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『盗まれた手紙』1 曹操が手紙を盗む

エドガー・アラン・ポー『盗まれた手紙』を、曹魏に換骨奪胎する。

伏皇后が曹操に手紙を盗まれる

建安17年、鍾繇は、わかい友人の魏諷といっしょに、鄴県の書庫で議論にふけっていた。荀彧が書庫に入ってきた。鍾繇は荀彧を歓迎した。長らく関中にいた鍾繇は、荀彧と話す機会がなかったからである。
荀彧「職務において、とても困っている。相談したい」
魏諷が燭台を消した。
魏諷「考えごとは、暗闇でするほうが良いと思います」

目が見えないことで、かえって見える。この話の核心の1つ。

魏諷は荀彧に座席をゆずった。
鍾繇「荀彧は、なにに困っているのか。孫権との戦線のことか」
荀彧「そんな複雑なことじゃない。いたって単純なことだ。私だけでも解決できると思うが、魏諷が興味を持ちそうな話だと思ったのだ」
魏諷「私が興味を持ちそう、ですか」
荀彧「そうだ。じつに単純なのだが、しかし私を迷わせる問題でね」
魏諷「明解だから、かえって当惑させられるのですね」
荀彧は、魏諷の解釈をわらって受け入れた。

鍾繇「どんな案件なのだ」
荀彧「では話そう。しかし注意してほしい。これは絶対に秘密だ。もし私が、この秘密をもらしたと知れたら、私の生命はなくなるに違いない」
魏諷「荀彧さまのお命に関わるなら、お話にならなくとも良いのですが」
荀彧「いいや、話そう。伏皇后から、内密に私に通知があった。伏皇后のもとから、重要な文書が盗まれたという。盗んだ者は分かっている。盗むところを、伏皇后が見たのだから。盗んだ者が、まだその文書を保有していることも明らかだ」
魏諷「なぜ保有が明らかなのですか」
荀彧「理由は2つだ。1つ、その文書の性質による。2つ、もしも文書が盗んだ者の手を離れれば、すぐに天下に深刻な影響がでるのだ。まだ天下が平穏であることから、文書は盗んだ者が保持していると判断できる。もし盗んだ者がその文書を手放し、政治的に利用すれば、この平穏は消え去るだろう」
魏諷「もう少し、具体的にお願いします」
荀彧「その文書が、尊い方なので名は言えないが、ある第三者に見られてしまうと、漢室の天命に関わる。この文書が天命を左右する、という事実は、文書の保持者に権力を与えるだろう」
鍾繇「盗んだ者は、伏皇后の目の前で、その文書を盗んだのでしょう。ひどいことだ。盗んだ者というのは、いったい誰なのだ」
荀彧「ところが盗んだ者というのは、忠義なことも不忠なことも、どちらも平気で実行する、あの曹丞相だった」
魏諷「なんですか、曹操ですか」
荀彧「曹丞相の盗み方は、大胆かつ功名だった。その文書とは、じつは手紙なんですが、伏皇后が受けとったものだ。伏皇后がそれを読んでいるときに、天子が入室した。ところが伏皇后は、その手紙を、とくに天子には見られたくなかった。だから急いで手紙を隠そうとしたが、隠すための動作が目立ってしまうので断念した。仕方なく皇后は、卓台の上に手紙を置いた。宛名が上となり、内容が下となって隠れた。天子は手紙に注意を払わなかったそうだ」
鍾繇「なるほど」
荀彧「このとき、曹丞相が入室した。曹丞相の鋭い視線は、その手紙を見つけた。宛名の筆跡を観察し、皇后の動揺を察知して、手紙に秘密があることを見抜いた。曹丞相は、詔書の草稿をとりだし、それを読むふりをして、手紙のすぐ横においた。しばらく公務の話をした。曹丞相が退室するとき、わざと取り違えて、詔書ではなく皇后の手紙を持ち去った」
鍾繇「皇后は止めなかったのか」
荀彧「止められなかった。天子がすぐそばにいる。もし皇后が丞相を咎めれば、天子の関心が手紙に向かうだろう。丞相は、堂々と手紙を持ち去った」

荀彧が丞相府を捜索するが、手紙がない

魏諷が整理した。
魏諷「なぜ手紙が影響力を持つのか、これで判明しました。盗まれた皇后が、盗んだ者が曹操だということを知っている。盗んだ曹操は、皇后が曹操の犯行だと知っていることを知っている。だから皇后は、曹操に怯えねばならない」
荀彧「丞相が権力を拡大すれば、手紙は、危険な目的に利用されるだろう。皇后は、手紙を取り戻したいだろう。だが皇后は、公式に動けない。とうとう思いあまって、この荀彧に依頼なさった」
魏諷「荀彧さまほど、信頼できる漢臣はいませんから」
荀彧は否定も肯定もしなかった。
鍾繇「手紙はまだ、丞相のもとにあるんだね。丞相の権力は、手紙を利用するからでなく、手紙を保持していることに由来する。手紙の内容を公表したら、丞相の権力は削減されてしまう」
荀彧「困ったことだが、そのとおりだ。だから私は、丞相には内密で、丞相府を捜索した。もし捜索していることが、丞相に知られてしまえば、私は生命が危うい。だが漢室のため、捜索せずにはいられない」
鍾繇「漢室の延臣を動員すれば、可能ではないか」
荀彧「そう、可能だった。また丞相は、定期的に狩猟に出かけるし、突発的に全ての属官を駆りだすから、丞相府に人がいなくなる。くまなく捜索できた」
鍾繇「しかし、丞相府ではなく、別の場所に隠しているかも知れない」
魏諷「それはあり得ません。漢室での特殊な政治状況や、種々の陰謀を考えてください。公的な場で、すぐに手紙を取り出せないと意味がありません。曹操は、自分の政庁に手紙を持っているでしょうね」
鍾繇「すぐに取り出す、とはどういう意味か」
魏諷「手紙を破棄できるという意味です」
鍾繇「そうか。では丞相が、身体に帯びているのでは」
荀彧「ないだろう。丞相といえど、天子の衛兵を完全に掌握していない。衛兵が武力行使して、手紙をうばう可能性は考慮しているだろう」

