読書 > 李卓吾本『三国演義』第16回の訓読

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第16回上_呂奉先 轅門に戟を射る

楊大将が袁術に劉備を攻めさせる

楊大将曰く、
「今 劉備の軍 小沛に屯す。雖然、取ること易くとも、奈に呂布 徐州に虎踞す。前次、他に金帛・糧馬を許すとも、今に至り未だ与へず。即 人をして糧食・金帛を付す可し、以て其の心を利せしめ、使他をして兵を按じて動かざらしめよ。劉備 立ちどころに之を擒ふ可し。先に劉備を擒へ、後に呂布を図れ。此れ、先に一患を除くの計なり」
術 喜びて、便ち韓胤をして書見を呂布に贈らしむ。書に曰く、

袁術サマのお手紙だ。

「昔 董卓 乱を作し、王室を破壊し、術の門戸を禍害す。術 兵を関東に挙ぐるも、未だ能く卓を屠裂せず。将軍 卓を誅し、其の頭首を送りて、術の為に仇耻を掃滅す。術をして当世に明目せしむ。死生 其の功を愧ぢず、一なり。
金尚 兗州に向ひ、甫詣して部を封ずるも、曹操 逆らひ、破拒する所と為り、流離・迸走し、幾ど滅亡に到る。将軍 兗州を破り、術 復た遐邇に明目す。其の功の二なり。

曹操が金尚を妨げる話は、『三国演義』の時系列に出てこない。また毛本では、この手紙すら省くから、あとで「袁術が金尚に兵糧を担当させ」が唐突になる。

術 生平して以来、天下に劉備有るを聞かず。備 乃ち挙兵し術と対戦す。術 将軍の威霊に憑き、得て以て備を破ふ。其の功の三なり。
将軍 術に三の大功有り。術 敏ならざると雖も、生死を以て奉る。将軍 連年 攻戦す。軍糧 若し少くば、今 米二十万斛を送る。道路に迎逢せよ。此の上に直る〈兵糧を欠く〉に非ざれば、当に絡繹〈連絡〉すべし。復た致さん〈贈ろう〉。若し軍器・戦具 他の所 乏少たれば、大小 惟だ命ぜよ」

呂布 書を看て畢はり、物を得ること甚だ喜び、重く韓胤を待す。
胤 回りて術に告ぐ。術 紀霊を遣はして大将と為し、雷薄・陳蘭 副将と為し、小沛に進攻す。

袁術と劉備が、呂布をさそう

人 玄徳に報ず。玄徳 衆を聚めて商議す。張飛 出戦を要す。
孫乾曰く、「今 小沛 糧は寡なく兵は微なり。如何に抵敵するや。書を修めて急を呂布に告ぐ可し」
飛曰く、「那厮 如何に来るを肯ずるや」
乾曰く、「如かず、小沛を棄てて、曹操に投ずるに」
飛 悦ばず。
玄徳曰く、「乾の言や善し」
遂に書を修め、贈りて徐州に往きて、呂布に見しむ。書に曰く、
「伏して自ら将軍に念を垂れよ。備をして小沛に身を容れしむ。実に雲天の徳に拝す。今、術 私讐に報いんと欲し、紀霊を遣はして領兵し、県に到る。亡は旦夕に在り。将軍に非ずんば、能く之を救ふ莫し。望む、一旅の師を駆りて、以て倒懸の急を救ふを。幸甚に勝へず」

呂布 書を看て云く、
「両下 都に書を発して到る。一邉 救援を求め、一邉 言ふ、要救す休かれとす。我をして奈何とする無からしむ」
陳宮曰く、「劉備 今 困を受くること久しと雖も、後に必ず縦横し、乃ち将軍の患たらん。請ふ、之を救ふ休かれ」

陳宮の逆にいって敗北するのが呂布の役目だから、陳宮はつねに正しい。

布曰く、「袁術 若し劉備を併すれば則ち、北は泰山の諸将に連なる。吾 亦 術の図中に在り。劉備を救はざるを得ず。遂に點兵し起程す。

却説 紀霊 起兵し、長駆し大進す。巳に沛県の東南に到る。札下し営寨し、昼に旌旗を列べて山川を遮映し、夜に火鼓を設けて天地を震明す
玄徳 県中にあり、止まるもの五千余人有り、亦 県を出でて布陣し安営す。張飛 便ち出戦せんと要す。玄徳 之を阻む。
「人 報ず、呂布 引兵し、県を離るること一里。西南に劄を上げ、下に営寨す」と。

毛本も同文で、よく分からない。立間訳366頁。


紀霊 呂布の領兵して来り劉備を救すと知り、急ぎ人をして書を呂布に致さしむ。呂布 書を折るに、曰く、
「霊 聞く、大丈夫の志心 二意無しと。専ら一図に在り、鼎鑊の烹に赴く可し。紀信 楚軍の戮鱄に就き、諸 呉王の殺を受く。

毛本にない。出典のチェックが必要。

前は温侯 既に袁氏の礼物を受け、今 復た劉備の侫言を納る。英雄の為す所に非ざるなり。若し早く劉備を斬るを蒙らば、永へに唇歯の援と為り、共に王霸の基を図らん。

袁術軍のくせに、理屈と思想を語ってるよw

願はくは片言を賜ひ、以て去就を決すれば幸甚なり」

呂布が、「劉備を一緒に攻めよう」と言ってくれれば、袁術と密着して、一緒に天下を目指せるんだよと。

呂布 看畢はり、笑ひて曰く、
「我 一計有り。袁術をして吾を恨ましめず。劉備をして我を怨ましめず
高順曰く、「願はくは其の計を聞かん」
布曰く、「期に臨みて之を観て、口を以て説きて、人を往めしむこと難し」

