雑感 > 呉が天下を取るイフも書きたい(孫堅・孫策の延命?)

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イフ設定を決めるための試行錯誤

呉のイフを書きたくなった

魏が天下を取るイフとしての『曹丕八十歳』。蜀が天下を取るイフとしての『反・反三国志』。呉が天下を取るイフとしての……(設定を募集中)。という三部作を2015年内に完成させたい。
呉が天下から遠ざかる分岐点としては、孫堅の死・孫策の死・周瑜の死。 しかし理由もなく呉に有利なイフを設定しても、おもしろくない。曹丕は彼の寿命に関する望気者の言葉。蜀は先行作品としての『反三国志』があった。呉はいかに…。袁術との絡みを書きたいので、孫堅か孫策にイフで活躍して欲しいが…。シミュレーションゲームでは、孫堅が洛陽に留まっていたなあ。

@shion_faust さんはいう。やはり、「孫策が生きていれば…」ですね。人を見る目は項羽より上だったと思います。

イフのドミノ倒しによって、孫策が生き残るという展開にしたいです(暗殺を回避とか、于吉を撃破とかじゃ設定が安易すぎて、その後の想像力が制約されます)。1枚目のドミノをいかに設定するか…。なんで(何が史実と食い違って)孫策は生き残るのか。

三国志を初読したときの【肩すかし】トップ3。①関羽と張飛が天下を取らずに死ぬ、②孔明が仲達に勝ち切れない、③孫堅の早すぎる死。とくに③は、曹操・劉備・孫堅という同世代のライバルの戦いを描くのが三国志だと先入観を持ち、呉帝がソンケンと聞きかじるから、孫堅と孫権は誤植の関係かと思う。
それなら……
『皇帝孫堅』みたいな題名で、孫堅が死なず、同世代の曹操・劉備とともに後漢末(二袁の間)を引っかき回し、無事に生き残って220年前後に(諡号でなく)皇帝になる話が読みたい&書きたい。孫堅が劉表を圧倒(死なず)、袁術が荊州を掌握、孫堅が(史実の袁術なみに)揚州に移動…から始まるストーリー!

北方三国志が踏襲したように、『三国演義』は劉備・曹操・孫堅を新世代の英雄として黄巾の乱で顔見世する。劉備・曹操は第1回、孫堅は第2回に登場。『三国演義』が物語としての装置・伏線をスポイルし、孫堅を第7回で早死させるのは、史実による強制。絶対に生き残ったほうが(少なくとも)物語としての完成度が上がる。よし、腕試し!……と150721の通勤の帰り道で考えた。


生き残った孫堅の地盤は豫州

@Rieg__Goh さんはいう。孫堅が天下取りに行く場合、多分呉なんて辺鄙なところには封ぜられないので呉の天下にはならない(真顔)
@Golden_hamster さんはいう。孫堅ピンピンしてたとすると予州とかが地盤になってくるかもしれないよね ぼくはいう。豫州のような守りにくそうな土地で、袁紹や曹操と袁術、史実どおり推移すれば呂布も加わった戦いの最前線に立つことになります。ピンピンしていても、どこかで持ち堪えられなくなるかもです。
@Golden_hamster さんはいう。史実の曹操とだいたい同じですね。
ぼくはいう。史実の曹操とだいたい同じなら、「運命の双子」となった曹操と孫堅がライバルとして、せまい個室で殴りあうという感じになりますね。ややフリーな劉備の立ち回りが変わってきたら、おもしろそうです。
@Golden_hamster さんはいう。袁紹をどうするかが彼らの最大の障壁になりそうですね。
ぼくはいう。曹操でも孫堅でも、袁術は南方に蹴り飛ばせば済みます。やはり袁紹ですね。史実の曹操は、献帝を得て袁紹と対抗しました。武帝紀に「汝南・頴川の黄巾の黄邵らが孫堅に従った」とあります。献帝をめぐり、豫州で曹操と孫堅が乱闘。目的は袁紹対策。とか…

@Golden_hamster さんはいう。私としては孫堅は陳王劉寵を押し立てて「弩を持って戦う皇帝」の庇護者のように振る舞うというのが見たいですね。
@Rieg__Goh さんはいう。劉寵本人は野心ありますし、孫堅との関係も悪くなさそうなので、利用価値ありますよね。

@Golden_hamster さんはいう。予州黄巾とその土地は曹操の地盤にならない可能性が大ですね。
@Rieg__Goh さんはいう。黄巾余賊の黄邵らは曹操に財産を狙われてレッテル貼りの上で滅ぼされただけと思っていましたが、劉寵が近くにいたことを考えると案外黄巾と無関係ではないかもしれませんね。そもそも孫堅に彼らが従ったのも劉寵のお陰かもですし。

@Golden_hamster さんはいう。劉備は紆余曲折あっても延々勢力を最低限保ちつつ生き延びそうですが、曹操はその場合の孫堅とは両立しがたそうですね。生き延びるとしたら袁紹あたりに降る形か。
ぼくはいう。袁紹に家族を預け、冀州の部将として活躍する曹操。しかし心の底から屈服したのではない。(史実の孫策が、袁術の下で耐えてから独立したと描かれるように)曹操は再起を誓っている……という市場を開拓したいですw

ぼくはいう。「豫州黄巾の百万」とか……。豫州は人口が多い地域だけに、あるかも知れません。黄巾の乱の主戦場ですから、青州以上に、うまくまとめたら精強な軍団ができそうです。

孫堅が豫州を得れば、曹操は兗州から出られません。曹操が袁紹と隣接して辛いのに、孫堅は(史実なみなら袁術と隣接して)ラクラクですね。孫堅の雄飛があるかも知れません。


@Rieg__Goh さんはいう。史実通りの事故死がどこかの段階で起きそうなのが不安ですなw
ぼくはいう。曹操・劉備だって、なんども事故死してそうなのに、生きていました。天命があれば、矢石のほうが避けるので大丈夫ですw
@Rieg__Goh さんはいう。天下を取る前提の物語だから、事故死しないんですなw説得力あるルート作りが必要になると。
ぼくはいう。曹操が曹昂というイケニエを差し出したように、孫堅は孫策というイケニエを差し出すのでしょう、どこかで。「たまたま死なない」はいかに描いてもズルくなるので、「死ぬほどピンチでも立ち直れる」にリアリティを持たせたいです。
@Rieg__Goh さんはいう。孫策ほどの息子を失うのは惜しいですが。
ぼくはいう。孫策には、少なくとも史実よりは長生きしてもらいます。それなら、諦めがつきます(?)

@baisetusai さんはいう。孫堅がかつての盟友、陶謙や公孫賛を糾合しつつ董卓と対決して天下を取る話。曹操?劉備?いえ、知らない群雄ですね…。袁紹とは違うのですか?

孫堅の強み=弱みを話の軸に

史実と違い、孫堅が生き残って、豫州を根拠地にしたら。
徐州の陶謙と同盟を組めたら、黄河の南の制圧は可能か。
さらに、
史実なみに孫策に将兵を与えて別働隊にしたら、揚州を純増させられる。劉表だか袁術だかから荊州を奪えれば、200年頃までに一気に袁紹と並ぶ最大勢力?障害はなんだろう。曹操の反抗?

@Sz73B さんはいう。その場合、孫堅は拡大するとして、曹操による徐州攻撃が起こりにくくなりそうだから、江南への名士の大量脱出も減りそう。陳宮と曹操の離反も時期がずれて予想がつかないですね。
ぼくはいう。孫策の快進撃・自立の背景には、張昭や張紘の力を借りたり、人口が流入した呉の地があったりした。孫堅・陶謙が徐州を守っちゃうと、長江より南が発達しない。確かに…。


董卓とマジで戦ったのが孫堅(のみ)。陶謙・朱儁と結べば、長安にも手が届きそう。史実で早く死にすぎるせいで、「早く死ぬ」以外の弱点が思い浮かばず、孫堅が無双すぎる。下手したら袁術より先に皇帝を称しそう。王叡を斬るみたいに強引なところがあるから。
孫堅が活躍して天下を取って欲しいが、周瑜・魯粛・呂蒙が活躍する話も読みたい(呉ファンの妄想はむしろこちら)。うーん。

生き残った孫堅は190年代に広範囲を支配するが、彼の強みゆえの弱み(←また考える)ゆえに、領土が分裂もしくは滅亡。故郷の富春から出直すことになり、劉備みたいに放浪。史実の孫策よりは有利ながらも、呉の地からほぼゼロのスタート。やりようによって盛り上がるかも。
孫堅・孫策の欠点は、既存の名族を迫害するところ(新興勢力に不可避な性質)。袁術の傘下の内はそれでも許された(孫堅はこうした袁術のオカゲの部分を過少に評価)。袁術から独立した途端に、反動が一気にくる。武力制圧した地域を、実質的に袁術に献上して故郷に撤退。とか
袁紹のオカゲの部分を正しく理解すら曹操は(史実なみに)献帝を得てから、袁紹より自立。自立した途端に勢力が自壊せずにすむ(献帝を得なければ、袁紹への対抗は中止・延期したはず)。本設定の孫堅とは好対照。ただし孫堅は反省を生かして再挙兵し、史実以上の呉を建国。