鍾繇「荀彧は、どんな捜索をしたのだ」
荀彧は、たっぷり時間をかけて、綿密に捜索したことを説明した。
荀彧「秘密の隠し場所というのは、じつはあり得ない。どの家具や調度にも、容積がある。1つ1つ計測すれば、不自然な空間があることを、発見できる。床下や壁のなかも完全に捜索した。いかに小さく押し込んでも、丹念に調査すれば、必ず見つかるものだ。隣接する建物まで、調査した。もちろん地面も掘った。書物も、不必要な厚みがないか検分した」
鍾繇「それなら、手紙は丞相府にないのですよ」
荀彧「私もそう思う。どうしたら良いと思うか、魏諷よ」
魏諷「丞相府を、ふたたび探索するべきです
荀彧「それは不要だよ」
魏諷「私にできる助言は、これだけです。荀彧さまは、皇后の手紙がどのような外見か、ご存知ですよね。教えて頂けませんか」
荀彧は手紙の外見を、魏諷に教えた。

魏諷が荀彧に、皇后の手紙をわたす

1ヶ月たった。この日も鍾繇は、魏諷と話していた。荀彧が訪問した。
鍾繇「荀彧、盗まれた手紙はどうなった。やはり、曹丞相を出しぬくのは、無理だろうね。諦める他ないかな」
荀彧「そう、諦めた。魏諷が言うように、丞相府をいくども探索した。だが成果がなかった」
魏諷「皇后は荀彧さまに、報償を約束されましたね。いくらですか

このくだらない報酬の話も、ラカンでは意味があることとして、扱われる。たしかに、くだらない話にしか見えないが。

荀彧「詳細な値段は、言いたくない。だがもし、私に手紙を渡してくれる者が現れたら、百万銭あげてもかまわない。伏皇后は焦っておられる。後宮の全てを売り払っても、支払いたいと述べておられる」
魏諷「なるほど、そうですか。私の考えでは、荀彧さまには、もっとべつの捜索方法があった。ところで荀彧さまは、華佗の話をご存知ですか」
荀彧「華佗は知っているが、華佗のどんな話だ」
魏諷「洛陽の富豪が、報酬を惜しんで、無料で華佗に診察してもらおうとした。『もしも、こんな患者がいたら、どのように診断するかな』と、例え話をよそおって、自分の病状を説明した。もちろん富豪は、華佗の診断を聞いたら、それを自分に適用して、利用するつもりだった」
荀彧「私がその富豪と同じだと言いたいのか。もし魏諷の助言が役立ち、手紙が見つかったら、魏諷にその報酬を支払おう」
魏諷は証書を作成した。「もし百万銭を私にくださるなら、その皇后の手紙を、私から荀彧さまに渡しましょう
鍾繇も荀彧もおどろいて、目を見合わせた。荀彧はわれに返って、証書に署名して魏諷に支払を約束した。魏諷は証書を確認すると、ふところから手紙を出した。荀彧は内容を一瞥すると、無言のまま出て行った。

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『盗まれた手紙』2 魏諷が謎を解く

魏諷が手紙の発見を説明する

荀彧が去ってから、魏諷は鍾繇に説明をはじめた。
魏諷「荀彧さまの属官は、手腕がある。職務上、きわめて有能だ。だから、荀彧さまが手紙を発見できないと聞いたとき、彼らなりに最上を尽くしたのだと思いました」
鍾繇「彼らなり、とは、どういう意味だ」
魏諷「荀彧さまは真面目です。しかし自分と違う発想をする者には、通用しません。荀彧さまは、深謀すぎたり、浅慮すぎたりして、失敗をすることがある。ある種類の問題なら、幼童のほうが解決がうまいこともあります」
鍾繇「たとえば」
魏諷「ある8歳の子は、陰陽の二者択一を、ぴたりと言い当てる。ある者が自分で数えて、小石をにぎる。小石が偶数なら陰、奇数なら陽とする。相手が、偶数を握ったか、奇数を握ったか、その8歳の子は必ず当ててしまう。相手の機転を洞察するのだそうです。1回目は、予想ができない。だが2回目から、予想が始まる。相手がバカなら、陰と陽を反対にしてくると予想する。相手がもう少しマシなバカだと、裏の裏を予想して、陰と陽を反対にしない。さらにマシなら、裏の裏の裏を予想して」
鍾繇「推理者は、相手の知力にあわせて、予想するんだね」
魏諷「そうです」
鍾繇「しかし、どれだけ裏返せば良いか、判断が難しいだろう」
魏諷「私もそう思いました。だから8歳の子に聞きました。すると子供は言いました。表情を相手に近づける。すると、胸中の気持が合致してくる。陰陽を当てられる、のだそうです」
鍾繇「相手の知力を、いかに推測するか。これが成否を決めるね」
魏諷「そうです。荀彧さまや延臣が失敗をするのは、相手に同調できないから。むしろ同調しようとしないから。荀彧さまは『もし自分が、あの曹操なら』と考えず、荀彧さまのまま捜索をした。だから手紙を見つけられません。曹操は特殊な悪人であり、狡知の持主です。しかし荀彧さまは、報酬に目が眩んで頑固になり、皇后の期待に応えるために緊張して、自分の方法を貫きました。細部ばかり探索して、時間をむだに費やした」
鍾繇「そんなものかね」
魏諷「はい。曹操はバカです。なぜなら曹操は、詩人として名声を得ているから。荀彧さまは、この理解に留まってしまった」
鍾繇「詩作なさるとも聞くが、それよりも曹操さまは、漢家の丞相だ。第一の属性は、詩人じゃないと思うよ」