説得がムリだから、弓術で説得するよ。


劉備と紀霊がはちあわせする

〈呂布は〉紀霊・劉備 寨中にて二人 席に赴けと請ふ。玄徳 書を看て大喜し、便ち上馬せんと欲す。
関張曰く、「兄長 去く可からず。呂布 必ず異心有り」
玄徳曰く、「「非なり。吾 温侯を待すること薄からず。彼 安んぞ我を害するを肯ぜんや」
言ひ畢はり、就ち行く。
関張 跟に呂布の営寨に到り、入見す。
布曰く、「吾 今 特来し、你の危を解く。你 異日、志を得れば、相ひ忘る可からず」
玄徳 頓首して称謝し、布の側に坐す。関張 背後に按剣して立つ。人 報ず、「紀霊 寨に到る」と。玄徳 大驚し、之を避けんと欲す。布曰く、
「吾 特に你二人に請ふ。会議して疑を生ずる勿れ」
玄徳 未だ其の意を知らず、心下 安ぜず。
紀霊 下馬し、玄徳に入見し、帳上に在りて坐し、身を抽き便ち回る。左右 之を留めて住かしめず。呂布 向前し、紀霊の臂を扯住すること、童稚を提ぐが如し。霊曰く、
「将軍 紀霊を殺さんと欲するや」
布曰く、「非なり」
霊曰く、「大耳の賊を殺すに非ざる莫きや」
布曰く、「亦た非なり」
霊曰く、「願はくは将軍、早く一言を賜ひ、以て心中の疑を決せしめよ」

じらすなよと。さっきから紀霊は、一言を欲しがってばかりである。

布曰く、「玄徳 乃ち布の弟なり。今 将軍の為に困する所なり。故に来り、之を救ふ」
霊 大驚して曰く、「此の若くんば則ち、霊を殺すや」
布曰く、「此に理有る無し。布 平生 闘を好まず、惟だ闘を解くを好む

名言、いただきました!

霊 問ひて曰く、「何なる為に闘を解く」
布曰く、「両家の戦闘を解釋す。吾 一法有り。天に従ひて決する所なり」
霊曰く、「将軍 既に言ふ、帳中に入り計較するを請ふと。霊 帳に入り、玄徳と相見す。二人 各々心 未だ穏やかならず」

布 中坐に居し、霊は左、備は右なり。布 且に行酒せしむ。酒 行くこと数巡にして、布曰く、
「你 両家 我が面上を看て、俱に各々兵を罷めよ」
玄徳 語る無し。霊曰く、
「吾 主公〈袁術〉の命を奉じ、十万の兵を提げ、専ら劉備を捉へんとす。如何に罷むを得るや」
張飛 手に抜剣し、大怒して曰く、
「吾 兵は少なしと雖も、汝輩を覷ること児戯の如きのみ。你 百万の黄巾に比して如何。你 敢へて我が哥哥を傷くるや」
関公 飛の手を拖住し、言ひて曰く、
「且に呂将軍の発落を看よ。那時、各々営寨に回り、厮殺するとも遅らず」

李卓吾はいう。「老関、更に老成す」と。

呂布曰く、「我 你 両家に解闘を請ふ。須らく你をして這邉に厮殺せしめず」

ラチがあかん。呂布は、戦うな、の一辺倒で、少しも話が前に進まない。

紀霊 忿らず。那邉、張飛 只だ厮殺せんと要す。

布 大怒して、左右をして「我が戟を来らしめよ」とす。布 画戟を手に提ぐ。紀霊・玄徳 尽く皆 色を失ふ。
布曰く、「我 你両家に勧す。厮殺を要せざるは、尽く天命に在り」
左右をして画戟を接過し、轅門の外に立たしむ。遠遠、挿定す。布 弓箭を取らしむ。布 拈弓し手に搭箭し、回顧して紀霊・玄徳に曰く、
「轅門 中軍を離るること一百五十歩。吾が一箭 戟の小枝を射中すれば、你両家 兵を罷めよ。如し射て中らずんば、你 各々自ら営に回りて、安排し厮殺せよ。如し吾が言に遵はざれば、併力して之を殺す」
衆人 皆 応諾す。

呂布が戟に命中させる

玄徳 天地に暗かに告げて曰く、
「只だ願ふ、射て中るを得たるを」
布 都な坐せしめ、再び各々一盃の酒を飲む。酒 畢はり、布 袍袖を挽起し箭を搭上し、弓を拽満す。口に呼ぶ、「箭 中れ」。
這の是れ、劉玄徳 福有る処、弓 開くこと秋月の如く天を行き、箭 去きて流星の落地するに似る。一箭 画戟の小枝に正中す!
帳上・帳下の将 斉しく喝一声采す。後に史官 「呂布射戟」と題する詩有りて曰く、
「昔日将軍解闘時全憑射戟釋雄師轅門深処如開月、一點寒星中小枝」
又 宋賢 詩有りて曰く、
「温侯神射世問稀曽向轅門独解危落日果然欺后羿、号猿直欲勝由基虎觔弦響弓開処雕羽翎飛箭到時、豹子尾搖穿画戟雄兵十万脱征衣、呂布当年解備危将軍誰敢效公威早知大耳全無信、悔向轅門射戟時」

