読書 > 李卓吾本『三国演義』第4回の書き下し

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第4回上_漢帝を廃して、董卓 権を弄ぶ

袁紹が逃亡する

卓 紹を殺さんと欲す。蔡邕 之を止めて曰く、
「事 未だ定体有らず。妄りに袁紹を殺すべからず」と。
〈袁紹は〉手に宝剣を提げ、百官に長揖して出で、節を東門上に懸け、馬 冀州に奔りて去る。
太傅の袁隗に曰く、
「汝の姪 無礼なること、太甚だし。吾 汝の面を看て、之を殺さず。廃立の事 其意いかん」と。

董卓は、袁紹を殺さないことで、袁隗に恩を着せて、味方にようとしてる。『後漢紀』で袁隗と董卓のあいだで、こんな会話があったっけ。

袁隗曰く、「太尉の〈意〉見は、是なり」と。
卓曰く、「敢へて大議を阻む者有れば、軍法を以て従事す」と。
大臣 震動して、皆 云ふ、「一に尊命を聴く」と。

宴 罷む。卓 侍中の周毖・校尉の伍瓊・議郎の何顒を召し、問ひて曰く、
「袁紹 此より去る。いかんせん」と。

李卓吾はいう。董卓は、(優れた)人物ではないが、彼を輔ける者(周毖・伍瓊・何顒)は、みな豪傑である。惜しむべし、惜しむべしと。

周毖曰く、「廃立は大事なり。人の及ぶ所に非ず。袁紹 大体に達せず、恐懼し、故に出奔す。他志有るに非ざるなり。

人(袁紹)が、廃立に関して、どうにかできるわけじゃない。また廃立した後、どうにかできるわけでもないと。この辺の計算(じつは周毖による、董卓のミスリード)は、毛本では全てカットされてる。

今 之を購へば、勢を急ならしめ、必ず変を為さん。袁氏 恩を樹つること四世、門生・故吏、天下に遍し。若し〈袁紹が〉豪傑を收めて、以て徒衆を聚むれば、英雄 之に因りて山東に起し、公の有に非ざらん。如かず、之を赦して、拝して一郡の守と為らしむるを。則ち紹 免罪を喜びて、必ず患ひ無らんか」と。

楽しいセリフ。正史と比べて読みたいですね。

蔡邕曰く、「某 主公〈董卓〉をして紹を殺さしめざるは、正しく此〈周毖の言うとおり〉の為なり。紹 謀を好めども無断、慮を為すに足らざるのみ。之に一郡守を加へて、以て民心を收めしめよ」と。

陳琳とか蔡邕とか、決して主役でない者が、主役級の弱点を言い当てて、物語の伏線を貼ってゆく。

卓 大喜し、即日、人を差はして拝して渤海太守と為さしむ。

史官 論じて曰く、袁紹 志は大なるとも、智は小なり。謀を好むとも、决無し。色は厲、肝は薄。朝堂に就きて、卓を誅すること能はず。

董卓の前から逃げ出して、叔父の権力によって、助けてもらった袁紹。起兵するときは、董卓にもらった勃海の兵を使う。董卓に、曲がりなりにも立ち向かい、独力で(呂伯奢を斬ってw)逃げおおせた曹操。起兵するときは、家財を傾けて、健気にがんばる。
何進のもとに養われた、切れ者の将校として、「二枚看板」とも言うべきであった、袁紹と曹操は、董卓というキッカケを期に、別の道を歩む。キャラの割り当てに沿った、活躍の仕方を開始する。

反りて長揖して去り、一郡守を得て喜ぶ。之を謬まること甚だしきかな。

ついに董卓が廃立する

董卓の権 重し。群臣の見ゆる者 皆 慄然とす。
九月朔、帝に請ひて嘉徳殿に陞せしめ、文武と大会せしむ。到らざる者は斬らる。是の日、皆 班次に列す。卓 手に剣を掣して曰く、
「少帝 闇弱なり。全く威儀無し。以て天下を掌すべからず。今 郊天に策文有り。宜しく宣読すべし」と。李儒 策を読みて曰く、

