読書 > 李卓吾本『三国演義』第18回の訓読

全章
開閉

第18回上_勝負を決し、賈詡 兵を談ず

賈詡の計略が曹操をやぶる

張繡 問ひて曰く、「何を以て操の意を知る」
詡曰く、「某 城上に見る、曹操 遶りて城を観ること三日なるを。他 城の東南角上に、〈壁の色が〉二色有るを見る。新旧 等の故なり。鹿角 多半 朽爛す。意 此の処 容易に城に進む〈攻めやすい〉と有り。却りて虚はりて西南上に草を積み、詐はりて声勢を為す。尽く我が城中の兵を掣し、西北を守らしむ。今夜、黒るれば、必ず東南角を扒ちて進むなり」

東南を攻めやすいと思ったから、東南を攻めたい。そのために、あえて西北で騒いで、守兵を西北に集め、やはり東南を攻めるつもりだと。賈詡のこの洞察は、的中します。

繡 問ふ、「之の如くんば奈何せん」
詡曰く、「此れ極めて容易なり。日間、尽く百姓を撥し、軍衣を穿き号虚せしめよ。西北の精壮の兵 食飽き、軽衣して尽く東南の房屋の内に帰せしめよ。日間、只だ百姓をして西北角に去き、吶喊を上げしめよ。他〈曹操軍〉の扒城に任せよ。一声 砲響すれば、伏兵 斉起す。吾 一人にて一百に当る可し。此れ操を破る可きなり」
繡 其の計を用ゐる。
尽く百姓をして軍衣を穿かしめ、城上に吶喊す。〈曹操軍の〉雲梯の上、只だ西北の上を望む。

却説 馬軍 報じて中軍に入り、操に曰く、
「吾が計中る。精鋭の兵 都て帳後に存留し、鍬钁を預備す。扒城の器具、日間、只だ軍の西北角を攻むるに用ゐる。城外・城中の吶喊 絶えず」と。
二更に至り、閙裏に乗じ、精壮の兵を引き、東南角に来り、上扒して壕を過り、鹿角を砍倒す。軍人 一斉に城上に扒到するも、城裏 亦 動静無し。只だ聴得す、西北角上 喊声 大起するを。東南 内を欠く。火把 斉明たり。
操軍 両下に殺入し、〈張繍軍の〉伏兵 斉起す。軍士 急退するに、背後に張繡 親ら刀手を駆りて殺来す。則ち見る、東南の二門 斉しく開き、精兵 突出す。
操軍 大敗し、一擁して城外に退く。壕 皆 塡満し、殺到す。五更、操の軍 走ること十数里、繡 軍馬を收め、入城す。奪ふ所の車馬・輜重、極めて多し。

劉表が出馬し、曹操が典韋を祭る

操 敗軍を收め、査べて折軍五万余人を得る。呂虔・于禁 俱に各々傷を被る。
詡 操の敗走するを見て、急ぎ書を発し、劉表をして後路を絶たしむ。表 起兵せんと欲するに、忽ち人の報ずる有り、
「孫策の兵 已に湖口に屯す」
此に因り、未だ敢へて兵を動かさず。
蒯良曰く、「策の兵 已に湖口に屯す。乃ち操の計なり。故に疑兵を借る。近日、曹操 新らたに敗る。若し勢に乗じて〈曹操を〉勦滅せずんば、後に必ず患有り。明公〈劉表〉 兵勢の勝つに乗じて一撃せよ。操 亦 破る可し」
黄祖をして隘口を堅守せしめ、安衆に進兵し、操の後路を絶つ。一面に張繡に会す。繡 表の兵已に起こるを知り、賈詡と同に引兵し操を襲ふ。