呂布の武芸はすごくて、劉備を助けるんだけど、最後に劉備が曹操に口添えして殺される。劉備が信じられない人間だと、早く知っていたらなあと。お互いさまだw

又 玄徳の福有るを讃へる詩に曰く、
「彎弓百歩喜穿楊休説当年有紀昌射戟当年誇呂布、誰知天祐漢中王」

呂布が劉備を助けたとき、のちに彼が漢中王になるなんて、誰にも予想できなかったよね、と。まさに、そうだ。


呂布 射て戟の小枝に中るを見て、弓を棄て坐に就く。布 起ちて紀霊・玄徳の手を執へて曰く、
「此れ乃ち天 汝の両家をして兵を罷め征戦せざらしむなり。今日 尽く酔へ。来日、各々自ら兵を罷めよ」
紀霊曰く、「将軍の言、敢へて聴かざるにあらず。奈〈いかん〉ぞ紀霊、回りて、主人に如何に肯信す」
布曰く、「吾 自ら書を作る」

袁術への言い訳は、オレが持たせてやる。

当日、玄徳 暗かに慚愧すると称し、酒 又 数巡す。紀霊 書を求め、先に回る。

ひとりだけ主君でない紀霊さんは、かわいそう。

布 玄徳に曰く、「吾非ざれば、則ち弟 危なし」

恩讐の連鎖が、また深く絡まった。

玄徳 拝謝し、関張と与に回る。次日、三処の軍馬 都て散ず。説かず、玄徳 小沛に入り、呂布 徐州に帰るを。

呂布の妻が、袁術との婚姻に乗る

却説 紀霊 淮南に回り、袁術に見へて説く、「呂布 轅門に戟を射て、危を解くの事」を。書信を呈上するや、袁術 大怒して曰く、
「呂布 吾より許多の物を受け、反りて劉備に向ひ、射戟を名と為し、故〈ことさら〉に相ひ戯弄するや。吾 自ら淮南の兵を提げ、親ら呂布・劉備を征す
紀霊曰く、「主公 造次す可らず。呂布 当世の英雄なり。兼ねて徐州の地を有つ。若し布 備と与に首尾相連すれば、図ること易からず。霊 聞く、布の妻たる厳氏 一女有り。主公 一子有り。人をして親を布に求めしむ可し。布 女 此に有らば、必ず劉備を殺す。此れ乃ち、『踈き親しきを間かざるの計』なり」
袁術 即日、韓胤を遣はし、媒を為さしむ。礼物を賜ひて徐州に往き、親を求む。

「おつかい」韓胤。流行るだろうか。


胤 不日、徐州に到り、布に見ひ、称説すらく、
「袁術 将軍を恭慕す。女を求めて児婦と為し、永く結び、秦晋の好を為さんと欲す」とす。

直接話法でもなく、間接話法でもなく、なんだか気持ち悪い文章です。李本は、ときどき、こういうのが出てくる。

布 礼物を受け、其の妻に入見して言はく、
「袁術 親を求む」
厳氏曰く、「吾 聞く、袁公路 久しく淮南に鎮し、銭糧 数ふる無し。早晩、天子と為る。若し大事成らば、則ち吾が女 国母の望有り。只だ知らず、他に幾子有るを
布曰く、「此の子〈袁燿〉有るに止む」

1人しか子がいないよと。張飛に斬り殺されるという、袁襄くんは、数に入っていないのだ。袁燿のことを言っている。

厳氏曰く、「何ぞ便ち之を許さざる。縦し皇后と為らずとも、吾が徐州 亦た憂ひ無し」

呂布は、妻の言うことをよく聞きますね。連環の計も、董卓・呂布という2人の野獣を操ったというよりは、ただ呂布がナヨナヨしてたから成功したようなもの。董卓の横暴は、権力者の常態であるから、成否にあまり関係ない。


布の意 遂に決し、韓胤を筵席に請ひ、其の親の事を許す。〈韓胤は〉回りて聘を備へ礼物を定め、府堂に送入す。布 筵席を設け、相待して館駅の内に留め、安歇せしむ。
次日、陳宮 竟に館駅の内に往き、韓胤を坐間に探聴す。叱りて左右を退け、韓胤に対して曰く、
「誰か此の計を献じ、公をして媒妁と為さしむや。意は劉備の首を收むるに在るや否や

そんなケチくさい目的のために、呂布と袁術が婚姻するわけないだろう。歴史をスポイルしている。修正すべしw

胤 夫に驚き、遂に地上に跪し、此の如しと実告し、公台〈陳宮〉の情恕を乞ふ。
宮 扶起して曰く、「吾 巳に〈袁術との同盟に賛成する〉心有ること久し。奈ぞ温侯 此の事に従はざる。若し遅るれば、必ず他人に破らる。吾 巳に見る、温侯の便ち女を送りて出城せしむるを見る。就ち親しむこと若何」
胤の使 謝して曰く、「再生の徳なり。袁公 若し之を聞知すれば、亦 厚恩に感ず

宮 乃ち呂布に入見して曰く、「聞く、主公の女 袁公路と許嫁す。此れ正に吾の心に合ふ。徐州 永遠の基業を保つ可きなり。知らず、主公 何日を用て〈嫁入りを〉為すを欲するや」
布曰く、「不暁なり」
宮曰く、「古人 親を結ぶに、受聘の良辰を以てす。巳に定例有り、天子は一年、諸侯は半年、大夫は一季、庶民は一月なり」
布曰く、「袁公路 天より国宝を賜はり、早晩、皇帝と為る。当に天子の例を為すべし
宮曰く、「不可なり」
布曰く、「今 只だ是れ諸侯の例や」
宮曰く、「亦 不可なり」
布曰く、「我們の風俗に依り、就ち卿大夫の例とするや」
宮曰く、「便なるとも不可なり」
布曰く、「吾 今 徐州に霸たると雖も、未だ明詔を受けず。吾をして庶民の例に依らしめんと欲するや