「孝霊皇帝 高宗の眉寿の祚を究めず、早くに臣子を棄つ。皇帝〈劉弁〉 承紹し、海内 側望す。而るに帝 天資は軽佻、威儀は不恪、喪に在りて慢惰なり。哀は故の如し。凶徳 既に彰らか、淫穢は聞に発し、神器を損辱し、忝なくも宗廟を汚す。
皇太后〈何氏〉 母儀を無からしめ、統政 荒乱す。永楽太后〈董氏〉 暴かに崩ず。衆論 焉に惑ふ。三綱の道、天地の紀、而して乃ち闕有り。罪 之に大なり。
陳留王の協 聖徳・偉茂なり。規矩 邈然として、下を豊とし、上を允とす。尭図の表有り。居喪は哀戚、言は邪を以てせず。岐嶷の性にして、成周の懿有り。

李儒(というか董卓)が、劉協をほめる文って、どこが出典だろう。見覚えがない。

休声・美譽、天下の聞く所なり。宜しく洪業を承ぎ、万世の統と為り、宗廟を承くべし。皇帝を廃して弘農王と為せ。皇太后 政を還して、天に応じ人に順へ。以て生霊の望を慰めよ」と。

毛本は、めずらしくこの策文を省略しない。

李儒 策を読み、已に畢る。卓 左右を叱りて少帝を扶けて殿を下らしむ。其の璽綬を解きて北面せしめ、長跪して称臣・聴命せしむ。

少帝 号哭す。百官 慘慘然たり。
卓 太后を呼ぶ。服候を去らしめ、勅す。太后 哽咽す。群臣 悲を含む。堦下に一大臣あり、憤怒し、高叫して曰く、
「賊臣 董卓よ。敢へて欺天の謀を為し、賢明の主を廃す。若かず、之に与ふるに死と同じからんことを」と。

殺せって、言ってくれた方が簡単。

手中の象簡を揮ひ、直に撃つ。董卓 大怒し、武士に喝して簇下せしむ。乃ち是れ、尚書の丁管なり。丁管 罵りて口を絶やさず。卓 命じて牽出せしめ、之を斬る。死に至りても、神色 変はらず。

『三国演義』オリジナルキャラ。尚書の丁管は、董卓の廃立に反対して斬られた。符宝郎の祖弼は、曹丕の革命に反対して斬られた。どちらも正史に登場しない。「正史にないからデタラメ」と言うのでなく、恐らくそういう反対者・犠牲者がいたはずなのに、正史が記さないことのイビツさを恐れたいです。


静軒 詩有りて嘆じて曰く、
「董賊 潜かに廃立を懐き、漢家を図る。宗社 丘墟を委て、満朝の臣宰 皆 囊括す。惟だ有り、丁君 是れ丈夫なり」と。

卓 陳留王に請ひて登殿せしむ。群臣 皆 万歳の礼を呼す。畢りて、卓命じて何太后并びに弘農王を永安宮に扶す。随侍に、又 唐妃及び宮女二人有り。月々に食糧を給す。
諸々の臣下 輒ち〈劉弁に会いに〉入ることを得ず、違ふ者は三族を滅せらる。憐れむべし、少帝。

「憐れむべし、少帝」は、予想どおり、毛本にはない。
というか、少帝に会いに行ったら、三族を滅ぼされるのも、毛本にない。恐らく、正史にもなかった。
毛本は正史に近いです。いっぽうで、この李本は、正史と違って、董卓の残虐さを強調することで、かえって、董卓を「よくほえる弱いイヌ」として見せている。とい思います。