操の軍 緩緩として行き、襄城に至る。
淯水に到り、操 馬上にて大哭す。衆将 其の故を問ふ。操 曰く、
「吾 思ふ。去年、吾が典韋を将て此に折す。由あらずんば哭かず」
衆 皆 下涙す。操 此処に軍馬を就屯し、亡魂を吊祭せしむ。牛を宰し馬を殺し、淯水の上に典韋を祭享す。操 再拝して痛哭し、地に昏絶す。衆 皆 扶け起す。大小の軍校 下涙せずんばあらず。
次に侄の曹安民を祭り、末に長男の曹昻を祭り、又 絶影馬を祭る。次に此処に没する軍士を祭る。祭り畢はり、営の軍士は皆、哭声 絶へず。留連すること忍びず、便ち行く。

曹操が安衆で、劉表から逃げる

忽ち荀彧 人を差はして報じて曰く、
「劉表 張繡を助けて、兵 安衆に屯し、以て帰路を絶つ」
操 彧の書に答へて曰く、「吾 日に行くこと数里と雖も、已に知る、賊の吾を来追するを。吾 今、策度 已に定まれり。若し安衆に到らば、繡を破ること必なり。君ら疑ふ勿れ」

遂に安衆の地界に至る。劉表の軍 已に険要を守る。張繡 随後す。引軍し赶来す。
操 衆軍をして黒夜に険を鑿し道を開かしめ、暗かに奇兵を伏す。
天色 微明となり、表・繡の軍 会合して之を視る。操が兵の少なきを見て、操の遁去したるを疑ふ。両軍 俱に険路に入り、之を撃つ。
操 奇兵を縦し出でて表・繡の兵を破る。曹公 得て安衆の隘口を脱し、隘外に下塞す。

劉表 張繡と与に各々敗兵を整へて、相ひ見る。表 曰く、
「何ぞ期するや、操の奸計に被るを」
繡曰く、
「再び之を図ることを容せ」
表・繡 安衆に集ふ。

荀彧が袁紹の接近を告げ、曹操が焦る

荀彧 袁紹の起兵して許都を犯さんと欲することを探知す。荀彧 急ぎ書を発して操に報ず。書に曰く、
「近く、人 冀州より来たりて報説す。田豊 袁紹に謂ひて曰く、
『今 将軍は、糧は足り兵は強し。曹操 南征し、未だ回へらず。宜しく早く虚に乗じて、以て許都を襲ひ、天子を奉迎し、海内に号令すべし。此れ上策と為せ。若し機に乗じて之を破らずんば、終に他に擒とせらる。悔ゆと雖も益無し』と。
紹 之を聴すも、持疑して未だ決せず。彧 丞相に請ふ、都に還りて別けて区処を作せ。劉表・張繡 疥癬の疾なり、憂ふに足らず。望む、早早に班師して大事を失ふ勿れ」
操 書を得て、心 慌つ。即日、整兵し起程す。

探細の人 安衆に来りて張繡に報ず。繡 點兵し追襲す。
賈詡曰く、「追ふ可からず。追へば必ず敗る」
表曰く、「若し之を追はずんば、此の機会を失す」
表・繡 軍馬の万余人を引き、之を追ふこと約そ二十里を行き、曹を赶上す。兵 接戦し、表・繡の軍 大敗して還る。
賈詡 十数騎を引きて、半途に接至し、敗を見る。

軍 回り、繡曰く、
「公の言を用ひず、果して此の敗有り」
詡曰く、「重ねて兵を整ふ可し。再び往きて之を追へ」 繡曰く、「今 已に喪敗す。奈何 復た追ふや」
詡曰く、「兵勢 変有り。急ぎ往かば、必ず利す。如し其れ然らずんば、請ふ、吾が首を斬れ」
繡 之を信ずるも、表 従はず。
繡 自ら敗卒を引き、再び回りて追撃す。操の兵 大いに敗れ、尽く衣甲・鎗刀を棄てて去る。
繡 迤𨓦 追赶するに、忽ち山後より一彪の軍 出づ。繡 軍を收めて赶はず。那彪軍 当に路に住まる。繡 慌忙と回来し、安衆に到る。

