表紙 > 読書録 > 大室幹雄『劇場都市_古代中国の世界像』

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序-02章 荒野、劇場

地の文は、大室氏をぼくが抜粋したものです。

初読からこのページ完成までを、会社にいく平日の1日以内にやりました。具体例はかなり省略していますし、ひどく誤読していると思います。しかし、大室氏の頭のなかにある構想を、ぼくなりに解凍して再現してみました、、という仕上がりです。言うまでもありませんが、大室氏の古代中国史にご関心を持たれましたら、原書にあたって頂きますよう、お願いします。


序章 都市がなぜ問題になるか_荒野

日本の歴史は、都市という現象に鈍感である。欧州も中国も、都市に関心をもつ。古典的な都市は、城壁に囲まれる。未開の原野に住居をつくるなら、人間は都市をつくる。欧州に事例がおおい。_010
李済『中国人の形成』はいう。「すべての東アジアの民族とちがい、最初期の漢-シナ人は、もっとも活動的な城壁建設者だった」と。都市化の拡張を3段階にわけると、黄河流域、長江流域、それ以南である。城郭の建設地域の拡大により、南が植民地化され、漢-シナ人が拡大した。南への移動は、3世紀から現在まで5回あった。はじめは西晋末である。植民地化の前の、プレ中国は、エーバーハルト『中国の歴史』に地図がくわしい。_020

都市は、東西南北に城壁を向けた方形である。側面は、それぞれ100-200ヤードである。城壁は30フィートの高さで、厚さは2フィート。内側から、厚さ30フィート、城壁よりも6フィートひくい胸壁で支えられる。城塞の絵図あり。_026
辺境の開発とは、辺境に都市をつくること。都市づくりは棄民の性格もある。辺境で犯罪者に都市を建築させ、各方面と交易させる。都市には外国人もあつまる。「中国人」とは理念であり、辺境の要塞都市から、中央の長安にゆくことで、世界の中心に上昇すると捉える。_029
『漢書』循吏伝にある廬江の文翁は、四川の中国化に関する記述をのせる。文翁は学校を建てて教育し、官僚になれる人材を吸い上げ、四川を中国化した。地方の荒野は、まず要塞都市が造られ、なかに学校が建てられ、中央都市に人材がゆくことで、中国化された。_034

ぼくは思う。都市=中華文明圏。反都市=文明圏の外部。というか、潜在的な文明圏。これから征服される土地。荒野にポーンと都市が建てられると、まるで背中に定規を入れられたように、「矯正」が始まるのだ。
ぼくたちが正史類を読むときに扱われているのは、もっぱら都市の内部。都市の外部の記述だって、「都市の内部からみた景色」に過ぎない。都市がカッチリしすぎると、空気が停滞して、生命力がよどむ。だから、「新たに都市になった荒野」とか、「都市のなかに出現した荒野」とか歴史に大きな役割を果たす。大室氏は、二項対立で捉えるのでなく、「対流って大切だよね」という話をしている。


01章 都市の出現とその自覚_劇場1

古代中国の都市は、『礼記』礼運にあらわれる。公共で平等な「大同」と、有徳の統率者のいる「小康」が定義される。大同ののち、分割の原理が支配して、社会が階層化されたのが小康である。
小康への移行とは、都市の建設のことである。都市が建設されたのち、領域と国境ができ、支配階級と被支配階級に分化し、国教と異教が分化し、学校が行政官を訓練し、支配者のための文書が作成される。強制移住、納税、国家の相互関係、技術の発明と分業、宗教や言語や教育が階層をつくる。
時期を比定するなら、「大同」は竜山文明であり、「小康」は殷周である。_053

ぼくは思う。いわゆる「人間」の営みと、都市の誕生は同時である。それ以前は、神話もしくは「原人」の世界である。大室氏は「原人」なんて言ってないけどね。大同というのは、老荘の理想社会のようであるが、非文化的であり、未進歩である。老荘の理想社会は、都市が成立したあと、遡及的に思いつかれたんだろうけど。


02章 大同と小康のコンプレックス_劇場2

考古学の発掘成果のなかに、小屯の都市がある。_062
哲学や歴史観によっては、都市を建設し、大同から小康に移行するのは、衰退や没落である。『礼記』礼運でも、ガッカリする。楽園から追放され、バベルの塔が崩れるのと同じである。人間は、神話の世界から追放される。女性原理(容器、花、女陰、母の胸、円形)から、男性原理(武器、男根、抑制、矩形)への移行である。_069

