読書 > 『反三国志』読み忘れチェック(創作用メモ)

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『反三国志』上巻より

同人誌『反反三国志』をつくっています。『三国演義』を「反」して克服したのが『反三国志』ならば、それをさらに「反」して克服した『反反三国志』をつくって、おもしろい話をつくりたいなと。151122 交地で出展予定です。

はじめに考えたあらすじはこちら。しかし、書き進めるなかで、かなり変わっています。
『反・反三国志』のあらすじ 1章
『反・反三国志』のあらすじ 2章
『反・反三国志』のあらすじ 3章


150929時点の制作状況として……、
『反反三国志』原稿用紙700枚(70%)夷陵で劉備を勝たせ、孫権が陸遜を責めて呉の君臣が分裂。反三国志の名物である、呉の入水自殺までの道筋が立った(入水自殺はさせないけど)。
曹丕が仲達の五路の計を用いるが失敗(史実でも曹丕は多方面作戦の失敗を連発する)。逆に孔明の統一戦争を誘う。
このあたりで、
最初から読み直して、伏線のチェックや、登場人物の整理をして、最後の決戦を書きたい。パズルゲームで、画面の限界までブロックを積み、一手をキッカケに全部が連鎖的に消える…という感じで、蜀に天下統一をさせたい。これは後半が退屈になる『反三国志』の修正という狙いがあります。
大きな話を書いていると、物語が自己増殖して、枚数が増える。史料に取材するから、ネタは尽きない。しかし、あんまり長いと全体が見えにくくなる。書くのも読むのも時間がかかるから。曹丕八十歳は1200枚とかで、手に余った。原稿用紙1000枚を上限として、それ以上は増やさないように努力!

150930のツイートからも近況を。
『反三国志』を読み直して、読み落としをチェック。『反三国志』の不備を克服することが、ぼくの同人誌の狙いなので、ぶっ飛んだオリジナリティよりも、原典との距離感を大切にしたいです。
『反三国志』を克服するには、原典である『三国志演義』を熟知していなければならず、はなはだ準備不足のまま同人誌の大半を書いてしまった。せめて『反三国志』の趣向を拾い漏らさぬように心掛けつつ、『三国志演義』に対する知的好奇心が膨らんだことをもって、同人誌の作成は成功とします…。
第2四半期決算の業務で、有給休暇やフレックスが使えない。ちょうど『反反三国志』は7割を書いて、最終決戦(蜀による天下統一)の開始寸前。
伏線の貼りモレ、伏線回収の計画モレをチェックする。周大荒『反三国志』を再読して、アレンジや克服にモレがないかもチェック。月の後半で完成させる!

こんな状況なので、『反三国志』の読み忘れをチェック。『反反三国志』に織り込める要素をひろっていき、『反反三国志』の完結につなげます。
3桁の数字は、文庫版のページ数。分解・再構築して、『反反三国志』に取り込みたい話や、ぼくなりのアレンジ案をメモっていきます。

すでに『反反三国志』の書き終わった部分(草稿)からの変更を、自分用にメモっており、このページだけ見ても意味が通じないところもありますが、あくまでぼくのメモなので、前提を断らずに書くこともあります。すみません。
このサイト自体が、制作メモという性格のものなので……。


151003のツイート。福井に旅行しつつ、『反三国志』再読。長時間移動とか、旅先とかに自分を追い込まないと、とくに後半は退屈で、本を投げちゃうので。なおもつらいが(飽きた)。でも『反反三国志』の最後の3分の1の方向性は固まった。蜀による攻略経路は踏襲。冗長さを圧縮。『演義』パロディとしての精度をアップ。
『反三国志』の前半の欠点は、年表が壊れており、史実や演義との比較対照が成立しないこと。後半の欠点は、蜀の統一戦争が退屈で長いこと。(とぼくは考えます)。『反反三国志』は、前半は、史実に近づけて時系列という背骨を突っ込む。後半は、戦いのエッセンスを『演義』ベースで再構築します。

第1回より

徐庶の変名(単福)を活用。_025
徐庶の孝に理解を示す劉備の台詞「きみの知遇を得ても、きみの孝を止めないが、時間をくれ。名残惜しいから見送りの席を設けたい」_025
劉備に足止を食らって、孝がいっそう高まる徐庶と、大泣きする劉備_027
徐庶の母を理解する孔明。「徐庶が曹操に仕えたら、徐庶が母のことを理解していないことに怒り、徐庶の軽はずみと無知を怨んで自殺するだろう」_035

黄承彦(039) 石兵八陣を台なしにするが、巴郡あたりを守って出てきた李厳が、黄承彦による台なしを阻止してほしい。活躍の場を。
水鏡先生がいう王陵の故事(042)は、黄承彦に言わせる。長阪で逃げるとき、母がいなくてションボリした徐庶を、黄承彦が励ます。水鏡先生は、きっと長阪に同道してくれない。
045で関羽が徐庶母を連れてくるが、これは水軍で踏襲していることを注釈せよ。

関羽は、孫権からもらった金塊をすべて封印して、夏口を守る諸葛瑾に返却する。呉との絶交をこれで表す。金塊に手をつけなかったことが、曹操のところでも見せた関羽の義。
程昱は怒りのあまりバッタリ倒れる_053。何か芸をやって。

鍾繇を出す。鍾繇が徐庶母を捕らえる。故郷の頴川=許都に監禁する。鍾繇妻(鍾会母)は、鍾会を懐妊しているところ。225年。徐庶母と意気投合して、許都の城門を開いて、関羽軍だかを導き入れてしまう。蜀を滅ぼした鍾会は、母の胎内にあって魏を滅ぼすというムリクリ。『反三国志』で生年前に鍾会を出すことへの批判・克服。
関羽058の台詞「曹操は私と劉備の兄弟の情を切断しなかった。徐庶の母子の情を断ち切らない」からの、鍾繇との夫婦の情を絶ちきることはしない。鍾繇は、涼州の統治経験があるから、この地を蜀に奪われたことの重大さを弁えて、蜀に降伏?

第2回より

当面の体制は、孔明が軍師商軍、徐庶を右軍師、龐統を左軍師_061
天子から、賊臣の曹操を討てという詔をもらっていることを認識している劉備。_062
張飛が余計に生き残ることのメリットを作れ。夷陵で後方に控えていたのでは、意味がない。陸遜を破るとか。
劉備に仕えた荊州の豪傑は、「ここで良いものに帰順しておき、あとで自分が真の主人を見抜く立派な目を持った人間であることを証明しようとしているかのよう」周大荒の原文を見よ。065

黄忠は董卓に賄賂を要求されて下野された前歴を持つ。066
黄忠は孔明に招かれ、羊楼洞で三族をやっている魏延と戦う。『水滸伝』のような偶然を装った豪傑の加入を踏襲したい。できれば、もう数人くらい。068

徐盛の初登場は078。孫権の親征を諌める徐盛。劉備が攻めこんできたときに、「江南の地を鎮守すべきで、私が行くわ」と言わせる。
劉備が荊州を入手したときの配置が097。馬良を零陵、馬謖を桂陽、関羽を襄陽、蒋琬を長沙、費禕を南郡、董允をウン陽太守とする。必ずしもマネしなくてよし。