ここまで悩んだ上で、つぎのワクであらすじを立案。150722
さらにアイディアを聞けたので、コピーさせて頂きました。

作中の時間と、二部構成

@baisetusai さんはいう。孫堅が天下を取る話で、曹操は董卓配下の若手将校としてあっさり戦死のほうが筋道をつけやすい気がするんだが、読者としては対決を望むのではないか。あと劉備なんだけど、公孫賛配下の将校として孫呉と共同戦線を張って婿入りするパターンと、盧植配下として袁紹軍で活躍して倒される、の2パターンを思いついた。

公孫瓚の将校として呉と結び(孫堅のために援軍として来て)孫堅の娘?をもらうと。しかし劉備と孫堅は同世代なのに、婿入りってどうなんだろうw

@baisetusai さんはいう。劉備、曹操が史実のように群雄として台頭せず、孫堅を盟主としたグループが袁紹、劉表などを倒して、一応の平安を得るまでが第一部。孫堅、公孫賛、陶謙の三者が馬騰、劉璋、張魯などを交え、三国鼎立に向かうのが第二部。といった構想を思いついた。第一部を生き延びた劉備曹操は雌伏の時を終え、新たな群雄として孫呉に立ちはだかる、みたいな感じだろうか。

ぼくはいう。第二部を飽きずに書く(飽きずに読ませる)自信がないです。馬騰・劉璋・張魯ら遠隔地が残るのがネックですよね。例えば周瑜が別働隊になり、第一部のなかで従えてしまうとか…。孫堅軍が、涼州・長安周辺に進軍するときに伏線を張るのが重要ですね。彼らがホイホイ、周瑜に協力を申し出てしまっては、ガッカリする。「もしも孫堅が勝つなら、従ってもいい」という出会い(戦闘を含む)を、予めやっておくべきだ。
一度の決戦で、孫堅の勝利が確定してしまうほうが不自然。作品の都合を優先して、リアリティを失わないように気をつけねば。二部といわず、三部・四部と終わらなかったのが史実でしたし…

@baisetusai さんはいう。陶謙は群雄として見ると魅力に欠けるから、朱儁将軍はもちろん太史慈、二張、魯粛、といったメンツはもちろん、徐晃とか旧呂布配下の勇将、袁術の部下なんかを貪欲に吸収させて陣容を強化するといいかも。まあ派手にやられちゃう布石なんだけど。朱儁が長安近辺の軍閥に工作して、徐晃をはじめとした武将を取り込む、という点を説明してないから、ちょっとわかりにくかったな。

ぼくは思う。孫呉の見せ場は、北から来た大軍をはねかえすこと。二袁が融合して(史実では未遂だが、ガンダム三国伝で実現したやつ)南下してきたので、それを跳ね返して、天下の大勢を決する。ダラダラやらない。そのためにも決戦までに、諸勢力を史実よりも掃除しておく。とか?

むしろ二袁に、孫堅の抵抗の地盤(揚州の中南部)以外を、すべて支配させておけばいい。史実の曹操よりも、圧倒的な勢力。これで、話の複雑化・冗長化を防げる。

陳勝呉広の乱から、項羽の死まで7年。赤眉の乱から公孫述の平定まで15年。黄巾の乱から官渡まで16年、董卓による廃立から赤壁まで19年。無責任なことを言えば、赤壁で曹操が勝って終わるのが標準リードタイムだった。イフもの(架空戦記)も15年に収めたい。ただし2~3年では物足りない。

『破三国志』や『関雲長北伐戦記』は、数年しか扱ってない。歴史ものは、1世代をまるまるカバーしたい。つまり、既存の世代の引退があったり、青くさい若者が成長したり、新たな人材が成人して加わったり。ただし「新生児が成人する」までの時間は要らない。
紫電Pさんのご指摘にありましたが、『曹丕八十歳』は、後半生40年を書かないといけないという、設定=制約があったので、作中の時間が長くて辛かった。


あらすじの着手まで、まだ数日 悩んでます。つづく。

この数日後、「べつに天下統一しなくて良いんでは?」というのが、ぼくの作品の見通しになる。益州・涼州まで制圧したら、冗長になるし、べつに呉の架空戦記で描く必要がないことである。必然性がないことは、作者も読者もつらい。
それよりも、190年代をねっとり描くとか、袁氏の帝国をべっとり描くとか。

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呉の幸せとは何だろう(呉の意義の再検討)

呉の意義と、見せ所・読み所

蜀ファンがスカッとするイフ物語は方向性に迷わない(先行作品があるから;漢室復興・天下統一)、呉ファンがスカッとするイフ物語の方向性が分からない(伴野朗『呉三国志』がつまらん所為か)。呉ファン的には天下統一しなくても、北方の圧制者を退けてキャラ同士が仲良く暮らしました…で充分幸せ?

 ・ 呉の歴史的意義(呉が中国史に××な影響を与えた)
 ・ 物語的役割(呉の××な要素が三国志のお話を面白くした)
を定義しないと、呉のイフはあらすじすら書き始められない。こういう自分の限界に気づくことができるのが、イフを考えることの効能なので、全然いいのですが…それにしてもどうしよ。
『みんなの呉』『赤壁ストライブ』を読み返し中ですが、呉って「皆で仲良く暮らしたい」が、孫堅・孫策が早死にしたことで、孫権・周瑜・魯粛らが実年齢・実力以上のパフォーマンスを求められて苦労し、仲良く暮らせなくなる国という位置づけか。交通事故で一家の大黒柱を失った家族ドラマみたいな。
呉ファンがスカッとするのは、孫堅という父性(血縁だけでなく組織内の役割)が存在し続け、孫策・孫権・周瑜は年齢・実力に相応のパフォーマンスで充分;安穏と暮らせた…という話か。しかし話形として「少年が短期間で成熟する;成熟しないと滅亡」は少年漫画の典型。

たった何ヶ月後に試合があるとか、外から強敵がくるとか。しかし現状の能力では、対処できないから……、特別な訓練をしつつ、本番のなかでも絶えず成長をしながら、ギリギリ乗り越えるという。

これを捨てて(孫堅に頼れば万事がOKという、ぬるま湯の環境にして)、周瑜らを弛緩させてもおもしろいのか?とも思う。

周瑜ら「少年」の活躍の余地を残すなら。
もし孫堅が死なねば、袁術が天下統一(長江南岸から離れた開拓の前線は除く)。袁紹と合体し、西晋の司馬氏なみに同族を藩王=都督に(史実の袁紹から発展)/第一部。

袁氏の巨大な王朝は、突然、思いついたのです。詳細は下記。

用済みの孫堅は、韓信・彭越のように殺されかけ、故郷に逃亡して再起。周瑜が活躍して長江を遡上。袁氏の内紛をあおり逆転/第二部。

無双エンパで君主以外でプレイし、ボタン創作を間違えて独立すると、自分が活躍して築いた大帝国を、再攻略するというクソ作業に突入する(経験あり)。史実と同レベルのリアリティで想定しても、「走狗 煮らる」に抵抗して運命を切り開くならこうなる。ただし敵がすでに纏まってるから、勝てば一気に天下を得られる。


孫堅の健在で、呉将たちの負担は史実よりも軽い。しかし孫堅は寿春~攻略の攻略に手を取られるので、周瑜・魯粛らは史実なみに荊州・益州から回り込む。曹操でなく、皇帝の袁氏が華北を支配するので、合肥に堅城がなく、許昌は素通りできる。東方から洛陽の攻略もしやすいか。
袁氏が演じる「八王の乱」て楽しそう。

袁術らの甘めのプランが実現するイフを書けるのは魅力的。孫堅に倒される対象として肥え太らせるから、「袁術ファン乙」でもなく。袁氏のなかから八王を比定して、史実の袁紹の遺児の争いと、司馬氏の争いを混ぜて、ドロドロさせたい。

第二部の話はこうなる。
劉表は孫堅を殺すのに失敗して荊州南部に逼塞。そこに袁紹の元に居られなくなった劉備(史実なみ)が合流。本作で周瑜は、関羽と張飛を部将として使いこなし(呉ファンの夢?)益州に進む。曹操は華北「袁氏八王の乱」の主要な参謀として活躍し、宿主を食い破る機会を待つ。
初代皇帝の袁術が、袁紹に譲位(史実なみ)。袁紹は(期せずして内紛の種まきをして)数年後に崩御(史実なみ)。袁術と袁紹の遺児+その他の袁氏で、八王の乱をやる。 八王は誰がいいか。袁燿、袁譚・袁煕・袁尚は確定。袁術と袁紹の子以外もほしい(封建しとけば参加可能)