ぼくは思う。「むかしは良かったね」という思想は、どこの文明にもセットされているのだろうか。社会をつくるから人間は人間になるのだが、その社会でないものに憧れる気持ちが、よく表れる。いま-ここでないもの、であれば何でも良いから、太古に設定されたり、遠方に設定されたりする。

神の呪いと、権力意志によって、人間は都市を生んだ。_074

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03-06章 演出、舞台

03章 知識人の登場と退場_演出

都市は自己顕示欲に満ちる。古代中国の都市は、言語記録をのこした。言語という抽象記号によって、都市=テキストをつくった。

ぼくは思う。たとえば動物。無数の形態がいて、ワケが分からない。それを、動物の種類という言葉によって、分節する。類似点でくくって、抽象化して、「これは哺乳類ね」「そのなかでも、ここまでが牛で、ここから馬」と区切る。都市というのは、のっぺりした荒野を区切ったという意味で、1段階の抽象化をする。その都市を、言語によって記録することで(殷周を記すことで)2段階めの抽象化をする。つまり、城壁のなかで起こった無数の事件を、言語によって編纂することで、保存や解釈を可能にする。人間は抽象化をするのが好きだなあ!宿命だなあ!という話だと思う。

読者のなかに、都市という現象を伝えた。言語をあやつり抽象化をするのは、知識階級である。知識階級が編集することにより、アポロンの明朗とデュオニュソスの狂騒は伝えられない。_084

ぼくは思う。殷周は、あたかもスンナリ治まっていたかのような印象を与える。これは、記述が少ないからでない。スンナリ治まった部分だけを拾って、デジタルに編集したからだ。時代が降ってくると、目撃者が多いことから、都合の悪いことを記述し、それを解釈によって「スンナリ」に合流させねばならない。しかし、時代が遡るほどに、都合の悪いことは、書きおとされても良くなる。
例えば、転職のための履歴書で、この1年でがんばった業務を書くが、小学生のときに努力したことは書きおとす。もし、小学生のときの努力のほうが、自分史的に重要であっても、やっぱり書きおとす。『尚書』や『史記』が編纂された時点から、あまりに遠く離れた時代のことは、編集に編集に編集に編集に編集をかさねて、丸められてしまう。だから、スンナリする。小学校のときの武勇伝は、やがて「義務教育のときの武勇伝」に丸められ、「学生時代の武勇伝」に丸められ、「むかしの話」に丸められ、そのうち忘却されるだろう。このように、編集を重ねた抽象化や整理が、人間-都市の営み!


周に封建された諸都市は、城郭を築く。地図や図あり。_088
周が弱体すると諸都市は、政治-社会的に権力と威信をまとめあげた。独立性と孤立性があるのが、都市の特徴である。もと周の守備隊長の居場所が、都市に昇格した。都市国家から、領域国家がうまれた。城郭に囲まれた、国、都、邑があり、その周りに城郭に囲まれない牧、野、林がある。こういう世界が形成された。_094

さっきから登場している「劇場」という用語。いつまとめようか迷っていたので、いままとめる。劇場とは、雑多な人間ドラマを切りとって、表現する場だ。たとえば、50年にわたり、いくつもの国で、数百人を巻きこんで起きた事件があったとする。これを題材にして、数分に圧縮し、同じ舞台をつかい、地形は段ボールなどで象徴化して表現し、登場人物をしぼりこむ。役者はしゃべるべき台詞を用意される。自由に感じたままに演じるのでなく、お約束どおりに、効率よく表現する。
人間は、リヤルなままのアナログの事象に耐えきれないが、編集したデジタルな情報であれば、扱うことができる。耐えられる。
都市とは、生老病死(と、まとめても単純化しすぎだが)などの事象を、人間が処理しやすいように切りとって、演じるための場。ほんらいの生老病死の苦悩ではなくて、都市のなかのお約束の動作で、単純化して振る舞う。空間は都市として簡略化し、人生のイベントは儀礼として簡略化する。ぶよぶよした人生のイベント、あまりに壮大な年月の運行を、お決まりの動作に集約して、サッサとこなす。それをやる場所だから、都市は劇場。というか、人間が行うことは、すべて演技なのだから(もし演技をやめたら、予測不能の行動を赴くままに展開し、社会が崩壊する)ぼくらの居場所で劇場でないところはない。ネットも劇場ね。プロトコルを守るから。


