表紙 > 考察 > 袁紹伝の読み方:豫州と冀州の名士の評価

名士の評価を「割り引く」指針

昨日は、袁紹伝の読み方について見識を得たので、
かるくメモっておきます。

 豫州人士:故郷組。けなされているから、プラスに補正
 冀州人士:現地組。ほめられているから、マイナスに補正

 豫州:逢紀、郭図、淳于瓊など
 冀州:田豊、沮授、審配など

袁紹政権の特徴

勉強会をやりました。参考にしたのは、こちら。

『三国志武将列伝』
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Labo/3485/
「袁紹に従った人士たちの派閥抗争史」

曰く、袁紹政権には4つの時期がある。
 Ⅰ期:豫州人士をつかい、冀州をうばう
 Ⅱ期:冀州人士をつかい、河北を平らぐ
 Ⅲ期:官渡では、豫州人士が冀州人士をそしる
 Ⅳ期:劣勢の袁譚派が、優勢の袁尚派とたたかう

いまはⅠ~Ⅲ期に注目。

豫州人士の読み方

云いかえれば「汝南と潁川の名士」のこと。
官渡で、敗因を作ったように描かれる。とくに郭図は讒言の権化。

曹操を支えた、豫州人士をヨイショするため、悪く書かれた?
歴史家がひそかに込めたメッセージは、以下。
「曹操に仕えた豫州人士は、正しい。先見の明がある」
「袁紹に仕えたのは、豫州出身のうちバカなやつら」

魏晋の首脳部の顔をうかがえば、
「袁紹に行った豫州人士は優秀だ」なんて書けません。笑


冀州人士の読み方

冀州人士は、袁紹の河北平定を助けたのに、不遇に死んだ。
袁紹の優柔不断の犠牲者のように描かれる。

云うことは、つねに正しい。『献帝伝』の沮授が顕著。
歴史家がひそかに込めたメッセージは、以下。
「袁紹は、冀州人士を使いこなせなかった」
「曹操は袁紹より、冀州人士の使い方がうまかった」

歴史書のトリックです。けっきょく採用されなかった進言は、
あとで歴史家が、なんとでも脚色できる。
「かくも素晴らしい案があったのに、無視したんだよ。
 実際の袁紹の動きに結びつかないから、証拠はありませんがね」
こうして、沮授や田豊は、賢者になりました。

おわりに

失敗した系の人の記述傾向に、興味があります。
袁術しかり、袁紹しかり。
じわじわと考察を広げてみたいです。100519

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