表紙 > 読書録 > 吉川永青『戯史三国志・我が糸は誰を操る』、陳宮小説の感想

01) 陳宮の董卓暗殺と、狂人・呂布

吉川永青『戯史三国志・我が糸は誰を操る』講談社2011を読みました。
陳宮の話。楽しく読みました、という前提のうえで、思ったことをメモしておきます。無責任なことを書きますが、あくまで楽しく読ませていただいた、という上での感想です。本を批難する意図は、まったくありません。
文字づかいや表現など、厳密に引用していません。ネタバレをしています。ごめんなさい。興味を持たれた方は、吉川氏の小説を、直接ご確認ください。

決断のおそい軍師

話は、189年から始まる。霊帝が死んで、洛陽が混乱する歳だ。189年のスタートは、話を盛りあげるためには、すとんと納得できる選択。
よく184年の黄巾の乱から、三国志を語り起こしたくなるが、これはむずかしい。『資治通鑑』の185年から188年って、意外にスカスカなのです。充実するのは、韓遂さんの反乱ばかり。『後漢書』蓋勲伝とかを読みこむと、この時代は、はずせない。董卓さんを語る上でも、はずせない。しかし今回、主人公の陳宮は、西方にはゆかないので、189年からの始まりになったのだろう。
陳宮は、187年、東郡太守の橋瑁より、直言にあげられる。黄巾の直後、洛陽にのぼったと。このあたり、史書にふつうに書いてあったっけ。記憶にない。洛陽の南門部尉の配下という「畑ちがいの小役人」になったと。

若いころのエピソードは、史書にのこらない。創作する人は、公職につく前の活躍を描くことで、キャラ立ちをはかるのでしょう。史書にないけれど、ウソでもない。という、グレーな領域だ。

ぼくは思う。歴史書だって、創作という点では、同じかもしれない。若いころのエピソードは、「誰が見たんだよ」と突っこみたくなる話がある。また、エピソードのパタンが、類型化してる。「皇帝をたたえるため、いかにもありそうな話をつくる」みたいな仕事は、現代の小説家よりも、古代中国の歴史家の得意技である。

この小説(以下『我が糸』と略す)は、陳宮が盗賊と追いかけっこをやり、捕える話を、若いころのエピソードとする。これを通じ、陳宮がもつ2つの性質が描かれる。1つ、兵法につうじた賢い人。2つ、決断がおそい人。
2つめが、重要。盗賊が逃げているのに、たびたび陳宮は、立ち止まる。読み手は「だいじょうぶかよ、盗賊が逃げちゃうよ」と不安になる。この性質は、下邳で曹操と戦い、張遼と呂布を動かすとき、利いてくる。小説の冒頭と末尾をむすぶ、長距離の伏線。荀攸や郭嘉は、決断が遅いという陳宮の弱点を見ぬくが、陳宮はそれすら、逆手にとる。もし呂布が、陳宮の言うとおりに動けば、陳宮は曹操に勝った、という話。

史書は、とくに「陳宮が決断がおそい」と書いていなかったと思う。ということは、陳宮の決断のおそさは、下邳の戦いに、花をそえるための創作だろうか。


陳宮のガールフレンドは、貂蝉

陳宮のガールフレンドは、張鈴。これは『三国演義』の貂蝉を、アレンジしたキャラ。董卓に召し上げられ、呂布とも通じる。
董卓の死後、このガールフレンドは自殺するから、吉川英治ベースですね。吉川版は、日本人の好みに合わせて、貂蝉を自殺させた。吉川版は、講談社で出ている。日本人への好みに合わせたのか、出版社に配慮したのか。

吉川氏は、講談社とモメて、身内が務めている会社から出版して、、とかいろいろあったみたいです。ぼくが持っている『太平記』は、古本屋で買ったものですが、講談社じゃない。

張鈴を追いかけて、陳宮が、董卓の陣にもぐりこむのは、楽しかった。洛陽城外にいる董卓軍というのは、異様な感じで、気持ちわるい。住民の不安をあおるだろう。この場面を、リアルに想像させてもらった。

張鈴が自殺して、陳宮の恋は、作者も書くとおり「有耶無耶」になってしまう。自棄になりそうなとき、死んだ張鈴を思い出して、陳宮は自分を励ますのだが、どうということもない。年表的に、時間がないので、陳宮が大きく落ちこむこともない。思春期の小説でないから、掘り下げられない。
のちに陳宮は呂布につく。張鈴にからみ、陳宮は呂布に対して、複雑な感情をいだく。だが陳宮は、呂布に恨みを言っても仕方ない。確かに、もし陳宮みたいなシチュエイションになっても、黙っているしかないが、、もうちょい楽しみたかった。陳宮のガールフレンドを、わざわざ貂蝉にしなくてもよかったのに。