都市が崩壊すると、商人や知識人が、都市間をまわった。都市の原理は頭脳であり、非都市の原理は身体である。都市の君主は、儒教風の清貧である。外部の商人は、闊達な富裕である。
孔子ら知識人は、都市の頭脳として教養をいう。都市の外部では、農民、工人、女性、貴族、諸侯、商人たちがいる。知識人は、天下が小康に移行して乱れたので、登場した。だが知識人は、教養に重点を置きすぎたので、都市の外部が強まっている春秋時代に受け入れられなかった。のちの漢代、都市による支配が整うと、孔子は名誉を回復された。_119

04章 宇宙の鏡_舞台1

人間の中心的存在である天子の社は、垂直方向において、天との交流を重視する。「天子の大社は、かならず露霜風雨をうけて、天地の陰陽の両気に通達する」と。具体的には、屋根を設けない。_125

ぼくは思う。都市とは、天地を切りとって、人間なりにミニチュアにアレンジしたもの。でも、完全にアレンジして、ガラスケースに仕舞ってはいけない。都市の中心部において、天地=自然との交渉を維持しなければならない。しかし、もとの荒野=自然に戻してもいけない。矛盾しているが、メビウスの輪のように、自然と人造都市が関係性を維持しなければならない。天子は、この関係性のハブ=媒介者たるべき。

水平方向において、東西南北への広がりをもつ。天体の運行、季節の変遷などを、都市に写しとる。五服図、九服図のように、方形の世界を発想する。_137
『周礼』も空間的な理念をのべる。唐代の長安はキレイな四角形である。南宋の杭州は、地形に引きずられつつも四角形の構造である。天円地方の再現。_142
明堂、辟雍、霊台の議論もおなじ。_157

ぼくは思う。複雑でぶよぶよの自然を、単純でカッチリした構造に写しとる。言語による抽象化と分節と同じことを、都市の建築がおこなう。都市の配置や形態をめぐる議論は、「いかにうまく自然を写しとるか」に尽きると思う。明堂の話も、儒教の議論というよりは、抽象化の理論をめぐる議論である。ぼくらが、毎日やっていることと同じである。べつに儒教の問題だからと、他人事だと思う必要はない。
「いかに切れ味のよい理論で、物理運動を説明するか」のような、科学の営みとも同じである。そんなに自然が好きだったら、眺めるのが好きだったら、たゆたう自然のなかに浸かってしまえば良いと思うが、それができないのが人間のサガ。自然はあくまで観察の対象、さらには征服の対象ではあるが、同化の対象ではない。158頁などの立派な建物の復元図を見ると、「とても自然を忠実に反映=抽象化している」と「とても自然を圧倒的に征服=無力化している」が同居してる。そんな気がする。笑


05章 権力の結晶_舞台2

自然は、都市の建設によって、人間に飼い慣らされる。だが都市は、自然=地形の条件にしばられる。土地がもつ、呪術-宗教的なものが影響する。周の岐山、土中たる洛陽など。『周礼』は、占いで土地を選定させる。G・マイケル「聖なる地理学」である。東晋の建康は、風水の影響を受けた。_171

ぼくは思う。宗教や呪術は、自然と人間の中間である。人間が、あまりに理性に突っ走ったとき、その反動で宗教や呪術が出てくる。都市の内部は、なるべくカッチリ作るけれど、そもそも建設の前段階においては、呪術に頼って土地を決める。

北部では方形の都市がおおいが、南部では、円形の都市や家屋がつくられる。円形のほうが、建材が少なくてすむし、防御もしやすい。

ぼくは思う。北部のほうが、理念先行の傾向が強いから(なぜなら中華文明が発祥するくらいだ)、無理してでも天円地方にこだわる。無理をしたほうが、「自然を征服してやった感」「自然をうまく象徴してやった感」「思いをカタチにした感」がつよい。だから方形なんだろう。
なぜだか分からないが、理念先行のほうが、戦争が強い。身近なところでは、日本の大阪商人は、近世権力に勝てなかった。大阪は東京に負けた。東洋は西洋に負けた。時代も規模も地理もメチャクチャですみません。ともあれ、自然から分離して、ストイックに努力する頭でっかちのほうが、なぜか戦争に強い。だから、中国大陸のあちこちに方形の城郭都市があるという「不自然」な風景ができた。放っておけば、円形の都市とか、都市でない居住地区とか、ランダムに広がったはずだ。それが「自然」だもの。


