚である。

『水滸伝』では、魯智深と史進が再会する。史進は、路銀を稼ぐために、盗賊の行為をやっていたのだと。
ぼくはアレンジして、公孫瓚が太守のもとに就職して、賊を取り締まっているところに、韓当がひっかかった、という話にしてもいい。公孫瓚は、太守を尊敬するあまり、交趾への徙刑にも付いていくという(公孫瓚)。この場に、上官の太守を持ってきてもいい。
劉太守坐事徵詣廷尉,瓚為禦車,身執徒養。及劉徙日南,瓚具米肉,於北芒上祭先人、舉觴祝曰:「昔為人子,今為人臣,當詣日南。日南瘴氣,或恐不還,與先人辭於此。」再拜慷慨而起,時見者莫不歔欷。劉道得赦還。(公孫瓚伝)
のちに、劉太守を見送って、ウロウロする公孫瓚、というシチュエイションを作ることができる。ここは、劉太守にご登場ねがおう。公孫瓚は劉太守に、いかに韓当が正しい人物であるか、語るのだ。飯の件で、斬殺をしたけれど、じつは悪くないんだとか。

公孫瓚が近況を語るに、3人の義兄弟(占い師とか商人とか)も含めて、公孫瓚が官禄によって養っており、仲よく暮らしていると。

『水滸伝』で史進は、少華山に籠もって、ここの山賊のトップになる。しかし史実の公孫瓚は、官歴を歩んだもらわねばならない。占い師たちは、山から下りて、公孫瓚の軍役のサポートをしていることにしよう。異民族と戦うために、占い師が勝敗をうらない、商人らは軍資金を稼いでるとか。


韓当は、つぎの行き先を探してる。公孫瓚が、地元での就職の世話をするというが、韓当は幽州にいたくない。なんか、別天地に行きたくて、モヤモヤしている。

『水滸伝』では、大相国寺にゆき、そこでも既成秩序を乱す。野菜の番人なんてできないよ!と騒ぐ。こちらの性格のほうの魯智深は、韓当に継承させないので、このエピソードはカット。


その後の韓当

道中、韓当が腕力を見せびらかしていると、美男子にあう。

『水滸伝』では、塀の割れ目から、林冲が顔をだす。しかし、ここに林冲が登場する必然性はない。『水滸伝』の成立史にかんする研究でも言われていることらしい。林冲の妻が、高俅の身内に横恋慕され、、という話は、もっと洛陽に近いところでやりたい。幽州に、中央の軍官がいるのはおかしい。
これで宿題は2つ。既成の序列を守らない魯智深のキャラ。一連の林冲故事(妻に横恋慕され、高俅にいじめられ、梁山泊に落ち着くまで)。林冲の悲劇性を演じてくれる、漢末のキャラクターって誰だろう。張奐とか?
『水滸伝』では、時空がねじれて、これから林冲故事が語られ、林冲がいたぶられながら護送するところに、ふたたび魯智深が立ち会う。しかし、ここで魯智深が登場する必然性もない。第7回の林冲故事は、中央もしくは西方の出来事として、置き換えたい。『水滸伝』楊志を馬騰として(建国の名臣の子孫つながり)、『水滸伝』林冲を張奐として、ともに西方のストーリーにしよう。
話の切り替えどころが難しいけど。


韓当が腕力を見せびらかしていると、高官が通りかかる。劉虞である。

『水滸伝』柴進を、幽州刺史の劉虞とする。
『水滸伝』で魯智深が怪力を見せびらかすのは、7回の前半。ここから林冲故事にうつり、林冲がいたぶられて徙刑にあっているところを、魯智深が救出する。これが9回。魯智深と林冲は、柴進を頼ることになる。というところにワープした。林冲故事をすっとばすため(あとでやります)、林冲と出会うべきところを、柴進に出会うことにした。駒田訳で112ページ。

劉虞に、「どうしたの」と聞かれて、韓当はモヤモヤを吐露する。劉虞は、「とりあえず、うちに来なさい」と言ってくれる。

『水滸伝』柴進は、前王朝の末裔。劉虞は、光武帝の子孫であり、いまの霊帝とは別系統。治外法権のような、独立した統治空間をつくっていても、おかしくないだろう。幽州は辺境だから、劉虞の「領土」のようなものということで。