軍を賞し、宴にて賈詡に謝す。表 詡に問ひて曰く、

劉表が賈詡に軍略を尋ねるとか、すげー場面。

「繡 精兵を以て退兵を追ふとも、公曰く、『必ず敗る』と。敗卒を以て勝兵を撃つとも、公曰く、『必ず克つ』と。悉く公が言の如し。何ぞ其の事 〈前提から推測される結果と〉同じからずして皆 験なるや
詡曰く、「此れ知ること易し。将軍 用兵に善しと雖も、操の敵手に非ず。操の軍 新らたに敗るると雖も、必ず自ら将と為る。其の後路を断ちて以て追兵を防ぐ。追兵 精鋭なると雖も、彼の士 亦 鋭なり。故に知る、必ず敗るるを。
操 必勝の後、未だ力を尽さずして退く。必ず国内 有事なり。已に我が軍を破るんの後、必ず軽車もて速く回る。縦ひ衆将を留めて後を断ち、衆将 勇たると雖も、亦 将軍の敵手に非ず。故に敗兵を用ふると雖も戦へば必ず勝つなり」

繡 其の高論に服す。
詡 表に荊州に回り、繡 襄城を守りて、以て唇歯と為ることを勧む。両将 各自 分散す。

却説 曹操 知る、後軍 敗るるとも、再び衆将を引きて回来するを。正に逢ふは、那彪の敗軍ぞ。敗軍 操に告ぐ、
「若し。這の一路軍非ざれば、中路を截住せられ、我ら尽く擄となる」
操 慌てて救軍に問ふ、「何なる人や」と。
那人、鎗を搠げ馬を下り、曹操に来見す。畢竟、是れ何なる人や。且聴下回分解。141106

閉じる

第18回下_夏侯惇 矢を抜き睛を啖らふ

李通が助けにきてた

那の将軍 操に来見す。生的の身駆は瘦健、觔骨は軒昻たり。黄巾を破り、曽て大功を立て、鎮威中郎将に封ぜらる。江夏の平春の人なり、姓は李、名は通、字は文達なり。
操 問ふ、「何より来たる」
通曰く、「近く汝南を守る。丞相 張繡・劉表を破ると聞き、特来し接するなり」
労を賞し畢はり、加へて裨将と為し、建功侯と封す。汝南の西界を守護して以て表・繡を防がしむ。
通 謝して去る。

荀彧が曹操の策を確認する

操 許都に還り、荀彧 操を出迎す。
天子に入見し、説きて孫策に功有るを称へ、封じて討逆将軍と為し、爵は呉侯を贈ふ。使を遣はして詔を賫ひ、江東に去かしむ。策をして劉表を破らしむ。

張繍との戦いは、孫策の黄祖攻めと連動したと。なんだか説明くさくて、物語として消化できていない感じ。


操 府に回る。衆官 皆 聚まる。
荀彧 問ひて曰く、
「丞相 安衆に到り、何を以て其の必勝なるを知るや」
操曰く、「彼 退きて帰路無し。必ず用て死戦す。吾 暗に寛ぎて以て之を図る。此れ孫子の玄妙なり。吾 是を以て知る、其の勝ちを」
荀彧 拝服して去る。
郭嘉 入る。
操曰く、「公の来ること、何ぞ暮きや」
嘉曰く、「適々来る、袁紹 人をして書を到らしめ、丞相に上る。『兵を出して公孫瓚を攻む。求む、糧兵を借せ』と」
操 笑ひて曰く、
「吾 聞く、紹 許都を図ると。今 知る、吾 帰へれば〈袁紹は曹操への攻撃を諦めて〉公孫瓚を図らんと欲すると。又 吾に問ふ、糧を求め兵を索むることを」
操 書中の意を看るに、極めて驕たり、極めて傲たり。〈袁紹からの〉使をして且に館駅に帰り、安歇せしむ。
操 嘉に問ひて曰く、
「袁紹 此の如く驕傲たりて、状無し。吾 将に之を討たんとす。恨む、力の及ばざるを」