前漢の劉邦のとき、洛陽と長安の選択でモメた。山東の出身者がおおいから、洛陽が良かった。だが婁敬が長安を主張した。周の都の洛陽に都するには、前漢の権威がない。また長安のほうが戦闘に有利であるなど。_183

ぼくは思う。このとき、まだ前漢は弱いから、洛陽の資格がない。洛陽というのは、防御しにくい、編纂された歴史において輝かしい伝統をもつなど、いかにも理性が突っ走った理念の都だ。まるで流線型の宇宙船で、タブレットの栄養摂取をする人類の都だ。培養液に浮いたまま、不老不死を手に入れた脳みそだ。こんな理念は、よほど軍事力があり、余裕をかましていないと、達成できない。これを達成するのが光武帝です。後漢は、すごいなあ。そして、その洛陽を破壊する董卓を、大室氏がやたらと大きく扱うわけか。話がつながる。

前漢の長安は、『周礼』と食い違う不規則なかたちである。しかし、北斗七星を当てはめることで、象徴性を手に入れた。前漢の権威をつくるため、華麗な彫刻をわざわざつくった。都大路をつくり、市場をつくり、商業と見せしめの処刑をした。処刑を見せびらかすことで、「前漢の秩序に逆らったら、こうなる」と示した。公開処刑により、長安の人々はマリオネットのように、秩序に編成された。_195
商業と処刑だけでなく、サーカスも開いた。

ぼくは思う。この本の終わりにも出てくるが。サーカスや曲芸は、身体の征服である。身体がもともと出来ないことを、脳の制御によってやってしまう。またサーカスは、定型にはまった動きを反復して、観衆を喜ばす。観衆は、パターンをめでる。無数のぶよぶよを持った身体は、都市では「なかったこと」にされる。


06章 遊戯の半都市_舞台3

関中は人工が少なかったので、戦国の名族が移住させられた。末端を弱らせ、中央を強めた。前漢の皇帝の陵墓には、都市=陵邑が作られた。

ぼくは思う。長安というのは、理性の最たるもの。天下の中心。ここでは、健康な成人男子が、銀色のタイツをきて、無表情で黙々と働いているべきだ。しかし、人間はそんなもんじゃない。不健康な者、女性、子供、老人がいる。なまける。トイレにもいく。そして死ぬ。死者は、もっとも身近だが(ぼくは必ず死ぬ)、もっとも縁遠い他者である。死者とは、人間が理性ではどうにもならない存在である。皇帝の陵墓=死者との接点に、生者の理性=都市を建設する。このようにして、死者と生者、自然と都市をつなぎ、エネルギーを交差させ、前漢の活力をえる。いい仕組み!よく考えてある!
ぼーくたち、ラカンラカーン!(愛知限定)

劉邦は農村出身なので、ホームシックにかかった。郷里の豊を、長安に再現した。宗教、軍事、宇宙論などの役割はない。ただ老父らを懐かしんだだけ。気まぐれのあそび。再現された「新豊」のような衛星都市が、長安の周りにあった。_205

ぼくは思う。初代皇帝は、都市の毒にやられない。自然や農村、故郷とのつながりを保っている。だから、エネルギーに満ちあふれている。曹操と曹丕がつよいが、曹叡より以降は弱まる。おなじ理屈。長安に故郷を再現するという「無意味」なことをやる劉邦こそ、都市と農村を接続していて、生命力があるのだ。


前漢の武帝のとき、泰山にゆき、宗教的なパワーを手に入れた。黄帝の伝説を、自分と接続した。武帝は、長安の一区を「魔園(ツアオバガルデン)」にした。不死の霊薬(エリクシル)をほしがった。武帝の封禅は、武帝自身の「再生」であった。おおいなるはじめ=太初という年号をつくった。_218
武帝は、長安の諸宮殿を増築した。新しく、桂宮と明光宮をつくった。この宮殿群は「聖なる物のなかでも聖なる物」である。宮殿のなかで武帝は、神仙と出会った。秩序による裕福を極めると、無秩序になる。武帝のとき長安は、政治をやるための都市と、遊戯するための都市、という2つの性格を併せ持った。政治と遊戯が「半」分ずつの都市だ。だから「遊戯の半都市」だ。_224