ぼくは思う。狡知とか悪人とか詩人とか。まるで曹操のためだけに用意された形容だが、なんと、デュパンの原典も同じなのです。ぼくが書き換えているのではない。原典では大臣であり、博識な数学者になっている。

魏諷「違います。曹操の第一の属性は、詩人と丞相の両方です。詩人と丞相を兼ねるからこそ、曹操の隠しごとは巧妙なのです。ただの詩人、ただの丞相であれば、荀彧さまが手紙を発見できたでしょう」
鍾繇「しかし丞相であること、つまり儒学を使いこなす官僚こそ、数百年のあいだ、最高の知性だと言われてきた。詩人の属性とあわせることに、意味があるのか」
魏諷「儒者の共通観念こそ、愚かだと思ったほうが良いのです。儒学は、天下に誤謬をひろめてきた。いくら正道と認識されていても、やはり儒学は誤謬です。儒学の言説は、ながらく対立の歴史を持っており、内容はでたらめです。べつに儒学を修めた者がいても、ちっとも手ごわくない」
鍾繇「天下の儒者を相手に、魏諷は闘争を始めるつもりか。まあ良い。魏諷の思うとおりに、話してみなさい」

ぼくは補う。ここは数学の真理の話、ラテン語を使って、代数学が云々、と書いてある。儒教にもとづいく政治、という文脈で読み換えてます。いつの時代も、どこの文化でも、既存の硬直した知性にたいする批判は、同型をとるのだ。

魏諷「儒学とは、形式と前例だけの学問である。形式と前例だけを追いかけても、重大な誤謬を導きだしてしまう。妄信的な儒者には、形式と前例をどれだけ正しても、判断を誤ることもあるのだと、教えねばならない。鍾繇さまも、儒学を修められている。私がこう言えば、私を殴るかも知れませんがね」

ぼくは思う。デュパンの第三者的な革新性は、なんだか魏諷のキャラとあう。発言の趣旨は、デュパンから変更してないのに、なんだか魏諷っぽい。

鍾繇は苦笑した。

魏諷「私は自分が曹操になったつもりで、つまり詩人と丞相を兼務した心境になりました。そして丞相府で手紙を探しました。曹操は大胆な陰謀家でもあります。きっと漢家の延臣が、捜索にくることを予測した。丞相府から属官をすべて駆りだし、わざと荀彧さまを誘ったのでしょう。充分に捜索させ、丞相府には手紙がないと(事実に反して)荀彧さまに、確信させようとしたのです」

ぼくは思う。陰謀家という話も、誘ったという話も、原典にある。ぼくが曹操のために、追記したのではない。

鍾繇「曹操さまは、手紙をどこに隠してあったのか」
魏諷「熟慮の末でなくとも、曹操はきっと単純な隠し方をしたと思いました。はじめに荀彧さまが来たとき、私が『単純すぎる問題だからですか』と聞いたら、荀彧さまは笑いました」
鍾繇「そう、あの荀彧が、めずらしく笑った」
魏諷「現実界には、非現実界との類似がある。だから、隠喩あるいは直喩は、言葉を飾るだけでなく、議論の内容を深められる。隠喩や直喩をつかうと、真理らしく見えます。正しくないことでも、結びつけてみると、意外と正しいのです。例えば、大きな岩が転がり始めると、止めるのが難しい。同じように、大きな知能が働き始めると、方向の修正が難しい。岩と知能はべつものですが、共通点がなくはありません」
鍾繇「そうかも知れないね」
魏諷「べつの話をしましょう。地図の上で、地名を探す遊びがあります。州でも郡でも、県や郷でもいい。ある地名を言って、相手に探させる。初心者は、いちばん細かい文字を選んで、相手を困らせる。熟練者は、大きな文字で、地図の両端にひろがる地名を選びます。明瞭すぎると、かえって気づかない。明白で分かりやすいから、かえって見すごす。曹操が、荀彧さまを欺いたのは、このような方法でした。曹操は手紙を隠すために、ぜんぜん隠そうとしなかったから、ぎゃくに荀彧さまによる発見を免れました」
鍾繇「私たちの地図には、『漢』とは書いてないからね」

魏諷が手紙をすりかえる

魏諷「私は半透明の緑色の鉱石をもち、ある晴れた朝、ひょっこり丞相府を訪問しました。曹操は在席しており、退屈そうにあくびをしていました。当世において、曹操はもっとも精力的な人間ですが、それは誰も見ていない時間だけのことです。私は、鉱石を目の前において、鉱石を通して、丞相の執務室を見渡しました。新しい仙術を学んでいるのだ、などと言って、ごまかしました。鉱石の色で視界が濁って、とても見えにくかった」
鍾繇「それで」
魏諷「大きな執務机に、注意を向けました。乱雑に文書が積まれていました。とくに怪しいものは、ありませんでした」
鍾繇「皇后の手紙はどこにあったのか」
魏諷「粗末なつくりの書架に、乱雑にきたない文書が積んでありました。皇后の手紙は、そこにありました。ちょうど、『つまらぬ文書だから、廃棄するつもりだが、ふと廃棄を先送りにした』という様子で、無造作に置いてありました。外装には、細やかな女性の筆跡で、曹操への宛名が書かれていた。私はこれを見つけたとき、外見はまるで皇后の手紙とは違うのに、皇后の手紙に違いないと確信しました。曹操は神経質に文書を分類するし、文書を汚して保管することもない。だが粗末な書架のまわりだけ、あまりに人目につくのに、乱雑でした。鉱石ごしの、にごった視界だから、曹操の意図を逆に読むことができました」
鍾繇「曹操のものの見方を真似たわけだね」