郭嘉の言う、曹操が袁紹に勝る十点

嘉曰く、「劉 項に敵せず〈劉邦は項籍に敵わなかった〉。公の知る所、漢祖 惟だ智もて勝る。項羽 強しと雖も、終に漢祖 之を擒とす。惟だ智もて勝つなり。如し嘉 竊かに之を料れば、紹は十敗有り、公は十勝有り。

紹の兵 強しと雖も能く為す無し。紹 礼を繁とし儀を多とす。公 軆に自然を任ず。此れ道に勝る、一なり。
紹 逆以て動き、公 順を奉じて以て天下を率ゐる。此れ義に勝る、二なり。
漢末 政を寛に失ふに、紹 寛を以て済す。寛なるが故に懾〈をそ〉れず。公 之を糾し、猛を以てす。上下 制を知る。此れ治に勝る、三なり。

外は寛たれども内は忌なり。人を用ふるとも之を疑ひ、任ずる所は惟だ親戚の子弟のみ。公 外は易簡なれども内は機明たり。人を用ふれば疑ふこと無く、惟だ才のみ宜しくする所、遠近を間かず。此れ度に勝る、四なり。
紹 謀多けれども決少なし。事後に在りて失す。公 策を得れば輒ち行ひ、応変すること無窮なり。此れ謀に勝る、五なり。
累世の資に因りて、義を高くし揖譲し、以て名譽の士を收む。言を好み外を飾る者、多く之に帰す。公 至心を以て人に待し、誠を推して行ひ、虚美を為さず。儉を以て下を率ゐ、与に功有る者、吝む所無し。士の忠正 遠く見て、実有る者 皆な用ゐらるを願ふ。此れ徳に勝る、六也なり。……

郭嘉伝の注引『傅子』より。後半をはぶく。

公 十勝の徳有り。紹 安んぞ望む可きや」

操曰く、「如し公の言ふ所なれば、孤 何の徳にて以て之に堪へんや。此の若くんば、紹 図る可きなり」
嘉曰く、「徐州の呂布 実に心腹の大患なり。今、紹 公孫瓚を北征す。此の人〈袁紹〉 遠きに乗ぜよ。若かず、先に呂布を取りて東南を掃除し、然る後、紹を図りても、未だ晩からず。
若し便ち紹を図らば、呂布 必ず来りて救援し、許都 禍と為ること浅からず」
操 之を然りとす。

荀彧も、曹操が袁紹に勝るという

当夜、便ち荀彧を召して後堂に入らしめて曰く、
「汝 袁紹の動静を知るや」
彧曰く、「今日、使の至る有り。何事なるやを知らず」
操 書を以て荀彧に之を看しむ。
看畢はりて曰く、
「紹の辞語 大いに不遜なり」
操曰く、「吾 兵を興して之を討たんと欲す。恨む、力 及ばざるを。何如せん」

郭嘉に対するものと、同じことを言いました。

彧曰く、「古の成敗は、誠に其の才に有り。弱と雖も、必ず強し。苟しくも其の人に非ざれば、強しと雖も、必ず弱し。劉・項の存亡、以て観るに足る。
今 公と天下を争ふ者、惟だ袁紹のみ。紹 外貌は寛なるとも、内は忌なり。人を任ずれども其の心を疑ふ。公 明達にして拘はらず、惟 才のみ宜しくする所なり。此れ度に勝るなり。
紹 遅重にして、決少なし。在後に機を失ふ。公 能く大事を断じ、変に応ずること無窮なり。此れ謀に勝るなり。
紹 軍を御すること寛たり、法令 緩くして立たず。士卒は衆しと雖も、其の実 用ひ難し。公の法令 既に賞罰を明らかにし、必ず行ふ。士卒は寡なしと雖も、皆 争ひて致死す。此れ武に勝るなり。