献帝の朝廷を始める

〈少帝は〉四月に登基し、九月に至りて、董卓に廃せらる。卓の立つる所の陳留王たる協は、表字は伯和、霊帝の中子なり。即ち漢の献帝なり。九歳にして即位す。

こういう歴史叙述的な説明は、毛本も踏襲する。

董卓 相国と為り、贊拝不名・入朝不趨・剣履上殿たり。黄琬を封じて太尉と為し、楊彪を司徒と為し、荀爽司空を為す。

この三公の人事は、毛本が記さない。後ろに繋がらないなら、削ってもいい。ひとまず、毛本に同意する。
ただし、弘農楊氏、潁川荀氏など、もっと伏線を貼って繋げたら、『三国演義』の世界が広がるんじゃないか。初めから、荀爽や楊彪について削られた毛本からは、『三国演義』世界を広げるという発想が、そもそも浮かばない。李本を読んでよかった。
まとめ直し。弘農楊氏と『三国演義』。李本では、第1回で楊賜が、霊帝期の凶兆の原因を説明する。第4回で楊彪が、司徒になる。だが毛本では、いずれも楊氏の記事を省く。弘農楊氏を出さなくても、『三国演義』のストーリーテリングには影響ないから省いたのだろうが、毛本だって「楊脩の鶏肋」をやるくせに。
毛本だけを読むと思いつかないが、李本に遡って『三国演義』を読むことで、「物語の初期から、弘農楊氏の役割を見せて(正史準拠でもある)、伏線を重層的に貼ったらどうだろう」という着想を得られる。キレイに整頓され終わった、つるつるの毛本だけでヨシとするのは惜しい。日本人なら李卓吾本!
「毛本」なのに、記事がつるつるって、どうなんだ。

韓馥を冀州牧と為し、張邈を陳留太守と為し、張資を南陽太守と為す。

張資は、張咨とすべき。この話、べつにページを設けます。ウィキペディアにおもしろいネタがあったので。
毛本では、この地方長官の任命を書かない。


少帝が李儒に殺される

時に年は庚午の歳、初平元年と改元す。何太后は少帝・唐妃とともに永安宮中に困せらる。日夜 憂嘆し、衣服・飲食 尽く皆な欠く。
少帝 涙下して、曽て乾かず。偶々双燕の庭中に飛入する見る。帝 遂に詩一首を吟ず。詩に曰く、
嫩草緑凝烟、裊裊双飛燕、洛水一條青、陌上人呼羡、遠望碧雲深、是吾旧宮殿、何人仗忠義、写我心中怨。

毛本にもあり、立間先生の書き下しがある。これ以上のものは作れないと思うので、原文のまま放置します。

卓 時に常に宮女をして動静を探聴せしむ。是の日、此の詞を獲得し、卓に来呈す。
卓曰く、
「劉辨 休なるかな。怨望して故に此の詞を作る。之を殺すことに名〈分〉有り」と。
李儒に喚し、武士十人を帯びて、少帝を殺さしむ。帝 母の何后と与に、正に楼上に在り、嗟嘆す。宮女 李儒の至るを報らしむ。

この回は、劉弁の悲劇性を言うだけで、あまり実りがない。毛本もだいたい同じ。正史と引き比べ、淡々と書き下してゆくものだろう。

帝 大ひに駭く。儒 酖酒を執りて帝に与へて曰く、
「春日 融和す。董太師 特に寿酒を上る」と。
少帝 泣きて曰く、
「何ぞ相ひ逼ること 是の如きや」と。
儒曰く、「寿酒なること疑ひ無し」と。
太后曰く、「既に寿酒と云ふ。汝 当に先に飲むべし」と。

何太后は、『蒼天航路』のように、いきなり董卓に首を折られるよりも、こういう抵抗をしたほうが、キャラとして価値がある。

儒 怒りて曰く、「汝 母子、特に飲まざるか」と。
左右を呼びて、短刀・白練を前に持せしめて曰く、
「寿酒 飲まざれば、此の二般を領すべし」と。
唐妃 跪きて儒に告げて曰く、
「妾身 帝に代はりて酒を飲まん。願はくは相公〈董卓〉 母子の性命を憐れむべし」と。
儒 叱りて曰く、「汝を何等と量りて、王に代はりて死するか」と。

唐妃の生命なんかじゃ、賎しすぎて、劉弁の代わりにならない。

儒 盃を挙げて何太后に与へて曰く、「你 先に飲むべし」と。
后 胸を搥ち、大罵すらく、
「〈兄の〉何進 無謀の賊なり。董卓を搆引して入京せしめ、今日の禍有るに致る」と。

何太后の覚悟が描かれる。何太后が死を受容・覚悟することで、読まれる死がガラッと変わる。変貌が楽しい。


儒 帝に催逼す。帝曰く、「客の某〈李儒よ〉、母に別れを作さしめよ」と。乃ち大慟して、歌を作りて曰く、
「天道 易はり、我 何ぞ安ぜん。万乗を棄て、退きて藩を守る。臣に逼られ、命 久しからず。勢 将に去らんとす、空しく涙潸たり」と。
唐妃 帝を抱きて亦た歌を作りて曰く、
「皇天 将に崩れんとし、后土 身を頽す。帝妃と為り、命 生に随はず。死して路兮を異にし、此より畢はらんとす。なんぞ煢速ならん、心中の悲しみは」と。
歌 罷み、相ひ抱きて哭く。
李儒 喝して曰く、「(太尉)〔相国〕 立ちて回報を等〈ま〉つ。汝ら俄かに延望するも、誰ぞ救はんや。
何太后 大罵すらく、
「国賊の董卓、我が子母に逼る。皇天 豈に汝を祐くや」と。