第3回より

曹操の天下の認識は、劉備に対する疑忌嫌悪のほうが、孫権に対する嫌悪よりも深刻。まあ史実でもそうだから、別にいいかも。
099で曹操が、「劉備が荊州を得たところで、しょせんは凡人が一時的な幸福を得ただけで、いずれは自分の所有に帰するはずだ。心配ない」を、周大荒の原文参照。

長江の交通。江陵から武昌まで、軽船で順風ならば、5日とかからぬ。_100
周瑜・魯粛が 本作では 徐盛が、呉はまず江夏を奪取せよと主張。孫堅の仇である黄祖の地だから。

『晋書』地理志:曹操が荊州を得ると、南郡を分けて北を襄陽郡とし、南陽郡の西を分けて南郷郡とし、枝江より西を臨江郡とした。曹操が赤壁に敗れると、南郡より南は孫呉に帰属し、その後は蜀と荊州を分割した。南郡・零陵・武陵より西は蜀に、江夏・桂陽・長沙の3郡は呉に、南陽・襄陽・南郷の3郡は魏に属した。荊州の名前は、南北に2つ存在した。蜀は南郡を分けて、宜都郡を立てた。劉備の没後、蜀の4郡(宜都、武陵、零陵、南郡)は、呉に取り戻された。曹丕は、漢中から2郡(魏興、新城)を分割した。曹叡は、新城郡を分けて、上庸郡を立てた。孫権は、江夏郡を分けて武昌郡を立て、蒼梧郡を分けて臨賀郡を立て、長沙郡を分けて2郡(衡陽、湘東)を立てた。

徐盛が江夏を制圧する。_102

本作では関羽の北伐に、盟約を守って出兵する孫権。並行して(関羽を目眩ましに使って)魏の文聘を江夏から駆逐する。これは関羽でなく魏から奪ったものだから『義』には背かぬという論理。徐盛が江夏攻撃の提案・実行をやり、名将であることを印象づける。徐盛が死ねば、呉は自発的な外征を諦めるのが『反三国志』であり、それを踏襲するから。自発的な外征を辞めても、魏の要請で兗州に出るのは『反三国志』を踏まえるが。


周瑜が 魏に蜀を攻めしめ、隙に呉が魏を攻めよと主張。_104 劉備は天の祝福を受けるが、分限を越えており蜀軍は動けない。1つ、荊州水軍の調練が間に合わぬ。2つ、荊州8郡の太守を入れ替えたが定着しない。蜀が呉を攻めることはない。一方で呉は、甘寧を九江太守、徐盛を江夏太守として国力が膨らんだばかり。長江を遡り蜀と戦うべきでない。

九江太守という、建業から見て長江の上流に当たる地点を、重要な将に守らせる。建業は、水路の九江、陸路の小峴山という2方面から攻められたら陥落するのが『反三国志』。踏まえよ。
『宋書』孝武帝紀:鎮軍將軍、南兗州刺史沈慶之大破魯爽於歷陽之小峴,斬爽。……とあるから歴陽にある道か。いまの含山県らしい。巣湖の東、やはり建業の上流。諸葛恪の戦う東興のそばか。

合肥を取るため、張紘を許都に使わし、「蜀が江夏を奪う」と曹操に伝えたら、曹操が襄陽(関羽)を攻めるに違いない。曹操が蜀を撃てば、その隙に長沙・桂陽を蜀から奪おう。_105

呉が江夏・九江を堅め、魏を動かして蜀を釘付けにし、呉が蜀に進行せよ。(長沙・桂陽をすでに領有しておれば)南郡=江陵を狙え。という呉の戦略は、本作のどこかで使える。


劉曄・荀彧が、張紘に応対。張紘「劉備は関羽の言に従い、江夏を呉から回復しようとしている。関羽に水陸3万を与えて、呉領の江夏に向かった」と。これは張紘のウソで、張紘は蜀が呉の江夏を攻めるとは考えておらず、

本作では、呉が樊城に加勢するという盟約に返礼すべく、関羽が合肥に加勢するため漢水を下って江夏を通過する。その関羽軍の動き(呉は関羽が江夏を攻めるとは考えていない)にウソの意義をつけて、呉が魏に売りこむ。これで魏が襄陽に関心を向けたら、合肥が手薄になる。もし魏が、関羽なき襄陽を得ても(関羽が援軍を終えて帰る城がなくなっても)呉の損失ではないから構わない。というクールな計算。張紘が曹操を訪問するシーン(106)は踏襲すべし。
呉は合肥のみならず寿春まで得たいと考えている。これを曹操に見抜かれ、散々に敗北して帰ってくる孫権。

曹操はわざと喜びの色を表し「呉侯は人傑」という。
しかし曹操は108で「関羽の意は呉でなくて魏。関羽が、襄樊を棄てて江夏を取りに行くはずがない。孫権の計を逆に利用できないか」

本作の関羽は、マジで江夏に向かう。それは合肥に加勢するため(義のひとの動きは予測不能よ!)張遼と再会して、旧交を温めるシーンを設けるため。

荀攸 劉曄「呉は江夏を取り(劉備を警戒するため)維持に兵力を割いている。合肥方面は手薄のはず。荊州方面は曹洪がニセの曹操の旗をかかげる。しかし孔明は、呉が魏をそそのかし、魏は呉に騙されたふりをしたと見抜く(関羽ならずとも襄樊の守将に、守って出るなと命じる)。襄樊では、なんの戦争も生じない。

きっと蜀側は、襄樊の守将がニセの関羽の旗を掲げて抑止力とする。曹洪は戦わずに帰ってきて、曹丕にいびられる話を挿入。

魏軍の主力は合肥に向けて、呉越を攻めればよろし」
曹操 曹丕は親征して、司馬懿を許都に残す。109

曹丕の中途半端な二面作戦。曹洪のほうはフェイクだから、どうせすぐに帰ってくる。


第4回より

扶風の張繍が、曹丕にいたぶられ、曹丕軍の機密をもらす。『礼記』曲礼篇に「兄弟の仇あれば、兵に反らず」とあるから。
張繍のもと部下は、穣県・宛城にいる。だから曹洪の下に入れられた。賈詡が曹丕に重用されているのも幸いして(115)許都を出て、曹丕・曹彰から逃れた。騎兵を率い「江夏に投降して、徐盛に機密を与えよう」。徐盛「濡須にゆき、張繍は呉軍を助けよ」と。凌統に九江を預けた甘寧とともに、合肥の戦場に向かう。118
九江太守は凌統で固定しよう。

『演義』82-84回で夷陵に参加し、黄忠を囲むが、出番が消える。夷陵に行かず、九江を守らせても支障なし。「『建康実録』には、凌統が217年に29歳で死去したと記されている」らしく、九江に固定してから、イフ展開に突入しても、やはり支障なし。

曹操が合肥に到着して張遼の力量を褒める 曹丕が到着したとき、合肥はすでに関羽・孫権によって奪われたあと。
合肥の前哨戦で、小峴山で楽進が甘寧に射殺される。小峴山は、上党関・壺口関・石陘関に蒼頭する堅さで、後漢を代表する。122