のちに陳宮は、曹操の世話を受けて、張邈の縁者をめとる。ぼくは、この話を知らなかった。ただ、この張邈の縁者は、記号でしかない。女性キャラとして、活躍するではない。歴史書なら、それで充分なのだが、小説なら、もう少しいろいろ読みたかったかも。
もしくは、オトコにとって初恋が美化され、現実の妻はボチボチって話か。笑


董卓の廃立を分析し、暗殺を試みる

陳宮は『我が糸』39ページで、曹操に出会う。酒瓶に鼻をぶつけられた。これは、393ページ、曹操が、陳宮を斬るところの伏線。曹操は陳宮に言った。「その鼻面を酒瓶で叩かれるところから、やり直す気はないか」と。曹操は、陳宮を斬りたくない。史書にあること。お約束だが、感動した。

46ページで、陳宮は董卓の廃立を説明した。なぜ董卓は権力を握りたいのに、英邁な陳留王を立てるのか。 矛盾して見える。この矛盾に対して、陳宮は説明した。以下に要約。史料の解釈という観点から、なるほど!と、うなった。
「陳留王は英邁ゆえに、皇弟としてなら強気にしゃべれる。だが英邁ゆえに、皇統が自分のみになれば、保身を迫られる。董卓に殺されて王朝を絶やすことにならぬよう、涙を飲んで傀儡と化す」と。よくできた説明。

曹操は陳宮をつれて、王允に、霊帝の宝剣をもらいにゆく。曹操は陳宮を「わが韓信」と紹介した。呂布に、暗殺を感づかれた。この暗殺未遂は、どの史料にあったか、覚えてない。『三国演義』の上塗りだと決めつけるほどにも、自信がない。
89ページから2章に入り、曹操と陳宮は、二人連れで洛陽を脱出する。残念なシーン。二人連れが『三国演義』のフィクションだとは、諸氏が指摘すること。だがぼくが残念だとするのは、『三国演義』ベースだからでない。
ぼくが思うに『三国演義』作者は、なにが史料にあり、何が史料にないか知った上で、バクチを打つ心意気で、虚構をまぜた。きっと当時から、自称「教養ある人」は、史料にない話が『三国演義』にあると、チクチクと文句を言ったにちがいない。作者は、「風流を解さないバカめ」と、怒っただろう。虚構をまぜるとは、こういうリスクをともなう。それでも虚構を混ぜるのは、話をおもしろくするため。

陳宮が、曹操の逃走するルートで役人として登場するのは、「史料にないが、ウソとは言い切れない」でない。「史料になく、あきらかにウソ」である。出身地と任官ルールに違反するから。きっと『三国演義』作者は、それも知っていて、リスクを犯したのだ。

前置きが長くなった。『三国演義』作者が、わざわざ二人連れにしたのは、呂伯奢の虐殺を陳宮に見せて、造反の伏線をつくるため。陳宮の造反がわかりにくいから、伏線をはったのだ。だが『我が糸』では、曹操は呂伯奢と、平穏に別れた。台なし。二人連れをやめるか、虐殺に代わる話を用意してほしかった。

曹操が徐州を攻めた理由は、『我が糸』でも、父の復讐。


王允が「董卓の暗殺を試みた曹操を、指名手配せよ」と、宣伝した。この宣伝は、董卓に敵対する人を、勇気づけた。94ページ、董卓は初平元年と改元して、曹操を特赦にすることで、王允をだまらせた。おもしろい話。
夏侯淵、曹純、荀彧、許褚らが、まだ190年なのに、曹操に合流してしまう。『三国演義』って、こういう話になってたっけ。おぼえてない。

虎牢関の虚構に、リアリティを塗る

97ページ。「檄は小さいものであり、竹簡1枚の半分ほどの長さしかない」のだそうだ。知らなかった。檄に応じ、兗州の東郡に、袁術や孫堅まで集まってしまう。ああ!このあたりは、感想を書くことができない。

汜水関と虎牢関を、同一の場所だと解説したり、びみょうに『三国演義』を、史料に近づけようとしている。ともあれ全面的に『三国演義』のアレンジ。『三国演義』に、現代人から見たリアリティを付加した感じ。戦闘の物理的な事情とか、人間の心理とか。

関羽、劉備、張飛が、活躍する。やはり、感想を書くことができない。『我が糸』で劉備は、いちおうちゃんと出てくるが、全体をとおして伏線で終わったという印象。渡世人であり、江戸っ子なのだが、あんまりキャラの発動せず。劉備は、状況を左右しなかった。次作に期待です。