こんどは、荀彧伝の本文ですね。重複するのは、やめてほしい。毛本は省く。

……何ぞ能く為すや」

操曰く、「卿 吾が徳を頌ぶ。何を以て之に当たるや。然れば此れを以て兵を興して征伐す可し」
彧曰く、「未だ可ならず。今、呂布を見るに、徐州に在り、常に不仁を懐き、伐たんと欲す。袁紹・布 必ず虚に乗ず。如かず、書を以て袁紹の心を安じ、紹に顕官を加へ、糧千斛乗を許せ。彼 公孫瓚に事有り。時に先に呂布を滅せば、中原を十にして六を有すなり。然る後、紹 一挙にて擒ふ可し」
操 掌を撫でて大笑して曰く、「奉先の機、文若の智、陳平・張良と雖も、何ぞ比す可きや。」 遂に呂布を東征せんと議す。
荀彧曰く、「先に人を使はし劉備の処に往かしむ可し。会して為応待を計れ」
其れ回りて報ず、方に得て兵を動かすと。

袁紹を手なずけ、呂布を討つ

次日 紹の使を厚待し、奏して紹に加へて大将軍・太尉の職と為し、督冀青幽并四州を兼ねしむ。密書 報じて云く、
「公 公孫瓚を討つ可し。後に当に之に応ずべし」
其の使を遣はして回らしむ。
紹 大喜して、兵を進めて公孫瓚を討つを議す。不説 袁紹 起兵するを。

このように、明確に省略を謳ってくれるのだ!


陳宮が、劉備から曹操への使者を捕らふ

却説 呂布 徐州に在り、常に宴を設け、陳珪を待す。珪の父子 其〈呂布〉の徳を誇獎す。陳宮 悦ばず。閑時に乗じて、便ち呂布に告げて曰く、
「陳珪の父子 面は将軍に諛へども、恐らく之を害さんと欲す。防がずんばある可からず」
布 之を叱りて曰く、「汝 讒言を献ず。害 忠良に及ぼし、誰をか侫と為すや。吾 旧日の面を看ずんば、立ちどころに汝輩を斬らん」
宮 歎じて曰く、「吾が忠義の心 明らかにする能はざること久しからず。必ず殃を受けん」
之を待棄せんと欲すれども、又 天下の人の笑ひを恐る。宮 悶悶として言ふ無し。

〈陳宮は〉数騎を帯領し、小沛の地面に囲獵す。
忽ち、官道上に、使 駅馬を飛走するを見る。宮 之を疑ひ、乃ち塲に棄囲す。従騎を引き、小路に往き、赶上して使命に問ひて曰く、
「汝 何なる人の使命なるや」
使命 是れ呂布のなるを知り、人 慌てて答ふる能はず。宮 使命を捜すに、乃ち劉備の〈曹操への〉回書有り。

逕捉し呂布に来見す。布 之に問ふ。使曰く、
「曹丞相 某を差はして沛城の劉豫州が処に往かしめ、密書を下す。今、回書を得るに、何なる事やを知らず」
宮曰く、「其の中に謀有り。簡を折りて看る可し」
布 書を折りて之を視る。
大いに驚怒して曰く、
「陳宮をして此の書を看しめよ。何なる言や」

陳宮に文書を読んでもらって、早とちりを防ごうとする。健気な呂布さんです。

書に曰く、
「今、相公の明命を奉る。敢へて夙夜 用心せざる。備の兵は微なく、将も寡なし。敢へて妄動せず。相公に望む、大いに王師を興し、到来せよ。備 用て前駆と為る。呂布 乃ち狼虎の徒なり。軽んずれば則ち猖獗とならん。備 兵を厳し甲を整へ、専ら鈞命を待つ」

高順と張遼が、玄徳の小沛を攻める

呂布 聴き了はり、大罵して曰く、
「操賊 焉んぞ敢へて此の如きや」
遂に使を将て首を斬る。
先に陳宮・臧霸を使はし、泰山の寇たる孫観・呉敦・尹礼・昌狶と結連し、東して、山東の兗州の数郡を取る。
高順・張遼 沛城を取りて、劉備を攻む。