楽進の死は(文学的に)ムダにしない。
原作『演義』68回、楽進は甘寧の矢を受けて落馬して、以後「物語からふっつりと姿を消す(『事典』より)」人物です。『演義』で最期が描かれない人物なら、始末してもいい、という周大荒の判断か。以後『反三国志』は、加速度をつけて、戦闘→武将の死、というパターンをくり返す。このパターンに先鞭をつけて、物語の構成上は「意義のある戦死」をした楽進は、むしろ厚遇されていると思う。
楽綝・張虎は後半の重要人物として、父の死の文学的意義を語らせよう。『反三国志』では犬死にする楽綝・張虎であるが、本作では曹丕に合肥の敗戦の状況を語ることで視点を手に入れ、後半の孔明の北伐のオトモにする(『演義』なみ)
楽進は史実で218年に死ぬが、『反三国志』にならうため、斬られ役として生きてもらう。なにか理由づけがいるか。


第5回より

124で「陸績の子」陸遜が初登場。曹操 曹丕のねらいが合肥から押しこんだ濡須だと見抜く。本作では要らんかな。126で、「孫権の兄弟分」孫韶が初登場。お使いをするだけ。この出し方は要らんかな。

張繍の騎馬隊が合肥に着くのが138。

荊州から騎馬隊が届くというのは、『反三国志』からモチーフを取る。しかし本作で、宛城の近辺は徐庶になびき、張繍になびくとは考えにくい。徐庶が(曹丕との不和で落ち着かぬ)張繍と通じており、張繍を通じて子の張泉、張泉から魏諷に手を伸ばす。事前に魏諷と徐庶が出会って、蜀の決起に備えよと同意を取りつける。魏を内部から解体する魏諷さん。反曹操の思想の持ち主。やろう!
張繍の離脱は、徐庶・関羽への降伏である。関羽の将として、合肥に援軍にいく張繍。こうすることで『反三国志』のモチーフを残す。


劉曄139「魏主の南征が神速に行われ、呉は淮水で食い止められず、小峴山(別の場所でも可)に陣を構えた。というのが冷静な状況分析です。彼らは得意の水戦を棄てて陸戦にした」

本作では、「合肥を橋頭堡にして、呉は北伐する姿勢を見せた。以後は陸戦とならざるを得ず、魏のほうが有利。いちど引きなさい」となるか。144の荀彧をつなぎ、「蜀軍が襄陽にいる。久しく呉と戦えば、許都を攻撃するはず。これ以上は良くない」と言わせる。144で劉曄を合肥に残すが、本作では、劉曄を寿春に残すのが可か。

史実のように曹丕の退路を、ズタズタに攻めるのをやってもいい。丁奉のデビュー戦やるとか。丁奉は『反三国志』にはここで出ている。

第6回より

張松への悪口。「墓地を売って十万銭を得手も、どんな使い道があるか。わずか一銭に値する名声で、悪臭を一万年先まで流すのは、馬鹿げたことである」。

劉備が益州を盗み取ったという悪事は、引きずり続ける。『反三国志』のように消毒しない。劉璋・劉琦に官職を与えて、悪事をナカッタコトにしない。
桐野『破三国志』を踏まえ、賈詡に魏地の地図を献じさせ、張松に対する批判を扱えばいいか。賈詡の地図を喜ぶのか、桐野版みたいに「遅いよ、要らんよ」と言うのか。きっと孔明が不快を示すが、劉備か龐統が素直に受け取ってくれる。そのとき「張松のことで後世の批判もあろうが」と消化する。


第7回より

174_華歆が馬騰の始末を提案。すべての復讐の発端。

『演義』で馬超は「曹操は親の仇」と定まり、『反三国志』はさらに誇張する。しかし正史準拠なら、さきに叛いた馬超が悪い。本作では、華歆とともに郗慮を悪者として誇張し、馬超との葛藤を郗慮に集約させるか。華歆は、史実ベースの漢魏革命に殉じてしまったから。

馬騰を中央に徴すのが華歆・郗慮とする。
176_馬騰が中央に行く。死を予感して、天子に関する思想を語ろう。

黄忠の継嗣=作中における分身として、史書で早世した子でなく、伝承から黄越を持ってきた。馬超の継嗣=分身は、馬承にすべし。
ウィキペディアより。馬超は臨終の際に、馬承ではなく馬岱に祭祀の継承を願い出た。慣習(適者相続)に則ったと考えられるが、真相は不明。馬承は、馬超が劉備に帰順してからの幼少の子か。ぼくは思う。「蜀における子」というポジションは美味い!


177 馬騰が無事に帰ってくるために後援を頼む。宿駅に馬休・馬鉄を残す。馬休の矢は夏侯惇の右目に命中し(181)、馬鉄の矢が許褚のほおに命中する。しかし馬休・馬鉄は死ぬ。

本作では夏侯惇の右目は黄忠が射るが、『反三国志』第7回が元ネタと注記する。
龐徳の帰趨が変われば、と思う。関羽に「親類が蜀軍にいるぞ」と言われて、蜀にもどる。そのためには、『反三国志』馬騰の動きと絡ませたい。(正史準拠である本作は)馬超は反乱後、父が殺されるのを察知して、祁山の戦いに固執せず、龐徳に父の救出を要請。馬騰「馬超が叛いて殺されるのだから、死ぬのは道理である。しかし馬超の反乱は理由なき暴発ではなく、涼州諸豪族および羌族の解体を怖れてのもの。漢室は豪族や羌族に寛大であったが、袁紹ならぬ曹操は過酷である。故郷を守ってやってくれ」。だが馬騰は殺される。魏将となった龐徳は、関羽に説得され、馬超に正義を、馬騰に恩義を感じて、蜀将として故郷の保全に務める。という流れか。


姜維の初登場187。「馬騰の一族」馬遵は、馬騰が殺されたので曹操にそむく。

『反三国志』に基づくなら、本作では、涼州で馬超が勝ち進むと、腰抜けの馬遵は(正史なみに馬超の一族でなくとも)蜀につく。馬遵の裏切りを郭淮にちくる姜維。魏将として、しばし活躍する姜維。
曹丕に命ぜられた曹洪はすぐに漢中を攻めず、さきに馬超を潰しにゆく。馬遵が蜀=馬超についたと姜維がチクる。魏延との漢中での戦いを想定したが、それはまだ。


江夏のことを周瑜がいう。「劉備と孫権には仇がない。呉が江夏を取ったのは、劉表の生前で 魏の文聘からで、劉備から奪ったものではない。だから(孫夫人と劉備の)婚姻は可能……」

本作では関羽の北伐のとき、徐盛が江夏を取る。のちに「夷陵・改」のとき、進撃して廖立だかに江夏を取らせる。「夷陵・改」に続き、長江を攻め下り、「赤壁・改」が起こって、桐野版みたいに魯淑が蜀軍を助ける。

孔明「四川を攻略するため長江を遡っているところを、背後から呉に攻撃されては堪らん。この婚姻は渡りに舟」193

第8回より

荀攸が孫権・劉備を分析。「利をもって交わるものは、利が尽きれば疎く、権をもって親しむ者は、権ひとしくなれば、親しみ散ず」197

202馬雲緑の初登場。22歳で未婚。馬騰の遺言にもとづき、天水に駐屯して拠点を築く。いちど馬超が長安を落とす(204)。冀城で、韋康・楊阜は抵抗しない。長安太守の鍾繇は、「白い紙に黒い文字を書くだけで生きてきた」ので、難民が逃げこむと城門を閉じることができず、馬超に長安を奪われた。206