何太后は、育ちの悪さが、よく表現されていて、おもしろいキャラですね。

李儒を手指し、〈何太后曰く〉
「汝等 紂を助けて業を作すの徒なり。必ず当に族滅すべし」と。
李儒 大怒して双手もて太后を扯住し、下楼に直攛す。

李卓吾はいう。李儒は聡明だが、これは誤りである。

少帝 李儒の衣服を揪住す。唐妃 向前して一團を攪做す。
儒 武士に喚きて唐妃を絞死せしむ。酖酒を以て少帝を灌殺す。

史官 詩有りて曰く、
「太后 身を飛して玉楼より墜つ。唐妃 素練もて咽喉を繫めらる。君王 服毒す。皆 身喪す。漢室の江山 此より休〈や〉む」と。
儒 還りて卓に報ず。卓 命じて、拖出して城外に之を埋めしむ。

董卓が、姦淫・略奪する

此より毎夜、入宮して宮女を姦淫す。夜は龍床・禁庭に宿す。宮主 尽く皆 之を淫す。
常に一軍を引き、城外に出て前行して陽城に到る時、二月に当る。村民の社賽 男女 皆 集引す。軍 囲住して、尽く皆 之を殺す。婦女を掠め、財物 万千余件を收む。都て車上に裝ひて、頭千余顆を車下に懸け、軫を連ねて都に還る。
先に報ず、「董太尉 賊を殺して大勝して回る」と。
各城門外に、其の頭を焚焼す。婦女・財物を以て、尽く其の宿帳の軍士に散ず。

伍孚が董卓の暗殺に失敗する

越騎校尉の伍孚、字は徳瑜、卓の残暴の太甚しきを見る。群臣 戦慄して敢へて言ふ者莫し。惟だ伍孚有りて、朝服の下に小鎧を披て、短刀を蔵し、董卓に候して入朝す。孚 閤下に迎到し、短刀を掣出し、卓を直剌す。

曹操が董卓を暗殺しようとする。その前例である。曹操は、この方法を更新しないと、董卓を殺せないという話。

卓の気力は大、両手もて摳住す。呂布 便ち入りて伍孚を揪倒す。卓 問ひて曰く、
「誰か 汝をして反くか」と。
孚 瞪目・大叫し、
「汝 吾が君に非ず。吾 汝の臣に非らず。何ぞ之に反すること有るか。汝 乱国・簒位し、罪悪 天に盈つ。今 是れ吾 死するの日なり。故に奸賊を来誅するのみ。恨むは、汝を市朝に車裂して、以て天下に謝せざることを」と。
董卓 大怒して、呂布をして将出し、之を剖剮せしむ。孚 死に比びて、罵しること口に絶へず。

後の史官 詩讃有りて曰く、
「漢末の忠臣 伍孚と説ふ。冲天・豪気たり。世間 朝堂に賊を殺すもの無し。名は猶ほ在り、万古 大丈夫と堪称す」

董卓 此より出入するとき、常に披甲の武士を帯び、前後 囲繞せしむ。

袁紹が王允に連絡する

袁紹 渤海に在り、卓の権を弄ぶを知る。乃ち人を差はして、密書を齎して、王允に来見せしむ。書曰く、
「卓賊 天を欺むきて主を廃す。人 言ふに忍びず、禁宮を入乱す。神 亦た祐けず。公 反りて恣ままにす。其の跋扈 聴聞せざるに如かず。豈に報国・效職の臣を為らんや。紹 今 兵を集め、馬を練り、帝室を掃清せんと図ると欲するも、未だ敢へて軽挙せず。公 漢朝に食禄するを想ふ。当に間に乗じて之を図るべし。如し駆使らば、即ち当に命書を奉ずるとも、言請を尽さず。宜しく照察すべし」と。