韓当は、劉虞の食客となる。

『水滸伝』なら、ここで林冲が、柴進から「私でも、あなたを守り切れない。梁山泊に行きなさい」という。しかしぼくは、林冲故事をすっ飛ばしたから、このくだりは、後回し。きっと張譲に嵌められた張奐は、流れていく途中で、誰かに救出され(楊志こと馬騰の予定)、どこか(梁山泊のような要塞)に落草する。
『水滸伝』9巻の後半で、林冲は、柴進のもとをさって、牢城でまたイジメにあう。張奐の暗殺を命じる張譲、というのはありそうな設定。改めて、地の文に落とそう。


劉虞のところで韓当が、無為な日々を過ごしていると、うっかり廊下で誰かを、蹴り飛ばす。程普である。

『水滸伝』武松は、程普にする。
原典は、林冲故事と宋江故事をはさんで、『水滸伝』23回の冒頭。宋江と武松が、柴進のところで、遭遇するシーン。ここから「武十回」が始まる。ぼくのなかで、「韓当と程普が、幽州生まれ同士で、南に下っていく」という話をつくるとき、魯智深と武松のペアに置き換えたい。
いまから主人公が、武松こと程普になる。もしくは、ここでいちど視点を変えて、べつの人の物語にしたほうが、気分が変わるかも。


第23~32回 程十回

程普は、韓当と同じように、力を持て余しているところを、劉虞に拾われた。しかし、まだ若くて社会に出る気がないし、そもそも病気持ちである。韓当に蹴られて、体調がよくなったので、故郷(おなじ幽州内)の兄に会いにいく。

『水滸伝』23回のエピソードそのまま。
武十回ならぬ、程十回(程普を主人公にした十回分)の着地点は、「どうやら徐州には、すぐれた人物がいるらしい」と、ウワサに聞いてくること。この徐州の人物とは、もちろん孫堅のこと。
孫堅伝によれば、171年、孫堅が海賊を退治する。172年、陽明皇帝の許昌をやぶり、鹽瀆(広陵)丞・盱眙(下邳)丞・下邳丞を務めていく。このころ、徐州にいる。


程普は、兄嫁の浮気に報復する。その罪により、護送されているとき、人肉饅頭屋にくる。

『水滸伝』27回に相当。23回~26回は、独立したエピソードである「程十回」に費やす。
人肉といえば、『三国演義』19回の劉安。劉備に人肉を出してくれる。きっと『水滸伝』張青(人肉屋のおやじ)が劉安で、『水滸伝』母夜叉の孫二娘(人肉屋のおかみ)が劉安の妻なのだ。劉安の妻は、のちに劉備に食われる。108人の割り付けが進んで、嬉しいなあ。

人肉饅頭屋は、程普をすぐれた人物だと知り、謝る。飲食店というのは、情報の交差点だから、孫堅のウワサを耳に入れる。しかし程普は、すぐには動かず。

『水滸伝』では、安平塞にゆき、武松が施恩を助ける。108人のうち、ここで加入すべきなのは、施恩ひとりだけ。のちに孫呉に合流するひとで、北方に来ているひとがいたらいいなあ。
祖茂は、孫堅の四天王(←ググった結果)として、程普・韓当・黄蓋とともに、『三国演義』で名を連ねているらしい。そして出身地が不明。よし、『水滸伝』施恩は、祖茂とする。祖茂は、程普のおかげで地元で顔を立てることができ、孫堅軍への加盟についていく。

程普は、徙刑を食らう先で、厚遇される。

宋代には牢城があるが、漢代は??

なぜなら、祖茂が役人にワイロを渡してくれていたから。祖茂が、程普のために便宜を図った理由は、地元で顔を立てたいから。祖茂は、程普の力を借りて、みごとに地元でライバルを圧倒する(『水滸伝』29回)
活躍を終えた程普が、眠っていると、盗賊につかまる(『水滸伝』31回)。しかしその盗賊とは、人肉饅頭屋の劉安の部下だった。程普は、死なずに済む。

『水滸伝』32回で、武松は、孔明・孔亮と出会う。孔明・孔亮のもとには、宋江との絡みがあり、、と、編者のご都合主義すぎて、必然性がない。
武松=程普は、兄のかたきをとり、施恩=祖茂を助けたら、もうエピソードが満腹である。『水滸伝』の孔明・孔亮は、ちがった形で出てきてもらう。張青=劉安のところで、行者=道者なりの衣装をもらったら、柴進=劉虞のところにいる、魯智深=韓当と連れだち、施恩=祖茂も一緒になって、下邳の孫堅をめざそう。
問題は、孫堅を、『水滸伝』キャラに比定できてないこと。まずい!