呂布は、自分の立場がよく分かってるじゃんw

宮曰く、「豈に此に理有るや」
布曰く、「汝の意 欲するもの何如」
宮曰く、「方今、天下 逓相に征伐し、四海を威震す。今 公路と結親すれば、諸侯 嫉妬する有る者多し。倘し若し吉日・良時に至り、半路 伏兵して並起すれば、之を如奈せん。何ぞ其の親 便ち休むことを許さざる。既に之を許せば、諸侯を趂ひて未だ知らず、便ち女を送らざるを。如し寿春に到らば、公路 必ず自ら日を擇びて事を成すなり」

むずかしかったので、毛本を載せる。
「方今天下諸侯,互相爭雄;今公與袁公路結親,諸侯保無有嫉妒者乎?若復遠擇吉期,或竟乘我良辰,伏兵半路以奪之,如之奈何?為今之計,不許便休;既已許之,當趁諸侯未知之時,即便送女到壽春,另居別館,然後擇吉成親,萬無一失也。」

布 喜びて曰く、「公台の言、甚だ当る」

入りて厳氏に告ぐ。
厳氏曰く、「若し公台非ざれば、幾ど吾が女を廃せんとす。将軍 之に従ふこと可なり」
布 乃ち金帛を韓胤に贈りて、媒を謝す。首飾・器皿・宝馬・香車を安排し、宋憲・魏続をして韓胤と一同せしめ、女の前に送る。鼓楽 喧天し、城外に送出す。

陳珪が、呂氏の婚姻を妨ぐ

沛令の陳珪有り。在家に養老す、即ち陳元龍の父なり。鼓楽 喧天するの声を聞き、遂に左右に問はむ。左右曰く、
「呂奉先の女 遠く袁公路の子に嫁ぐ
珪曰く、「誰ぞ媒を為す」
対へて曰く、「三日の前、韓胤 寿春自り来り、是れを媒せんと想ふ」
珪曰く、「此れ乃ち、『踈きは親しきを間かざるの計』なり。必ず玄徳を害す」と。
〈陳珪は〉遂に病を扶して布に見ふ。 布曰く、「大夫 何ぞ来る」
珪曰く、「聞く、将軍の死 至ると。特来し、吊喪す」
布 驚きて曰く、「何が故に此の言を出す」
珪曰く、「前は袁公路 金帛を以て送り、公 玄徳を殺しめんと欲するも、公 戟を射て之を解く。術 親〈婚姻〉を求む。其の中、公の女を欲して質と為し、随後、便ち玄徳の首級を取る。未だ必ずしも銭糧を借すを求めざれば、或いは協助を求む。

袁術は、モノかヒトを要求するだろう。

公 必ず之を允す。早晩 造反すれば〈袁術に味方すれば〉、公 乃ち反賊の親属〈袁術と同類〉なり」

毛本はだいぶ違う。
「前者袁公路以金帛送公,欲殺劉玄德,而公以射戟解之;今忽來求親,其意蓋欲以公女為質,隨後就來攻玄德而取小沛。小沛亡,徐州危矣。且彼或來借糧,或來借兵。公若應之,是疲於奔命,而又結怨於人;若其不允,是棄親而啟兵端也。況聞袁術已有稱帝之意,是造反也。彼若造反,則公乃反賊親屬矣,得無為天下所不容乎?」
袁術の称帝=造反、と単純化している。

布 大驚して曰く、「陳宮 我を悞らしむ」
急ぎ張遼を喚び、引兵し追赶すること三十里、女を取りて後堂に帰らしむ。陳宮を大罵して曰く、
「你 我をして万代の罵名を受けしめんと欲す」
宮 黙然として退く。

陳珪曰く、「且に韓胤を監し、此に在らしめよ」
却りて人をして袁術に虚答して曰く、
「女の粧奩〈嫁入の準備〉 未だ了はらず。如し弁し畢らば、便ち自ら送る」

却りて韓胤を将て発監す。人馬 俱に各々当に住む。
珪 又た布に説きて曰く、「愚男〈愚息〉の陳登を差はして使と為し、韓胤を解きて許都に赴かしむ可し。操 必ず大喜す」
布 曰く。「我 之を数日 熟思するを容せ、未だ決せず」
人 報ず、玄徳 小沛に在りて招軍・買馬す、何なる意や知れず。布曰く、
「将軍の道を為すは乃ち本分事」 正に話すの間、宋憲・魏続 至りて拝し罷む。
布曰く、「我 你二人をして山東に往き、買馬せしむ。近く得ること幾匹や」
宋憲曰く、「好馬を買得すること三百余匹なり。回り沛県の界に至り、首め強寇に刼せられ、一半、打ちて聴得するに、是れ劉備の手下の将 張飛の詐粧して山賊と作るなり。馬匹を搶刼して去る。呂布 信を聴き、心中 大怒す。随ち點兵して小沛に去き、張飛を捉殺して還らんとす。是れ如何。141030