王允が誕生会で泣く

王允 書を得て尋て計無きやと思ふこと一日。侍班・閣子の内にて、漢朝の旧臣に見へ、俱に集ふ。
王允 請ひて曰く、「今日は老夫の賤降〈誕生日〉なり。晩間の少閑、衆大臣に屈さし、舍下に就きて少酌せんと欲す。幸なれば、衆官 阻する勿れ」と。
皆曰く、「必ず来り、寿を添へん」と。

当晩、後堂に就きて宴を設く。燈燭 熒煌たり。公卿 皆 允に至りて、之を視る。皆 漢朝の旧臣なり。心中は暗けれども、酒に喜びて半酣に至る。
王允 盞を挙げて面を掩ひ、大哭す。
衆官曰く、「司徒よ、貴降〈誕生日〉なり。悲を発するべからず」
允曰く、「老夫 賤の降日に非ず。

誕生日っての、ウソだったのかよw 誕生日は、他人には認知されていない、というのが前提のようだ。いくら王允が司徒であっても、董卓が王允の誕生日を(手を尽くしても)調べられない、という状況がないと、こんなウソを使わないだろう。

衆官と聚会を要すれども、賊に疑を生ずるを恐る。故に賤降を推す〈誕生日を口実にした〉。吾 哭するは、漢の天下を哭するなり。董賊の勢 泰山の若し。吾ら朝夕に保つこと難しと雖も、高皇 三尺の剣を提げて白蛇を斬り、義兵を起すを想ふ。子孫 相承すること四百余年、誰ぞ想ふ、董卓の手にて喪せらることを。吾ら 捨てて死すとも国に無益なり」と。
衆公卿 尽く皆 面を掩ひて哭く。

坐上の一人 撫掌し、大笑して曰く、
「朝に満つる大臣 夜に哭き、明に到る。明に哭き、夜に到る。還りて哭けば董卓をして死せしむこと能ふや。否なり」と。
〈王〉允 之を視るに、乃ち是れ驍騎校尉の曹操なり。允 大怒して之を責めて曰く、
「汝の祖宗 漢朝四百余年に禄を食む。本に報ゐるを思はず、反りて賊をして縦ままにせしむるを欲するや。汝 去きて〈董卓に〉変を告げよ。吾ら死して亦た、漢家の鬼とならん」と。
操曰く、「非なり。別事を笑ふなり。笑ふは、衆の大臣 一計も董卓を殺すもの無きことを。某 難不才畧 小計を施して董卓の頭を断ち、都門外に懸けて、以て天下に謝すべし」と。
王允 聴き罷みて乃ち席を避けて、問ひて曰く、
「孟徳 何なる高見有りて、漢室を匡扶するや。試しに看せよ」と。
曹操の道ひ出すこと、甚なる話なるや。140928

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第4回下_曹孟徳 董卓を殺さんと謀る

曹操が王允から宝刀をもらう

曹操曰く、
「近日 操 身を進めて以て董卓なる者に事ふ。実に意有りて以て之を図る。今 卓の甚だ〈曹操を〉愛すること、事有り。必ず共に之を議せん。
聞く、司徒に七宝刀一口有ると。願はくは操に借与せんことを。相府に入りて、之を剌殺すべし。万死するとも恨無し」と。
王允曰く、「孟徳 果して是の心有り。漢の天下 幸甚なり」と。
操 遂に允の前に言誓す。七宝刀を取り、操に其の刀を与ふ。長さ尺余、七宝もて嵌飾す。其の鋒利を極む。

いかにも董卓を斬れそうじゃないか!

操 之を帯びること良に久し。皆 散ず。

曹操が董卓の暗殺を試みる

平明より相府に逕入す。

この一文が、とても重要。董卓に重用された曹操が、あえて裏切る、ということが、この作戦を可能にするのだし、陳宮を感動させる。
董卓は相国なのに、李本では丞相と誤られる。丞相といえば、前半では曹操である(後半は諸葛亮だけど、いまは関係ない)。曹操は、董卓を継ぐものとして理解され、両者のキャラは一体化するのでは。董卓が呂布に斬られた後、曹操がこの役割をつぐ。「奸絶」は、董卓から継承した設定。