@osacchi_basstrb さんはいう。高幹をぜひ。あと袁氏の養女を娶った烏丸や匈奴も乱入させたいですね。八王の乱なので。袁煕は烏丸に下剋上されるとか。
ぼくはいう。異姓王をいきなり入れちゃいますか。史実の袁紹も、高幹に幷州を任せてるので、アリでしょうね。そして第一の功臣でも出自ゆえに王号をもらえない孫堅との対比になる。烏丸や匈奴でゴチャゴチャにするのは、司馬氏よりもありそうです。史実で絡みがあるので。

ぼくはいう。袁氏の八王は、きっと袁湯(袁紹と袁術の祖父)の子孫がつく。これなら袁紹が誰の子でも問題なし。袁隗の子あたりが、上世代の重鎮か。むじんさんのサイト参照

揚州の中南部(イフの孫堅の抵抗地域)を除くほぼ全土に、覇者の袁紹になったつもりで、封王=都督を配置してくのって、楽しい。有能な人材は、国相として割り振って。本作における裏の意味としては、孫堅の天下統一ゲームをデザインしてるのだけど。盛り上がるように敵キャラ=ハードルを並べてく。

伝国璽と易姓革命

@Mickey_Trunk さんはいう。演義寄りになりますが、玉璽の扱いが気になりますね。孫堅は(漢王朝に対する?)忠烈の志の篤い人物と評されているので、「玉璽を隠しているなら命を全うすることは無い」という演義での死亡フラグは孫堅のキャラを随分変えているのですよね。演義のように玉璽を見つけてしまった時、正史系の勤王家・孫堅がどのように玉璽と向き合うのか、気になるifかなと。そして、勤王家・孫堅の後に漢王朝から独立した孫権がifの中でどう振る舞うのかも。

ぼくはいう。孫堅の死からイフを分岐させます。後漢書の袁術伝に、孫堅の妻を脅して伝国璽を奪い…と書いてあるので(記憶が正しければ)、孫堅は何らかの理由で璽は持ってたという所から始めたいと思います。野心のためか、劉協に返すためか、想像で意義を変える余地はあります…。
現時点での見通しですが、帝位を称した袁術が、史実なみに天罰を食らったみたいに短期間で滅亡しなければ、易姓革命は普通のことと認知され、後世なみに王朝が変遷するはずです(史実の漢の粘りが異常)。孫権は、再統一後、あっさり呉帝になるでしょう。漢→仲→呉です。

袁術・孫権のところは、曹操・劉備のところと違って、易姓革命に対しては淡泊。そのあっさり感を描くのも、呉が主役の本の役割だと思います。曹操・劉備が絡むと(史実がそうであったせいで)漢の永続性・正統性から抜け出せない。サラッとフラットな話にならない。


ぼくは思う。この物語のトリガーを「孫堅が伝国璽を差し出す」から始めてもいいかも。伝国璽を、ひろってパクるのに気が咎めた孫堅は、袁紹or袁術に差し出して……二転三転して、劉表との戦いで死ぬのを免れて、本編に突入する。伝国璽は、袁氏がはじめから持ってることになるな。

しかし、袁術が初めから伝国璽を持っているだけでも、おもしろくない。もっと捻るべきである。分岐点としては、おもしろい。
この話は、淡泊な易姓革命がテーマなので、伝国璽に導かれて、ふつうに袁氏が皇帝になってしまい、アレレ?という、味気ない話にしたい。『曹丕八十歳』でも『反反三国志』でも、易姓革命の難しさをネチネチやるから。

以上が、150723 に考えたこと。つぎから、150724 に考えたこと。以下、ぼくのツイート&追記です。仕事シロヨ……

呉の意義の再検討

孫堅が生存して190年代を引っ掻き回す話は、読みたい&書きたい&書けそうなんですが。史実の孫権の代にどのようなイフを設定すれば、同様の興味が発動するのかまだ発見できていません。呉ファンの皆さん、教えてください。
そっと『ハイパー三国志 周瑜奔れ』を読む。←周瑜が死なない話。

赤壁までは、史実なみ。しかし荊州から劉備を追い出すことに成功したとき、ちょっとガッカリした。つぎに益州の張松・法正が、史実よりも思考がユルユルになって、周瑜を誘致する。いっぽうで劉備を誘致するのが、龐羲とか黄権。とりあえず最後まで読もう……。

孫権の代で面白いのは、赤壁から、周瑜が荊州に進んで死に、劉備との対立が明白になるまで(劉備が益州を得ても領土を返さず、湘水で境界線を引き直すところ)。以降は流動性が減り、「夢」要素が減る。単調な一進一退となる(ザツなまとめ)。ここを膨らませたら納得感が得られるのだろうか。

真三國無双4の呉のシナリオで、孫策でプレイしてると、「孫権が苦戦。早く助けに行かないとヤバい」というのがあり、なぜか印象に残ってる。孫策と、幼いけれどデビューしたての孫権が共闘する期間(役割分担ができてる)が、呉ファンにとって最も幸せな=見たい設定かも。周瑜らの役割も変わってきて。魯粛は孫権派で…とか。
ピークは、孫権の時代には、すでに去っている?


「史実だから」を禁句にして、孫氏の当主を3代も変遷させる物語中での意義を考える。
孫堅の存在価値は、子を遺して死ぬこと。ならば史実より万能に活躍させ、かつ史実よりも死の痛手を大きくすればキャラが立つ。孫策の存在価値は、孫堅との重複(弟を遺して死ぬこと)を除外すれば、孫権と性格や統治方針が違うこと。
孫堅が長生きして、死を際立たせるというイフ設定があれば、ドミノ倒し的に孫策が長生き。攻撃力の高さや既存勢力との対決がハデになる。史実では、「策ロス症候群」を克服する過程が呉の建国物語であるが、孫策が長生きしたら、孫策vs孫権の構図すら生まれかねない。孫権は慎重でも周囲が煽るかも。

設定案。袁紹帝国の南下と同時に死ぬ孫堅(お前は劉表か)。孫堅の死は史実以上に打撃。
孫策+周瑜が帝国を赤壁で追い返し、袁紹を死なす。自力で袁紹帝国を踏破しようとする孫策。帝国の派閥抗争や傭兵劉備を利用して、無理せずに勢力を広げる孫権。史実の呉臣が、孫策の部将と孫権の参謀に分裂。
外征の孫策・内政の孫権という性格の違う君主が並存することで、呉臣がいかに(史実と異なって)立ち回るかを描くことで、呉臣のキャラを史実以上に露出させる。という話なら、読みたい=書きたい。
華北は、田豊や沮授が健在で、曹操もプレイヤーとして袁紹の後継争いをやる。孫権は(たとえば淮南王の)袁燿に臣従することで、争いに参加。周瑜は馬超と結び、(たとえば秦王の)高幹を下剋上。とか…

呉にとってのハッピーエンド

孫呉のハッピーエンドの一案。華北が(曹魏のようにまとまらず)派閥争いで乱れまくった時、北から異民族が侵入。国境をしっかりと閉ざして、避難民は受け入れ。(史実の永嘉の乱みたいに)漢民族の大量の死者を出すことなく、史実の「六朝」の初代として数百年栄える。とか!?

蜀の架空戦記『反・反三国志』は、何が何でも天下統一する話。同時に作る呉の架空戦記は、統一を諦めるというパラダイムシフトの話とか。内容を変えないと、ふたつ書く意味がない。孫権は老害を露呈せず、史実の東晋なみの200年は呉が続く。体力を蓄えた漢民族は、胡族の北朝を破る見通しとか。


もしも孫堅が生き残ったらを、だよもんさん @dayomonsan にも考えて頂きましたが、華北の軍勢を退け、孫策が華北に切り込むあたりで終わりました。

すぐ下のワクに引用しています。

この事実(切り込んで終わり))自体がひとつの知見なのでしょう。歴史的には南朝=六朝の初代。物語的には天下統一を匂わせることが勢力の魅力ではない。

これでいいのか? ダメだと思う時点で、かなり先入観に占領されている。


甘寧あたりに益州を案内させて、南半分(東晋が成蜀を滅ぼした後の領土)を得たら、南方開発・文化発展につとめ、後漢末に損なわれた漢民族の人口や体力を取り戻し、北方異民族の暴威をかわす。隋唐が統一するころに(史実と違って)漢民族の統一王朝をつくる。呉のハッピーエンドはこっち。
史実の東晋末まで呉がもてば、200年(前呉)。史実の南朝陳の末までもてば、400年(後呉)。呉は、漢王朝と同じだけの命脈を保ち、末永く南方を統治しました。孫氏は神聖な血筋になりました。おわり!みたいな。
前後呉のウソ系図をつくって、五胡十六国と渡りあわせ…

改めて募集してます

【募集】三国の呉に「もしも」が許されるなら、理想のハッピーエンドはどんなですか。孫堅・孫策・孫権の時代あたりの史実・物語を元ネタにお願いします。呉ファンの方だけでなく、「これなら呉ファンが喜ぶだろう」という想定でも構いません。タグ #呉の幸せ を付けて頂けると助かります。