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第16回下_曹操 兵を興して張繡を撃つ

張飛が馬を盗み、呂布が怒る

呂布 軍馬を點起し玄徳に来攻す。玄徳 慌忙し領軍して来迎す。両陣の圓処に、玄徳 出馬して曰く、
「兄長 何が故に軍を領して此に到る」
布 指して面罵して曰く、
「我 轅門に戟を射て你を大難より救ふ。你 何が故に我が馬匹を奪ふ
玄徳曰く、「備 馬に欠くるに因り、人をして四下に收買せしむ。安にか敢へて兄の馬匹を奪ふや」
布曰「你 便ち張飛をして吾が好馬の一百五十匹を奪へり。尚ほ自ら扺諱するや」
張飛 挺鎗し出馬して曰く、「是れ吾 好馬の一百五十匹を奪へり。知らざりし、是れ你のものなるを」
呂布 罵りて曰く、「環眼の賊漢、累次 吾を𦕈視するや」
飛曰く、「我 你の馬を奪ふも、你 便ち惱め、你 我が哥哥の徐州を奪ふを。你 便ち就ち説くなかれ」
布 挺戟し出馬して、張飛と来戦す。両箇 酣戦すること一百余合、未だ勝負を見ず。玄徳 呂布の四囲より漸漸褁と将来するを見て、疎失有るを恐れ、急ぎ鳴金し收軍して城内に入る。
呂布 軍を分けて四面に囲定す。

玄徳 張飛を喚びて面前に至らしめ、之を責めて曰く、
「今 又た是れ你の他が馬匹を奪ひ、事端を惹起す。馬匹 却りて何処に在る」
飛曰く、「都て各々寺院の内に寄す」
玄徳 随ち人をして城を出でしめ、説きて合せて馬匹を送還す。布 之に従はんと欲するも、陳宮曰く、
今 劉備を殺さずんば、久後、必ず将軍を殺すなり。兵を罷む可からず」
布 之を聴き、攻城を准せざること甚だ急なり。玄徳 布の之を攻むること太だ急なるを見る。

劉備が小沛を棄て、曹操を頼る

却説 糜竺・孫乾 商議す。孫乾曰く、
曹操 恨む所は呂布なり。若かず、城を棄てて許都に走往し、曹操に投奔するに。軍を借りて布を破る、此れ上策と為す」
玄徳曰く、「誰か当に先に此の囲を殺開す可き」
飛曰く、「小弟の情 死戦を願ふ」
玄徳 飛を前に、雲長を後に在らしめ、備 自ら中に居り、老小を保護し、夜の三更に当り、月明に乗着し虚に西門を閉じ、搦戦して却りて北門より出でて走る。
張飛 前に在り、宋憲・魏続と正遇す。飛 二将を殺退して、出るを得たり。布の軍 後面の張遼 赶来す。関公 敵して沛県に住く。万余の軍有り、只だ一半を引きて出づ。呂布 玄徳の去るを見るや、赶〈お〉はず自ら徐州に回る。便ち高順をして小沛を守らしむ。

却説 玄徳 許都に前奔し、城外に到りて下寨す。先に孫乾を使はし、曹操に来見せしめて言く、
「呂布に追逼せられ、特来、相ひ投ず」
操曰く、「玄徳 吾が弟なり。入城を請ふ可し。吾 自ら委用するの地有り」

次日、玄徳 関張を城外に留め、自ら孫乾・糜竺を帯して操に入見す。操 人をして扶起せしめ、坐に請ひ上賓を以て之を待す。玄徳 呂布の事を告訴す。
操曰く、「布 乃ち無義の輩なり。吾 賢弟と併力し、之を誅さん」
玄徳 感謝すること尽きず。
操 宴を設け相ひ待す。晩に至り、送出す。

曹操の臣が、劉備の処遇でモメる

操 府に回る。荀彧 操に告げて曰く、
劉備 乃ち英雄の才なり。今 早く之を図らずんば、後に必ず患と為る
操 答へず。彧 出でて、郭嘉 入る。
操曰く、「荀彧 我に玄徳を殺せと勧む。当に何如とすべき」
嘉曰く、「不可なり。主公 義兵を興して百姓の為に暴を除く。惟だ誠実・信義に仗りて、以て俊傑を招く。猶ほ懼る、其の未だ来らざるを。今 玄徳 素より英雄の名有り。又 困窮して来投す。若す玄徳を殺さば、是を以て賢を害すこと名と為る。此の如くんば則ち、智謀・将士 自疑し回心して主を擇ぶ。主公 誰と与に天下を定めんや。夫れ一人の患を除きて以て四海の望を阻む。安危の機 察せざる可からず」
操 大喜して曰く、「君の謀 正に吾が心に合ふ」

結論が出ていて、ただ賛同者が欲しかったのか。曹操は、自分のなかに全ての答えがあるから、仕える人は可哀想だと、よく言ったものです。


次日、詔を奏聞し、劉備に豫州牧を領せしむ。程昱 諫めて曰く、
「吾 劉備を観るに、才有り、甚だ民心を得たり。終に人の下と為らず。早早に之を図るに如ず」
操曰く、「可に非ず。方今、英雄を用ゐるの時なり。一人を殺して天下の心を失ふ、此れ郭奉孝 吾と見る所は同なり」
昱曰く、「主公 王霸の才有り。某ら皆 及ばず」
遂に玄徳に入るを請ひて兵三千・糧万斛を与へ、豫州の任に往き、進兵して小沛に屯せしむ。原に散るの兵を招集し、呂布を囲む。