高順と張遼が、次の話を膨らませます。

宋憲・魏続 西して汝頴を取る。布 自ら中軍を総べ、三路を為して救応す。

且説 高順ら徐州を出づるに、小沛に入りて玄徳に報ずる人有り。玄徳 急ぎ衆人を聚め、商議す。孫乾 曰く、
「先に急を曹公に告ぐ可し。次に城廓を堅守せよ」
玄徳曰く、「誰か許都に去き、急を告ぐ可き」
階下の一人 出でて曰く、
「某 願はくは往かん」
此人の乃ち玄徳の同郷の人なり。因りて沛県に来り、玄徳に謁す。玄徳 幕賓を以て之を待す。姓は簡、名は雍、字は憲和なり。慷慨と飄逸、善能く舌辨す。玄徳 簡雍に命じて、行就せしむ。
守城の器機を整頓す。
玄徳 南門を守る。孫乾 北門を守る。雲長 西門を守る。張飛 東門を守る。糜竺 妹を以て玄徳に嫁がしめ次妻為るを因りて、便ち家僮の十余人を以て、金帛・糧食もて資給し用費す。
玄徳 糜竺と郎舅の親有り。故に竺 並びに弟の糜芳 中軍を守護し、老小を保着す。

関羽と張遼が通じ合う

高順の軍 至る。玄徳 敵楼上に在り、雄兵・猛将の城池を困住する見る。玄徳 大叫して曰く、
吾 昔より呂布と讐無し。爾〈高順〉 何が故に引兵し、此に到るや」

劉備と呂布の因縁は、いろいろ、アレですね。

高順曰く、「你 還りて吾を支して遮飾す。汝 曹操と連和し、我が主を害さんと欲す。幸ひに是れ天 〈劉備の策謀を〉敗せしむ。尚ほ敢へて抵諱するや。出でて縛に就く可し」
玄徳 答へず。
高順 城下に在り、大罵すること一日。人の陣を出づる無し。

張遼 西門に在り、攻打す。
雲長曰く、「汝〈張遼〉の儀表 俗に非ず。何が故に身を賊の部下に陥すや

イヨッ!義絶!

張遼 低頭して言はず。関公 便ち知る、此の人 忠義の気有るを。相ひ拒むこと終日、並せて悪言無し。亦 軍士をして城を打たしめず。

関羽の義と、張遼の義が、ひびきあうなあ!


関公 人をして東門の消息を探聴せしむ。人 報ず、張飛 辱を被り、只だ城を出でて厮殺せんと要すと。
関公 張遼の退去するを見て、東門に逕来る。看る時、只だ見る、張飛 已に城外に出でて、張遼を厮殺せんとするを。遼 拍馬して去る。張飛 赶〈お〉はんと欲するに、関公 急ぎ〈張飛を〉召して入城せしむ。士卒をして東門を堅守せしむ。
飛曰く、「張遼 我を怕れて走ぐ。哥哥 如何に我を赶ひ回来せしむや」
関公曰く、「張遼の武芸 你我の下に在ず。是れ吾 夜に来りて美言もて之を説く。其の人 頗る帰順の心有り。

『蒼天航路』みたいに、「最強の武が!」とか、あれは、薄っぺらいアレンジになってしまったw

今日 汝と厮殺せず、故に馬を拍ちて走げたり」
飛 方に悟る、再び〈張遼との〉戦に出でざるを。玄徳 亦 人をして之〈張遼〉を誡しむ。

呂布が劉備を攻めず、袁術と和解を試みる

呂布 下邳を攻むるも開かざるを見て、自来 搦戦す。玄徳 城上に曰く、
備の罪に非ず。乃ち曹丞相 天子の詔命を奉ずるなり。書を以て見示す。答へざるを容れず」
苦苦と、相ひ告ぐ。呂布 頗る回顧の心有り、只だ囲みて住むるのみ、〈城を〉攻打せしめず。