ここまでのぼくの案。
孫堅が死なずに袁術を擁護。袁氏の建国を助けるが、功臣ゆえに駆逐される。袁氏の帝国は、骨肉の争いで分裂し、異民族が侵入。南方で再起した孫氏は、東晋なみの領土を得てから防御を固め、漢民族を温存。六朝ならぬ一朝を保ち、四百年後に異民族の北朝を併合。 #呉の幸せ
劉宋は、後漢でいう揚州+荊州に、益州を加え(東晋が征服)、劉裕が北伐して徐州・青州を領有。華北で異民族が混沌とするイフ世界で、呉が幸せになる(拡大&均衡)には、孫策が劉裕みたく徐州を得て、周瑜が益州を得て、劉宋なみに。


@Stella_NF さんはいう。孫堅・孫策長生きネタもありますが、「孫権がそんなに長生きせずに孫登が2代皇帝に」になると二宮事件起きて禍根を残すことにならなかっただろうなあ。 #呉の幸せ
ぼくはいう。呉の幸せは、孫堅・孫策の生存より、二宮の防止か…。孫権の早死のほうが優勢なら、こちらも本気で考えてみたい。
@rerasiu さんはいう。二宮の防止というより孫権の老耄の最たるものが二宮というだけでその他も害悪なので、孫権がさっさと死ぬのが良いという感じある。

ぼくはいう。孫権は何年に死ぬのがベストだったか。そしてその影響は? とか、おもしろそうな問い。

@h_inuwashi さんはいう。そもそも孫権が先に死んでも、孫登が長生きしないとだな…#呉の幸せ #というか諸葛恪の幸せ


想定しうる孫呉の最大版図

@GiShinNanBoku さんはいう。呉は君主が「家族」である点が特色の一つと思います。もちろん他の国も同じですが、様々なメディア・作品で父子・兄弟いずれも取り上げられるのは呉が最も多いでしょう。その家族が協力して事に当たる、孫堅・孫策・孫権の共闘が呉ファンとしては見てみたいですね。
@GiShinNanBoku さんはいう。呉の架空戦記なら、孫堅の関西討伐・洛陽回復・襄陽侵攻、孫策の江東平定・江夏攻撃・許昌奇襲、周瑜の赤壁戦役・益州攻略、孫権の南方進出・遼東政策・対魏戦略などを組み合わせれば、河北以外の統一戦が描けそうです。
東晋や南朝と混ぜるのも良いですね。魏晋南北ブログの血が騒ぎます(?)ちなみに六朝最大版図は東晋末の劉裕(宋武帝)の後秦平定直後ですね。西晋の基準でいえば秦・涼・并・冀・幽・平6州を残すのみです。

ぼくは思う。孫堅・孫策・孫権が共闘して、彼らの史実における拡大路線を、足し算すれば、東晋末の劉裕に迫ることができる。孫策が劉裕となり、関中を平定する。しかし(劉裕のように)領土を保つには至らずに、関中からは撤兵する。ただし、青州・徐州あたりは失わずに保つと。
中原を西進した孫策と、益州から北上した周瑜が、関中でタッチする。しかし体力が尽きて(他勢力の攻勢を防ぐには至らずに)撤退する。以後、呉は六朝の端緒となる、というエンディングは、ありかも知れません。150725

関係ないですが、気になったツイートより。
@kakashiasa さんはいう。リアリティという概念はもうちょっと正確に言語化する努力が必要じゃないかと思うんですよね。現実と真実と史実に違いがあるように。リアリティという言葉が曖昧なせいで議論が宙に浮くのを見てると歯痒いものがあります。言ってるほうも何を指摘してるのかよく判ってないことがある。


追記:呉の魅力について_151209

@kec_y さんはいう。呉の民に呉のどこが良いの!?って聞いて回りたい程度には呉の良さが説明できない。良いのか…?呉って何が魅力なんだ…?でもやめられないから依存性は高いぞ…?
ぼくはいう。呉の良さ、教えてください!
‏@sweets_street さんはいう。呉の魅力 1.主君を筆頭にあらゆる種類の変人・狂人が勢揃い 2.内部抗争のぐだぐださ 3.顧雍以降の政権担当者の迷走ぶり 4.血の気が多すぎる軍人連中 5.正規戦(対魏戦線)と非正規戦(対山越戦線・交州戦線)の両方を楽しめる。
@sweets_street さんはいう。山口組分裂のニュースを楽しんでる人なんかには、呉の魅力がわかるんじゃないですかね。魏と蜀を総合誌とすると、呉は実話誌のノリなんですよ。呉の重臣連中がフリーダムな背景の一つとしては、魏や蜀と違って私兵が国軍の主力だったから、そして私兵を養うための財源も重臣自身で捻出するからってのが大きいですね。
@sweets_street さんはいう。董卓の乱のあたりから、有力者が国軍を私物化したり、自腹で兵を集めたりして、私兵が主力になる時代が始まります。兵隊(子分)は将軍(親分)に直属するもので、群雄は将軍の頭越しに兵隊に命令できない。兵戸制を導入するなどして私兵は国軍化されていくんですけど、呉ではそれができませんでした。
@Jiraygyo さんはいう。交州との交易や略奪はそれはそれは儲かったらしいですしねえ。
@sweets_street さんはいう。政情不安、異常気候などの理由からじっくり農作業しても儲からない時代なんですよ。略奪や商業(塩鉄専売、国境交易)に依存しがちになりますね。
@sweets_street さんはいう。賀氏の軍団は賀斉死後はぱっとしないんで、意外と基盤は弱かったかもなんて思ってます。同じ派手好み仲間の呂氏の軍団が二代目呂拠の時代でも主力部隊だったのとは対照的です RT @Jiraygyo 賀斉とか個人資産は孫権よりあったかもしれませんねえ。
賀斉軍団は軍装の派手っぷりが詳しく描写された数少ない軍団ですからね。こういう軍人がいるのも呉の特異性です RT @Jiraygyo なるほど、とにかく賀斉伝の描写が鮮やかなんですよねえ。

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だよもんさん(‏@dayomonsan)のストーリー

だよもんさん@ねむい (@dayomonsan)さんより。
ぼくのツイートをご覧いただき、ストーリーを組み立てていただきました。とても参考になるので、引用をさせて頂きます。

このワクのなかに限り、地の文は、だよもんさんのツイートです。ぼくのコメントは、ワクのなかに入れます。


孫堅が袁術の配下として

佐藤ひろお @Hiro_Satoh さんの呉主役三国志ネタを拝見しつつ、設定を踏襲しながら個人的な展開を考えてみる。
まず孫堅が袁術配下として帝業を支えるところは踏襲、この間に袁紹との確執を入れておきたいかな? あと揚州を基盤とするなら地元民に「項羽の再来」的な事は言わせておきたい。
袁紹が河北を、袁術が中原を制し黄河を挟んだ辺りで対峙、元々の仲の悪さからすんなり合流とも思えないので一戦交えた後に併合するイメージかな、この際後継についてなんらかの密約的なもの(袁燿成長まで後見人を任せるとか?)を出して後の伏線に。最初の孫堅離脱フラグ。

袁術が帝位に着く、第二の孫堅離脱フラグ
ただし史実と違い禅譲と言う手段を使えるので史実ほど抵抗は少ないか、孫堅も功労者として報いられれば積極的に離反する理由にもなり辛いんじゃないかな。袁紹との一戦で孫策デビュー、まだ大将ではなく一将としての器に留めるが将来性は見せておく。
小さな反乱を討伐して孫策等次世代の武将の経験値を稼ぎつつも天下平定ムードを匂わせてから数年後、袁術が病死、まだ幼い袁燿に代わって袁紹が即位。先の密約を使って袁紹派による暗殺を匂わせる。これは袁紹指導だろうとその下の(仲の悪い)軍師間での手柄争いだろうとどちらでも、案外曹操かも?w

ぼくはいう。袁燿を保留して袁紹が即位というのは、司馬師と司馬昭、司馬炎と司馬攸の話も使えそうで、火薬庫としては最高のネタですね。ぼくは袁術から袁紹への譲位を簡単に考えすぎ、火薬庫を死蔵するところでした。


孫堅が荊州方面に離脱

事が露見すればもともと袁紹と確執のある(前述設定)孫堅としては次の粛清対象にもなりかねないので、拠点に戻って反旗を翻すしか。この場合劉家の人間を大義名分として担ぐ?
孫堅自ら袁術の弔いを名目に北上、本来なら徐州方面になるかな。個人的には荊州方面に行かせたいですが。

ぼくはいう。「呉」の国名が欲しいばかりに、帰郷させようとしてましたが、再起を図るなら荊州ですね。史実と同じ死に場所であり、すぐに赤壁イベントが発動可能というのが魅力です。それでも国名にこだわって帰郷させるなら、強い理由付けがいる!というのが分かりました。


で、周回遅れの史実イベント
序盤連勝し快進撃の後、史実並みに事故死、この間に孫策の成長をさせておく事で史実並みの分裂ではなく拠点へ引き戻り反抗を続けることに。孫権はこの辺りから一家の危機に兄を助けるためと参加、まだ初陣前でもあり父の事故死直後なので戦場には出さず内政担当に。
孫堅が袁術の元で功臣として地位を得ているので史実に比べ地盤はしっかりいるが、このタイミングでの世代交代で離反する者も出る。旧袁術配下から孫堅に協力していた者が、この時点で袁紹に帰順する者と孫策に協力する者に別れる。一気に決着に来る袁紹勢相手に、孫策・周瑜で赤壁発動。