曹操が、呂布と劉備を和解させる

玄徳 豫州に至るや、人をして曹操に約会せしむ。操 點兵し、自ら往きて呂布を征せんと欲す。忽ち流星のごとき報馬 道ふ、
「張済 関中自り引兵し、南陽を攻め、流矢の中る所とと為りて死す。済の兄の子たる張繡 自ら残党を領し、賈詡を用ゐて謀士と為し、劉表と結連して兵を宛城に屯す。商議して欲興兵し許都を伐ちて駕を奪はんと欲す」
操 大怒して、起兵し之を討たんと欲す。又 呂布の劉備を攻め、必ず許都を侵すを恐る。荀彧曰く、
「此の事 極めて易し。呂布 乃ち無謀の輩なり。利を見れば必ず喜ぶ。使を差はして加官・賜賞す可し。其の心 必ず安ぜん。又 玄徳と解釋・和会せしめよ。布 喜びて則ち遠図を思はざる」
操曰く、「善し」
遂に奉軍都尉の王則を差はし、即ち官を賜封し誥命し、并せて〈劉備と〉和解せしむ。
書 徐州に往り、去り訖はる。

曹操が張繍を降伏させる

却説 曹操 十五万の兵を起し、張繡を討つ。軍馬 三路より分れて行く。夏侯惇を以て前鋒と為し、先に起たしむ。時に建安二年、五月なり。操の馬 淯水に至り、下寨す。
賈詡 張繡に勧めて曰く、「操の兵勢 大なり。如かず、衆を挙げて投降するに。与に敵して以て軍民の患に致す可からず」
張繡 之に従ふ。
賈詡をして操の寨に直至し、操に来見す。操 詡に問ふ。詡 対答すること流るるが如し。操 甚だ之を喜び、用ゐて謀士と為さんと欲す。
詡曰く、「昔、李傕に従ひ、罪を天下に得たり。今、張繡 〈私の〉計を聴くと言ふ。従ひて未だ敢へて棄てず」
操 詡を喜ぶ。

次日、繡を引きて操に見へしむ。操 之を待すること甚だ厚し。兵 宛城に入り、屯住す。余軍 城外の寨柵に分屯し、聯絡すること十余里に一住。
数日、繡 毎日 大いに筵宴を設け、操に請ふこと一日。操 酔ひて寝所に入り、左右を視て曰く、
「此の城中、妓女有りや否や
兄子の曹安民 操に随ひて専ら衣食の内事を一管す。安民 操の意を知り、乃ち近前して曰く、
「小姪、昨晩、館舍の側に窺見す、一婦女有り、生得は十分に美麗なり。之を問はば、乃ち是れ張済の妻なり」
操 之を聞き、便ち安民をして五十の甲兵を領せしめて之を取る。須臾、到来す。操 之を視るに、果して美麗の人なり。済の妻 之に拝す。操 問ひて曰く、
「夫人 姓は甚ぞ」
婦 答へて曰く、「妾 乃ち張済の妻、鄒氏なり」
操曰く、「夫人 吾を識るや否や」
鄒氏曰く、「久しく聞く、丞相の威名を。今夕、幸にも瞻拝するを得たり」
操曰く、「吾 今 汝の為に、故に張繡の降を准る。若し此の如く非ずんば、則ち全家を滅す」

勝者が敗者に、へつらわせ、おどかす。タチが悪い。しかし、これはあとで曹操が痛い目にあったとき、スカッとするための伏線である。

鄒氏 拝して曰く、「実に再生の恩を感ず」
操曰く、「今日、夫人に見ふを得たり。乃ち天幸なり。今宵、願はくは枕席を同じくし、随吾還 都必以夫人為正室」
鄒氏 拝謝す。

曹操が鄒氏にふける

是夜、共に帳中に宿す。
鄒氏曰く、「城中に久しく住むれば、繡 必ず疑を生ず。人 亦 〈張繍が計画を〉議論するを知る」
操曰く、「明日 夫人と同に寨中に去きて住まらん」
次日、果して城外の寨中に移り、安歇す。各官の議論するを恐れ、乃ち典韋を喚びて、中軍の帳房の外に就かしめ、安歇す。

城内でゆったりするのではなく、城外で典韋に守らせてゆったりする。どっちみち、ゆったりするのだ。

調を提げ帳を把し、親軍の二百余人 呼喚を奉るに非ずんば、輒ち入るを許さず。違ふ者は斬首す。此に因り、内外 通ぜず。

操 毎日、鄒氏と楽を取り、帰期を想はず。家人 密かに張繡に報ず。繡 怒りて曰く、
「吾 操を以て之に仁義を行なふ。人 今 此の態を作し、吾を辱むること甚し」
便ち賈詡に商議せんと請ふ。
詡曰く、「此の事 泄漏す可ならず。泄漏すれば則ち、吾ら皆 死す。来日 操の出帳するを等て。議事 此の如し、此の如し」

次日、操 帳下に坐す。張繡 告げて曰く、
「新降の兵 多く逃亡する者有り。乞ふ、屯を中軍に移すを」
操 之を許す。繡 乃ち中軍に屯し、道地に分けて四寨と為す。数日の内、打聴す、操の帳前に典韋有るを。極勇にして両柄の鉄戟を使ひ、重さ八十斤、近傍すること急難たり。 繡の帳前 一将有り、名を胡車児、力は五百斤を負ひ、日に七百里を走る、乃ち異人なり。
〈胡車児は〉繡の楽まざるを見て、其の故を問ふ。繡 云く、「前事なり」と。胡車児曰く、「期に臨みて典韋に飲酒を請ひ、酔ひを尽して散に臨め。車児 他の数内に雜入す。跟に進先し、其の戟を盗む。此の人 必ず用無し」
繡 甚だ喜び、預め先に弓箭・甲兵を准備す。各寨に告示し、「期至らば、賈詡をして意を致しむ」と。

