■三国志キャラ伝>皇帝になるつもりのおじさん劉表伝(序)
■本稿の目的
劉表が何を狙って生きていたかを暴きます。
結論から書いちゃいます。
袁紹に擁立してもらって、皇帝になること。それが劉表の志だ。
わー言っちゃった!
1800年も内緒だったのに、いきなり言っちゃった笑

 ■劉表の4つの汚点
陳寿は、劉表をこき下ろした。袁紹と劉表をセットにして、二人ともこれだからダメなんだ!と書いてある。
劉表のどんな行動が陳寿の非難を受けたか、推測してみた。
 
◆表向きは寛大でありながら、裏では猜疑心が強かった。
荊州に入って、五十五人の宗賊(在地有力者)を謀殺。それはいいとして、
猜疑心の真骨頂は、韓嵩め!裏切ったな事件ですね。詳細後述。
 
◆謀略を好んで決断力がない。
劉表は荊州という豊かな領土を持ちながら、中原の戦に関与しなかった。官渡の決戦を傍観していた。袁紹と同盟を結んでいたはずなのに、のらくらして兵を出さなかった。
 
◆有能な人物を用いず、よい意見を聞き入れず。
官渡に出た曹操の本拠はガラ空きだ。許を攻めろ論があった。
韓嵩・劉先・蒯越らが「曹操を叩いておかないとヤバいよ」と言ったのに、採用せず。おまけだけど笑、客将の劉備が出兵を進めても、却下した。
荊州には、諸葛亮ら優秀な人材が落っこちてたけど拾わなかった。
 
◆嫡子を退けて、庶子への愛情を優先した。
劉表には二人の息子がいた。長男は劉琦で、次男は劉琮。劉琮の母は蔡氏だ。蔡瑁は長幼の順を無視って、次男に継がせようとした。
劉表は、曹操にビビって死んでしまった。後は劉琮が継いで降伏した。
 
ボロクソじゃないか。大丈夫か、LiuBiao(劉表)さん。
 
■劉表の肯定材料
『演義』で、劉表は善玉だ。劉備を7年も「保護」してた。
『英雄記』『魏書』に、劉表が劉備に荊州刺史を譲ろうとしたと書いてある。この一事を以って、陳寿が批判した4つの汚点が(ファン心理的には)消えたとも言える。
 
汚点が消えたが、それと同時に劉表の素顔も消えてしまった。
結局このおじさん、何がしたかったん?という疑問が残ってしまった。
それを解き明かすために「劉表伝」を読み返します。『後漢書』にも伝が立ってるけど、基本的には『三国志』で話を進めます。重要な補足事項があったら、追加します。

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