相国〈董卓〉の出来するや否やを問ふ。人 指して云ふ、
「出でて書院中に在り、坐して久し」と。
操 逕入し、卓の床上に坐すを見る。側首に布 侍立す。
卓 問ひて曰く、
「孟徳 来ること何ぞ晩〈おそ〉きか」と。
操曰く、「馬 羸〈や〉せて、行 遅し」と。
卓曰く、「吾 西の凉州に有るとき、良馬を進到す。吾が児 呂布 親ら去きて一騎を選び、孟徳に賜与すべし」と。
布 趨歩して出づ。
操 思ひて曰く、「董卓 死意に合ふ」と。抜刀せんと欲するも、卓 力有りて敢へて手を下さざるを懼る。

董卓のほうが力が強ければ、曹操は董卓を斬ることができない。曹操は、これを懼れる。超人的な曹操よりも、こういうリアルにびびる曹操のほうが、魅力がある。いちおう「超世の傑」なんだけどさw

卓 胖大たりて、久しく坐するに耐へず。遂に身を倒して臥して身を転がす。背 却る。
操 又た思ひて曰く、「此の賊 当に休み、急掣すべし。宝刀 手に在り」と。

呂布が去る、董卓が背を向ける、と、2段階のドキドキ・ハラハラが割り振られ、曹操にチャンスが訪れる。

卓 面を仰ぎて衣を看る。鏡中に見る、操の挾刀して靶急するを。身を回して問ひて曰く、
「孟徳 何を為す」と。
呂布 已に馬を牽きて閣外に在り。
操の刀 已に鞘を出づ。就ち刀を倒転せしめて把し、跪下して曰く、
「操 有り、宝刀一口。献上し、相に恩ゐんと」と。
卓 之を接視するに、果たして宝刀なり。逓して呂布に与へ、收む。操 鞘を解きて之を与ふ。

卓 操を引きて馬を看せしむ。操 遂に拝謝して曰く、
「願はくは試しに一騎せん」と。
卓 就ち鞍・轡を操に与へしむ。〈曹操は〉馬を牽きて相府を出で、鞭を加へ、東南を望みて去る。

曹操の逃亡が判明する

布 董卓に対して曰く、
「恰纔〈いま〉曹操、父を剌すの状有り。喝破せらるに及び、故に刀を推献す」と。
卓曰く、「吾 亦た甚だ疑ふ」と。

曹操の機転がうまくいったというより、董卓も呂布も、気づいていながら、ボケっとしていたのだ。

両箇〈董卓と呂布〉 正しきこと、未だ决せず。
忽ち李儒 卓に至り、其の事を以て之を告ぐ。儒曰く、
「操 老小無し。必ず下処に有らん。人を差はして急喚せよ。如し操 疑ひ無くして便ち来れば、則ち是れ刀を献ずるなり。如し遅疑・推托して来らざれば、此れ必ず剌を行ひたり。便ち擒として、之を問ふべし」と。
卓 其の説を然りとし、獄卒 四・五人を差はして、往喚す。

多時 回覆して云はく、
「操 曽て下処に到らず。黄馬に乗着し、東門門を飛出す。吏 之に問ふ。操曰く、『丞相 他〈彼〉を差はして緊急の公事有り』と。馬を縦して出づ」と。
李儒曰く、「操賊 心は虚なり。逃竄して去る」と。
卓 大怒して曰く、「我 此の如く重用するも、返りて吾を害せんと欲す。遍く文書を行はしめ、其の模様・画影・図形を描せ。星夜 此の賊を捉拏せよ。拏住する者は、千金もて賞し、万戸侯に封ず」と。
儒曰く、「必ず同に謀を設くる者有り。曹操を拏住すれば、知るべし」と。

王允も、やべーという伏線。

文書 暁夜に行はる。

曹操が逃亡、関守の陳宮と合流

曹操 日行・夜住し、譙郡に奔り来る。路は中牟県を経て過ぐ。把関する者 之〈曹操〉を見るに、曰く、
「朝廷 曹操を捕獲す。此れ必ず是〈曹操〉なり。当に住めて問ふべし」と。
曰く、「汝 何なる姓、那里〈いづこ〉より来る」と。
操曰く、「我 覆姓、皇甫なり。泗州より来る」と。

なぜ曹操は、『三国演義』第4回で、董卓に指名手配されたので偽名をつかうとき、「皇甫です」と言ったのかな。この時点で、物語中に既出の皇甫姓は、皇甫嵩。「皇甫嵩の縁者だから、オレを粗雑に扱うな」と曹操が関守を牽制したという設定か。董卓と皇甫嵩の確執って、この後、描かれるんだっけ。
毛本では、「我是客商,覆姓皇甫」とする。