赤壁をやらないと、呉は語れませんね。
ぼくはいう。自軍のなかに裏切り者がたくさんいるという状況の赤壁イベントは、史実よりもスリリングになり得ますね。史実では裏切りなし(黄蓋はウソ)でしたが、この流れならリアルに孫策より袁紹を選んで離反が起きそうです。

この辺りはちょっと甘い見積もりかもですが長征による厭戦気分、曹操のときと同じ南船北馬、旧袁術配下への配慮不足による諸将の動揺、曹操のときと違い孫堅の敵討ちムードによる抗戦一本化、辺りがプラス材料に。結果袁紹を撃退するも押し返すだけの余力はなくしばらくは停滞状況に。

孫策の外征・孫権の内政

最初数年は人材確保、国力増強へと努めながらも牽制としての北進、ここで凌操や周泰のような将を発掘出来れば。内政系の人材は必然内政担当の孫権と縁が出来る(将来的なフラグ?)。張紘は揚州人なのでここで縁を繋いでおく(但し出仕はまだ)。張紘経由で揚州の名士と孫権に縁付けを。
袁紹側は孫堅離反の後始末と内部の引き締め、袁紹勢の揉め事に目を付けた北方(烏丸・鮮卑や公孫度等)の対策に追われる。基本的に袁紹の軍師達は足を引っ張り合う傾向にあるので曹操的には雌伏しつつ機会を伺っているかな? 勢力を拡大も縮小もさせずに隙を伺っていて欲しいかもw

ぼくはいう。曹操は袁紹軍の功臣のひとりで、策謀も戦闘もできますから、彼を中心に史実よりも足の引っ張りあいが起きるでしょう。曹操が袁譚と袁尚のどちらにつくのか。主従じゃなくて同僚の関係の荀彧と、内紛を収めるために働くでしょう。その後、宿主を食い破るにしてもです。


やがて孫策が本格的に北進、穏健派はまだ時期尚早と言うが、孫堅の敵討ちの名目には抑えきれず。孫権は穏健派の神輿扱いされるかも?孫堅の戦死があるので兄弟揃っての出陣は避けられて留守を預かることに。個別の戦闘描写をどう見せるか、展開としては孫策に快進撃してもらわないと、周瑜対曹操は見たい。

ぼくはいう。孫堅の仇討ちは動機として、各方面の支持を得られなさそうなので、領土獲得の戦略的ニーズ(史実の黄祖攻めもこれ?)か、袁氏の派閥抗争への参戦or場外からの撹乱(史実で曹操が袁譚と結んだように)が、北伐の動機でしょうね。漢の天子は動機になりにくそうです。
ぼくはいう。周瑜と曹操は、史実のような「国」同士の争いでなく、袁氏の内部混乱を借りた、代理戦争として行われそう…。でもそれだとスケールダウンなので、なにか盛り上がるように設定を考えたいです。

袁紹側としてはどの程度史実武将を取り込めているか、曹操系の将軍がどの程度袁紹直属になってるか。張郃は多分思う様には活躍できず不満を抱く、孫策が取り込めるか曹操に利用されるか? 強引な北進に地元の負担は大きく不満が募る、孫権を中心に内官が対応、庶民の間では孫権の名声が上がり危険視も。

ぼくはいう。孫権は、周瑜・孫策の子孫に対して、あまり厚遇しないので、火種はありますね。ぼくは、兄弟のキャラの違いを担当業務の違いぐらいに捉えていましたが…実質的な締め出しや粛清も…。でもそれだと、呉ファンがスカッとしないのでダメですねー。


そういえば二橋と知り合ってなかった、北進前の雌伏期間にロマンス要素としてアリですねw
北進中に地元での孫権人気を御注進する者が、「しっかり仕事をしている証拠」と取り合わないものの心の隅に残る(兄弟確執フラグ)。中原に迫るも国力の限界や曹操の活躍などもありそれ以上押し込めず。

父の仇討ちの名目上和睦は出来ないが、曹操・周瑜間の調整で停戦に。但し史実の三国時代のような漢朝の仲裁が無い(出来ない)ので不安定な停戦。前線を周瑜に任せ一旦帰国、地元での孫権の(史実後半ではありえないようなw)名声に嫉妬心のような感情を抱く。幼い我が子を前にすれば将来の不安も。

だよもんさんはいう。周瑜対曹操は後の孔明対仲達のイメージ少し入ってましたw 孫堅の仇討ちは説得力と言うより、孫策が諫言を聞かないという意味で抑えきれないかなと。人材的にはやはり揚州人の影響力が(特に孫権にとって)大きいと思いますので国名は呉でも問題ないんじゃないかな?と思います。


孫策の態度から不安を感じた孫権が張紘に相談、恵帝のエピソードに倣い張紘・張昭を招き揚州の名士、陸氏や朱氏などを伴って孫策を迎える。基盤である揚州人の支持を得ている様子に子と国の将来を託す覚悟を決め、自らは父の仇討ちのみに専念することに。 結果として袁紹を討ち果たすも……
孫策の物語としてなら重傷を負いながら袁王朝の最期を見届け、後を弟に託して息を引き取るのもらしい幕切れかなと思います。呉王朝までいくならその残党として河北に篭もる曹操と中原を制した兄に後を託された孫権の最終決戦、でしょうか。

劉備の取り扱い

あ、劉備の出番が無いw
戦略・政略としては益州は重要で、その関係上西涼方面も大事ではあるのですが、孫堅・孫策中心で話を考えるとどうしてもイメージに絡んでこないんですよね。この辺りは劉焉・劉璋親子の扱いや育ってきた将の見せ場になるかも。太史慈・甘寧といった呉スキー好みの将をこっち方面で活躍させるべきかな。
劉備はねぇ、当事根無し草でどこ所属と言い難いので、うーん。やっぱり袁紹に属しているのでしょうが、あんがい史実並みに徐州を譲られて孫堅相手に一戦しているかもですね。その後どう動くか、負けて袁紹の元に返れず劉璋(史実の劉表の代わり)の元へと落ち延びているかも?
で、孫堅(孫策?)が益州へと兵を進める際に、劉璋では頼りない派に担がれて、なんだかんだで史実より早く蜀の主になってたりすると美味しいですw

まあ、大雑把に願望メインで、あまり細かい史実確認もせずにつらつら書き散じてみましたが、そんな感じです なお史実どおり?に孫権が老害化するようならこの後ひと悶着起こりそうですね。その場合孫家版八王の乱を引き起こすなら孫翊がキーになるんじゃないかと思いますw あと孫静さんの息子達 。

だよもんさんはいう。孫策はともかく周瑜の子供は寿命と自業自得な気もしますw なにはともあれ、思考作業の一端でも担えたとすれば光栄です。完成を楽しみにしていますね


……ありがとうございました。この連続ツイートに支えられて、やっと下のワクで「とりあえずの案」を書き始められそうです。150724

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呉の架空戦記;あらすじ案 【new】

ニーズ(こうだったら楽しいのになあ……という妄想)を満たすために、3段階に分けて、孫堅のストーリーを考えてます。
ご意見・アドバイスをお願いします!

上:袁術の最大勢力化をたすける孫堅

前半は、袁術と孫堅が、相互利用して、かつ腹中で警戒しあう。兵糧をケチられながら、董卓軍を破って、洛陽に入城した孫堅。
呉将 「洛陽は大義を残しておりましたぞ!」

史実との分岐点は、伝国璽の有無。孫堅は、伝国璽を見つける。『演義』なら、袁紹に「なにも見つけてないよ」とウソをついて陣を払う。本作は史実準拠なので、袁術に提出を求められる。孫堅は、『演義』みたいに盗んでシカトしようと思ったが、
「いや待て。オレの素志は、漢室の護持ではないか」
と思い直して、漢の名臣(?)である袁術に、素直に差し出す。
孫堅 「董卓を撃ち、劉辯さまを救ったら、返却なさいませ。オレは戦場に身を置くもの。いつ戦死するか分からないので(←よく弁えている)、後方で動かない(臆病者でもある)袁術サマが預かっていてください」
袁術 「劉辯の首から印璽を剥がして、劉協に与えたのは、他ならぬ私の叔父(袁隗)なんだけどな。それに劉辯は、早晩 殺されるという話がある。すでに死んだのかも。彼はもう伝国璽を使えまい」
孫堅 「では劉協さまに……?」
袁術 「董卓が担いだ皇帝を、私たちは認める必要があるのだろうか」
孫堅 「?? では誰に返したらよいのでしょう。劉辯さまは若いから、太子が居たという話を聞かないが……(袁術サマなら高官にも人脈があり、皇室の血縁者・帝位の候補者について知っているに違いない)」
袁術 「ふふふ、はっはっは(オレが使ってやるのだよ!)」
孫堅 「(不気味な笑いだ。悪寒がする。伝国璽による病か)」