構成にかんするメモ

原典『水滸伝』は、バラバラの逸話を、ひとつなぎで読めるように、編纂したもの。そういう組み立て品であるならば、各要素を台無しにせぬよう、注意を払いながら、解体・再構築をすることができるはず。
とりあえず、盧植が帰郷して趙雲・公孫瓚に出会うというトリガーから、韓当・程普・祖茂が下邳の孫堅をめざす、という話になりました。
『水滸伝』武十回が終わる32回まで来てしまったが、『水滸伝』積み残しているのは、おもに3つのエピソード群。

ひとつ。林冲が高俅にいびられ、梁山泊に落草したところを、通りかかった楊志に襲いかかる。という、梁山泊という拠点にまつわる話。じつは、梁山泊というロケーションがなくても、ここまでの話は成立してしまうという。

『水滸伝』の史進・魯智深・武松らのメインキャラクターが、梁山泊に合流するのは、もっとあと。というか、合流しなくたって、話としてのおもしろさは、あまり変わらないというのが不思議なところ。

これは、林冲を張奐、楊志を馬騰(この比定の結果、『北方水滸伝』オリジナルキャラの虐殺マシンの楊令は、子の馬超となる)を中心にして演じてもらう。梁山泊の拠点を奪われる王倫の役割は、韓遂らがつぎつぎと使い捨てにしていく頭領(北宮伯玉や李文侯)を充てればよい。

張奐と張譲が対立するということは、当然ながら、党錮の禁にかんするエピソードを織りこんでいかねば、全体像が浮かび上がらない。

のちに曹操と対抗することにある、「関中十部」が、『水滸伝』で梁山泊という拠点にむれる盗賊の集団になる予定。馬超と、『北方水滸伝』楊令は、重なるところがある。最強の騎馬をひきいて、アタマが断線したようなところが。

つぎに、晁蓋を中心とした、生辰綱をうばうプロジェクト。晁蓋は袁紹が、盧俊義は袁術が演じる。こちらは『水滸伝』の原作とちがって、明確な水塞のようなものを築かず、人的な結合を強みにして戦う。
なぜかって、史実として、袁紹が霊帝期に割拠しないからです。『水滸伝』をモチーフにして、史料にない行動を取らせるけれども、史料に矛盾しない。目指すところは、そこです。
袁紹らが、特定の地盤を得るのは、董卓が執政してから。『漢末水滸伝』で、どこまで描くのか、ちょっと未定。燕青の役割は、曹操が演じる。李師師こと卞氏を操って、宮廷にふかく潜入して……という話もあるのかも。
『水滸伝』に引きつけて、『水滸伝』のイフものとして捉えるなら、晁蓋が梁山泊に入らず、保正としてオモテの顔をキープしながら、北宋を転覆させるための陰謀をめぐらす、、という組織になる予定。

さいごに、宋江こと劉備。宋江が閻婆惜を殺すように、劉備はしょーもない殺人をする。宋江のように、劉備は各地を旅する。李逵こと張飛が、朱仝こと関羽が職務上の失敗をするように仕向けて……という感じ。
劉備集団は、傭兵としての能力を高めながら、史進こと公孫瓚に合流する。
『水滸伝』史進の少華山は、梁山泊に合流するけれども、『漢末水滸伝』公孫瓚の勢力は、安易に袁紹に合流しない。むしろ、袁紹と対立します。こちらのほうが、リアリティがある。劉備は、そのどちらにも関係を結びながら、フラフラする。

『漢末水滸伝』構築にむけて

扱いとして浮いているのが、董卓。まだ『水滸伝』の話のなかでの位置づけが見えてこない。関勝や呼延灼のような辺境の軍閥として、ライバルの勢力になるのかな。
また、
すでに扱った、魯智深こと韓当、武松こと程普、施恩こと祖茂は、孫堅軍を形成するのだけど、涼州の討伐にもいく。董卓たちと一緒に戦うし、馬騰たちを討伐する。地域ごとに分かれたままじゃなく、史実どおり、互いに交渉をもつ。
すでに書いたように、袁紹と公孫瓚だって戦うことになる。そこまで(あとの時代まで)描くかは、これから考えるけど、とにかく、拠点ごとに別々に人材を集めつつ、原典『水滸伝』以上に、おもしろおかしくシャッフルされる。必然性をもって関与しあう。
構成する力が試されるなー。がんばろう。

ごちゃごちゃ書いており、『水滸伝』を読んでない三国ファンには、なにの話をしているのか分からないと思いますが、、『漢末水滸伝』は、『水滸伝』を知らなくても、「ほお」と思って読んで頂けるような話にする予定です。『水滸伝』との対応関係を知ると、より楽しい、というオプションです。あくまで『水滸伝』はオマケです。150501

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