馬超の快進撃(1度目/リセットされる)は、採用せず。


第9-10回より

曹操が親征して、曹沖が斬られる 219。勝手に馬を飛ばして馬超に斬られるのは、本作では曹丕の親征したときの曹叡にしよう。

『曹丕80歳』のときも曹叡には、損な役を振ってしまった。
『反三国志』で曹沖が斬られるのは、馬騰が殺されたまずは腹いせ。腹いせすべき事態がなければ、むりに曹氏を殺さなくてもいいのかも。

龐徳が許褚と戦い、矢で射られて急所に当たり死ぬ。223

龐徳が曹丕の連弩マシン(河原谷)に当たっても良いかも。
『反三国志』では龐徳は魏に裏切るものだから、蜀将としての厚遇がない。

226 馬超が長安を放棄して話がリセットされる。

『反三国志』馬騰が殺されたショックを、とりあえず解消したかったらしい。周大荒の馬騰に対する執着の濃さに留意すべし。


232 王平の初登場。活躍させよ。
233 劉備が馬超を検討。「馬騰とは、天子の血の密詔を受けた仲です」

馬超が、馬騰の件でトラブルを起こし、益州に入る(『反三国志』第10回)。馬超とは「馬騰-天子への忠」ラインで繋がるというのは、本作でもきちんと書くべき。

250 劉備と馬超が対面する。劉璋の始末について語る。

劉璋は、劉備が領土を奪う「罪」の象徴。『反三国志』では消毒に努めるが、本作では別にクローズアップしない。ただし存在感ゼロでもダメ。

253 劉備が益州・馬超を吸収した直後の、当面の官職。
255 趙雲と馬雲緑が結婚して、黄忠・李厳・魏延が酩酊。

256 宦官の穆順が、玉璽を劉備に届ける。

穆順が動くのは、本作では天子が、曹丕の頭ごしに諸王を封じたタイミングよりも後。劉備が、夷陵・赤壁をどちらも「改」して荊州の全域を得てから。
本作の天子は、楊脩を頼りに思うが、劉備のことをあまり頼りにしない。ここが『反三国志』と違うところ。曹丕と共倒れにぶつけるために、劉備を持ちあげる。魏が呉蜀をぶつけるように、漢が魏蜀(蜀は強化後)をぶつける。けっきょく天子が全ての主導権を握ってると。

劉備の勝利を喜ぶ天子を、曹操がおどす。257

曹丕がおどす。楊脩は、天子に優しいふりをして、じつは天子を傀儡だとしか思ってない。とか、「天子と楊脩は必ずしも一体ではない」という難しさがほしい。


258 孔明よりも上級の人物である管寧が自殺する。つかえ!

魏蜀は、天子を取り合うだけ。かつ楊脩も、必ずしも天子に密着しないと見抜いて、世を儚んで死ぬ。楚義帝が彬州で殺されたのと同じだと。だれが天下を取っても、むなしい。皇帝制度というのが、良くないのかなあ、云々。外部の視点。孔明への批判・相対化。
きっと管寧の最期は、曹植との会話というかたちで描かれる。

管寧は、いわば世の「傍観者」265 原文チェック

第11-14回より

267 曹操が皇帝を自称するためには、献帝を始末する必要がある。原文を。
269 天子が 伏皇后 曹皇后に、劉備を頼ることを提案。「許都でなく許昌に住む、いち平民の夫婦です」と、曹皇后が詔を書いてくれる。

曹丕・楊脩の暗闘を見抜いた天子は、楊脩の言いなりで劉備を王に封ずる一方、ひそかに玉璽を送って、楊脩のウラすら掻く。曹皇后は、曹丕に批判的にして、天子に寄りそう。『演義』のどちらかの版本のように。
劉備の扱い:曹丕は南鄭侯、楊脩は漢中王、天子は帝にしたい。南鄭侯は魏延となり(史実)魏延は感激。

271 穆順は関興(ひげなし関羽)に会う。
291 穆順が劉備に詔を届け、許昌に帰ると言い張る。劉備は、許昌に向かうことを誓う。295 曹操が穆順のことを知り、華歆・郗慮にボコらせる。

303 玉璽を失った 曹操 曹丕は、曹氏が玉璽を私物化しなかったことを演説し、韓信・彭越の仇を取るために漢を終焉させる。
308 禅譲に反対する曹植は、まま使える。
309 曹丕の再反論もそのまま使える。310 ごり押しする 華歆 郗慮
313 劉曄が孫権を呉王にせよと説得。本作では呉帝に。

289 孫夫人が呉に帰る。関羽が帰っておいでと。徐庶は、孫夫人が終わりを全うできぬ(自殺する)ことを怖れるが、それでも関羽は帰っておいでと。
316 劉備が玉璽を持つと知って怒った孫権は、婚姻が両家をつながぬと判断。呂蒙 朱然が孫権に迫る。曹操と断交して劉備に仕え、漢臣であり続けるか。自分も帝王になる道を選ぶか。318 陸遜が「劉備と断交するな」と主張する。本作では決定的に陸遜が孤立する。
319 孫夫人が関羽の気遣いを意識しつつ自殺。

本作では、関銀屏が孫夫人を蜀に送り届ける。孫韶が城をあげて劉備に降伏する。とか。『反三国志』は322で関平が迎えようとしたとき、孫夫人の自殺を知って、関羽が孫権との絶交を決める。

325 守備に専念することを決める徐盛。蜀の北伐を見守るだけ。

本作では、孫権が揚州に押しこめられたとき使う。


第15-20回

328 読者諸賢は、曹操 曹丕を羨ましいと思う必要はない。華歆が天子を 殺す 殺せない。本作では、暗殺を試みたが、禅譲に反対する楊脩が劉備に降る。

許都の城門は鍾繇母がひらき、宮門は楊脩がひらく。
本作では、劉備の生前は天子にならない。

329 禅譲を受けて、曹植は逃亡。

352 魏延を用いない孔明に対する論評。荊州が蜀領でなく、隴西の応援がないから、孔明は魏延を用いなかった。しかし魏延に「一理」あるから、成就させる。354の「作者のよろこび」を引用。
373 馬岱のあざなが仲華と判明。
375 楊洪に関中を守備させてこそ、戦さができる。引用せよ。

楊洪伝では、劉備が死ぬときに黄元を生け捕りにした。

385 馬超による天下統一の部隊の出動。武威・酒泉・張掖・金城の余剰兵力はどれくらいか。騎兵三万あまりです。仲華=馬岱に行かせましょう。
388 功を焦る魏延の心理状態。姜維から抜け駆け。