酩酊した典韋が死ぬ

典韋に寨に到れと請ひて、厚く重待を加へ、慇懃に酒を勧む。晩に至り、果して酔ひ、寨門に送出す。胡車児 衆人の隊裏に雜り、大寨に直入す。
是の夜、曹操 鄒氏と飲酒す。忽ち帳外に人言・馬嘶を聴く。操 人をして之を観しむ。回りて報ず、
「是れ張繡の軍 夜巡するなり」
操 乃ち疑はず。時に二更に近く、帳前 忽ち報ず、
「寨後 吶喊し、草車上に火 起る」と。
操曰く、「必ず是れ軍人 小心せざるなり」
勿ち得て驚動す。須臾 四下𥚃より火 起り、時に速やかに典韋を喚ぶ。

韋 帳中に酔倒す。典韋 夢中に聴得す、金鼓・喊殺の声を。急ぎ跳ねて起床し、邉に双戟を尋ぬるも見へず。但だ聞く、敵兵 巳に轅門に到るを。急ぎ歩卒の腰間の刀を掣す。門首を見るに、無数の軍馬 各々長鎗を挺し、搶 口を寨ぐ。
典韋 奮力し、向前して二十余の人馬を砍死す。軍 方に退かんとするに、歩軍 又 到る。両邉の鎗 葦の列ぶが如し。典韋 身に片甲も無く、上下・前後、数十鎗を被る。猶ほ自ら大叫し死戦す。
刀砍 欠けて用ゐるに堪へず。韋 刀を棄て、双手もて両箇の軍を挾み、之を迎へ、撃死する者は八九人なり。群賊 敢へて寨門に近づくる有る無し。遠遠より箭を以て之を射る。箭 雨の如く密なり。
韋 猶ほ死して寨門を拒ぐ。但だ聴得す、寨後の左右、賊軍 巳に入るを。背後の長鎗 逕至す。韋 大叫すること数声、、血は流れ地に満ちて死す。半晌、一人として敢へて門従り前〈すす〉みて入る無し。
史官 讃へて曰く、(はぶく)

却説 曹操 典韋を得て、当に門前に住まり、乃ち大宛の馬匹を得たり。操 飛身し上馬す。比ほひ、出行するに及び、寨門を後にす。只だ有り、安民のみ歩きて随ふ。此の時、未だ淯水の河邉に到らず、操 右臂に箭を中てらる。馬 亦た三箭を帯ぶ。後賊 河邉に赶到す。安民 賊に赶上せられ、砍りて肉泥と為る。
操 急ぎ馬を驟めて衝波し、河後を過る。
人 詩有りて云く、(はぶく)

操 驟馬し、纔かに上岸す。一箭 馬眼に中りて死す。長子の曹昻 馬を以て操を救ふ。操 方に命を得たり。曹昻 乱箭を被りて射死す。人馬 淯河に塡満す。
操 走脱し、路に諸将に逢ふ。典韋の〈曹操の〉命を救ふを説く。

于禁が青州兵を殺す

張繡 兵を分けて操を赶〈お〉ふ。操の部将 夏侯惇 領する所の青州の兵 勢に乗して下郷し、人民を刼掠す。平虜校尉の于禁 本部の軍を将て路に勦殺し、郷民を安撫す。青州兵 走げ回りて操を迎へ、地に泣拝して言ふ、
「于禁 造反し、本部の軍馬を赶殺す」
操 大驚し、後面す。本部の軍 都て到る。
夏侯惇・許褚・李典・楽進も到る。操 言はく、
「于禁 造反す」と。
惇 兵を整へて之を迎ふ。禁 既に操の等つを見て、俱に到り、乃ち引軍して陣角に射住す。鑿塹し安営す。手下の人 報ず、
「青州軍 言はく、『将軍 造反す』と。今、丞相 巳に到る。何ぞ分辨せず、如何にして先に営寨を立つ。若り、軍士 将軍の不便を預告す」
于禁曰く、「今 賊 兵を追ひて後に在り。時ならず便ち至る。若し先に准備せざれば、何を以て敵を拒む。分辯は小事なり。退兵は大事なり。

李卓吾はいう。于禁は真の将軍である。


〈于禁が〉安営 方に畢はり、張繡の軍 両路より殺至す。于禁 身づから先んじて寨を出で、張繡を来殺す。繡 急ぎ兵を退く。左右の諸将 于禁の向前するを見て、各々引兵して之を撃つ。繡の軍 大敗す。追殺すること百余里、繡の勢 力孤を窮くし敗兵を引き、劉表に投ず。
操 追赶せず、兵を聚めて将を攻む。于禁 入見し、備言す、
青州の兵 刼掠し、大いに民望を失ふ。某 故に之を殺す」
操曰く、「吾に告げず、先に寨を下るは何ぞや」
禁 前を以て対ふ。
操曰く、「淯水の難、吾 甚だ狼狽す。将軍 乱中に在り、能く兵を整ふ。暴を討ち塁を堅め、動く可からざるの節有り。古の名将と雖も、何を以て之に加ふるや」
于禁に金器一副を賜ひ、益寿亭侯に封ず。夏侯惇の治兵 厳からざるの過を責む。