『演義』第6回より。孫堅 来りて袁紹に辞して曰く、「堅 小疾を抱く。長沙に帰らんと欲し、特来して公に別る」と。紹 笑ひて曰く、「吾 知る、汝が疾を。乃ち伝国璽に害せらるのみ」と。……仮病を見抜かれた。
孫堅の体調不良の意味を、読み変えよう。


さて、伝国璽を手放した孫堅は、史実から分岐。
『演義』なみに劉表に怪しまれたとき、孫堅 天を指し、盟を為して曰く、
「吾 若し果して玉璽を得て、将て汝に与へざれば、吾をして善き終死を刀箭の下に得ることなからしめよ」と。
玉璽をきちんと「与へ」たので、孫堅は死なない。
史実と異なって孫堅が死ななければ、袁術は孫堅を使って、劉表を荊州南部に押しこむことができる。孫堅は、長沙太守としての影響力を使って、荊州を制圧。
すなわち袁術に荊州を献上。

孫堅は、袁術のことを旧勢力だと思っており、心から信頼していない。袁術も、孫堅を扱いづらい猛将だと思っており、兵糧をケチったりする。しかし、袁氏の名望(とくに董卓に袁隗を斬られてから、袁術に集中)と、孫堅の将才(ひとたび死を切り抜けたら、当面は無双)をテコに、袁術の領土は広がる。

190年代の曹操・呂布・劉備らがひっかきまわす、黄河の南にある兗州・豫州・徐州あたりの勢力図が、どのように改変されるかが見物。曹操が徐州の虐殺をやらない(もしくは遅れる)ために、徐州の人士が史実とどのように異なる動きをするかも、シミュレーションのしどころ。
もちろん、三国志の第1.5~2.0世代にあたる、周瑜・孔明・魯粛・呂蒙も出てきます。孫堅の活躍する地域に散りばめる。周瑜は揚州の視点、呂蒙は豫州の視点、孔明と魯粛は徐州の視点。彼らは、物語の後半で主役になっていく。

孫堅は、交通の要衝である豫州の牧として、八面六臂。この時期に起きた、全ての戦いに関与して、史実を変えていく勢い。

袁術は、河北の袁紹(やがて公孫瓚・公孫康を吸収)、益州の劉焉・張魯を除いて、涼州の漢水・馬超を除いて、全土を手に入れる。孫堅のおかげ。

時間がないから「点と線」で制圧するだけ。いつでも、史実の補正力が働いて、もとの勢力が盛り返してくる可能性は残す。

孫堅は、陶謙・朱儁との人脈を生かして、長安~徐州までを勢力圏に。公孫瓚と遠交近攻の同盟を結んで、ときどき発動させる。袁紹に対して、袁術は有利に推移する。孫堅がイフで生き残ったおかげ。
荊州から漢中に攻め上って、漢中の張魯を解体。劉焉の死を契機に、益州に刺史を派遣して、実質的な支配をしてしまうほど。袁氏の領土は、全土をおおう。全面戦争をやらなくても、名声で脅して、門生故吏を派遣していく、、という形式。

唯一、支配が及ばないのが長安である。李傕・郭汜が支配しており、袁術・孫堅に官職を配るから、誰にも手が出せない状態。彼らが内紛したとき、孫堅が介入しようとすれば、再び団結する。団結した董卓の残党を攻めようとすれば、献帝を前に出してくる。さすがに逆賊になるのは困るから、孫堅は兵をひく。

長安の周囲に出没する、劉焉・馬騰あたりの勢力と、孫堅は交渉をもつ。李傕・郭汜から、献帝を奪うために共闘したり。……話をきれいに畳むための伏線です。孫堅が優勢になったとき、彼らがすんなり協調してくれたら、戦いが長期化しなくて済む。
たとえば史実で、周瑜が「天下二分」と称して、益州・涼州のほうに回りこんで、曹操と対抗しようとした。同じように、本作でも周瑜がこちらを回れば、同盟を組んで華北の勢力と戦うことができる。

涼州・益州への目配りが大事。

孫堅は、涼州で反乱を鎮圧したこともある。馬騰との関わりを強く結んでおく、というのは不自然ではない。


李傕が、なかなか献帝を手放さない。さまざまな駆け引きをしているうちに、史実どおり、195年秋に献帝が長安を脱出。

袁術の根拠地は、きっと洛陽だな。華々しい! 献帝は、李傕・郭汜らのつぶし合いに飽き飽きして(史実なみ)巨大かつ権力集中型の袁術を頼ろうとする。

袁術は、献帝を迎える準備をする。
その矢先、
李傕・郭汜が追撃を仕掛け、献帝が曹陽で死んだという誤報が流れる。

孫堅が関与することで、李傕・郭汜が、史実よりも焦って、かなり強引な追撃をかけるのもリアリティあり。長安を脱出した宮臣たちは、無惨に殺される。これなら献帝が死んでいても、やむを得ないよな……という状況をつくる。孫堅の関与によって、歴史が変わるのは趣旨に合致するので可。

史実よりも(孫堅のおかげで領土を拡張した)袁術は、史実よりも自信満々に称帝を検討する。 孫堅は(史実の孫策とは違う理由で)反発する。
たとえば……、
孫堅 「長安の天子は、董卓が立てたもの。いつの日か、陳王の劉寵さまを天子に立てるため、長安との駆け引きをしてきたのではありませんか。本人にも伝えてあって、すっかりその気だし(という話を作っておく)」
袁術 「約束したよ。しかし劉寵は、劉協の当て馬として、想定したものだ。劉協が死んでしまえば(←誤報だけど史実でも一時的に信じた/ふりをした)、劉寵を使う理由がない。漢の天命は終わってるし。ふるき時代の権威が、使いものにならないことは、孫堅が一番、知っているだろう」
孫堅 「そうだけど……」
袁術 「ならいいじゃん。仲王朝の大将軍にしてやるよ(お前が持ってきた伝国璽があるから、余裕で称帝できるわ)」

中:袁氏から離脱して、呉を根拠地にする

せっかく文句のつかない皇帝になったのに(范書なみに197年春)、荒淫をする。ショックを受けるべき敗戦もないのに、孫策からの離縁状もないのに、健康を損ねる袁術サマ。晩年の心配ごとは、太子の袁燿が若いこと。
199年、公孫瓚を破って、河北の支配を完成させた袁紹に申し入れる。
袁術 「河北の平定、おめでとう(たった4州の征圧に、えらく時間がかかった。これだからメカケの子は無能なんだ)。劉氏から袁氏に天命が移ったことは確実だよね。私は中原を得たから、皇帝になった。しかし天下には(後漢が元から抱えていた)不服従の勢力・異民族がいる。太子の袁燿は、まだ15歳になっておらず(適当な設定)帝位は荷が重い。そこで袁紹は、太子が成人するまで、天子の業務を代行してくれないか」
袁紹 「2代皇帝になっていいの?」
袁術 「いまは袁氏が内部で争っている時期ではないから。臣下のなかにも、油断ならぬヤツがいる(孫堅とか、功績が大きくて人望があるから危険)。できるだけ袁氏に権限を与えて、新王朝を安定させないと」
袁紹 「前漢の初め、皇族は藩王となり、大きな権限があった。今日の州牧・刺史の権限を拡大して『都督』制度をつくり、これを皇族に委ねるとか……?(うちの臣下にも、油断ならぬ曹操とかがいる。袁氏に権限を与えるのは良いこと)」
袁術 「イイネ!!」&崩御

袁紹は、かわいがっている袁尚をともない、洛陽に入って即位をした。鄴県は、長子の袁譚を置いてきた。史実なみなら、鄴県が袁紹の本拠地だから、袁譚が喜ぶところ。しかし、華々しい本拠地は洛陽なので、袁譚は落胆する。
袁譚 「……リスカシヨ」

皇帝として振る舞う袁紹。
袁燿 「なんか袁尚を太子なみの待遇にしている。ボクの立場は? 約束が違うような気がする。Jyosyoo! 知恵袋に聞いてみよう」

劉表の子・劉琦が、孔明に身の振り方を相談したのを踏まえる。

張昭 「重耳を知ってますか?」
袁燿 「ミヤギタニで読んだ」
張昭 「ならば話が早い。寿春にでも出鎮したいと、陛下(袁紹)に願い出なさい。回り回って、あなたが亡父(袁術)の位を嗣ぐことができるでしょう」
袁燿 「ベストアンサー。しかしぼくは、孫堅と縁を持ち、後に利用されるだけ利用されて、若死にするフラグが立ったわけですね」
張昭 「どこかの孔明と同じにしないで下さい」
袁燿 「時代の前後関係が、逆転してるから、ほどほどに」