政治と遊戯が交差しているとき、もっとも強い。大室氏は、農村が困窮しているとき、皇帝が中央で蕩尽することを、きびしく批判する。後漢の桓帝や霊帝である。だが前漢の武帝のときは、農村もとりあえず繁栄したことになっている。のかな。また、桓帝や霊帝のあとに王朝は滅びるが(結果論ね)、武帝のあとに王朝は滅びない。だから武帝を、都市と農村の相互を往復する君主として褒めているのだろう。

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07-終章 演技、興業、台本

07章 日常生活の文法_演技1

ローレンツによると、文明人の生活条件は、人間が家畜に押しつけた生活条件に似ている。都市に住む人間は、家畜のように、運動の自由がせばまり、運動が不足し、空気と光にあたらず、自然淘汰から遮断された。_226
士人の教育は、座学がメインとなり、運動不足である。武術やスポーツの錬磨は、被征服民の馬術などにあたり、士人がやらない。

『礼記』のコードは、五感(五官)を危険度ごとに分類する。危険な順に、触覚、味覚、嗅覚、聴覚、視覚である。じかに身体に影響する、具体的な感覚が危険とされる。視覚は、全体を見渡せて理性に有効だが、じかに身体に効かないので安全だとされる。「礼」の基本は、媒介をはさむこと、距離を設けることである。礼は、身体の自由をうばうことで、媒介をはさみ、距離を設ける。目上の者と会うときのルールも、身体の自由をうばうことで、五感を遮断することをねらう。_247

ぼくは思う。礼の根本原理とは「分節」すること。すごい指摘。儒教は、アナログなものを、デジタルにかっちりと切り分けること。ただ理屈において切り分けるんじゃなくて、身体の機能を制限することで、達成しようとする。身体を拘束するということは、身体がアナログであり、身体が境界を越えるものであることを、儒教が知っている証拠である。儒教は、何も知らずにヘリクツをこねているのでなく、身体や自然の圧倒的な強さを知った上で、足枷をつけているのだ。儒教は、家畜をしばって、むち打つ者と同じ。ぼくらは、むちに打たれている。儒教、あざといなあ!


年齢ごとのイニシエイションも、連続した人生を分断する。出産を、士大夫の住宅の構造によって区切る。命名の儀式まで、段取りが決まっている。

ぼくは思う。「生まれる」というのは、もっとも理性で把握できないもの。だから、注意ぶかくルールを定める。台本をかく。舞台を作り込む。そして、シュクシュクと演じさせる。とても確信犯である。

士大夫の住宅は、劇場である。家族の人生行事にあわせて使用できる。また、家族を人生行事にしばる。院子をもつ住宅は、礼の装置である。場面的枠組をコード化する。_267

あとで出てきますが。皇帝による天下の支配を、秩序によって表現したのが長安だった。この縮小版で、家族による礼のコード遵守を、秩序によって規定するのが住宅である。儒教では、家を治めることと、天下を治めることは、連続して捉えられる。これが、大室氏の本においては、住宅の構造と、都市の構造の共通性によって証明される。すごい!儒家経典を読む以外にも、アプローチする方法があったのか。


08章 文法からの逸脱_演技2

宮殿の装飾は、材質のもとの色が見えないほど、つくりこむ。そんな完璧な都市にも、例外がある。
文帝は、愛する女性のために、秩序を逸脱した建造物をつくった。女性の死後、倹約を好むはずの文帝だが、女性の厚葬を望んだ。死が哀しいから、感情を封じこめようとした。このように、生と死は陵墓の建造に関係する。_278
長安の周囲に、陵墓の衛星都市が造られた。陵墓には、過剰な装飾がほどこされた。これは、長安の増殖、生の意志である。バベルの塔のように立派なものをつくり、遊戯性をもって、垂直にも水平にも拡大しようとした。司馬相如『上林賦』にいきいきと描写された。

ぼくは思う。長安をほんとうにカッチリ作るなら、死者を遠ざけなければならない。まるで、死体を運び出せないマンションのエレベータのように。また、経済的な合理性のあるもの、政治的な必要性のあるもの、だけで機能的に絞らねばならない。しかし、武帝の長安は、そうでなかった。この余裕、この遊戯が、武帝のすごさだと。ただ都市の原理だけでなく、自然=農村=荒野=身体=死者=女性=触感への回路を残しておいたのが、すごかったと。


09章 漢代バロックの生活_演技3

前漢の長安の、ゴージャスな建造物について。
司馬相如『上林賦』はイキイキと描写するが、後漢の班固『首都賦』、学位請求論文まがいの左思『三都賦』はつまらない。長安が荒廃したあとに書かれたから、儒教による「倹約することは良いことだ」が蔓延したからか。