394 魏軍の戦う前に、さきに并州を平定すべき。
397 田畴が城門をひらいて蜀軍を迎える。

『反三国志』後半が、なぜ退屈で冗長で堪えがたいか、堪えながら読んで考えた。蜀軍が、魏と呉だけでなく、晋まで1城1将ずつ丹念にプチプチと踏みつぶすからです。蜀軍は并州を先に奪って河北で魏軍を駆逐、曹丕は幽州に逃亡して曹彰は戦死。だがこれで終わらず、次は河南で司馬懿+呉と戦い始める。
なぜ『反三国志』の蜀軍は、洛陽を平定する前から早々に并州を得るのか。なぜ河南を放置して先に河北を攻めるのか。河北で魏を平定→河南で晋を平定、という二段構えを描くためです。「曹氏が敗北すれば、司馬懿は立場を失い敗走する」という魏脳のひとは第47回以降が苦痛。
@mamesiba195 さんはいう。反三国志は、晋の人物も因果応報にして欲しかったですね。司馬懿は爆死のままとして笑。司馬師・・文鴦にやられ片目飛び出して死亡、司馬昭・・賈充に裏切られ成済に殺される、賈充・・司馬昭と成済の首を持って降伏するが蜀に降伏していた曹髦らに切り刻まれるとか。司馬炎・・助命されるが宮刑になり宦官にされる、曹髦・・魏の忠臣を率いて蜀に帰順。先祖の悪名を払い、劉姓を賜り、魏侯となる。羊祜・杜預・張華・・統一後の蜀漢に溢れるほどいる有能で清廉な地方官の一人として、寿命を全うする。呉も二宮の乱を踏まえて、因果応報になっていたら、蜀好きは、もっとスカッとしたと思いますね。ただ、反三国志は演義だけでなく、正史の話を含めているのはいいですね。正史の存在を知らしめることには、貢献したと思います。


404 徐盛の作戦。「虚勢をはって江陵を襲うように見せかけ、軍を夏口に集結して敵を待つのはいかがか。関羽は呉に怒りを抱き、攻撃をしたがっています。江陵を取ると宣伝すれば、江夏に先制攻撃を仕掛けるでしょう。だがこれは、われらの得意な水戦に関羽を飛びこませることができる」

第21-26回

407 関羽は許都を攻めたいが、呉に背後を攻められたら困る。巴陵太守の伊籍が弱点である。趙雲を補強する。
414 襄陽で龐統が向寵を見出す。張飛のもとに配属する。419 向寵は沔陽に駐屯して、呉の入寇に対して防備を固める。
以後、向寵は趙雲の副将となり、呂蒙を撃退し、蒋欽を破って江夏を取る。462 意外にも向寵のような末将が期待に応えた。

430 魏の兵力増強。「将士を派遣して鮮卑と連合し、飛狐口から定襄に入らせる。曹彰に三万をひきいて井陘から、いにしえの趙地に進ませ、上党の背後を突かせる」
446 蜀の兵力増強。「馬岱を河西の呉軍に派遣」

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『反三国志』下巻より

第27-35回

036 関羽と張遼の再会。「どうして曹操を主人と呼べようか」
051 法正に劉禅を輔佐させ、成都に残す。「孝直よ、蕭何・寇恂・法正の三羽がらすと数えられるようになれ」と劉備がいう。原文を確認。

法正は涼州に消える予定だから、董允にかえよう。

052 劉備は江陵に入る。

ぼくは隆中対を実現させたいから、劉備は荊州に入って北上するのでなく、益州から北上させる。

056 公安に駐屯する馬雲緑が、向寵とともに「蓋世の英雄」徐盛を破る。061 趙雲が徐盛の右腕を刺し抜く。062 趙雲「徐庶がいれば夏口を取れる」

110 諸葛瞻が、宜陽の諸葛誕に会って口説く。

134 左遷された番禺太守の虞翻が、桂陽を攻める。馬謖 馬良に防がれることを占いで察知する。136 交州の処分はここでOK。145 士燮が自刎すw

第36-41回

147 呉の呂範に唆され、孟獲ら南蛮が起兵。153 黄夫人が空を飛んで、南蛮を平定する。呂凱が蜀のために守る。

ぼくの話では、黄夫人が奇抜をやりつつ、堅実な官僚に出撃させる。華はないけど確実に平定する。


166 趙雲の突出。「わが軍の江夏・夏口の守備は万全であるから、九里関にむかい、汝南・上蔡を襲い、許都の東を揺さぶってやろう」

趙雲が(夷陵・改のあと)呉を押しこみ、揚州まで交替させた上で、北上する。この攻撃の経路は踏まえる。

曹操がおそれる 168が、徐庶の認識では、趙雲は孤軍 171

170 陳羣が海路から呉への使者となる。
173 姜維「わが軍は偃師から洛陽にわたって、魏軍の交通を遮断。魏軍は敖倉の食料を、孟津から新安に輸送している。典満・許儀が輸送を守っている。孟津を焼き討ちにします」
176 新安で、廖立に銅山の鉱夫を集めさせ、180 司馬師を爆殺する。182 新安の陥落、司馬師の死を、司馬懿がガッカリする。

184 鄧艾が洛陽に塹壕を築き、蜀軍を分断しようとする。洛水の水をひき、北の黄河に繋がるような工事をした。偃師のそばにいる馬超を孤立させる。

鄧艾の初登場は、ここでよい。

186 孔明は、洛水をわたり宜陽にゆき、馬超と合流して、洛陽に回りこんで戦う。塹壕は、魏軍の動きも規制するから、馬超と合同できる。
188 仲達も塹壕を活かして戦う。191 孔明と仲達の舌戦、殉死の話、火薬の話。

洛陽をめぐる戦いは、『反三国志』を踏まえたいので、偃師・宜陽の位置関係を地図でチェック。193 激戦する。195 孟津を取る。

201 洛陽の戦いの周大荒による解説。孔明の志は洛陽にあるから、魏軍を深追いしなかった。
208 洛陽で孔明が歴代の皇帝を祭る。210 孔明の詩。

219 趙雲が汝南に、孔明が洛陽にいるから、魏が呉に救援を申し出る。張昭「趙は韓の上党郡から投降を受けたが、やがて秦に邯鄲を包囲されて滅びた。他国の領土を絵ながら、囲まれて滅びるのでは堪らない。断るべきだ」と。黄蓋「合肥 寿春は重要な場所で、われらが取らねば趙雲に取られる。ここを受け取らなくても、兵事は免れない」と。孫権は黄蓋をよしとした。

『反反三国志』では。魏は呉に合肥を奪われ、満寵が合肥新城を築く。合肥新城を譲ることを条件に援軍を申し出る。呉は受ける。じつは寿春にも内偵が入っており、ドサクサで寿春を奪う。


222 趙雲のいる汝南を魏呉が同時に攻める話。趙雲は新蔡に入り、灰・瓦石・糞尿・木を降らせる。趙雲は全軍で防ぐだけだが、馬雲緑が別方向から攻める徐盛を察知し、捕らえる_224。投降を誘うが徐盛が拒み225、自刎。
228 徐盛を失って、もう呉は出てこない。

『反三国志』で魏が滅びるまでもう呉は出て来ない。晋との戦いには出てくるが、蛇足なので宜しい。

230 蜀軍が進むため、許昌が危機となり、葉県から張遼が救援に間に合わず 曹操が死ぬ。235 曹丕が幽州に逃げる。

ぼくの作品では、鄴県に逃げるのだろう。


第42-48回

239 劉備を南陽に進めて、馬謖を劉備が参謀として利用するため、董厥に荊州の後方を委ねる。

董厥は、史実では蜀の中期~後期の高官。

241 「馬良は夏口の軍事から手が離せない。蒋琬が大将軍府の政務をとり、江陵太守として荊州9郡を治めよ」
243 馬謖の提案で、戦地の租税を3年免除。245 辛毗が守る臨頴が、黄武に攻めおとされ、許都は参る。「臨頴は、北は頴水にのぞみ、南は汝水に臨む。この二川を切って水攻にすれば、魏軍は参ります」244