操 班師して都に回る。
操 諸軍の衆長に曰く、「吾 長子・愛姪を折するも、痛涙無し。独り典韋に号泣するなり」

つくりものの名言、いただきました。

衆 皆 歎ず、主公の士を愛すること親子に過ぐるを。

遂に許都に還り、各各 賞を賜はる。

呂布が曹操に徐州牧をねだる

却説 王則 詔を賜ひ徐州に至る。布 迎接し、入府せしむ。詔を開き、拝し畢はる。布を封じて平東将軍と為し、特に印綬を賜ふ。布 大喜し、又 操に私書を出す。
書に云はく、
国家 金を好むこと無し。孤 自ら取り、家に金を蔵し、以て印を鑄す。国家 紫綬の取る所を好む無し。自ら紫綬を帯び、寸心を表す。望む、将軍 劉備と合同し、共に袁術を滅し、大いに忠誠を著せ。書 言を尽さず、惟だ将軍 照鑑せよ」

後漢は、好んで金を備蓄しない(官爵を封じる社会的な影響力の原資がない)から、曹操が自ら金印を発行して(社会的な影響力を振るって)いる。国家は、紫綬が保証する権限を好まない(実態は権限を失っている)から、、曹操が自ら紫綬を帯びて、天下を平定しようとする志を表明していると。
後漢の情けなさを表現しつつ、後漢を咎めないように、レトリックを使っている。後漢は、(わざと、意思を持って)衰退したから、仕方なく私が代行をしていると。解釈がむずかしいな。
毛本には、この手紙がまるまる存在しない。


却説 呂布 王則に見へ、曹公 相敬するの意を説く。好生し重待す。忽ち報ず、袁術 又 遣りて入至すと。
布 笑ひて之に問ふ。使 言はく、
袁王 早晩 皇帝の位に即く。東宮を立て、皇妃を取るを催す。早く淮南に到れ」

皇帝になる前に、「袁王」と呼ばれてるw
袁術が皇帝になる直前、袁術から呂布に送った使者は、袁術のことを「袁王」とよぶ(李本)。これを毛本では改めて、「袁公」とする。皇帝になる直前なら、爵位は「王」である。荒削りな李本のほうが、史料に残らぬ、袁術の臣たちの「失言」を、却って捉えている可能性があるw

布 大怒して曰く、
「反賊。焉ぞ敢へて此の如きや」
尽く来使を殺し、韓胤を将て山枷・子釘す。便ち陳登を遣はして〈曹操に〉謝表を賜ひ、韓胤を解く。一同、王則 許都に上り、操に来見す。操 布の〈袁術と〉婚を絶ち、命を奉るを知りて、進ずる所を覧ず。〈呂布からの〉表に曰く、
「臣 呂布、自ら董卓を誅し、又 喪乱に罹ひ、跡を山東に寄す。本は駕を邀へんと欲するも、曹操 忠孝にして駕を許都に奉ずるを知り、臣 前は操と交兵す。今 操 陛下を保転し、臣 外将と為り、兵有りて自ら随ふ。嫌疑有るを恐る。是に以て罪を待つ。徐州の進退 未だ敢へて自ら専にせず。近く天寵・曲頒を奉り、恩命 愧感し交集す。倘し征討有らば、願はくは效せ。努力・万死、不辞・謹表、以て聞す」

曹操が、陳登に東方を任せる

布 操の書に答ふること、又 十分に厳謹たり。操 看了はり、大喜して遂に韓胤を市曹に斬る。
陳登 密かに操を諌めて曰く、
「布 豺狼なり。勇にして無謀なり。軽々しく去就す。宜しく早く之を図れ」
操曰く、「吾 素より知る、呂布の狼子なるを。野心 誠に久しく養ふこと難し。汝の父子に非ずんば、能く其の情を究むる莫し。汝 当に吾と之を謀れ」
登 応諾す。

曹操 陳珪に贈りて中二千石に致らしむ。登 広陵大守と為る。登 拝辞して回る。操 登の手を執りて曰く、
「東方の事 便ち以て相ひ付す」

名言、いただきました。

登 黙して答へて曰く、「丞相 起兵すれば、吾 内応を為す」

登 徐州に回り、呂布に見ゆ。布 之に問ふに、登 言はく、
「父 禄を贈らる。某を太守に為す」
布 大怒して抜剣して言ひて曰く、
吾に徐州牧を求めず、汝の父 我をして曹公に協同し、公路と絶婚せしむ。吾 求むる所 終に一も獲る無く、汝の父子 俱に各々貴顕たり。

名言、いただきましたw

汝の父子の売る所となるのみ」
之を斬らんと欲す。
登 大笑して曰く、「将軍 何が故に甚だ不明なるや」
布曰く、「吾 何ぞ不明なる」
登曰く、「吾 見るに、曹公 将軍を把して説き、譬ふるに『虎を養ふに、当に其の肉を飽かしめよ。飽かざれば則ち、将に人を噬はんとす』とするが如し。曹公 笑ひて曰く、『卿の言に如かず。吾 温侯を待すること、鷹を養なふが如きのみ。狐兎 未だ息まざれば、先に飽かしむ可からず。饑えれば則ち用を為す。飽くれば則ち颺去す』と。某 問ふ、『誰を狐兎と為すや』と。操曰く、『江東の孫策、冀州の袁紹、荊襄の劉表、益州の劉璋、漢中の張魯なり』と」
布 擲剣して笑ひて曰く、「曹公 我が意を知るなり」

忽ち報ず、袁術の軍 徐州を取ると。呂布 言を聞きて大驚す。畢竟 如何に。且聴下回分解。141031

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