ぼくは思う。イキイキとした描写がたっぷり書かれているが、ともかくイキイキしていることは分かったので、こまかく引用しない。

武帝のときは生命力にあふれたが、前漢末に向かって、皇帝の生命力がおとろえていく。王莽にむかう。_350

10章 遊侠と倡優_興業

遊侠も俳優も、都市の秩序=権力に逆らう存在である。戦国のとき活発化するが、前漢の権力が安定すると、無力化して吸収される。遊侠は活躍の場をうばわれ、俳優はバラエティ・ショウをさせられる。という話。

ぼくは思う。すでに明らかになったことを、境界線上にいる人々を具体的に描き出すことで、補強している章でした。具体的な記述は、大室氏の本を読み返すのがベストなので、こまかく引きません。


終章 アルカディア複合とユートピア複合

ユートピア複合=小康コンプレックス
国家、都市、
財産、家族、労働、権力、制度、権謀、礼儀、道徳、刑罰、戦争、城溝、男女、
父性原理、分割、私、
礼、天子、官僚、農民、
儒家、墨家、法家、
クラシック、禹湯文武、月令、『周礼』、
杜甫、王安石、
『三国演義』、『水滸伝』

ぼくは補う。以上の「都市」的なものが、下にある「農村」的なものと対比されている。ふたつのあいだには、日常性、境界状況、がある。境界状況から分化して、大同もしくは小康となる。


アルカディア複合=大同コンプレックス
共同体、コムニタス、農村、
無、
母性原理、結合、公、 遊戯、遊侠、倡優、群盗、
道家、
バロック、小国寡民、桃花源、無何有の郷、
謝霊運、陶淵明、李賀、李イク、
『金瓶梅』、『西遊記』、『紅楼夢』

つぎの時代は、小康の第一原理である「囲いこみ」と、大同の第一原理である「逃げかくれ」のモチーフをめぐり、「都市、園林、田園」といった研究に広がる。園林(庭園)と別業(別荘)は、都市と田園とのあいだ、小康と大同のあいだにある。121024

これの続きが、昨日までやっていた『桃源の夢想』にあたります。順序が前後したが、ぶじにつながりました。大室氏が「日本史で見落とされている!」として、都市という概念を提起した。この都市が崩壊し、みんなが都市から逃げていくのが、後漢末。都市が、自然とのつながりを失って、ただの消費する場所、蕩尽する場所にかわったのが、西晋末。そういう話でした。よくわかる!
あと、昨日のぼくのツイッターを転載。
大同と小康、農村と都市、未分化と分化、非中国と中国、デュオニュソスとアポロン、現実と劇場、太古と現代、身体と頭脳、商人と士人、小人と君子、江南と中原、母性と父性、ゆがんだ地理と四角い都市、四季と儀礼、天体運行と都市区画、自然と人間。これらは全て同じ構図。大室幹雄『劇場都市』読解中。
陽が極まると陰に転じる。城壁に囲まれ、大地を四角く分節し、天体の運行を写しとり、自然の生命力を吸い上げ、、という「都市」のボス=天子が、皮肉なことにその中心で自閉して生命力を失う。空虚な中心。都市と農村を1回ねじってつなぐ。トーラス。大室幹雄氏は、中国史版カイエ・ソバージュ!
殷周から隋唐までを、シンプルな1つの理論(都市-反都市の二項対立)で全て説明しきる。大室幹雄氏のエッセンスはこれだと思う。余りに多くの東洋・西洋の理論が紹介されており、油断すると幻惑されるが、これは著者の優しさ、著作の易しさ。手品師が、終演後にタネを教えてくれるようなものかなあ。
レヴィ=ストロースがいうように、人間の思考は二項対立が好き。たとえばAとBの二項を設定したとする。Aばかり見るのが視野せますぎ(固着して役割を終えるパラダイムは大抵この状態)、Bばかり強調するのは単なる反動。Aが縦軸、Bが横軸で交差する構造を思い浮かべ、4つの象限で思考したい。
大室氏の「都市-反都市」を、字面に引きずられて、1本の数直線上の綱引だと理解してはダメだと思う。都市のなかの反都市、反都市のなかの都市、などの事例がある。これは、都市-反都市という概念が「矛盾して無効」であることを意味しない。縦軸が都市、横軸が反都市、という座標平面で理解したい。

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