曹丕の鄴都を水攻にする。曹操が袁尚にやったように。しかし地形の改造がされていて曹丕は水没しない。

252 徐晃の棺をていねいに扱う関羽。引用する!
254 許昌 鄴 を、黄武が改造して自走する衝車で攻撃。曹彰「この城は絶地となった。青州に退却して、山海の地勢を利用して、幽州と連携しよう

呉からの降将を吸収して、海洋帝国になる魏。水滸伝みたいに、水辺で反抗をつづける魏。たのしいモチーフ。


257 馬騰の埋葬場所を探す馬超。華歆を焼き肉にして、王朗・郗慮を捕らえる。

華歆だけにコザカナで代用する。人間を供える習慣を改めるのは、孔明の饅頭とか。

私怨を棄てて公儀に。260 趙雲が馬超を説得する。261 劉備が馬謖を連れて許昌に入城。建始殿に案内される。
264 王朗・鍾繇・陳羣・賈詡に自殺を命じる。

魏の重臣の始末が、ザツすぎる。直す。

284 呉に山東を割譲し、蜀軍の勢いを殺せと。曹彰「幽州が失われたら、山東を守っても仕方がない」と、陸遜「これは呉を蜀にあてるための魏の策略です。しかし放置すれば、蜀軍が山東を奪うでしょう。われらは揚州に押しこめられる。国外で戦うほうが益がある」、魏が滅べば呉も危ない_286

呉が山東に大軍を出している隙に、建業に大軍が押し寄せて……、という展開にしよう。孫権は建業を放棄して、寿春に逃げこむとき、舟からピョンピョン飛んでゆく。
曹丕は、山東の割譲に反対である。しかし曹彰はリアリストなので、山東を譲ってしまう。曹丕「孫権は寿春だって盗んだじゃないか」、曹彰「戦利品として仕方ない。山東もあげよう。蜀はそれほど強い」


288 黄河の渡河点について、張翼が趙雲に進言して、趙雲から背を撫でられる。
304 慕容軌・賀抜奇をひきいた曹彰が、馬超の怨みの晴らし方をとがめる。王平が火箭をつかって曹彰を破り、塞外に逃れる。これで曹彰は退場。467 曹植と再会する。

第47-52回

曹丕を追撃しようとする魏延を、姜維がいさめる。「曹丕は遼東に走るはず。追撃すれば公孫淵は、曹丕に味方する。放置すれば、首級が届けられる」

曹操ですら袁紹の遺児の平定に、年数を費やした。じっくりやるべき。烏桓を滅ぼすという仕方では、年数がかかる。曹氏とは正反対の政権だとアピールすることで、抱き込もう。

316 田畴は異民族に顔がきくので、曹彰をふせがせる。

田畴は、劉備から離脱した旧縁を修復して、曹彰に味方した烏桓をなつけるために、幽州に置かれる。

316 公孫淵の謀士が、漢の藩国となることを勧める。曹丕、死す。

袁熙の末路をなぞる。甄氏とは仲違いせず、今回はともに遼東まで逃れて、いっしょに死ぬ。ややハッピーエンド?の要素を。

322 張翼は、趙雲に「封丘を得よ」といい、董昭を斬る。
327 延津を守る司馬懿。黄忠を破るなど抵抗する。孔明は、遠巻きに囲ませ、土塁を築き、兵糧を断つ作戦に。溝を作り、タケやトゲを置かせた。司馬懿は工事を妨害。

328 徐盛の食客が、趙雲・劉備を撃てずに、劉禅を殺す。334_劉諶 劉璿が皇太孫に立つ。

@Jominian さんはいう。太子劉璿は、劉禅と違って劉備に似てるイメージがある。
@sangokusi1219 さんはいう。彼だけ、姜維に加担したから兄弟で1人だけ殺されたのかな、とか妄想してます。
@Jominian さんはいう。その可能性は大いにあると思います。私も前々からそう言っていますし。あの乱は、大混乱だったと書かれていますが、死んだ高官は以外に少なく、皇族では太子だけ。また、太子は末期になると独自に色々動いたりしていますから、姜維と連携してもおかしくない。
@sangokusi1219 さんはいう。演義をみたら北地王ばっかりスポット当たりますが、太子様の人物像を掘り起こしたいですよね。奥さんは費夫人だから、そこも何かしらあるのかな、とも思います。


曹丕・曹彰が滅びたので、仲達と呉の連携へと話がすすむ。349_廖化が孫韶のことを「青虫の養子め」とそしる。原文を参照。合肥を1日で失った孫韶は、がっかりして自刎_351。352_青虫の養子の説明文。これで孫権はがっかりして病没する。354_陸遜「合肥は失われても、小峴山を固守すれば、趙雲に羽が生えても越せない。長江の上流の防備を増強すべきです」九江から上流を視察して、防備を固めた。
356_「諸葛の一生はただ謹慎なるのみ」原文を確認し、孔明の作戦が慎重すぎるときに使えるフレーズ。

仲達を支援して濮陽を守る呂蒙が、死を覚悟する_359「陸遜・甘寧に、南に帰るように命じたのは、呉の精鋭をこの一戦で全滅させるのを嫌ったからだ。私が死ぬ覚悟をしたのは、徐盛が捕らわれたときだった。諸君は、歴城にゆくなり、兗州にひくなりして、やがて呉領に帰れ」、蒋欽はともに死ぬことを誓う。
→司馬懿が延津に孤立して絶地と認定。365

367 諸葛瞻に地雷・火炮を運ばせ、硫黄をばらまく。

『反三国志』は、孔明が火薬で、司馬懿を爆殺するけど、これは『演義』のガッカリ未遂シーンである、魏延ともども仲達を焼き殺す作戦の「焼き直し」で、ファンがスカッとすべきシーン。 陸軍に賄賂を送って硫黄を横流しして…とか書くからギャグになり、文学的な価値が見えにくくなったが。

368 地雷が炸裂し、司馬懿・張郃・曹仁・曹洪が死ぬ。ひどいことをしてしまった孔明は、371にがっかりして病没する。

忠臣たるべき諸葛亮が「偉かった」要因のひとつが、蜀帝の外戚にならなかったことだと思う(費禕とは違うなー)。黄氏や龐氏との婚姻から、彼が結婚戦略を使うことが分かるが、蜀帝の一族とは結びつかない。劉備の遺詔+外戚権力があれば、事実上の簒奪のようなもの。単純に女性の親族が不足しただけ?
『反三国志』では、諸葛果を登場させて、外戚になることを拒否らせるか。
諸葛瞻が、劉禅の娘(錦城公主)をめとっているのは、史実? 諸葛瞻伝に「年十七、尚公主、拜騎都尉」とありました。あー。


374 捕らわれた于禁を鄧艾が殺す。鄧艾・鍾会が殺される。鄧艾は「ひそかに陰平に渡る(劉禅を降伏せしめる)」ができなくなった。

第52-59回

389 蜀軍が呉を各地から攻め、丁奉・甘寧が死んだので、孫権は死んだ。390 紫髯碧眼の孫権は亡国の君となり、青羅の傘蓋に黄旗を立て、漢に帝王の気。原文をチェック。