張飛は、呂布よりも強い。ただ馬が劣るので、張飛は関羽たちの加勢をもらった。呂布が無条件に最強でないことが、この小説のキモ。呂布は、つぎに書きます。

袁術が孫堅への兵糧をケチったのは、董卓による離間の策、という解釈。とちゅうで董卓軍が兵糧をうばうので、袁術と孫堅が、たがいに不信をいだいた。これは「史料にないが、ウソとは言い切れない」に属する話。
徐栄は、丸顔の「福徐栄」と。百貨店みたいだ。『蒼天航路』では、たしかにニコニコと丸かったが。李儒が「軍師」として、やたらと活躍する。『三国演義』では、李儒は猛威をふるうんだっけ。史料では、印象に残っていない人物。

曹豹。この陣中で、陳宮は曹豹を取りたてた。曹豹は、陳宮が陶謙に「毒針」として埋めこみ、張飛に殺されず、陳宮の最期まで付きあう。陳宮は下邳で敗れると、曹豹に「私を捕らえて、手柄にしろ」と言う。破格の活躍。
オリジナルキャラじゃないが、史料と設定がちがう。史料では、はじめから陶謙が連れていた、徐州の在地豪族でなかったか。登場したときは、臆病そうなので、KOEIの設定を引きずって、笑わそうとしてるのか。委細不明!

臆病な狂人・呂布

『我が糸』のキモは、呂布。おそらく、万人が納得するところ。北方謙三氏がマザコンに描いて、評判をあげた呂布。呂布への解釈で、話の良し悪しが決まるほど。
『我が糸』の呂布は、ほんとうに狂う。例えるなら、『ドラゴンボール』の孫悟空が大猿に変身するのとおなじ。もとから強いが、特定の条件を満たすと、理性を失った化け物になる。『我が糸』で呂布が大猿になるのは、殺意をあてられて、恐れたとき。
呂布は、虎牢関と、董卓を殺したとき、狂った。比喩でなく、ほんとうに理性を失い、敵味方の区別がつかない。陳宮が攻撃された。

『ドラゴンボール』で大猿になる条件は、満月と尻尾。満月は、狼男のパロディ。尻尾は、生命の危機になると、生えてくる。『我が糸』の呂布と、ちょっと似てる。
なんで董卓を暗殺するとき、陳宮が呂布のそばにいるのか。読めば、わかります。『我が糸』は、やたらと陳宮を、董卓と対決させたい。400ページの小説のうち、董卓が死ぬのが、205ページ。半分、董卓のために割いた。


呂布は、董卓を殺して「自信」を手に入れ、狂わなくなった。この呂布の変化が、『我が糸』でいちばん着目すべきポイント。呂布の変化が激しいので、主人公の陳宮は、安定している。2人が動いたら、読者がついてゆけないから、配慮されたか。
下邳で呂布が死んだ原因は、狂わないから。『真・三国無双』シリーズでは、虎牢関の呂布は、アホみたいに強いが、下邳の呂布はふつう。この「体験」を思い起こせば、『我が糸』を理解できる。

ぼくの本音の感想を書けば、申し訳ありませんが、この呂布を理解できなかった。小説は、「事実かどうか」は重要でないが、「現実感があるか」は重要だと言う。呂布の「狂い」については、描写や説明を読んでも、いまいち「現実感」を感じられなかった。『ドラゴンボール』に照らして、かろうじて想像が追いついた。

虎牢関では、呂布を殺そうとすると呂布が狂うから、「呂布を殺さないように戦い、呂布を捕えろ」という命令が出る。ぼくは兵士じゃないから知らんが、捕えるほうが殺すより難しいはずだ。これも、現実感がなかった。

曹操は、青州刺史の劉岱、東郡太守の橋瑁、陳留太守の張邈から、恩を買うのをきらった。兗州牧に進みにくくなるから。ゆえに袁紹に推薦してもらい、東郡に入った。おもしろい解釈。青州刺史の田楷が、公孫瓚と無縁そうだったり、曹操が青州や豫州にすすんで領有したり。これは、ちょっと不満。

214ページで陳宮は、「漢を倒す」と決心した。ガールフレンドを殺したのは、董卓。董卓を生んだのは、後漢の脆弱性。だから後漢を倒すと。逆恨みだなあ。
このあと陳宮は、曹操を皇帝に、呂布を皇帝に、袁術を皇帝に、とねらう。「陳宮は、呂布を皇帝にしたかった」なんて話、ブログで唱えたら、叩かれそう(笑)。小説の技法である「現実感」で固めて、説明してゆくべきことだ。
233ページより、3章5節「糸を切る人形」が始まる。『我が糸』のおもしろさは、ここから始まる。陳宮が、いかに袁術を利用するかという話になるからです。袁術が禅譲を受けようとする話とか。つづく。

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