把関する者曰く、「朝廷 曹操を捕獲す。你の服色・模様、正対す。県令に拖見せよ」と。
操言く、「我 是れ客人〈客商〉なり」と。

この間に、毛本は、県令が「沈吟半晌」する。県令が曹操を逃がすために、計略を打ってくれるために、タメているのだ。毛本のほうが、うまい。

県令曰く、「我 洛陽に在り、官を求めて曹操を認得す。捉来、便ち知る、〈曹操が董卓の〉馬を奪ひて、擁して庭に至り下るを」と。
県令 喝して曰く、「我 你を認得す。如何に隠諱するや。且つ把来して監下せよ。来日、起解して、万戸侯とならん。我 千金の賞を做せば、衆人に分与せん」と。

毛本は、「明日解去京師請賞」とする。李本のほうが、恩賞が具体的だが、さっき上で董卓が発令したばかりだから、重複がうるさいような気がする。関守たちが、県令がもらう恩賞のおこぼれに有り付けることが明示されており、このセリフは欲しい。

把関の人 酒肉を与へられ、皆 散ず。

晩に至り、県令 親ら随人を引ゐ、曹操を後院に取出して、之に問ふ。
「我 聞く、丞相 你を待すること、甚だ厚しと。何故 自ら其の禍を取るか」と。
操曰く、「燕雀 安ぞ鴻鵠の志を知るや。汝 既に〈私を〉拏住す、便ち当に解去し、賞を請ふべし。何ぞ必ずしも多問する」と。
県令曰く、「汝 休小して我を覻るや。我 亦た冲天の志有り。奈何、未だ其の主に遇はざるのみ」と。
操曰く、「吾 乃ち相国の曹参の後なり。祖宗より四百年 漢禄を食む。報本を思はざれば、禽獸と何ぞ異ならん。吾 身を屈して董賊に事ふるは、実に国家に害を除かんと欲すればなり。今 事 成らざり。此れ乃ち天意なり」と。

曹操が董卓に仕える記述って、伏線として見せず、取って付けたような感じだった。史書でも、直接 会うシーンはないから。

県令曰く、「孟徳 此れ行ふに、将に何〈いづ〉こへ往かんと欲するや」
操曰く、「吾 郷中に帰し、矯詔を発し、四海を召す。天下の諸侯をして、共に兵を興さしめ、董卓を誅す。吾の意なり」と。
奈何にして天 之に県令を従はしめざる。

なんか、李卓吾本のアイノテが入った。

之を聞きて乃ち、〈県令は〉親ら其の縛を釋き、之を扶けて上座せしめ、酌酒・再拝して曰く、
「公 乃ち天下に忠義の士なり。吾 官を棄て、之に従はん」と。
操 姓名を県令に問へば、曰く、
吾 姓は陳、名は宮、字は公台なり。老母・妻子 皆 東郡に在り。宮 願はくは公とともに、衣を更へ、馬を易へ、共に大事を謀らん」と。

是の夜、盤費を收拾し、陳宮 曹操と各々背剣・乗馬し、故郷に投ず。

陳宮は、関守もあざむいた。彼らを帰らせ、曹操と2人で会話するために、「董卓に恩賞をもらったら、ばらまくから、楽しみにまってろよー」と、景気のよい話をしたのだ。よくできた物語。この陳宮の登場は、周知のとおり、『三国演義』のフィクション。


曹操が呂伯奢にもてなされる

三日 成皋に至る。天色 晩に向ひ、操 鞭を以て林の深処を指し、言ひて曰く、
「此間 一人有り。姓は呂、名は伯奢。是れ吾が父親と義弟兄を拝す。就ち家中に信息を往問し、一宿を覔せん。若何」と。
宮曰く、「最も好し」と。
二人 庄前に到る。下馬して入見す。伯奢 下拝す。
奢曰く、「我 聞く、朝廷 文書を遍行せしめ、你を捉へんとすること、太だ緊なり。你の父 陳留に避け去く。賢姪〈曹操〉 如何にして此に到る」と。
操 前事を以て告ぐ、「今番 陳県令あらずんば、已に粉骨・碎身なり」と。
伯奢 陳宮に拝して曰く、「小姪 若し使君非ずんば、曹氏 滅門す」と。