手紙を見つけた日のことを、ひきつづき魏諷は説明した。
魏諷「私は話を引き延ばして、書架のなかにある、手紙の外見と位置を覚えました。その日は帰り、翌日にまた要件をつくって、丞相府にいきました。手紙に外見を似せた文書を持参しました」
鍾繇「すり替えるのは、難しかろうに」
魏諷「曹操と私が議論していると、屋外から、群集の叫び声が聞こえました。曹操は窓に駆けよった。そのあいだに、私は手紙をすり替えました。屋外での騒動は、兵士の乱闘でした。さいわい死者が出ませんでした」
鍾繇「すごい偶然もあるものだ」
魏諷「いいえ。兵士は、私が雇った者でした」
鍾繇「なぜそんな面倒をしたのか。最初に訪問したとき、手紙を抜きとれば良かった。2日も連続で訪問すれば、奇妙がられる」
魏諷「曹操は剛胆な男です。また衛兵も充実している。もし私が、曹操をあざむくことなく、堂々と手紙を抜きとれば、私は殺されたかも知れません」
鍾繇「そうかも知れない」
魏諷「この事件で、私は伏皇后のために行動しています。手紙を盗んだ曹操は、皇后を脅かしてきた。しかし次は、皇后が曹操を従わせるのです。なぜそれが可能か。曹操は、手紙のすり替えに気づかないので、相変わらず、無理な要求をするでしょう。そのとき曹操は、政治的に破滅するのです。なぜなら曹操は、手紙を持たないのですから。曹操の没落は、急激なものでしょう。見苦しくもあるでしょう。上昇よりも没落のほうが、容易なのです。私は曹操に、なんの憐憫もない」
鍾繇「きみは、少し過激すぎるな」
魏諷「曹操は、皇后に裏をかかれます。追いこまれた曹操が手紙を取りだすべく、丞相府を確かめたとき、この魏諷が置いてきた偽書を発見するはずです。曹操は、どう思うでしょうか。知りたくてたまらない」
鍾繇「なにか仕掛けをしたのか」
魏諷「空白の文書では、つまらないと思いました。それでは、曹操に対して失礼ですから。偽書に気づいた曹操は、復讐の相手を探すでしょう。偽書のなかに、私への手がかりがないのは、良くないでしょう」
鍾繇「どんな偽書を置いてきたのか」
魏諷「ある国の故事では、弟に嫁を寝とられた兄が、不実な弟を殺し、その肉を父に食わせたといいます。私は偽書に、こう書いてやりました。『兄嫁を寝とるような弟は、手紙をすり替えられ、破滅させられても当然である』と」

ギリシャの伝説らしいです。クレビヨンの悲劇。兄嫁をめとる話は、曹操が人材を求める命令に出てきますが、偶然の一致です。いま曹操を弟とすれば、「兄」と「父」にあたるのは、誰だろうか。きれいに対応しないけれど、漢家と曹操の緊張関係について、なにか関連を見出せそうな故事だ。

おしまい。

たねあかし

冒頭にも書いていますが、これは、エドガー・アラン・ポー『盗まれた手紙』です。青空文庫の該当ページで読むことができます。佐々木直次郎氏の翻訳を見ながら、曹操の話に置き換えてゆきました。
このページが、まったく『盗まれた手紙』のままじゃないか!と、呆れて頂けたら、これを書いた甲斐があります。
手紙には、何が書かれていたのか。なぜ皇后は天子に見せたくないのか。なぜ曹操が持っていると、皇后は苦況に立たされるのか。曹操はどんな使い方をするのか。すべて謎です。原作でも回答がない。このページも、答えを出すことをしない。できない。「皇后が誰かからもらった恋文」という憶測を読んだことがありますが、まったく真相に近づいていると思えない。
『三国志』でも、荀彧はこの歳に「漢臣」として、曹操に殺される。曹操とトラブルを抱えた伏皇后は、3年後に殺される。魏諷は、この5年後に謀反を起こす。鍾繇は連坐する。いったい何が書いてあったんだろうなあ!という、妄想のネタ元になりそう。そういう話でした。130316

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ラカン「『盗まれた手紙』についてのゼミナール」

本編を、三国志に変換しながら読んだあとで、
ラカン「『盗まれた手紙』についてのゼミナール」を読解する。
無謀だけど!
精神分析もしくは現代思想の専門家でも「難解だ」「絶望が書籍の姿をとったもの」なんてコメントされている。わかるわけない。だからやる。
はじめに強力に宣言しておきますが、ぼくはこのページを、理解して作成していない。作成するという行為を通じて、理解できたら良いな、と思っています。つまり、ページを作成する前と、作成した後で、象徴界に対する理解が深まっていれば、それで良しとするのです。だからこのページは「作品」ではなくて、「中間生産物」でしかありません。できた瞬間に、廃棄されるべきものです。

反復脅迫は象徴界にやってくる

反復強迫は、「記号表現の連鎖の自己主張」に根拠をおく。
反復強迫は、中心から離れた場所にあり、無意識の主体のありかにある。
象徴界が、いかに想像界にむけて力を発揮するか、精神分析により判明する。

記号表現の連鎖(象徴界)が、想像界に浸透する。
排除、抑圧、否定は、記号表現の連鎖に固有の法則。
記号表現による置換のこと。
物語(盗まれた手紙)のなかで、主体が意味表現によって、不可抗力に決定させられる。象徴界の秩序が、主体を構成する。

象徴界のはたらきについて。わりに理解できる!