関羽と張遼といい、劉備と呂布といい。敵対しているが、べつに心底、憎みあうのではない。曹操にけしかけられ、見世物として猛獣が噛みあっているようなもの。曹操のほかに、もう1人の猛獣使いがいるはずだ。


呂布 権りに徐州に回り、郝萌を差はして淮南に往き、袁術に見はしむ。罪を請ひ女を許して婚を為さんとす。術 納れず。尚ほ未だ准信せず。
郝萌 回りて説く、「若し信従せんと要すれば、女を送る可し」
布 持疑して未だ説ばず。

簡雍が曹操に訴え、夏侯惇が援軍となる

却説 簡雍 操に見ひて、陳説す、「呂布 使を斬り、沛城を囲む」と。
操 急ぎ衆の謀士を聚め、商議す。
操曰く、「吾 紹を憂へず。但だ憂ふ、表・繡の二賊 後ろに在り、未だ敢へて兵を動せざるを』
荀攸曰く、「表・繡 新たに破れ、勢 敢へて動かず。呂布 驍勇たり。若し是れ袁術と結連し、淮泗を縦横すれば、必ず英傑 之に応ず。今 其の、初めて叛し、衆心 未だ服せざるに乗じ、往きて破る可し」
操 先に夏侯惇・呂虔・李典を差はして先鋒と為し、先に起つ。操 衆の謀士と与に陸続と進発す。簡雍 随行す。

且説 夏侯惇 兵の五万を引き、前に徐州界に至る。高順 許都の救軍〈夏侯惇〉 至るを知り、慌てて呂布に報す。布 侯成・郝萌・曹性の三将を発し、二百余騎を引きて接応す。
高順 沛城を離るること三十余里、操の軍を迎ふ。

玄徳 高順の退くを見て、是れ操軍の来到するなりと知る。関張を引き、各々軍を提げて出城す。只だ孫乾を留めて守城せしむ。糜竺・糜芳 家を守る。
玄徳 高順の後ろに、三箇の寨子を下す。
玄徳 左に関公、右に張飛ありて、前む。

先説 夏侯惇 鎗を挺し馬を出し、呂布を搦め、高順と戦ふ。〈高順は〉出馬して夏侯惇を大罵す。惇 大怒す。両馬 相ひ交戦すること四五十合、高順 敗れて走ぐ。
惇 馬を縦して赶ふ。順 敢へて陣に入らず、陣を遶りて走ぐ。惇 捨てず力を尽して之を陣中に追ふ。
曹性 〈高順を追う夏侯惇を〉看見し、馬を縦して出戦す。弓を拈し箭を搭す。夏侯惇 将に性に近づかんとし、一箭 惇の左目に正中す。惇 箭を抜けば、眼睛を帯出す。

名場面、ありがとうございます。

惇 大呼して曰く、
「父の精、母の血。之を棄つ可からず」 口内に之を啖ふ。高順を赶はず、只だ曹性を取らんとす。〈夏侯惇の〉一鎗 〈曹性の〉面門を搠透し、馬下に死す。

史官 夏侯惇の矢を抜きて睛を啖らふを讃ふ。詩に曰く、
「開疆展土、夏侯惇 鎗戦し、叢中敵万軍𢬌矢去眸枯一目
啖睛忿気喚双親忠心力把黎民求雪恨平将逆賊吞
孤月独明堪比論至今功績照乾坤」

カッコいいだけなので、訓読しない。


夏侯惇 曹性を殺し、馬を縦して便ち回る。高順 却りて背後より赶来す。呂布の軍馬 一斉に都て上る。曹軍 大敗す。夏侯淵 兄〈夏侯惇〉を救ひて走ぐ。
呂虔・李典 敗軍を将ゐて退り、済北に下寨す。高順 勝を得て、引兵して回り、玄徳を撃つ。未だ如何なるやを知らず。141106

閉じる

inserted by FC2 system