三国志は、1800年に渡って語り尽くされてきた叙事詩。
しかし、とある映像作品のキャッチコピーみたく「死ぬまで飽きない」もの。
まだまだ枯れる気配すら見せない、三国志の魅力について語ります。
リメンバー酸棗の血盟、臧洪伝(1)
酸棗の反董卓の血盟のリーダー!
臧洪は『演義』に登場しませんが、反董卓同盟の立役者です。『演義』で曹操が立ち回ったような、重要な役割でした。そして、山東の士大夫が分裂していくことを、生涯を通じて許せなかったんだと思います。
口癖みたく、不器用に「あのときの血盟は何だったのか」と叫び続け、空気を読むよりも自分の信じたことを優先したキャラとして、臧洪を見てみたいと思います。

臧洪、字は子源。広陵郡射陽県の人。

■臧洪の父
父の臧旻は、謝承『後漢書』のよると、故郷徐州の盧奴県令、揚州刺史、丹陽太守。のちに異民族対策で匈奴中郎将。
勝利後、議郎。大尉の袁逢に西域の事情を諮問され、詳しく詳しく詳しく答えた。袁逢は「班固の西域伝より詳しいなあ」と感嘆した。長水校尉になり、太原太守で終わった。
のちに臧洪を殺すのは、袁紹なんですが(ネタバレ)すでに接点があったというのが嬉しい。

父は、行政能力に長け、外に出ては軍の指揮もできた、この時代の典型的な能吏ですね。タイプ曹操の源流ですね。
過去のことは分からないが、兗州の臧覇と同姓なのは気になる(というか素人のぼくに混同を招く)。しかし、臧覇は一庶民から武装してのし上がったようなので、直接は関係なさそうですが。
故郷の広陵と丹陽は、州こそ違えど、隣接している感じ。そして、異民族がのさばる前線。けっこうキツい地方勤務をこなし、ついに中央に出たという感じかな。まあ、最後の太原も、羌が侵入する土地ですが。

■呂布とのご縁
陳寿は、呂布と臧洪で1巻を立てたんだが、これは「有能なはずなのに、性格に難があり、他人の協力を得られなかった。覇者になり損ねた」というくくりのようです。

しかし、敢えて妄想するならば、臧旻の最後の任地で、呂布と臧洪が出会っていてほしいね。そんなに年齢も離れていないはずで。太原は呂布の主である丁原がいた場所で。
平民出身で、武力ばかりの丁原を、臧旻が見出した。丁原は呂布を見出した。丁原は呂布を連れて、病に倒れた臧旻を見舞った。呂布と臧洪は、臧旻が死ぬ直前に、1度だけ宴席で言葉を交わしたことがあった。
そういう設定はいかがでしょう笑

虎牢関で東西が激突するとき、西側の雄は呂布。東側のプロデューサーは臧洪。好対照です。
のちに呂布が徐州で自立&孤立するんだが、臧洪も同じようなことやってるからねえ。呂布が劉備を追い落とすのは、臧洪の死の翌年なんですね。

張邈と呂布が結び、張超と臧洪が結ぶ。張邈と張超は兄弟なわけで、呂布と臧洪の御縁は、そんなところにも表れていて。
臧洪は袁紹に包囲された最期のときに、呂布に救援を求めた。
袁紹も袁術も認めてくれなかった「董卓を倒した功績」を素直に認めていたのは、臧洪かも知れない。「いちどは董卓の将になってしまって、道を誤ったかに見えたが、やはり呂布は正しい奴だった」という、旧知の仲間意識はあったのかも。
リメンバー酸棗の血盟、臧洪伝(2)
■群雄と同格
臧洪は、体格と容貌が立派だった。孝廉に推挙され、郎。
霊帝のとき、三署(五官中郎、左中郎、右中郎)から、県長を任命することになっていた。趙昱・劉繇・王朗・臧洪をそれぞれ県長とした。
これはすなわち、並んで名前が挙がっている人たちと、臧洪が同期生・同格だったことを表していると思います。
のちに有能な地方官として割拠して任地を守る(そして三国の英雄に駆逐される)というところまで符合します。臧洪、無名のような気がするけど、立派だったんだなあ。
※趙昱は、曹操が徐州虐殺したときに逃げた笮融を庇い、殺されてしまった。でも、張昭と並び証され、張紘を孝廉に推挙した人物です。

霊帝の末年(おそらく世が乱れたので)官位を捨てて帰郷した。隠逸君子とやらに、なろうとしたんだね。そこを、地元の広陵で太守をしていた張超に見出され、功曹となった。
彼の人生は、張超との出遭いで運命づけられたね!

■反董卓のプロデュース
董卓が強勢を誇ったとき、臧洪は張超に言った。
「殿は、兄弟で大郡を治めておられます。いま、董卓の首は、まだ獄門に架けられていません。正義の士が、天子の恩に報いるときですぞ。郡はよく治まっているので、太鼓で召集をかければ、2万は集まるでしょう。天下のために兵を起こし、董卓を片付けることが、偉大なる正義です」

このとき、荀攸の例を出すまでもなく、誰彼ともなく「董卓を討とう」という話をしていた。その中で、最も実行力を伴ったのが、臧洪の働きかけだったんじゃないか。
張超は「その通りだ」と言い、陳留に軍を進めた。兄の張邈と会見し、同意を得た。

酸棗で張邈は、張超に聞いた。
「弟よ。お前は郡守のくせに、政治・教化・刑罰・恩賞を、臧洪に丸投げしているそうだな。そこまでさせる臧洪とは、どういう人物か」
張超は答える。
「臧洪の才能と智略は、私より上です。私は彼を愛しています。天下の奇士です」
張邈もさっそく臧洪を引見し、語り合って「弟の言うことがもっともだ」と納得した。

■失言じゃないのか
酸棗に集まったのは、兗州刺史の劉岱、豫州刺史の孔伷、陳留太守の張邈、東郡太守の橋瑁、広陵太守の張超。
劉岱と孔伷も、臧洪と親しい間柄だった。檀を築いて誓約するとき、互いに譲り合い、みんな揃って臧洪を推薦した。
臧洪は檀に登り、皿で血をすすり「たとえ首を失っても、必ず二心を抱くまい。もしこの盟約に背くなら、子孫を絶滅させるだろう。天よ、ご照覧あれ」と言い、激情で涙を落とした。

子孫を絶滅させていいなんてさあ、言いすぎですよ。聞いていた5人は、逆にドン引きではないのかなあ。
※臧洪を引っ張ってきた責任者、張邈と張超は、曹操に一族を根絶やしにされます。天は確かに聞いていた笑

次回、董卓を討てるのか!(なんて煽っても虚しいですが)
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