『盗まれた手紙』登場人物は、構成するものの意思から逃れられない。人物の行動は、場内から見えない。斜めからの光がないので、撮影や録音が不可能である。
第1の原場面。王宮で手紙を読むのは王妃か。手紙は、王妃の名誉と安全を危うくする。王妃を動揺させたのは、王の入室だと確信する。
王妃が手紙を裏返しておく。大臣が意図的にとりまちがえて手紙を盗む。この場面の「割算の答え」はなにか。架空の観客(物語の読者)は、王妃が「大臣に危害を加えられる」と知ったことを知ること。この場面の「割算の余り」はなにか。手紙だ。手紙は、意味表現から生じる全体を保持する。しかし手紙は扱われ方が決まらない。王妃が廃棄することもできた。

第2の場面。大臣の執務室。デュパンは緑の色眼鏡で見つけた。盗まれた手紙と、デュパンが見つけた手紙とは、外見が対照的だ。デュパンは手紙をすり替えるため、わざとタバコ入れを置き忘れる。手紙の模造品をおいてくる。
この場面の「割算の答え」は、大臣は手紙を喪失したが、大臣は気づかない。デュパンが盗んだとも、大臣は知らない。またデュパンは、模造の手紙に自分の言葉を書いた。大臣が手紙を利用するとき、デュパンの筆跡にであう。

2つの場面の類似を、ラカンは強調する必要がある。ただの事件の経過の記述ではない。何らかの真実を現すためには、類似の特徴的表現を、複数回、並べなければならない第1の場面、第2の場面に動機づけられた相互主観性。相互主観性が、話の筋に構造を与えている第3の項。
第3の項とは、誅死。3つの時間は、3つの注視に順序を与える。そのつど、べつの人間によって、具体的な形を与えられる。
1つ、何も注視しない、王と警察の視線。
2つ、「隠しているものが覆われている」のを見ていると思いこむ、女王と大臣の視線。隠したつもりが、見つけられてしまう人たち。
3つ、上記2つの視線によって、隠すべきものを却って剥き出しにしていることに気づく視線。はじめの大臣、おわりのデュパン。

この3つの整理は、流用がききそうだ。

3つの視線が、相互主観的な複合をつくる。
ダチョウとおなじ。ダチョウ1は、頭を砂につっこむ。ダチョウ2は、ダチョウ1の顔が隠れているので、ダチョウ1が自分を見ていないと思う。ダチョウ3は、ダチョウ2の背中を毟っている。ダチョウ2は、ダチョウ3に気づかない。
相互主観の標準単位が、反復してあたえられる。フロイトの反復強迫!

主体が複数なのは、「無意識とは他者からの話である」と理解してよう。イルマの注射の夢を説明するとき、主体が干渉しあってた。主体が相互主観の反復の過程で、どのように移動し、どのように結合するか。

わりと絶望的だけど、わりに分からなくもない。主体の相互主観性というのは、視線のすれちがい合いの場だと思うのだ。


『盗まれた手紙』の作者の意図と、われわれ読者の興味が一致するのはどこか。探偵めいた謎を、ただの合理化だと片づけるな。詐欺の結果は明らかだが、詐欺を招いた対象を取り返す努力だけでは物足りない。
この短編からの教訓とは。王妃が手紙をかくしたければ、かくすべき内容を、表向きに置けばよい。

なぞは、なぜ警視総監が失敗して手紙を見つけられないか。場面1で大臣は、言葉を発さずに手紙を見つける。場面2は、警視総監が失敗してくれることで、デュパンの推理が言葉になってくれる。
第1の会話。警視総監とデュパンの会話は、警視総監の耳が聞こえないみたいだ。ただし警視総監は、想像力が欠如するのでない。王妃から警視総監に依頼がゆき、警視総監からデュパンに依頼がゆく。警視総監は、よく分からずにデュパンに依頼する。このように、依頼のメッセージが再伝達されるのが、言語活動の次元である。
(想像が追いついていなくても、言語化された依頼はデュパンに伝わる)
伝達とは、対象との関係によって成立する。主体の不確定数を、同一の理想で結びつけるのは難しい。

第2の会話。言葉と言語(モとパロール)のように、対立するいくつかの極がある。確実性でなく、真理の領域にうつった。相互主観性の土台にうつった。主体は、大文字の他者が構成する絶対的な主観性のもとで、なにも把握できない立場に陥る。ユダヤのジョーク。「なぜきみはクラコーに向かっているのに、わたしがレンベルクと思いこむように、自分がクラコーに向かっているとウソをつくのだ」と。

言い換えると。なぜ陳寿は、ほんとうは曹魏が正統だと思っているのに、『三国志』の読者が「陳寿は蜀漢が正統だと考えていた」と推測したくなるように、あえて曹魏に本紀を設けたのだろうか。となる。陳寿は、まんま、本当のことを言っているだけなのに。読み手が疑り深いものだから、「陳寿はわれわれ読者をあざむこうとしている」と勘ぐる。

証拠の確実性とは、ひとに目隠しをさせる。
手品師は、テーブルの上のカードを裏返す。単純な動作なのに、手品師が「カードを裏返します」というだけで、それが手品の一部となる。デュパンは、偶数と奇数をあてる少年の話をした。デュパンは同じ方法で、手紙を見つけ出した。「宣言して実演する」のだから、手品師と同じである。カードを裏返し、手紙を見つけた瞬間、主体のなかの記号表現がもつ、最高の権限が行使される。

シャンフォールが引用される。「ひろく行き渡る観衆は、大多数に適合するから、馬鹿げたものだ」と。デュパンは、代数学や文献学を誇示して、「通説は愚かだ」と紹介する。劇の呪文を、読者に聞かせるためだ。手品師は「秘密を明かす」という芸をやって、ぎゃくに観客をあざむく。