このように、袁術から袁紹に皇帝が移り、もといた人々の立場が変わってくる。袁紹の継位を祝福できない孫堅。
孫堅 「うーん。走狗は煮らると相場が決まっている。いま袁紹が、身内で朝廷を固めたら、わが身は滅亡だぞ。麹義・文醜・顔良あたりが位を上げている。自前の人脈を築いて、自立に適した土地を見つけてから、落ち延びるべきだな」
こうして孫堅は、陳王の劉寵とともに、袁紹帝国から離脱する計画を練る。ちょうど孫堅の罪を問う使者がやってくる。
孫堅 「やばい。韓信・彭越コースだ。洛陽に出て、申し開きをしたところで、助からないぞ」
劉寵 「易姓革命のために、王号を失った。しかし陳国には、慕ってくれる民や兵がいる。一緒に逃げないか。というか独立して、漢王朝を復興しよう!」
孫堅 「漢の復興をしたいのは、やまやまだけど……、陳国は四方から攻められるから、防御に適さない。寿春には、うちの張昭が恩を施した袁燿がいる。彼を頼るのはどうか」
劉寵 「寿春なら、陳国にも近い。うまくいけば、袁紹と袁燿が決裂して、われらは再び主流となれるだろう」←野心家で弩の名手

袁紹帝国の大将軍の官位を捨てて、寿春で低い地位を得る。
袁氏を最大勢力にしてあげたのは孫堅だけど、功績だけを置き忘れてきたような格好。袁氏のネットワーク・人物評価体系が、孫堅に功績の持ち出しを許してくれなかった。
孫堅 「袁術はどうせ僭称だから、そのうち滅ぶさ」
劉寵 「違いねえ、違いねえ」
しかし、いちど大きくなった袁紹帝国は、配下に人材を抱えこみ、わりと強い。領土の大きさが、帝国の裏づけになっている。「天下の三分の二」というのを、きっちり達成している。袁燿・孫堅は、鬱屈した日々。

◆袁紹が献帝を殺す
献帝はどこにいったか。袁術が禅譲という体裁を取ろうとしたが、交渉が決裂したので、軟禁されていた。袁紹は献帝を殺した。配下の曹操が抵抗したが、「献帝がいたら担ぐ勢力が出てくる」「董卓が立てた天子は無効」という、やや矛盾した理由で、殺害を決行。曹操が刑を任され、首をタコ殴りにして報告。
袁紹 「さすが曹操は、酷っ吏さんだな。献帝を殺したか」
曹操 「はい」
袁紹 「なぜ首をタコ殴りにした?」
曹操 「む・く・い」
袁紹 「酷っ吏さん、酷っ吏さん、お帰り下さい」

曹操が献帝をかくまっているのか、いないのか。有効活用をするのか、しないのか。まだ話が見えてきません。


これより前、まだ袁術の存命中、曹操はこんな会話をしてる。
曹操 「にっくき袁術が、称帝した。彼に対抗するには、献帝を持っておくのが有利なんじゃないの?」
袁紹 「私がなりたいのは天子。袁術をいかに帝位から降ろすか、もしくは私も独自に称帝するか、を考えることがあっても、献帝との関わりを作るのは御免だよ」
曹操 「劉虞を立てようとしたじゃん」
袁紹 「あれは献帝に対する当て馬だ。献帝が長安から出て(しかも曹操の手元にあって)無効化したなら、当て馬を準備する必要がない」

袁術が陳王の劉寵を準備したときと、鏡で映したように同じことをいう。

曹操 「しかし……」
袁紹 「漢の天子を立てることで、権力を握る。これは董卓のやったことである。しかし、廃立の汚名をかぶるし、廃帝を殺さないと示しが付かないし、漢の廷臣が蠢動するし、天子が成長して意思を持ったら厄介だし……、いいことは一度もなかったぞ。光武帝が孺子嬰を殺したことを見習い、後漢の天子を無視して、私が天子になる道をめざす」
曹操 「簒奪じゃん」
袁紹 「古今、禅譲で成功した試しはない」

袁氏が活躍する本作は、易姓革命をしやすい環境。史実の後漢末が、異常なのだ。曹操が己の勢力を得るために献帝を担いだり、劉備が漢の継承を唱えたり。

このあと、袁術が荒淫によって予定より早く死に、袁紹への継位があったから、献帝のことは忘れられていた。ともあれ、曹操(と袁紹軍の同僚である荀彧)が、献帝を重視する意見を持っており(史実なみなら同僚の沮授も同じ)、微妙に漢王朝への幻想を引きずっていることが、のちの兵乱の要因になるだろう。

また袁紹は、劉協を殺すにあたって、功績第一である孫堅にも、念のために確認をしたと思われる。
孫堅 「天下で壮健なのは、袁紹サマだけではありませんよ」
袁紹 「(それはオレが董卓に吐いた台詞だ。ということは、孫堅はわが王朝に敵対するつもりだな)」
問責の使者が孫堅のもとにくるのは、この決裂のあとだろう。

◆故郷に戻る孫堅
献帝の最期を知って、おのれ袁紹!と憤る孫堅。

憤るくらいなら、劉協を助ければよかったのに、警備が厳重で手が出せなかったのだろう。まあ史実の袁紹(董卓から逃亡)にも、同じことが言えるわけですが。

孫堅 「いかに袁紹が強かろうと、オレになら袁紹軍を破れるはずだ。なぜならオレは、前代の袁術軍で最強の将軍だったのだから」←正しい

袁燿に迷惑がかかるのを恐れて、下野すると、

孫堅の起兵は、自分の生命を守るため。座視していれば、袁紹に冤罪を着せられる。しかし直截的な目標設定では、ついてくる勢力が少ない。「袁燿を推戴するため」では、目標として弱い。まだ袁紹が、ロコツに袁尚を太子に立てたのではないから。「献帝の仇を取るため・劉寵を天子にするため」なら、起兵のノリとして適する。
作中で語らせてもいい。「孫堅のイメージは、袁術の配下であったにも関わらず、漢の忠臣なんだよな」と。伝国璽を放出したから、本作では、なおのこと。

孫堅・劉寵が起兵。これは、袁紹サイドから見れば、孫堅は謀反したに等しい。
討伐軍がやってくる。
孫堅は、将才を奮って戦う。しかし、いちどは孫堅に従ってくれた元袁術軍の士大夫が、つぎつぎと離反して、袁紹のもとに帰順していく。孫堅が神通力を持つがごとく強かったのも、名門の人士を圧倒して、侮辱するような態度を取っても許されてきたのも、袁術の将軍という肩書きがあったから。まるで魔法が解けたように、苦戦の連続。「なんだ、この階級の固定的な社会は!」
孫堅の頼み(上流階級へのアクセス手段)は、劉寵のみ……。ただし、たとえ劉氏として血筋が確かで、いくらか武芸ができても、劉寵を担いだだけでは、孫堅軍の魅力は乏しい。劉寵は、漢王朝の断末魔を叫びながら、この戦いで戦死する。

将兵は離反するし、劉寵は死ぬし……、
孫堅 「天は、マジで漢を滅ぼすつもりだったのだな。オレが孫堅に伝国璽を渡したとき、漢の終わりは、始まっていたのかも知れない。さらに遡って、張温・董卓と涼州で戦ったとき、きちんとオレが董卓を殺しておけば。いや、歴史にイフは禁物だw」
劉寵という旗印を失った。
袁氏の強さを見せつけられた孫堅は、士大夫に対する態度を改めないと、存続すら危うい。寿春を失って、揚州の故郷に逃れた……。この敗退を教訓として、孫堅は心を入れ替える。将軍から君主へとアップグレードする。

尾羽を打ち枯らして帰郷、というシーンは是非ほしい。


会稽を本拠地として、史実の孫策のように、長江の下流域から敵対勢力を駆逐していく孫堅。中原で、袁術・袁紹の二大勢力がしのぎを削っている隙に、揚州を切り取っていく。

この間、袁紹は、関中の馬超と渡り合ったり(史実どおり鍾繇が?)、烏丸・鮮卑の離反勢力と戦ったり(史実の曹操;本作では袁熙?)、遼東の公孫氏をさらに押さえつけたり、周辺の仕上げにかかる。袁紹は、みずから張魯を攻めるが、秦嶺山脈に阻まれるなど、とにかくモタモタする。

揚州にわたった孫堅。当面のライバルは、(史実のように、着任と同時に孫策に襲われないから)確固たる現地勢力となっている劉繇。史実の劉表や劉焉のように粘りづよい。

本作でも、孫策がきっちり参加する。孫策が陸氏と衝突しそうになると、孫堅は頭をさげて和解する。教訓が生きている。という感じで、史実の孫策に追いつく。
パパの庇護下で、子としての活躍をする孫策というのを書いてみたい。

史実では孫策が死に、孫権が当主となるころ。孫権がおさないので、劉表との国境の逃走に、10年弱を使ってしまう。しかし本作の孫堅は、レベル90ぐらいで推移しており、荊州に勝ち進む。

荊州南部にまだ劉表がいるのか、袁術が制圧したから、押しこめられた。きっと、弱小君主として、あっさり降伏する。


下:孫策・周瑜の快進撃と結末

208年ごろの袁紹は、史実の曹操よりも大きい。関中・長安を得ている。荊州の北部も得ている。漢中には継続的に軍を出している。
益州に劉璋がいて、放浪する劉備を受け入れて、張魯と対抗している(張魯はすでに袁氏降ってる)。揚州の中南部に孫堅がいて、荊州の江夏郡まで進んだところ。それ以上、進めば、袁氏の帝国に接する。