392 向寵が長江を固めていたおかげで、趙雲は北征できた。393 火薬をつんだ筏を流し、向寵の水軍が、黄蓋から九江を奪う。

赤壁の裏返しで、黄蓋を破ったのだな。


403 諸葛瑾は讒言によって牢獄にいる。張昭は降伏をいう。周泰が抗戦をいう。405_陸遜が南方への避難を提案する。建業を放棄。諸葛瑾は、孫亮の舟に同乗する。張昭はこない。408_徐庶が張昭をとがめ、諸葛恪が蜀軍をもてなす。徐庶は、降伏した張昭を批判し、主君に付いていった諸葛瑾を評価する。

呉臣の最後の帰趨は、自分なりにアレンジ。


414_曹彰が北地に入寇する。魏延では心許ないから、張飛が出動せよ。
416_呉の君臣が海に飛びこむ。
420_蒋琬が交州に入る。423_虞翻の遺言に基づき、孫英・周循・太史享・虞汜が南に建国する。

孫亮が交州からさらに南に逃れ…、という『水滸伝』李俊の展開でいいだろう。



430_楼桑村の桑が枯れて、劉備が死ぬ。435_曹彰が「大魏天皇」となり、柳城に籠もる。443_王平から曹彰への手紙により、444_曹彰はさらに北に行くことを決める。446_王平の「一紙の書は、十万の師に勝る」

王平が活躍することに納得感を与えるために、馬謖の「街亭・改」のところから、きちんと活躍しておく。

457_曹彰はまだ強いため、張飛 魏延が備える。460_馬超が、趙雲・馬雲緑に別れをつげて、涼州に去る。462_馬騰に墓参りする。上の子の馬英は10歳である。151010

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『三国演義』も読み忘れチェック

『三国演義』は史実で敗れる諸葛亮の北伐に見せ場を作るため、「仲達の裏をかき、魏兵の十分の九を撃ちとるが撤退した」という謎の展開が続く。この矛盾を除き、「魏兵の大半を撃ち取った『から』領土を広げた」とすれば、『反三国志』を凌駕する蜀の天下統一のお話ができる。『反反三国志』はこれで。
『反三国志』後半が失敗した理由は、『三国演義』を読んで「蜀がこうすれば勝てたのに」という、羅貫中の確信犯的ガッカリ(史実準拠のためのツジツマあわせ)を全てリセットし、蜀が無敵の話を長々と書いた点。ガッカリをスッキリに機械的に変換するだけでも見通しが変わる。

@mamesiba195 さんはいう。反三国志より、ファミコン版「天地を喰らう」の方が、蜀好きの願望をかなえたIFものとして、シナリオの出来がはるかに良い。司馬懿が戦時中に曹丕を裏切り、魏を乗っ取る展開はイメージ通りで、多くのIF小説やゲームシナリオを先取りした 蜀無敵でも、晋勢力が魏を裏切り、降伏。呉も降伏して、ともに王に封じられる。劉備と五虎将が死ぬのを待ち、司馬懿と孫権が手を組み反乱を起こす。という世代を変えての戦いなら、あの長さと北伐の消化ってのも一応理解できるんですけど、あの時代の人に求めるのは酷ですかね。


第91回より


孔明は永昌郡にいたり、王伉・呂凱を留めて四郡を守らせる。
022_馬謖の計略。司馬懿が謀反を起こそうとしていると分断。023 鄴城で司馬懿の謀反が発覚。はりがみ。

ページ番号は、徳間文庫 立間祥介訳の第4巻のもの。
ぼくは曹丕の死後、司馬懿と曹彰を分断するために馬謖に立案させるか。

030_譙周が諸葛亮の北伐に反対。北方に旺盛な気。
032_馬超が病没したので、鄧芝が趙雲に同道。

馬超が北伐でいっしょに行動してくれないので、と改変。

034_夏侯楙のおおぶろしき。「兵法に通暁している」

第92回より

036_長安の急襲をいう魏延。
043_趙雲が夏侯楙に囲まれて、「歳に勝てず(70越え→60越え)死ぬのか」といえば、張苞が救いにくる。「丞相が老体を救えといった」
044_関興が登場。夏侯楙は南安郡に逃げる。

張苞・関興という2人には、きちんと活躍してほしい。

045_鄧芝はいう「夏侯楙のいる南安は、西は天水、北は安定に接する。天水太守は馬遵、安定太守は崔諒です」

安定の陥落は『三国演義』どおりに。天水は姜維がからむので、アレンジを要する。母を人質に取ることは、『反三国志』では卑怯な手と認識されているので。徐庶の再来を思わせる感じで。すべての期待を姜維にのっけて、成功させる!龐統から、人格にかんする教育を受けたりして。食えない男と話さねばならず、ウザいなーと思いながら、姜維が成熟。
史実では敗戦した、趙雲・鄧芝の連合。ここに、趙雲がウソ武将4人を殺すとか。この戦果をそのまま残して、撤退しなければよい。

053_呉懿に南安を守らせ、劉琰を安定に差し向ける。
053_姜維が登場。安定・天水に援兵せよ!というのは、孔明の罠。

第93回より

058_姜維が趙雲と槍を戦わせる。

趙雲が事実上の引退をする。あとは子の趙統に継ぐ。

孔明が姜維のワナのために重囲されるが、関興・張苞が救出する。060_孔明が魏延に冀県を攻めさせ、姜維を誘い出す。

冀城は馬超にゆかりがあるところ。

065_諸葛亮が「知恵を伝える賢者を探していた」
067_諸葛亮「夏侯楙はカモだが、姜維はオオトリである」と。近臣「夏侯駙馬は三郡を失い、羌中ににげた。蜀の軍勢は祁山にあらわれ、先鋒は渭水の上流の岸辺まで進んでいる」と。王朗が曹真を推薦。雍州刺史の郭淮の登場。大都督の曹真、副都督の郭淮。孔明と王朗が舌戦へ。
075_郭淮のである、曹遵・朱讃は、馬岱・王平・張翼・張嶷に攻められる。先鋒が通過をするのを待ってから、蜀軍が攻めた。曹真・郭淮は交替した。

第94回より

郭淮が曹真に、羌族を使えという。徹里吉・雅丹・越吉。馬岱が説得に向かわせる。081_越吉に追いつかれ、関興は馬ごと谷底に落ちた。すると関羽が神威を顕して関興を救う。「息子よ逃げろ。帰陣するまで見守ってやる」

関興を救う関羽というモチーフは、神格化のためにもやりたい。しかし夢オチで、じつは馬超の縁者に助けられた、羌族は馬超の支配下に入っていたから、という順序で話を進めよう。いや、関羽に見間違うのだから、老いてヒゲを伸ばした馬超で。

085_孔明に従属した羌族。曹真はがっかり。

第95回より

106_馬謖による死地と絶地のレクチャー。

『三国演義』95回で孔明が「今司馬懿出関、必取街亭、断吾咽喉之路。誰敢引兵去守街亭」という。つまり『演義』の世界観では、趙雲らの活躍で得た領土を、後から司馬懿が取り戻しにきたから防戦する、という話。趙雲は別働隊ではなく、先発隊。馬謖の愚かさの意義は、正史と『演義』で違うかも?