手品師は、たね明かしをして安心させながら、最後にべつの手品を噛ませて、「おや?」という後味をあたえる。手の内を明かすことが、新しい手品だったりする。

真理が、この上なく真実に現れてくるのは、真実が身を隠している証拠である。
デュパンは警視総監の失敗をわらう。明白であるために、かえって分からない。警視総監は、既存の概念をより細かくして、真面目に探しただけだった。
ではなぜ、詩人かつ数学者である大臣は、警視総監をうわまわったか。与えられる条件から、注意を逸らす領域があった。

警視総監は垂直思考。大臣は2つの学問の発想があるから、水平思考。この理解で良いのかな。


記号表現が、死の審級を具体的に表現している限り、手紙が生命を与えることも、手紙が死を与えることもある。

ぼくは思う。手紙があるのは現実界。手紙がどこにあるか推測するのは想像界。手紙がどこにあるかと考えて表現するのは象徴界。それぞれが独立に動いている。

言語活動は「冠詞」をつかうことで、聞く者に判定をくだす。意味をたくさんもつ言葉から、人は意図を知る。手紙は、郵便配達が遅れても、「どこにも手紙がない」ことにはならない。

レター(手紙)と、リテラル(文字どおり)が、複雑にかかっている。手紙はどこかにあるけど、文字どおりは、必ずしも実態とつながるものではない。言い落とす、聞き落とす、分かり落とす。

記号表現とは、不在という性質をおびる。ありのままの象徴である。盗まれた手紙とは、「ある」もしくは「ここに場所にない」といえず、「どこかにあるが、探すたびに逃げる」ものである。
警視総監は緻密に操作した。調査の範囲を、現実界に変成してしまった。つまり容積に分割して、その容積を現実界に置き直していった。想像界や象徴界をしめだした。だから見つからない。図書館の検索カードの場所には、図書館の本がないように。警視総監は、探すものを容積(現実界のモノ)に限定して、「封印の花押がおかしなもの」という観点(象徴界のコト)から探さなかった。
もし友人との関係性がこわれたら、手紙を返却しあうという儀式をやる。手紙は、紙切れではなく、伝言である。伝言という観点から、探さねばならなかった。

もしも捜し物が「宝石」だったら、警視総監は見つけることができたんだなあ。というか王妃は、宝石を盗まれても、ちっとも困らなかった。手紙という、関係性を複雑にせおったものだから、トラブルが大きくなった。


手紙が流布したとき、なぜ王妃は危険か。手紙の意味(想像界)ではなくて、伝言の原文(象徴界)が危険をつくる。 伝言の原文が、どれだけの危険性をもつか理解されずに(象徴界でなく想像界のなかでの理解に留まって)扱われるから、危険なのである。

電光掲示板の文字が反復強迫する

手紙は誰のものであるべきか。手紙の受取人が、正当であったことがあるか。『盗まれた手紙』は、差出人がわからない。大臣が、差出人の筆跡を見抜いたのだが、、公爵家とほのめかされるだけ。大臣がどのように利用して、王妃をおびやかすのかも分からない。内容もわからない。
愛か、陰謀か、密告か、教示か、催促か、窮状か。王妃は、王に知られた状態で、この手紙を所有できない。つまり手紙は、契約の象徴である。手紙によって王妃は、主君=夫である王とは、異なる関係の連鎖のなかに置かれる。王との関係が変成してしまうことが、王妃に危険をもたらす。
手紙の差出人でなく、手紙の所有者でもなく、手紙を「握っている」人間にとって、手紙が重要である。ラカンが『盗まれた手紙』をこのゼミの題材にしたのは、記号内容について、記号表現が優先であると示したいから。『盗まれた手紙』の原題を忠実に翻訳するなら、「まわり道させられた手紙」である。「保管中の取り損ないの手紙」でもある。

手紙は、回り道をするゆえに、特有の道程をもつ。記号表現は、電光掲示板を流れる文字のように、「流れ去る」かつ「戻ってくる」ものである。
まさしく反復強迫である!

すごい。結論にもどってきた。ラカンも反復した。

主体が象徴界の道順にしたがっている。頭をつっこんだダチョウたちは、記号表現の連鎖により、相互主観性をつくっている。記号表現が転移することで、行為・運命・拒絶・迷い・成功・境遇などが、決定される。才能や経験とは関係なく、記号表現の郡列にしたがって、決定される!

主体の役割をきめるのは、手紙の回り道である。手紙を保管するから(手紙の内容、保管者の属性に関係なく)保管者する者がくるしむ。
大臣は、捜索を受ける者として行動する。探すなら探せという。しかし捜査の圏外にいつつも(警察をだませるけれど)デュパンに脅かされることを忘れている。大臣がデュパンから手紙を隠したければ、陰=女性から奪った記号の呪いに、耐えるべきである。手紙は女性だからだ。崇拝対象(フェティッシュ)の状態にしておくことで、有利になる。
王妃は、手紙を盗まれてしまったが、大臣の視線の鋭さには気づいた。

手紙は、使用=公開すると、効力を失ってしまう。使用することは、大臣が強制されている。大臣は、王から権力を与えられている。大臣は、手紙を開示して王を失墜させると、自分も失墜する。だから手紙を開示してはならない。だが、大臣は手紙を保有してしまったから、手紙を開示するぞという脅迫を、王妃に対して向けている。
手紙は、純粋な記号表現の最終的な譲渡によってしか(第三者に預けてしまうことでしか)。力の手段として活用できない。手紙は、権力の源泉であると同時に、権力を廃棄させるものだ。大臣は、手紙に役割を与えられた受け身の者である。
大臣の手紙が効力を持つのは、王妃が大臣が盗んだと知っているから。大臣は、王妃の想像のなかでは全能だが、現実に手紙を活用できないから、全能を引き受けてはならない。大臣は、手紙を行使できないから、手紙を忘れたように振る舞った。これは精神病の型どおりの行動形式だ。
大臣は盗んだ手紙に、自分宛の宛名を女性の筆跡でつくって、部屋に隠した。つまり大臣は、手紙を、自分から自分に返送した。大臣は、手紙を女性からのものに偽造することで、記号表現の一致に耐えようとした。男性的な家具のなかに、女性めいた手紙がポツンとおかれて、デュパンに見つけられた。
地図の地名さがしのように、「明らかに見せびらす」ものは、気づきにくい。