黄色が袁紹、紫色が劉璋、赤色が孫堅


このとき袁氏は、袁紹の趣味により、一族のものを軍事的な権限のある藩王として、各地に封建してある。西晋の司馬氏と同じような状態で、しかも支配の実効性がある。分裂のフラグ。

史実でも袁紹は、1子に1州ずつを預けた。
「皇帝袁紹が封じる八王」を妄想してます。資格は、袁湯の孫orその姻族。袁術は病死、袁尚は太子候補なので封ぜず。①魏王の袁譚、②燕王の袁熙、③晋王の高幹。④淮南王の袁燿で定番ネタがつきる。袁紹・袁術の従兄弟の⑤袁遺、⑥袁敘、⑦袁胤(死亡済かも)。高幹が許されるなら、⑧漢中王の楊脩! やはり袁紹は、漢中まで得ておかねば。
もしくは、袁譚にも立太子の希望を持たせるために、封ぜず。「魏王」をあけておく。のちに袁譚は太子の望みを断たれたときは、趙王にでもなろう。
袁熙は烏丸・鮮卑との戦いで戦死。袁熙の遺児を曹操が救う。この遺児は、母の甄氏が決めた「叡」という名である。ズタズタになる袁紹帝国で、皇族の死亡が相次ぐ。袁叡は魏王に封じられ、やがて曹操に擁立されて皇帝となる。袁叡(生物学的には曹叡)を旗印にして、華北で異民族と戦う曹操。やがて異民族の進攻に耐えきれず、曹操・袁叡は、孫権に保護してもらう。とか(笑)

華北から南下してくるのは、袁紹・袁尚の本隊。

お約束の赤壁。
南征軍で、むりに曹操を君主にする必要がない。袁紹の部将として、揚々と南下してきてもいい。曹操の自立心が、袁紹軍の急所なのですが……、それをどのように突くのかは別途検討。大軍が遠征して、旅先で裏切りがあると、どうなるやら。
赤壁で敗走した袁紹を、曹操がひっくり返すのかも。


直前もしくは前哨戦に、孫堅が死ぬ。荊州は鬼門。
大切なときに父が死に、短時間で成長を求められる孫策・周瑜。彼らが袁紹・袁尚を追い返す。袁紹軍から、蒋幹が誘いにきて、マジで揺らぐ周瑜とか。孫堅を失った直後で、呉将の離反が止まらない。史実よりも危機になって、お約束の火計。

◆赤壁の戦後
袁紹を追い返した後の荊州を、孫策が得られるかと思いきや、火事場泥棒(文字どおりだ)が現れる。劉璋に客将として迎えられ、長江を下ってきた劉備。
袁紹軍を荊州から駆逐する過程で、史実どおり、孫策の功績なのか、劉備の功績なのか、よく分からない交渉の余地が発生する。魯粛の腕の見せ場。史実とは異なり、益州まで抜く周瑜。

周瑜は、みごとに孔明をだまして?、関羽・張飛の接収に成功。うまく呉軍の部将として使いこなす。

そのころ孫策は、南朝宋の劉裕のように、徐州・青州方面にゆく。
孫策と周瑜が、東まわり・西まわりで、袁紹帝国を勝ち進んでゆく。両雄が再会を誓って、長安まで到達しようという競争。

さわやかな孫策・周瑜の快進撃とは別に、孫権が、袁紹帝国の内紛につけこんで、ガタガタと揺さぶる。孫権は、孫策・周瑜が見ていないところで、かってに袁紹帝国の一派に「降伏」するなど、かなり柔軟なことをする。
袁紹帝国が一枚岩ではないので、孫策と周瑜による進攻と、孫権による臣従は、絶妙なバランスをもって成立する。

◆袁紹帝国の分裂
孫氏がメインプレーヤーとして参加して、袁紹帝国は内戦をする。
2代袁紹は、すでに世にない。赤壁でがっかりして(史実の倉亭の戦いなみ)病死した。3代皇帝は、もっとも混乱するプロセスで決定される。

@biased3594 さんはいう。二宮事件:孫権の息子の御家騒動。裴松之曰く「袁紹・劉表は、袁尚・劉琮が聡明と考え、元々彼等に後を嗣がせるつもりだった。でも孫権は一度は孫和を立太子したのに孫覇も寵愛して、態々混乱の元を作り、災いを齎したんであって全然違う話。袁・劉と比較しても孫権は愚鈍で筋も通ってなくて酷過ぎる」
@Rieg__Goh さんはいう。袁紹が元々袁尚に跡を継がせるつもりだったかは言及があったっけ? 確かなのは袁尚が最も愛されていたこと、審配が遺言を偽造して袁尚に継がせたこと。(逢紀・審配は)遂矯紹遺命,奉尚為嗣。逢紀・審配は遂に袁紹の遺命を曲げて袁尚を立てて後継者とした。袁紹は生前後継者を指名しなかったが、死に際に命令を下していたと読める。それを曲げて袁尚を立てたということは、袁譚を後継者に指名していた可能性が高い。
ぼくは思う。史料の袁紹の意思を、ちゃんと読み込んで、本作に取り込みたいです。

北魏みたいに東西に分裂するとか。袁術の約束では、とっくに成人している袁燿が嗣ぐべきだが、袁尚は洛陽から動かない。袁譚は長子だと主張して河北でふんばる。袁氏だけで、三国志ができてしまう。
きっと孫氏は、袁燿のサポーターである。孫策は袁燿を「義兄」と認定して、徐州・青州を平定してから、洛陽を奪取。袁尚は長安に逃れる。しかし長安には、秦嶺山脈を越えてきた周瑜がおり……。
孫策・周瑜の助けを受けた袁燿が、無事に3代皇帝になるかと思いきや、袁譚が大軍をひきいて南下。いくら「袁紹の子」のなかではライバルとはいえ、弟の袁尚を、従弟の袁燿に殺されたら、袁燿に腹が立ったのである。背後には袁熙がいるから、国土の防御は万全かと思いきや、公孫氏が裏切って、烏丸・鮮卑を招き入れ……と、五胡十六国時代が到来する。

このころ楊脩が長安の朝廷で、近臣or袁尚の粛清をやる。史実の西晋の楊駿のように、外戚がらみの政乱である。楊脩が外戚だから、混乱のトリガー。

楊脩と楊駿は、同族ですし。

軍を発動する大事件になったとき、羌族・氐族が起兵。
孫策は(なにか大切なものを守るために;見せ場をつくり)勇敢に戦って、羌族・氐族に殺された。
周瑜は死を悲しむ間もなく、呉兵をひきつれて、漢中に撤退。住民は、異民族の逆襲を恐れ(後漢代を通じて虐げてきたから)、周瑜に同行することを希望。逃げた後、秦嶺山脈の道を破壊する。史実の劉宋なみに、山脈を境界として、関中を放棄せざるを得なくなった。前秦みたいな異民族の国ができる。

劉備は、周瑜の下で、なかば独立した将(もちろん境遇に納得してない)として関中を攻めた。漢中を鎮めるにあたり、統治の実力を発揮する。さすが(本作では即き損ねたが)漢中王。


袁熙の死後、烏丸・鮮卑の攻撃をかわしながら、曹操が河北の民に黄河を渡らせた。壊滅的な被害をたびたび受けて、徐州~揚州に逃げこむ。史実に比べると、曹操の采配により被害は縮小。曹操は孫権に交渉して、長江の南で民を守ってもらえるように取り決め。
孫権は、劉宋なみの領土を固めて、漢民族の安全の確保を最優先する。領土的な野心(天下統一)よりも、南朝の基礎を作ることに腐心して、優れた名君と称えられた。曹操が送り届けた袁叡から禅譲されるという形で、孫呉400年の王朝を開いたのでした。袁叡をそのまま皇帝にしろという意見もあったが、袁氏の声望は地に落ちたから。
やがて孫呉は、北朝を圧倒するでしょう……と。これがハッピーエンドのつもり。

もちろん400年の話を書くわけじゃなく、これが孫呉なりのハッピーエンドだというのが、ぼくの考えです。
孫策の快進撃はすばらしかったが、孫権もまた袁紹帝国の内部分裂にコミットしすぎたせいで、自業自得的に漢民族が華北を失う。逃亡皇族の袁叡(史実の司馬睿とほぼ同名!)から、伝国璽を返してもらって、お話は終わり。

孫堅が伝国璽を手放してから、孫権が返してもらうまでが、この話の期間。
……というエンディングを考えてみましたが、どうでしょう。……呉ファンがスカッとする三国志の架空戦記とは何か。このあらすじで、スカッとするのか。同じ問題が、まだ頭のなかをぐるぐるしています。渡邉先生が言うところの、魯粛の南朝プランは、史実よりもスマートに(人口の損耗が少なく)達成できると思うのですが。150725

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