114_楊儀が、馬謖の陣を修正しに行こうとする。

第96回より

孫資が曹叡にいう。曹操曰く「南鄭之地、眞爲天獄」と。
129_蒋琬が「昔楚殺得臣而文公喜。今天下未定、而戮智謀之臣、豈不可惜乎」と馬謖をかばう。
133_蜀が陳倉を突くことを予言して、陳倉の防備を堅めよという司馬懿。臣已算定今番諸葛亮必效韓信暗度陳倉之計。臣舉一人往陳倉道口、築城守禦、萬無一失。此人身長九尺、猿臂善射、深有謀略。若諸葛亮入寇、此人足可當之。』叡大喜、問曰、『此何人也?』懿奏曰、『乃太原人、姓郝、名昭、字伯道、現爲雜霸將軍、鎭守河西。』

韓信の故事をさきに利用して、孔明が勝ち進む。


第97回より

160_郿県にいる魏軍。郭淮・孫礼・中護軍の費耀。162_費耀は、姜維から降伏の密書を受け取る。164_曹真をトリコにしようとした計略だったのに、費耀がひっかかるとは。残念!

第98回より

硫黄をはこぶ孫礼。孫禮曰、『某去祁山虛妝做運糧兵、車上盡裝乾柴茅草、以硫黃燄硝灌之、却敎人虛報隴西運糧到。若蜀人無糧、必然來搶。待入其中、放火燒車、外以伏兵應之、可勝矣。』眞喜曰、『此計大妙!』
孫礼とは、曹叡を大石山で虎から身を守ったひと。孔明に「燃えやすい草」と見抜かれる。

『反反三国志』では、この巻き添えを食らって、司馬師が爆殺……するのは早すぎるか。孫礼は第103回まで生きている大物だが、早めに死んでほしい。

173_孫礼が燃える。馬忠・張嶷に攻められ、呉班・呉懿が遮り、関興・張苞が先回り。王双をやぶる・勝ったのに撤退するという孔明に、不服を訴える楊儀。

184_魏軍は、蜀軍が雍県・郿県を取ると考えて備える。陰平・武都を奪おう。

第99回より

190_陰平は王平に破られ、武都は姜維に抜かれた。しかし城外に布陣する。左右に関興と張苞。「郭淮・孫礼、動くな」と。孫礼・郭淮を揉むとき、張苞は谷底に転げ落ちた。

郭・孫二人棄馬爬山而走。張苞望見、驟馬趕來。不期連人帶馬、跌入澗內。後軍急忙救起、頭已跌破。孔明令人送回成都養病。

198_王平・張翼が、張郃を撃ち取りにゆく。姜維と廖化に錦の袋を渡しておく。張郃によって、王平・張翼が危機となっても、救うな。つぎに呉班・呉懿・馬忠・張嶷を呼び寄せ、逃げろという。錦の袋には、張郃を救いにきた司馬懿の本陣を攻めろと書いてある。

第100回より

215_司馬懿と曹真のくだらん賭け。女装するよと。
222_陳式の敗戦と、魏延とのナスリつけ合い。
227_司馬懿は、戴陵・張虎・楽綝と、八卦の陣に対処させる。裸にされる。鄧艾と姜維の伏線となるため、見せ場をつくる。張虎・楽綝は、二世として勇敢に戦って死ぬ。セレモニーで終わらせない。
229_李厳から使わされた都尉の苟安が酒を飲み、兵糧の刻限を誤る。苟安には見せ場が欲しい。スカッとしたい。楊儀が命を助ける。
231_孔明の嘆息。「主上年幼、必有佞臣在側!吾正欲建功、何故取回?我如不回、是欺主矣。若奉命而退、日後再難得此機會也」
232_孫臏はカマドを減らして兵を増やし、孔明はカマドを増やして兵を減らす。楊儀を話し相手に、司馬懿と諸葛亮の知恵くらべを演出。楊儀曰、『昔孫臏擒龐涓、用添兵減竈之法。今丞相退兵、何故增竈?』孔明曰、『司馬懿善能用兵、知吾兵退、必然追趕。心中疑吾有伏兵、定於舊營內數竈。見每日增竈、兵又不知退與不退、則疑而不敢追。吾徐徐而退、自無損兵之患。』

第101回より

236_孔明を呼び戻したのは、苟安の流言。
237_百日を期限として、兵士を交替させる。231年、王平・張嶷が、陳倉に出て剣閣を過ぎ、散関をへて斜谷に向かっております。麦を刈り取らせるな。張翼・馬忠が、鹵城で麦をかりとる。
240_上邽に姜維を隠し、馬岱・魏延・関興をつかって、黒衣素足。縮地の術を見せびらかして、その隙に麦を刈り取る。

仲達が手塩にかけた屯田(鄧艾が潅漑)を刈り取ると、スカッとするな。


246_楊儀「勝負がいいところだから、100日の期限がきたが、戦い続けよう」、孔明「不可。吾用兵命將、以信爲本。旣有令在先、豈可失信」
250_剣閣の 木門にゆき、魏延と関興が張郃を撃つ。「吾今日圍獵、欲射一「馬」誤中一「獐」。  各人安心而去。上覆仲達。早晚必爲吾所擒矣」
255_李厳が兵糧を集めることができず、撤退。蒋琬が助命して、梓潼にうつす。3年は出師をやめる。

第102回より

夏侯淵の四子が登場。夏侯覇ら。郭淮・孫礼も出発。
265_魏延・馬岱は、渭水をわたって北原へ。呉班・呉懿は、浮き橋を焼く。王平・張嶷を先手、姜維・馬忠を中軍、廖化・張翼を後詰め。
269_にせの降伏者が、秦朗を斬ってくるという。
275_此名「上方谷」、又號「葫蘆谷」に到達。楊儀が、木牛・流馬を作らせる。仲達は、製品をまねるが、張翼・廖化に追い詰められる。廖化の長刀が木に食い込み、司馬懿は難を逃れる。

第103回

285_廖化獻上金盔、錄爲頭功
288_満寵と戦っても、マメを作らせる陸遜
291_葫蘆谷の地雷。魏延が、司馬師・司馬昭を焼き殺そうとする。魏兵奔逃無路。山上火箭射下、地雷一齊突出、草房內乾柴都着、刮刮雜雜、火勢沖天。司馬懿驚得手足無措、乃下馬抱二子大哭曰、『我父子三人皆死於此處矣!』

301_楊顒が孔明の過労を叱る。
306_寿命を12年のばす。

第104回より

311_連弩を考案したが、用いたことがない。

第107回-より

388_夏侯覇に上洛を促せば、郭淮が討伐に赴く。390_鍾会・鄧艾を警戒せよと夏侯覇が伏線を張る。

第109回で司馬昭の水源を断つが(420)、祈りによって湧き出す。馬謖との対比であり、司馬氏の天下の伏線となる。

本作では、司馬昭の最期はこれで。

424_郭淮を射殺す。448_第110回で雍州刺史の王経を背水でやぶるが、狄道を攻めあぐね、鄧艾に押し戻される。段谷にゆき、張嶷を失う。463

再構成しながら、『反反三国志』に取り込みたい。151010

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