デュパンは、不作法に報酬の話ばかりする。報酬は増額された。無料で療法を聞こうとする医師を批判して、デュパンは報酬をうけとる。デュパンは金を受けとることで、手紙の保有者が背負わされてしまう、破壊的な意味表現から逃れる。
デュパンは、手紙の受取人に過ぎない(王妃や大臣と同じ)でありながら、なぜ高みから、作者を代弁できるか。
デュパンが戻した手紙の経路は、最終的には、王(掟)がいた場所に向かうはずだ。王も警察も、手紙を手にできなかった。王も警察も、手紙を読まない状態を許容しているから。王は、主体と密接な関係にある愚鈍(手紙を読んでいないという盲目さ)を、自然にそなえている。

もー苦しくなってきたが。象徴界においては、現実界(手紙がどのようにあるか、関係者がどのように動くか)は疎外されて、無関係に振り回される。象徴界においては、想像界(手紙の内容がなにか、手紙に対するみんなの推理は何か、どのように手紙のありかを想定して捜索しているか)は疎外されて、無関係に振り回される。手紙という「外枠」がつくる関係性だけが、手紙という実物や、関係者たちを振り回す。という話で理解すれば良いのかな。この象徴界の暴力は、見てると思ったら見逃し、去ったと思ったら後ろに来ている。そういうホラー映画みたいな存在なのだと思う。金網を豆腐に押し当てて、ぐちゃぐちゃ!と潰すようなイメージ。


記号表現が(大臣によって手紙が行使されて)意味作用を失ったとき、何が残るのか。デュパンがやり残した仕事は、これだ。盲目の刻印が押された場所で、デュパンに再会する人物(大臣? ぼくら読者?)が、デュパンに質問するだろう。

デュパンが大臣に「没落しろ」と書き残した。
この意味作用の彼方に向けられる、記号表現の応答はなにか。
デュパンは、大臣の欲望を結んでいるキズナにしたがって、大臣を動揺させる。これによりデュパンは、自分の行動が効果を結んだと思う。大臣を、幼児期の分裂状態に叩き落とすとき、デュパンは痛快になる。大臣は「大臣の現存在を食え」と、デュパンに言われている。

ぼくは思う。大臣は、手紙を持っているから自分が強いと思っていた。しかし手紙がないのだから、「今日まで自分で自分を欺いていた」ことになる。自分でつくった、自分についての後ろ盾に裏切られる。だから大臣は、幼児のときの不安状態になる。べつに大臣が、政治的に没落することを、デュパンは「地獄におちろ」と言ったのではない。大臣が、自分で自分をだましていたと絶望することを「いまこの瞬間が、地獄だろ」とおどしたのだ。という理解で良いのかな。

記号の意味作用によって、大臣はやりこめられる。

考える必要があるなら、暗がりが適切だ。記号に取り殺されないためには、暗がりで(記号を見ないぐらいが)ちょうど良い。

講義の補足の序文

無意識における記憶化が、ひとを束縛する。だから記憶化を否定的に検討する。また束縛をまぬがれたら、 明確な言語の整然たる連鎖のなかに、フロイトが発見した無意識のような働きがある。
実在的な言語は、どのようにして主体を決定するか。主体が持ち札を出したときに決定される。精神分析は、障害物にあわせて(主体が言語を発することでズレてしまうことに)関与できるだけ。

引き算の答えだけ(主体と言語のズレ)が、精神病として観察されるだけ。答えが10だとしても、100-90なのか、11-1なのか、150/15なのか、わかりゃしない。

現実は、偶然によって生み出されている。記号から現実に、統辞法を与えている。フロイトの自動症、反復の諸結果。反復して生じるものは、そこに仮定しなければならないと思われている。現実的だからでなく、かつて存在しなかったから、自動的にでてくる。

講義の補足

この講義は、フロイト「快楽原則を越えて」の注釈の一部。
反復脅迫は、無意識がつくりだした記憶、無意識がくり返させている記憶がでてくること。人間という動物が、象徴界の秩序によって、いかに決定されるかという問題をあつかった。

『盗まれた手紙』とは、手紙という「象徴界」に振り回された話だったのだ。

人間は、存在と不在がよびかけあう、構造的な交替運動のなかにいる。人間が、象徴の諸条件に屈服させられる(大ダメージを受ける)のは、存在と不在が結合する場所、つまり欲望のゼロ点である。反対記号のあいだを、うろうろ循環させられる。まわった回数が、偶数か奇数かによって、4つの記号が入れ替わる。記号が「換位」するのは象徴界においてであり、これによって現実界と想像界が組み立てられる。

3つの世界には、優劣がなく、本質-非本質の区別はないだろう。ボロメオで結びあうから。しかし、少なくとも『盗まれた手紙』の話は、象徴界の暴力をあつかっている。記号が、機械的に、カチッカチッと切りかわって、4回入れ替えると、1循してもどる。この安定的な、なんの面白みもない運動によって、現実界と想像界において、人間がもてあそばれてしまう。この象徴界の振る舞いが、なんの思いやりも、盛り上がりもないゆえに、強力に周囲をふりまわす。


人間がたまたま象徴的秩序について考えると。人間は自分の存在に捕らわれる。

斎藤環のいう「象徴界」にたいして、東浩紀が「象徴界の意味が広すぎて、定義が強すぎて、なんでも象徴界にからめとられ、象徴界で片づけられてしまう」と異議申し立てをしていた。だが、これで良いのだ。