曹操が「滅門」させる呂伯奢に、これを言わせるなんて、演出がキツい。毛本も同じ。

言ひ罷み、操と与に曰はく、「賢姪 使君に相陪す。寛懐・安坐せよ。老夫の家 好酒無し。西村に容往して、一樽を沽し、以て使君を待せん」と。

呂伯奢は、曹操を「おい」として扱い、広義の一族の恩人である陳宮に、礼を尽くした。しかし次に曹操は、呂伯奢が、狭義の一族でないことを理由に疑い、家属を殺してしまう。

言ひ訖り、驢に上りて去く。

操 坐して久しく聞く、庄後の磨刀する声を。
操 宮に曰く、「呂伯奢 吾が至親に非ず。此れ去くは、疑ふべし」と。
当に竊かに之を聴く。二人 潜歩して草堂の後に入る。但だ人語を聞きて曰く、
「縛りて殺せ」と。
操曰く、「先に手を下さずんば、必ず擒に遭はん」と。
宮と抜剣して直入し、男女を問はず、皆 之を殺す。八口を殺死し、搜して厨下に至る。見る、一猪を縛りて、殺さんと欲するを。

静軒 詩有りて嘆じて曰く、
夜、深喜す、故人を識るを。疋馬を容れ、来還して旧蹤の一念を寄す。
誤りて良善を将て戮す。方に知る、曹操 是れ奸雄なりと。

陳宮曰く、「孟徳 心に誤り多く、好人を殺せり」と。
操曰く、「急ぎ上馬すべし」と。

曹操が呂伯奢を殺す

二人 行く。二里に到らず、呂伯奢を見る。驢鞍の前鞽に酒二瓶を県け、手に果木を抱ふ。伯奢 叫して曰く、
「賢姪 何の故にか便ち去る」と。
操曰く、「被獲の人、敢へて久しく住らず」と。
伯奢曰く、「吾 已に分けて一猪を付宰し、相欵す。使君 何ぞ一宿を憎む」と。
操 顧みず馬に策ちて便ち行く。
数歩に到らず、操 剣を抜きて復回し、伯奢に叫して曰く、
「此に来る者 何なる人か」と。

ちょっと、そこ行く人、という呼びかけ。

伯奢 回頭して看る。
時に操、呂伯奢を将きて、驢下に砍る。
宮曰く、「恰纔〈いま、さっきは〉悞りたり〈誤解して呂伯奢の家族を殺した〉。今〈呂伯奢まで斬るのは〉何なる故や」と。
操曰く、「伯奢 家に到り、親子を殺死せらるを見て、安にか罷むを肯ぜんや。吾ら必ず禍に遭はん」と。
宮曰く、「非なり。知りて故に殺すは、大いなる不義なり」と。
操曰く、「寧ろ我をして天下の人に負かしむるも、天下の人をして我に負かしむる休かれ」と。

有名なセリフ、いただきました。

陳宮 黙然たり。
曹操 這の両句なる言語を説出し、教万 人〈陳宮〉に代はりて罵る。

これも李卓吾本による解説、アイノテ。


当夜、陳宮 数里を行く。月明の中、店門を敲開し、投宿す。先に馬匹を喂飽す。操 先に睡る。陳宮 尋て思ふらく、
「我 将に曹操を好人と謂ひ、官を棄てて他〈彼〉と将せんとするも、原は是れ狼心・狗倖の徒なり。今日 之を留むれば、必ず後患と為らん」と。
剣を抜き、曹操を殺さんとす。性命は如何。140928

寝そべる董卓を斬ろうとする曹操と、寝そべる曹操を斬ろうとする陳宮は、対句を為している。
呂布は、寝そべる董卓を守った。のちに陳宮は、董卓を斬った呂布を助けた。なんか構造を為している気がする。整理せねば。
曹操は漢室に忠誠を誓う青年将校のようなキャラとして登場する。だが、董卓からの逃亡をきっかけに、奸雄ぶりが覚醒(呂伯奢の殺害がきっかけ;「さんぱず」のように)。そこそこの奸雄の董卓は、巨大な奸悪の曹操を叩き起こしてしまった。このことで、『三国演義』の物語は推進力を得てゆく。
丞相(実は相国)の董卓と、丞相の曹操。この比較を続けたい。

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