自分の意識(想像界)によって、自分の存在(現実界)を作り上げたという錯覚は、どこに由来するか。主体として、この秩序(象徴界)に入ることができたのは、彼の同類との想像的な関係(想像界)における、特有の裂け目を通過したからだ。人間は、自分=主体を騙すために、自分を対象に仕立てる。対象に仕立てることで、主体自身を無力にする。この人間を無力にする者が、大文字の他者である。相互主観性の弁証法(4つの頂点のあいだの関係性)は、シェーマLに示される。
鏡の関係が、主体のこちら側と、大文字の他者のあいだに、割りこんでいる。シェーマLは、4つの頂点が、どのような関係にあるか、どのように象徴が連鎖するかを、つなげている。

括弧のなかの括弧

二重引用符『』は、二重のものの裏側の分割をふくむ。引用符の数が偶数もしくはゼロなら、反転して反転して同じになる。引用符が奇数だったら、反転して逆になる。

ぼくが思うに、ラカンは『盗まれた手紙』から、帰納的に、自分のシェーマを示そうとした。しかし分かりにくい!と文句を言われたので、演繹的に説明した。つまり、「私が『盗まれた手紙』をこじつけて、皆さんを連れていこうとしたのは、こういうアイディアなんですよ」と。後半の演繹により、結論ありきで『盗まれた手紙』が読解されていたことが判明する。「演繹的だから不当だ!」なんて、ぼくは言わない。「演繹的でもないと、こんなに迷走はできませんよね」と安心するのだ。


射影(想像的に鏡に映す)によって、双数的関係(象徴界の記号の変換体系)が生まれて、真の相互主観性(シェーマL)が出てくることを、ラカンは示したかった。『盗まれた手紙』で、偶数と奇数をあてる少年がでてくる。少年が勝つためには、相手のアタマの程度を推測して、適切な回数だけ、結論を裏返す(象徴界の記号の変換体系)。少年をあざむくには、馬鹿なふりをする。もしくは賢いふりをする。少年が、結論を裏返す回数をミスらせる。

このへんが、構造主義者っぽいところ!

絶対的他者(何でもお見通しの少年)の前では、すべての反転が見抜かれる。双数的な相互主観性は、絶対的他者の手のひらのなかである。4つのあいだをウロウロするが、4つから外に出ることが(構造的に)できない。

人間がどれだけ知恵をしぼっても、いくつかのパラメータを、ころころ反転させているに過ぎない。1つの尺度なら、想像力は2種類。2つで4種類、4つでも16種類。このバリエーションに搦め捕られる。搦め捕るのが、大文字の他者=絶対的他者=お見通しの少年である。

記号表現の支配がいかなるものか。偶数と奇数の遊戯を具体例にして、理解することができるだろう。ラカンより。

ぼくなりの理解

ぼくは思う。象徴界の記号的変換のなかに、人間の現実界と想像界が閉じこめられている。人間は、象徴界(手紙)によって、振り回されるのが関の山だ。デュパンですら、報酬を受けとって手紙を手放すことによってしか、手紙の支配をやり過ごすことができなかった(と、内田樹氏が解釈していた)。
精神病は、象徴界の暴力ゆえに生じる。現実界や想像界を、象徴界に搦め捕るとき、強引にカタに嵌められる。また嵌められたカタから出発して、行動や想像をしようとしても、カタから出るときに、醜く歪められる。傷ついて象徴界をのがれたのち、自由に変化しているつもりが。また象徴界のカタに、嵌め込まれる。以前とおなじマスに、封じ込められることがある。もしくは、記号的に変換された、べつのマトリクスに押しこめられることもある。どちらにせよ、4つしか種類のないマスの、どこかに押しこめられる。
この暴力を振るうのが、言語であり、フロイトのいう超自我という門番であり、去勢する父親なんだろう。いいぞ。ぼくなりには、理解ができた。『盗まれた手紙』は、その内容なんかどうでも良くて(小説にも書いてない)、扱われ方(扱いかねる忌まれ方)や、周囲との関わりが重要なのだ。どのように周囲の人を歪めたかに着目すれば、充分なのだ。
つまり、つまりですよ。
無限な仕方で生きたはずの人々を、歴史書に記録する段階になったら。暴力的にスポイルして、極めて定型的なワクのなかに抑え込んでいるのだと。そういうことか、そういうことなんだ。歴史書の描ける人物のパターンというのは、いくつかの変数(多くても3つだろうか)のあいだを往復するだけ。順番に変換してゆくと、必ず機械的に1周して、戻ってくる。というか、戻ってこない場合、そのパターンに対する洞察は誤っているのだ。つくりたい。言い当てたい。

おまけ。「偽造」する悪意がなくても、事実を言語に写しとれば、過度にパターン化され、ウソだらけになる。さらに、その言語を解凍して事実を再構成しても、最初とは全然違うものになる。生きた魚を冷凍したら死んで別物に変じ、後で解凍しても生き返らない。生きているときは、複雑に変化していたが(まさにナマモノ=イキモノだったが)、冷凍したあとは、組織が壊れて単純になる。壊れた組織はもどらない。ラカン『エクリ』を歴史哲学として読むとこうなる。
さらにラカンに、寄り添うなら。パターン化され、ウソになる仕方は、一定のパターンがある。すなわち、パターンのパターンがある。つまり「氷り方にはルールがある」し、「氷ったものは、だいたい同じようなものになる」のだ。また、解凍の時の組織の崩れかたも、一定のパターンがある。水がジュワっとでて、気持ちわるーい感じで、のたっと柔らかくなるのだ。さすが構造主義者だ。皮肉じゃなく。 130318

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